断章 第21話 集結編 覇王と暴君
「やっぱ腕落ちてんなー。」
倉庫街の乱闘の最中。数人を殴り倒した所で、ソラが呟いた。若干だが、殴る腕にイメージとのブレがある様に思えたのである。だが、実はこれは彼の腕が鈍ったのではない。彼の性格が丸くなって、他人を殴る事に若干のためらいが出来てしまったのだ。彼の更生という面からみれば良い変化ではあったのだが、この状況では、有り難くない変化であった。
「たぁ!」
「はっ!こんなもんじゃ意味ねえよ!」
木材を片手に殴りかかってきた少年の攻撃を、ソラは平然と左腕で防御する。どうやら木材自体は脆い物だったらしく、木材はそれだけでぼきり、と半ばから折れてしまった。
「はぁ!?」
「下手な武器使うより、素手の方が強ぇんだよ!覚えとけ!」
ぼきりと折れた木材に目を丸くした少年に対して、ソラがボディーブローをお見舞いする。唖然となったまま防御もままならなかった少年は綺麗にボディーブローが決まり、そのまま腹を押さえこんで前のめりに倒れていった。
「けっ、痛くも痒くもねえな。」
防御した左腕は、青痣さえ出来ていない。そもそもでソラとて、無差別に防御する事は無い。明らかに脆い木材だったからこそ、ソラは左腕で防いだのだ。真新しい木材に見えたから武器に選んだのだろうが、中はスカスカで明らかに軽い感覚が、殴られたソラの左腕にも感じられた。
「にしても・・・多いな、おい。」
ソラが一向に減らない不良達に辟易する。それも当たり前で、人数的には以前の御子柴達の襲撃に匹敵する人数なのだ。十数人から成る由利のチームが居るお陰で此方も多いとは言え、カイトというポイントゲッターが居ない以上、減るスピードが遅くても仕方がなかった。
「ち、やっぱここは時間稼ぎに徹するか。」
ソラが少しだけ残念そうに呟いた。闘争心からカイトが来る前に終わらせようとも思っていたのだが、ソラとしても、この人数は少々予想外だったのだ。由利達も頑張っているが、それでも人数差は圧倒的だ。やられないようにするのが精一杯で、敵を倒すという所までは、至れていない。
「っと、アブねぇ!」
「っ!天城!?」
ソラの大声が響き、ついで由利の怪訝な声が響く。
「てめぇ!女にこんなもんむけてんじゃねえよ!キズモンの意味が違うだろうが!」
「かはっ!」
ソラが怒号とともに、由利の後ろから迫ったナイフを持った男を殴り飛ばした。その眼には本気の怒りが宿っていた。確かに、ルール無用のストリート・ファイトだ。そしてソラとて、戦士と認めればストリート・ファイトで時には女に対して攻撃を加える事もある。だが、女に対してナイフを持ち出すのは、彼の流儀に反した。
「らぁ!」
更にソラは倒れた男がなおも手放さなかったナイフを思い切り遠くに蹴飛ばす。右手ごと蹴られた男は右手を押さえてもだえ苦しむが、ソラはそれにとどめを刺さず、あえて苦しむ様に放置する。自身の流儀に反した行動をした以上、情けをかけてやる必要は無かった。
「・・・ありがと。」
「どーいたしまして。」
由利がそっぽを向いてぶっきらぼうに礼を言い、ソラもぶっきらぼうに返した。だが、そんな場所さえ違えば青春の1ページっぽい一幕も、直ぐに終わりだ。
「ちっ・・・いい加減に嫌になる多さだな。」
「ごめん。」
「なんであやまんだよ。」
「いや、だってこれ、ウチらがやった奴らだし。そもそもユキはウチのチームの面子だし。」
一応、由利も巻き込んだことを悪いとは思っているらしい。なので、本当に少しだけ、申し訳無さそうであった。だが、そんなことをしたところで、彼らの現状が変わるわけではない。そう、彼らだけでは。
その次の瞬間。倉庫街の空き地を、煌々と明かりが照らしだした。そこにあったのは、一台の車だ。そのヘッドライトが、大乱闘真っ只中の一同を照らしだしたのである。
「誰だ!」
