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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第12章 始原の人王と未来の真王編

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断章 第24話 クル・ヌ・ギ・アの女神

 さて、イシュタルの一撃により開かれた『帰還する事のない土地(クル・ヌ・ギ・ア)』への道を通って一気に『帰還する事のない土地(クル・ヌ・ギ・ア)』へと入ったカイト達だが、そこで待ち受けていたのは、カラカラの大地とほこりまみれの空気、薄暗く陰鬱とした雰囲気だった。


「・・・うわぁ・・・ここに住んでたら性格まで暗くなりそう・・・」

「実際、無茶苦茶暗いわよ、あのクソ姉」


 カイトのつぶやきに対して、イシュタルがしかめっ面で告げる。が、そのしかめっ面の中には、どこかの哀れみがあった。やはり、こんな所に閉じ込められている姉への憐憫はあるらしい。


「いや・・・それは良いんだけどさ・・・二人共目の前にとりあえず視線向けない?」


 そんなカイトに対して、モルガンが告げる。二人は努めて何も気にしない様にしていたが、冥界の出迎えが無かったわけではない。それどころか、ある意味では熱烈な歓迎会が開かれようとしていた。が、それにカイトは嫌そうに顔を顰めた。


「えー・・・やだよ」

「あはは・・・でもこのまま行くと皆揃ってゾンビのお食事になっちゃうんじゃないかな」

「はぁ・・・何時からオレはゾンビ映画の中に入っちゃったんでしょうかねー」


 ヴィヴィアンの言葉に、カイトがようやく目の前に意識を向ける。そんな彼の目の前には、まるで波の様にゾンビの群れが立ち塞がっていた。おまけに、今にもこちらに襲いかかりそうな雰囲気があった。


「なんでこんな事になってるのさ?」

「あのクソ姉の仕業よ。私への嫌がらせとかじゃなく、入ってくる者達への攻勢防御。あいつの拒絶の現れ・・・シタ、ミトゥム。いつも通り、消し飛ばして進むわよ」

「「やれやれ・・・だからここまでされているのだとわかりませんかね、この主様は」」


 シタとミトゥムはそう言うと、ライオンへと姿を変える。ちなみに、後の話では本来彼女らは付喪神ではなく、イシュタルの聖獣らしい。

 それが紆余曲折を経て、シタとミトゥムというイシュタルの武器に宿る事になったそうだ。と、そんな二人の聖獣の苦言に対して、イシュタルは平然としていた。全く堪えていない様子である。


「知ってるわよ、そんなの」

「いや、それ以前にこれを説明していただけませんかねぇ」


 と、そんな三人組に対して、カイトが抗議の声を上げる。『帰還する事のない土地(クル・ヌ・ギ・ア)』がなぜこんな事になっているのかさっぱりだ。いや、魔物が出る事に驚いているわけではない。スカサハの治める『影の国』を見てもわかるが、別に冥府に魔物が出る事はなんら不思議のある事ではない。

 が、溢れかえる事はあり得ない。だからこそ、スカサハは己の国を隔離する事にしたのだ。そもそもこういった魔物が溢れかえる事がないように、冥界の神々は己の支配下である冥界を治めるのだ。だというのにこれは最早逆に魔物の出現を促進し、それを操っているかの様だった。


「ま、自分で考えるか・・・それかあのクソ姉に聞けば?」


 イシュタルはそう言うと、不機嫌そうに顔を歪めて顎で少し上空の暗い闇の中を指し示す。それと、同時。声が響いてきた。活気あふれるイシュタルとは正反対にそれは陰鬱としていて、非常に張りのない声だ。が、それにも関わらず、非常にきれいな声だ。透き通る様に澄んだ声。それは幾ら陰鬱としていようと紛うこと無き女神の美声だった。


『・・・何の用?』


 エレシュキガルの問いかけに、イシュタルはカイトに顎で要件を告げる様に促した。エレシュキガルの声を聞いた途端、一気に彼女は不機嫌さがマックスに到達している様子だった。だからといってカイトの成すべきことが変わるわけではない。

 そもそも、これは必要な事だ。何時かは、文明は終焉を迎えねばならない。そうやって新陳代謝を図り、文明を生み出す人類は進んでいくのだ。そしてこのままでは何より、彼女自身が進めない。が、ここでカイトは一つ、気付いていなかった。一つだけ、重要な事を彼は見逃していたのだ。


