断章 第19話 王ならざる者
カイトが全てを語り終えた後。ギルガメッシュはあまりに壮絶だったその物語に、絶句していた。
「これが、あの時起きた事件です。世界さえどうする事も出来なかった問題。誰しもがこんな事が起きるとは思いもよらなかった事件・・・その後始末ですよ。全く、馬鹿馬鹿しい。被造物の行動が読みきれないとはね」
「まさか・・・そんな事が・・・」
全く知らなかった。ギルガメッシュは言外にそう告げる。だが、あり得ない可能性はない。この世を作った存在は、創造物たる人にほぼ全ての可能性を与えた。それこそ人々が暮らす基盤たる世界の破壊さえ可能になる力を与えた。だからこそ、カイトが語った事件が起きる可能性はあり得た。
「・・・そうか。それで、オレが教えた以外の大精霊が存在していたのか」
ギルガメッシュが得心する。彼はとある契約をこの世界の創造主という意味での『世界』と結ぶ事により、大精霊達の事を把握していた。だが、把握していたのはその存在だけだ。とはいえ、それ故に気付いた。大精霊達が後から増えていた事に。
「ええ・・・あの時、『世界』は何処かで世界を統合して管理する事が必要である事を悟った。管理されなければ、一つの世界での影響が波及して他の世界の運行が乱れる事を知った。世界は別個で存在しているが、決して無関係に存在しているわけではない事を知った」
「創造主は全知全能ではない、か・・・」
ギルガメッシュが呟く。初めから知っていた事だ。この世界の創造主は、この『世界』そのものだ。それこそありとあらゆる事柄は彼らが規定した。重力や光の屈折等の物理現象だけではなく、魔術の構成要素一つに至るまで、彼らが規定した。彼らは無数の試作と試行錯誤を繰り返して、この世界を作った。
だが、それでも全てを知っているわけではない。例えれば、パソコンのアプリケーションだ。実際に動かしてみて初めて見えるバグが存在している。だからこそ、彼らも予期せぬ出来事が起き得る。そして、現実問題として起きた。彼らも全知全能ではない証だった。
「所詮、『世界』も全てある一つの概念が生み出した子供達・・・そしてその真なる創造主とて、全能ではない。故に、この世を規定している『世界』達でさえ全知全能には程遠い、でしょう?」
「そうだな・・・神話にして真話、か・・・懐かしいな」
かつての己の言葉を口にしたカイトに、ギルガメッシュが同意する。カイト達の住まうこの世界の創造主はその世界そのもの、即ち『世界』達であるが、その『世界』達とて被造物だった。
何も無い所に何かが生まれる事はない。そもそも『無』から『有』を創造する事だけは、如何に万物の運行を定めた『世界』とて出来る事ではないのだ。それは道理ではないが故に、だ。『無』とは『無』。ありはしない。存在しないのに物質を創る事は出来ないだろう。
ならば、自然発生する以外には誰かが創造するしかない。そしてその自然発生は誰かが定めたルールに基いて、行われる事だ。
であれば、ここまで理論的にしっかりと構築された世界が自然発生するとは考えられない。誰かが、秩序を創り出し、世界を規定したのだ。それを人は神と呼び、また別の名では創造主と呼ぶ。
「物語に語られる全知全能の神がいるとするのなら、それはこの世を作り上げた創造主だけだ、か」
「世界の仕組みは『世界』達自身が規定した・・・故に真の意味での創造主は全ての『世界』達のみ、でしたね」
「ああ・・・ふふ。そうか、思い出せば当たり前の話だったな・・・」
「どうしたんです、急に・・・」
「いや、少し、な」
ギルガメッシュが楽しげに笑う。何かを思い出したらしい。
「大昔。オレの冒険譚を思い出しただけだ」
「へー・・・」
「興味がありそうだな」
「ええ。ギルガメッシュ叙事詩ですからね」
「後で、な」
ギルガメッシュが笑う。別に隠しているわけでもない。そもそも彼の物語は一部脚色や欠損、当人の嘘による変更があるが、現代にまで語られている。話した所で別に困る事はなかった。とはいえ、それは後で、だ。今語る内容ではない。というわけで、ギルガメッシュが話を修正した。
