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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第12章 始原の人王と未来の真王編

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断章 第18話 過去の悲劇

『あぁあああ!』


 悲しい。ただそれだけが、己の身体を支配していた。狂おしいまでの悲しさ。そして、真実狂う程の怒り。それが、己を突き動かす。流れるのは漆黒の涙。流させるのは真紅の血。彼女から流れ出た血と同じ色。それが、更に己を狂気へと導いていく。


『もう良い! 止まれ!』


 親友と呼べる男が、己へと制止を掛ける。だが、止まれない。止まり方がわからない。己で己をコントロール出来ない。流れる血が、流される血が、流させる血が、己を狂わせる。わからない。この手を濡らす血が己の物なのか友の物なのか、それとも最愛の女の血なのかが、わからない。


『うぁああああ!』


 慟哭の獣。己はそれに堕ちた。獣に理性は存在しない。そして人とて元は獣であるが故に、理性を失えば獣に戻ってしまう。故に、今の己は慟哭の獣。理性を捨て去った獣の身。その鳴き声は叫び声。奪われた事に対する慟哭の鳴き声だ。


『っ!』


 一撃で、大地が大きく抉れる。大地が揺れる。現存するありとあらゆる世界よりも遥かに強度の高い世界が、揺れ動く。

 それでも、正気には戻らない。あまりの嘆きと怒りに目の前の男が敵なのか味方なのかが、わからない。獣の己にわかるのは、ただ一つ。相手が敵だということ。武器を構え、力を振るってくる英雄であるということだけだ。


『うへ・・・これは・・・ちょっとぶちギレすぎ・・・』


 間一髪、真紅の英雄が己の攻撃を避ける。だが、その甚大な被害に顔を引き攣らせる。己と彼は親友だ。故に、大抵の事は知っているつもりだった。だがまさか、ここまでの一撃とは思いもよらなかったらしい。が、逆に理性の無い暴力故に、簡単に回避出来た。

 今の己の攻撃は、直情的で直線的。当たり前だ。怒りと慟哭に支配された獣に、優れた技は振るえない。人として培った無数の技は振るえない。それら全てを使える理性と知性、今まで得てきた全てを捨て去って、獣に立ち戻ったのだ。使えるはずがない。


『あぁあああ!』


 再び、力を振るう。空が引き裂かれる。天が割れるとしか表現出来ない。その一撃は大地を砕き、空を引き裂いていた。本当の己の力は、それほどの力だった。それが技を失った対価の力。理性を捨て去った対価としての、理性ある人の身には決して振るえぬ最悪にして最強の力だ。

 だが、これでさえ。まだ抑えていた。力を振るう先にどうしても破壊出来ない物があったが故に、全力は出せていない。獣とて失えぬ物があれば、全力は出せないのだ。獣に理性が、知性が無かろうとも本能はある。本能が悟れば、獣を加減を知る。


『・・・止めよう、お前を』


 もう一人。獣の前に、黄金の英雄が立ちふさがる。それは、誰だったか。孤児の己の父代わりだった人の様な気がする。自分と彼女の仲を最も祝福してくれた人だった気がする。それを、悲しげな彼の眼で思い出す。

 だが、わからない。彼がなぜ悲しいのかが、わからない。しかし、ふと立ち止まる。己は何が悲しかったのだろうか、と。そして、少しだけ理性が戻った。


『もう良い。もう良い・・・もうこれ以上・・・少し、頭を冷やせ。安心しろ、迎えに行ってやる。便宜も図る・・・だから、今は・・・』


 もう休め。小さく、告げられる。そして悲しげに、彼が武器を構える。そうするしかなかった。被害は甚大。幾つもの村は己の攻撃の余波で焼かれ、幾つもの街は己の攻撃の余波で凍りついた。そしてその当時の王都は己の攻撃が直撃し、しかし、ある加護により消滅を免れた。