襲撃者達の誰かの誰何が響いた。そうして、その答えを示すように、運転席の扉が開いた。中から現れたのは、巌の様な男だ。彼は後部座席にまで行くと、どこか恭しく後部座席の扉を開く。すると、中の人物が威風を纏い出て来た。そうして、一気に静けさが訪れた。
「ありゃ・・・野崎・・・おい、まてよ・・・ありゃ、御子柴 総司じゃねぇか・・・」
降り立った御子柴と和平を見て、襲撃者達が沈黙する。行方不明だった彼らが何故ここに。以前と変わらぬ疑問が浮かぶが、彼らの絶望はそれでは終わらない。
「ちょ、おいリョータ!俺の方も開けろよ!」
「えー、なんで俺がやらないといけないんっすか?」
助手席から一足先に降り立っていた涼太だが、そのまま総司の横に並びに行った為、つい格好良く御子柴の様に開けてもらえると思っていた陽介が車内から声を上げる。そうして涼太は不承不承ながらも付き合いが良いのか、陽介側の後部座席の扉を開けた。
「よろしい。」
「うーっす。」
「『アウターズ』の幹部たちが何故、ここに・・・」
「おい、お前ら。ここらでやめておくつもりはないか?」
行方不明だった幹部たちが何故ここに、という疑問を他所に、御子柴はここでの停戦を提案する。それにこの戦いの取りまとめを行っていた男達は一瞬顔を見合わせるが、とても飲める提案では無かった。
なにせ、ここまで100人規模の動員を行い、色々な策まで弄したのだ。次には同じ策は通用しないだろうし、またこの人数を纏めれるとも限らない。武名に傷が付いて、既に引退した者の提案を受け入れる筈が無かった。
「呑める訳ねーだろうが!それにチーム解散して引退した奴に言われたかねえよ!」
「まあ、道理だよな・・・なら、悪いが小鳥遊達に加勢させてもらう。此方も事情があってな。取引だ。悪く思うなよ。」
「なっ!?」
頭の悪い少年達は、御子柴達がただ単に停戦に訪れたと思い込んでいた。いや、思いたかっただけなのかもしれない。だから、御子柴が告げた言葉と、彼ら4人が取った構えに騒然となる。
「なんでこうなんだよ!御子柴達が来るなんて聞いてねぇぞ!」
「俺だって初耳だ!だが、こっちは100人以上集めたし、あのやべえ三島は居ねえんだ!それに、御子柴を潰したとあっちゃあ俺らの名も上がる!名を上げたい奴は俺に続け!」
「ふん。力の差も理解できん雑魚が。」
本来は三島が特攻隊長なのだが、居なかったので和平が前に出る。
「むぅん!」
「おら!」
「ちょ!こいつら負けたはずだろ!なんでこんな強い!」
そうして、御子柴達を交えて戦闘が開始された直後、相も変わらずの幹部たちを見て一同が青ざめる。幾ら彼らの武名に傷がついたと言えど、それは彼らの腕が落ちたというわけではない。彼らが勝てるかどうかは、別物だった。
「今なら、わかるな。」
「全くっす。」
御子柴と涼太が、苦笑交じりに言葉を交わす。彼らとて、退院後、いや、入院中も、何もしなかったわけではない。カイトに負けてから、ひたすらに忌み嫌った自分たちの力の使い方を独学で学んでいたのだ。
すると、簡単にわかった。自分たちはただ単に力を振るっているだけで、全くと言っていいほどに制御出来ていなかったのだ。そうして、更に力をました元暴君とその仲間たちが、乱闘の中に絶望を振りまいていく。
「あん?」
「誰だ、バイク吹かした奴ぁ!」
それから数分後、バイクのけたたましい轟音が鳴り響いた。それは、御子柴達の参戦で遂に趨勢が持ち直した頃だった。遂に、最後の、そして、これまでで最大かつ最悪の絶望が到着した。
「ちっ・・・」
「ほれ、駄犬。飼い主んとこに連れてきてやったぞ。」
「だから駄犬じゃねえ、っつってんだろ。」
そうして降り立った男に、一同が呆然となる。それは、先ほど誰もが居ないと踏んでいた男だ。
「来たか、希。やはり勝てなかっただろう?」
「ちっ・・・」