「・・・まぁ、とりあえず。そういう話であれば、筋が通る。全4体の高位の大精霊・・・世界の統一した管理者か」
「ええ。時間と空間の世界の運行の為の必須条件を統一管理する者達。精神と物質というこの世全てを形作る物質とそこに宿る意思を守護する者達・・・あの事件の時、世界は4体の大精霊を新しく創造した。後者は万が一に備えて、ですね。流石にその事件はあまりに大きすぎましたので・・・」
カイトは改めて明言する。実のところ、彼だけでなく多くの者が高位の大精霊4人を誰も知らないのも無理はない。あまりに権能の規模が違いすぎた。それこそ彼女らの力を借り受けられれば、全ての世界で神の如く振る舞える。
やろうとすればそれこそ死者蘇生とて簡単に、デメリットも無しに成し遂げてしまうだろう。あまりの権能に隠さねばならなかったのだ。
そしてだからこそ、当初はそんな存在を『世界』達は創造しなかった。もし悪用されれば、誰か一人の好き勝手にできてしまうからだ。人の自由を認める彼らも、それは望まないらしい。
だが、それを作らねばならなかった。それまではその危険性故に作らなかったが、自分達さえ想定していなかった事態の発生により、必要性が出来てしまったのだ。
「時の異常、か」
「ええ・・・ありとあらゆる世界の時が狂った。一つの世界での事件により、更に様々な世界へと時の異常が波及することになった事件・・・おそらく、数少ない魔法の使用例でしょう。時空魔法。正真正銘、全ての世界に波及する大魔法でしたよ」
ギルガメッシュが告げた事件の内容にカイトが同意して、彼のみが知る更に詳しく突っ込んだ所を語る。これは地球の属する世界でもなく、エネフィアが属する世界でもない。全く別の世界で、それは起きた。それが波及して全ての世界へと広がったらしい。
この事態には流石に『世界』達も相当に驚いたらしい。時が歪む程度ならまだ良い。その程度なら、まぁ許容範囲だ。異空間に隔離すればどうにでもなる。歪んだとて、一方方向に流れてくれているからだ。
だが、この事件の時には下手をすると時の流れが自在に逆行しかねなかったのである。過去の改ざん。それが成し得るかもしれなかった。流石にそれには『世界』達も待ったをかけた。
過去の改ざんは、認められない。平行世界を生みかねないのだ。しかもやり直せるとわかってしまえば、成長に要らぬ影響が出てしまいかねない。これを認められるわけがなかった。成長は望むが、同時にそれ故に失敗もして欲しいのだ。
それが、彼らの望みだった。だからこそ当時のカイトというその時間軸では最も強力な増援を派遣して事件の収束を図ると共に、彼らも高位の世界の創造とそこから全ての世界を管理出来る新たな大精霊を作り上げるという事態の収束に奔走する事になったのであった。
「恐ろしいな」
「ええ、本当に・・・」
カイトはこの世で唯一矛を交えた者として、その魔術師の真の実力の程を身にしみて理解していた。故に、心の底から恐怖が滲んでいた。己を呼び寄せるのも無理はない、と思っていた。その魔術師はあまりに強すぎたのだ。その世界では、誰も討伐出来ないぐらいに。
当然だろう。全ての世界に影響を及ぼせる程の力を行使出来るのだ。その事態の収束に創造主達が奔走する程の事態だ。確実に、今のカイトでは敵わない相手だろう。だが、無視はできない。故に、別世界から勝てる者を連れてくるしかなかった。
今で例えればティナとルイス、更にはスカサハやアルトらを加えた所で、勝てないだろうほどの強さだった。所詮、カイトが最強というのは現世の、しかも地球とエネフィアに限った話だ。歴史上、有史上、別の世界にはまだまだ上が居た。
その当時のカイトもその一人だ。あの時のカイトと今のカイトを比べれば、天と地程の差があった。今のカイトにも余裕に勝てる。それが、その当時のカイトだった。そして、彼の最盛期はそれでさえない。
そうして、カイトは更にギルガメッシュの知らない過去を語っていく。勿論、全てではない。カイトとて全ては知らないのだ。だから、語れるだけだ。
「・・・そうか。ありがとう。これで、全てを理解した。今の貴様がどうしてそうなっているのか、という事にも」