「ギルガメッシュ王の言いつけにより、冥府の終わりを告げに来た」

『・・・』


 カイトの言葉にエレシュキガルは声こそ発せなかったが、僅かな嘆きと多大な驚きを滲ませる。それはカイトにまで伝わる程だった。が、だからといって、カイトに何かしてやれるわけではない。ここでの彼は使者だ。使者である以上、彼に出来るのは終焉を告げる事だけなのだ。


「御身の嘆きについては、拙い身なれど僅かばかりの理解を示そう。そして、後代の文明の申し子の一人として、原初の文明の冥府の女主人に多大な感謝を」

『そう・・・貴方が、ギルガメッシュが告げた『真王』なのね・・・』

「はぁ?」


 己の言葉を遮ったエレシュキガルの言葉に、カイトはまたかよ、と顔を顰める。どこまでギルガメッシュはカイトの話を広めていたのか、と思わず呆れ返る程だった。が、そうしてその次のエレシュキガルが放った敵意には、思わず目を見開くしか出来なかった。


『そう・・・貴方が・・・』

「っ!」


 ごぅ・・・と『帰還する事のない土地(クル・ヌ・ギ・ア)』の奥の方から強烈な圧力がカイト達の所にまで届いてきた。それは殺意にも近い敵意。どうやら、歓迎されていないらしい。

 いや、勿論カイトとて歓迎されるはずはないだろうな、とはわかっていた。これから貴方を殺します、と言いに来たのだ。歓迎されるはずがない。それはわかっていたが、ここまでの敵意は予想外だった。


「一体どういうつもりだ!?」

『・・・貴方は私の敵よ・・・』

「っ・・・こりゃ、結構手こずりそうかね・・・」


 エレシュキガルの拒絶の言葉に、カイトの顔に苦いものが浮かび上がる。陰険で陰湿。生を司るイシュタルとは正反対の女神だ。どこかサバサバとして死もまた道理と受け入れるだろうイシュタルとは違い、エレシュキガルはそう言う意味では、意地汚いのだろう。

 と、そんなカイトに対して、イシュタルが問いかけた。彼女の答えは決まっている。が、今回の彼女は単なる同行者だ。主体性はカイトに持たせるべきだ、と判断していた。


『食らいなさい・・・久方ぶりの生の肉・・・存分に食らい、英気を養いなさい』

「っ!」


 エレシュキガルは苦い顔のカイトに対して、彼女の持つ権能を使いカイトの動きを制止すると同時に、ゾンビ達に対してカイトへ襲いかかる様に命ずる。

 ここは、エレシュキガルの治める冥界。そして、ここではエレシュキガルこそが絶対のルール。神話では冥界から出られない代わりに、彼女は冥界では神々さえも絶対に逆らえない絶対者として君臨する。それ故。それは如何にカイトにとて有効な権能だった。


「さて・・・で、使者殿? どうされるおつもり?」

「はぁ・・・まぁ、はじめから覚悟の上か・・・おぉおおおお!」


 カイトは彼の身体を縛り付けるエレシュキガルの権能に対して、一気に力を漲らせていく。そもそもこのままゾンビ達に食われるなぞまっぴらごめんだ。降りかかる火の粉は払わねばならぬ。ならば、刃を抜かねばならない時もあるのだ。


「はぁ・・・ったく。こうなるんじゃないかとは思ってたんですよ」

「ねー」


 カイトにつづいて、モルガンが嫌そうな顔で構える。そもそもこうなるのは当然の流れだろう。が、このまま見過ごしておくわけにもいかない。

 メソポタミア文明はすでに終わったのだ。最早、この地球上にはギルガメッシュの治めるウルクと遺跡という形でしかその姿を残していない。前者についてはその後継者や最早別の文明と見るべきだ。