カイトに不承不承ではあるが従う三島を見て、御子柴の少しだけ嬉しそうな声が響いた。躾けを依頼したのは彼だったのだが、よもやここまで効果があるとは思わなかったのだ。
「全く・・・一人でリベンジに走ろうとするな。」
「・・・るせ。」
「相変わらず希さんは照れ屋っすからねー。」
「たった一人で仇討ちとか、かっこいー。おい、見ろよ。耳まで真っ赤だ。」
「うっわ、かっこかっわいー。」
「てめえらいい加減にしやがれ!つーかリョータ!あんだけ希、って呼ぶなっつってんだろ!しばくぞ!」
和平のどこか茶化すような口調に照れた三島だったが、それを見た涼太と陽介に茶化される。そうして、それに三島が耳まで真っ赤にして怒鳴る。そんな彼らは姿さえ見なければ、もはや不良には見えないだろう。
「天音・・・だったな。犬の躾け、感謝する。」
「気にするな。」
「リベンジはさせてもらうがな。」
三島の激怒を無視した陽介の感謝の言葉と、御子柴のどこか楽しげな言葉に、騒然となった襲撃者達が恐怖する。なにせ、彼らの言葉を理解できたのなら、彼らはカイトによって敗北した、と言っているに等しい上、今もまた三島がリベンジに挑んで敗北したと言っているに等しかったのだ。そして、それは事実だ。
「ちっ・・・なんであんなつええんだよ。」
「知りたいか?」
「・・・あ?」
「そもそもでお前らは誰も彼もが力の使い方がなっちゃいない。まだまだ、甘々だ。」
三島の疑問に、カイトが答える。それは、数年後にソラや魅衣達も受ける苦言だ。彼は密かに取り出していた、村正流の刀を取り出す。それは嘗て彼が製作に立ち会った影打ちの模造刀だった。
「さて、授業の時間だ。」
そうして、カイトは彼らにもわかるようにゆっくりと、魔力を使ってみせる。さすがに魔術を展開するわけにも行かないので、やるのは身体機能の向上だけだ。
「見覚えろ。」
御子柴達はどうしようか悩んだ挙句、それに従う。確かに彼らはカイトを打ち倒すという決意を胸に秘めているが、今はまだ、だ。雌伏を選んだ彼らにとって、逆に敵に塩を送る彼の姿勢を受け入れた。そうして、彼らはカイトの実演するままに、戦いを始める。
「さて、どこまで出来たかな?」
「な!?」
そうして、カイトの問い掛けに驚愕の声を出したのは、涼太と陽介だ。彼らは独学で魔力の練習をしていのだが、どうやっても武器に魔力を纏わせることができなかったのだ。
それ故、彼らは人体以外には魔力を通せないと思い、得物としていた木刀とナックルダスターを捨てて素手の戦いを選んだ。だが、カイトは平然と模造刀に魔力を纏わせたのだ。そして、彼らの驚きは続く。
「ほれ、何を驚いておる。別に鉄じゃから出来ると言うわけでも無いし、素材が良いというわけでも無いぞ。」
「何!?お前もか!」
これには御子柴達全員が驚いた声を上げる。次に出てきたのはティナで、彼女は平然とクローゼットの棒に魔力を纏わせて見せたのだ。
「わかったか?これが、お前たちとの差だ。学べ、若人。まだまだこの世界は広いぞ。」
カイトの顔に、外見不相応な笑みが浮かぶ。遠い、御子柴達はここでそれを悟る。そして、同時に、どれだけ自分達が何も知らなかった、否、魔力を人外の証と忌避し、知ろうとしていなかったのかを知った。それからは、素直に二人の戦い方を見て学び、一心にそれを再現しようと試みる。
「御子柴!攻撃する時にちょっとだけ力を伸ばす様にやってみろ!面白い事が出来る!野崎!受ける時はもっと腕にだけ意識を集中しろ!だが、それ以外の注意も忘れんな!違う!集中すんのは一瞬だけだ!」
「・・・こう、か?」
「っつぅ!難しいことを言う!」
御子柴はカイトに言われた通りに魔力を伸びるようにしてみると、魔力がまるで飛び道具の様に飛び出していく。和平は両腕に仕込んだ鉄板で釘バットを防ごうとしたのだが、その衝撃までは殺しきれず、カイトから指導を食らう。