「ええ・・・」
全てを語り終えて、カイトは少し疲れた様に息を吐いた。今度は力みすぎていたというわけではなく、語り疲れただけだ。
「ちょっと疲れましたね、流石に」
「すまん・・・」
「ありがとうございます」
カイトはギルガメッシュから差し出された酒を呷る。長く話したからか、口の中がカラカラに乾いていた。そうして、カイトがワインを一口口にして、ギルガメッシュが口を開いた。
「だが、どうしても知っておかねばならなかったからな」
「ならなかった?」
言われた意味が理解出来ず、カイトは首を傾げる。カイトは彼が聞きたいから語っただけだ。彼が彼である限り、カイトは隠すこと無く彼には真実を打ち明ける。が、それはまぁ、所謂保護者が子供に何があったのか、と聞く様な感じだと思っていた。そうして、ギルガメッシュが真剣な目で告げた。
「そうだ・・・お前の王の器を見極める為に」
「・・・やめてくださいよ。オレは王という柄じゃない。言ったでしょう? オレは王位を継いだ事はない。喩え王位を継げる地位に居たとしても、継いだ事はない。王という器じゃないですよ」
ギルガメッシュの言葉に、カイトは冗談はよしてくれ、と思うだけだ。輪廻転生全てを見た所で、己が正式な形で王に就いた事はない。それだけは確かだ。そして、その器ではないと思っていた。喩え己が王と喩えられようと、王ではないと当人が思っていたのだ。
「いいや・・・お前は王の器を持つだろう」
「その器があったとしても、そうなるつもりはありませんよ。面倒だ」
「面倒、か。お前らしいな」
「何分、今はあの頃以上に手の掛かる女が多いので」
僅かな懐かしさと苦味を滲ませるギルガメッシュに対して、カイトはほぼほぼ感情の抜けた淡い笑みを見せるだけだ。王位に何の興味もない。『影の国』では体面的な都合で王位にあろうと、所詮そんな物はスカサハの面子を慮っての事だ。統治者としての仕事は相変わらず彼女がしているし、カイトに何かを求めてきた事は一度たりともありはしない。
彼女もしないだろう。彼女が掲げた『誓約』も本質はそこにはない。彼女の思惑としては、自らに死力を尽くして戦える様な猛者の登場を期待していただけだ。国盗りだ。その当時の常識であれば、燃えないはずはなかった。そんな物に興味を示さなかったカイトは違う時代故に、だった。
「そうか・・・だが、お前は何時かは玉座に着く」
「そもそも器じゃないですよ」
カイトはギルガメッシュの言葉に再度否定を入れる。器ではない。そうとしか思っていなかった。そして、ギルガメッシュはそれで良いと思っていた。王たる覚悟なぞ、後追いで身につく物だ。
初めから王として立てる者は居ない。本当の王の覚悟というのは、玉座に座り初めて見える物だ。それまでの王の覚悟は所詮空想にすぎない。
そしてそれ故、器はそこまでに磨かねばならない。だからこそ、先任者が要る。王が王として立てるために、先任者が必要なのだ。その為に、ギルガメッシュの今までの月日があった。
「・・・まぁ、良い。お前を王に就けるのはオレの決定だ。お前が拒もうとな」
「お断りしますよ、必死で。なんならのし付きで?」
「ははは・・・そうだな、お前はそれで良い」
笑みを浮かべて拒絶したカイトに、ギルガメッシュも笑って頷く。それで良いのだ。これはギルガメッシュの決定であって、カイトの決定ではない。己の言葉に唯々諾々と従うのであれば、そもそもこんな話はしていない。
そして、今の彼はまだ原石だ。王の才はあれど、王の器はまだ完成されていない。圧倒的に経験が足りていない。
王として、為政者として、ではない。遥か彼方の未来にて人類の指導者足り得る為に必要な経験が足りていない。そしてまだ、地球の方にも土台が足りていない。だからこそ、まだまだ経験をさせる必要があった。そして、これもまたその一つであった。
「まぁ、そこは置いておこうか」
「したのあんたでしょうが・・・」
「ははは」
肩を落としたカイトに、ギルガメッシュが笑う。これは告げなければならないから告げたのであって、別に今すぐ王として立て、というわけではない。そもそも時代が早すぎる。まだ、人類はその時ではない。それを、ギルガメッシュは知っていた。