 しかし、彼らの文明が根付かせた様々な神話は世界中で文明を庇護し、文明を今へと繋げてくれた。感謝の念は絶えない。絶えないが、終わらせねばならないのだ。

 その汚れ役を負えというのであれば、カイトとてやるしかなかった。誰かが、やらねばならないのだ。ならば、その汚れ役を引き受けよう。そのつもりで、ここに来た。


「・・・悪いな、冥界の女主人殿。御身の嘆き、恨み・・・この身に引き受けよう。然れども、この冥府は遠の昔に終わっている。もう、終わらせねばならないのだ」


 カイトは使者として、勇者として告げるべき事を告げる。彼とてそのままにしてやれるのなら、してやりたい。彼女は生贄にされたのだ。救ってやれるのなら、救ってもやりたい。

 だが、如何にカイトとて出来ぬ事はある。如何に彼とて世界のシステムは変えられない。地球のシステムとしてこの冥府がエレシュキガルと繋がっている限り、どうにもしてやれない。それを切り離す事は、如何に世界最高の魔術師であるティナとて、大精霊達と繋がるカイトとて不可能だ。権能が違う。


「へぇ・・・」


 そんなカイトに、イシュタルが小さくほくそ笑む。この圧倒的な権能を前にして、それこそ己さえも縛られる権能を前にしてなお、彼は迷わず立ち向かう。それどころか、更に覇気を漲らせたのだ。どうやら、王としての道理は心得ているらしい。イシュタルはカイトをそう見抜いた。

 どれだけ足掻こうと、全員救える事は出来ない。どれだけ足掻いても最大公約数でしか、幸福は得られない。犠牲、否、生贄を認めねばならないのだ。だが、だ。


「さて・・・見させて貰いましょうか。『真王』の器とやらを・・・カイト! 私のも解いて!」


 イシュタルは密かにそう呟くと、カイトへと己を縛り付ける戒めを解く様に願い出る。情けない話であるが、彼女とてメソポタミア神話に記された女神だ。それ故、どれだけ足掻こうともこの冥府ではエレシュキガルのルールに従わねばならないのである。


「はいはい・・・」


 カイトはイシュタルの求めに応じて、彼女を縛り付ける戒めに対してそれと拮抗可能なだけの力をぶつける。エレシュキガルの権能を強引にねじ伏せたのだ。並の人に出来る芸当ではない。


「ふぅ・・・ありがとね。いっつもこの力にやられて、逃げ帰る事になるのよ」

『それでも諦めない我が主には呆れ果てるばかりですな』

『と言うより、馬鹿なのではないですかね』


 感謝を述べたイシュタルに対して、二人の聖獣達は辛辣だ。が、これで良い関係なのだろう。


「何か言ったかしら?」

『『いいえ、何も?』』

「やれやれ・・・」


 己の問いかけに何ら憚る事もなくそう嘯いたシタとミトゥムの二人に、イシュタルはため息を吐いた。とはいえ、ここで投げ捨てていく事も出来ない。これから、彼女らには頑張ってもらわねばならないからだ。と、そんなイシュタルに対して、刀を構えたカイトが問いかける。


「さて・・・じゃあ、道案内は頼んでも?」

「あら・・・イナンナの冥界下りは知っているのね」

「それは勿論」


 カイトはそう言うと、斬撃を放つ。これは所詮魔物だ。ためらう必要もないし、冥界は壊れると決まったのだ。ならば、遠慮する必要もない。ただ奥へ向かって進み、為すべきことを為すだけだ。


「付いて来て! 走るわよ!」

「あいさ!」


 イシュタルが一気に駆け出して、それに続く様にカイトもまた駆け出した。イシュタルはかつて理由はわからないが『帰還する事のない土地(クル・ヌ・ギ・ア)』の最奥、エレシュキガルが座る玉座にまでたどり着いてそこに腰を下ろした。ならば、そこまでたどり着いた事があるのだ。


「モルガン、側面の援護お願い!」

「はーい!」

「私はどうしよっか?」


 側面の援護を請け負ったモルガンに対して、ヴィヴィアンが笑顔で問いかける。如何に近接戦闘に優れた彼女でも、カイトとイシュタルの速度では足手まといにしかならない。なので彼女も肩の上だった。


「適当におしゃべりでもしててくれ!」

「はい」


 楽しげに、ヴィヴィアンが応ずる。そうして、カイト達は一路『帰還する事のない土地(クル・ヌ・ギ・ア)』の奥にあるというエレシュキガルの館と、そこにあるとされる冥府の中心部へと向かう事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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