「そうだ・・・って、三島!むやみに放出してんじゃねえ!」
「うっせぇ!命令すんじゃねえ!・・・こう、だよな?」
「あ、希。それやって受けると痛いから、やめとけ。」
「あ?って、マジで痛え!痛えんだよ、ボケ!・・・だから希って呼ぶなって。」
時折、カイトの怒号と、そこから必死に学ぼうとする御子柴達の苦慮の声が飛ぶ。それはどこか、稽古をしているようであった。
ちなみに、三島が何をやったのかというと、和平と同じように普段身に纏っている魔力を一点に集中させる応用で拳に魔力を集めて攻撃力を増加させたのだ。だが、当然そうなると、その代わりに別の場所が薄くなる。薄くなった所に攻撃を受けてしまったのだ。
「なんだよ、こいつら・・・」
だが、稽古相手となっている襲撃者達にとっては、カイトの怒号は絶望を奏でる指揮者のタクトにしか他ならなかった。なにせ、ただでさえ強い御子柴達が戦闘中に一気に力量を上げていくのだ。
いや、それだけではない。ならば指揮者を潰せば良い、とカイトとティナに攻撃を仕掛けるが、そちらの方がもっと絶望を振りまいていた。
「ほれほれ、どうした?」
女の方がやりやすい、そう考えてティナへと向かって行った襲撃者達だが、ティナの射程に入ると、まるで漫画や映画の様に吹き飛ばされていく。彼女の方は戦いの最中、御子柴達の調練をカイトに任せ、由利達や魅衣、ソラの援護に回っていた。ならば、男の方は、とカイトに攻撃を仕掛けた襲撃者達は、もっと無残だ。
「どうした?動かんのか?」
「・・・ひっ・・・」
引き攣った声だけが、カイトの問い掛けに対する答えだ。動かないではなく、動けないのだ。誰もが怯えていた。ある一定の範囲に入ると、とたんに本能が悟るのだ。これ以上入れば死ぬ、と。一度本能が悟れば、後はどうしようもない。伏するだけだ。
彼らには、カイトの振りまく死の気配を前にして立っていられる胆力も無ければ、絶望的な力を前にして過日のカイトや、今の御子柴達、未来のソラ達の様に立ち上がれる強さがあるわけでも無かった。
「・・・うわぁ・・・あいつやっぱえげつねえー・・・」
「真剣に、ウチもあんたの気持ちがわかるわ・・・」
御子柴達でさえ目を見張る活躍をしているのに、それを遥かに上回る武力を誇るカイトとティナを見て、ソラと由利が引き攣った顔で顔を見合わせた。
「あれ・・・なんなんっすか・・・」
「ウチのクラスの奴の筈・・・」
「由利さんの中学って一体なんなんっすか・・・?」
「知らない・・・」
雪と由利は、二人して頬を引き攣らせるだけだ。御子柴達に加え、カイトとティナなのだ。軍隊を持って来た所で勝てない様な二人に、御子柴達も居るおかげでみるみるうちに敵の数が減っていく。それを見た雪が呆然と指折り数えるぐらいしか残っていない襲撃者達を少し哀れに思う。さっさと逃げればいいのに、メンツが邪魔をして逃げられていなかった。
「まあ、不運だったな。お前らは万全を期したんだろうし、全て上手く行っていたんだろうが・・・まあ、お天道様は見ている、ってことだな。沈みかけてもお日様が見てるうちは悪いことは出来ん。」
そうして、最後の数人を片付け、地面に伏する襲撃者達を前に、カイトが笑いながら告げる。本当ならば、彼らの復讐は成功していたのだ。現に由利達を罠にはめて囲い込む所までは、上手くいっていた。
だが、それをたった一つ、雪という少女が得た幸運が覆した。彼女が偶然由利とソラの会合を知っており、ソラに助力を請い、そこでカイトと出会い、合縁奇縁で、御子柴達までやって来た。誰もそんな展開は予想出来ないだろうし、カイトとて、御子柴達までは予想出来なかった。それを予想しろというのは酷だし、それを予想できればそもそもで作戦は実行しない。
そうして、襲撃者達の絶望は覆らぬまま、乱闘は終りを迎えたのであった。
お読み頂きありがとうございました。