「さて・・・それで実はな。お前に行って欲しい場所がある」
「はぁ・・・まぁ、そういうことでしたら、やりますけど。何処ですか?」
「何・・・一つの文明が終わりを迎える。その終わりを告げて欲しいだけだ」
「文明の・・・終わり?」
ギルガメッシュが告げた言葉はカイトにも理解は出来たが、同時にその意味が理解出来ずに首を傾げる。文明とは自然に消滅するもの。そういう認識がカイトの認識だ。が、そうではないらしい。
「本当の文明の終焉とは、死者の国の終焉だ。生者が栄えた文明が終わろうと、死者達の国が終わるわけではない」
「それは・・・そうですね・・・」
ギルガメッシュの講釈を聞いてカイトは己の中でそれを咀嚼し、同意する。表向き滅んだ文明があったとて、それは生者が築き上げた文明が終焉していただけだ。その文明の死者達は次の輪廻転生へと向かうまでには、その文明が誇る死の国、もしくは冥界で魂を洗われる事になる。これは世界のルールだ。
そしてそうである以上、生者の文明が終われば次には冥界が終わるのが道理だ。生者が居なくなれば、その魂を洗う為の場所は無用になる。無用になった場所に留まろうとする者は居ない。そうして誰も居なくなった冥界は、世界が再構築してまた別の文明の冥界として再活用する。
世界は見事なまでに、無駄がないのだ。冥界さえ、概念さえ輪廻転生の輪に加えていた。全てを出来る限りリサイクルする。それが、世界の方針だった。
「ということは・・・ここ数百年で滅んだとなるとインカ帝国とかそういう所ですか?」
インカ帝国の滅亡は1500年代中頃。スペイン人の侵略を受けて、インカ帝国は滅亡していた。それからもしばらく文明は続いていただろうが、その前にキリスト教の流入はあった。となると、かなり多くの魂がそちら側に引っ張られていたはずだ。
人の輪廻転生に必要な魂の洗浄期間は大凡300年から500年。早ければより早くはなるが、遅くても1000年にはならない。それらを考えれば、インカ帝国に関連するインカ神話に属する冥界がそろそろ終焉を迎える頃のはずだろう。
「いいや・・・終わりを告げて欲しい文明の名は、メソポタミア。オレが属していた文明だ」
「は・・・?」
告げられた意味が理解出来ず、カイトが目を見開かせる。メソポタミア文明の終焉は実はそれなりに現代に近く西暦10世紀となる。となれば、それでもいくらなんでも可怪しいだろう。
確かに、神話の時代から続く最古の文明で、おそらく人類史に限れば最長の長さの文明だろう。それ故、超長寿の種族が最後まで信仰していたとしても、これは可怪しい。魂そのものの洗浄に必要な時間は先に述べた通りなのだ。
あり得る可能性としては一つあるが、その一つの可能性としては、この飛行都市ウルクがまだメソポタミア文明のウルクと見做されている場合だ。故に、カイトが問いかける。
「まさか・・・ここはウルクであってもウルクではないでしょう? メソポタミア文明の後継者であっても、その文明では無いはずだ」
「ああ。ここはウルクではあるが、死者については少々イザナミ殿との契約で黄泉平坂へと送らせて貰っている」
「マジすか・・・」
ギルガメッシュから唐突にされた暴露に、カイトが半笑いになる。何故太平洋に浮かんでいるのか、等気になる事は多いが、どうやら日本に関わりがあるのだろう。
「まぁ、詳しくは自分で見てこい。少数でな。変に数で攻め入っても面倒になる・・・ああ、それと行く前にイシュタルに声を掛けておけ。あれは存外義理堅い。未だに都市国家ウルクとして思っているのか、この街に住み着いている。『天の舟』でも借りておけ」
「はぁ・・・」
百聞は一見に如かず、ということなのだろう。ギルガメッシュはカイトに対してそう告げる。確かにこうやって話された所でほぼほぼ理解は出来ない。見てきた方が早い事もあるのだ。そうして、カイトは部屋を後にするべく、立ち上がるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