 それがなおさら、獣の暴走を招いていた。一番滅ぼしたい相手が、そのままなのだ。あの中に、恨む相手がいる。なのに、それには届かない。強固な守りの中に守られている。とは言え、そこは王都だ。幾ら王が守られているからといえど、これ以上、暴れさせるわけにはいかなかった。

 勿論、幾ら守りがあるからといえど王都にも被害が無かったわけではない。王都とて甚大な被害を被った。この時の世界でなければ、紛うこと無く国が破滅した程の被害を被っていた。


『あぁ・・・』


 なぜ、こんな事に。慟哭の獣が僅かに、理性を取り戻して立ち止まる。そして立ち止まって、気づいた。被害が妙に少なくなっている、と。誰かが、これ以上の被害が生まれるのを抑えていたのだ。


『兄さん!』


 数多の見知った筈の者達が、立ちふさがる。力があろうと無かろうと、関係がない。ただ、一つの想いの為に立ち塞がっていた。それは、これ以上獣に何も滅ぼさせぬ為。誰かが為ではない。己の為だ。もうこれ以上、己に罪を犯させない為だ。それを心の何処かが、理解した。

 それが、決着の合図。慟哭の獣が僅かにでも理性を取り戻せば、それは獣に近いだけの人だ。同じ人なら、勝てるだろう。それが英雄達が力を合わせたのなら、なおさらだ。そうして、世界最初の悲劇の物語は終わりへと、向かうのだった。




 その原初の悲劇から、遥か未来。カイトとギルガメッシュは再び椅子に腰掛けていた。


「・・・では、改めて。久しぶりだな、カイト・・・そして、はじめまして」

「ええ・・・はじめまして、ギルガメッシュ王。そして、お久しぶりです、先生」


 お互いに、遅くなった挨拶を交わし合う。幾千幾星霜を超えての再会。最後の時は、別れさえ交わせなかった。それは、何処か懐かしさを伴っていた。


「・・・やはり、出て来たか。無限の闇の牢獄から」

「まぁ・・・出て来るには少し手間取りましたけどね」


 かつての英雄が、かつての咎人へと言葉を送る。かつて、最初の時。カイトは罪人に貶められた。そして、牢獄に墜とされた。決して出れぬ牢獄へと、入れられたのだ。彼は決して在ってはならぬ存在である、とされて。


「地獄っちゃあ、地獄でしたよ、あそこは・・・ありとあらゆる混沌の深淵。今まで世界が封じてきた数多の原初のバグのたまり場だ。まぁ、それ故、混沌故にある種の秩序が保たれていたんですが・・・」


 カイトが笑う。あの頃の世界の話はまだ、大半を思い出せていない。だがそれでも、忘れていない事も多かった。と、そんなカイトに、ギルガメッシュが問いかけた。


「・・・恨んでは、いないのか?」

「誰を?」


 問いかけにカイトが笑う。聞いてはいたが、カイトとてわかっている。誰をか、なぞ問うのは愚挙だろう。ただ、しただけだ。恨む、と言われても恨む理由が無かった。だからカイトは心の底から、断言する。


「恨んでませんよ。さっきも言ったんですけど・・・オレに先生やレックスを恨む道理はない。貴方達はオレを止めてくれた。狂い、堕ちたオレを・・・変な話ですが、わかっちまうんですよ、今のオレもまた」

「やはり、か・・・」


 ギルガメッシュがため息を吐いた。そこには僅かな嘆きが滲んでいた。そうだろうな、とは思っていた。カイトが絶大な力を得る時は何時も、何かの悲劇がそこにあるのだ。

 悲劇を対価とした、絶大な力。足掻き、藻掻き苦しみ。本来はあり得ぬ道理に手を伸ばしたが故の絶対の力。それが、カイトの力だ。


「悲しかった。ただ、それだけです。止まれなかった事に苦しかった。まぁ、そりゃ、あのクソ共の話ならそりゃ、恨んでますけどね。おかげでオレは地獄を見た。あいつらも地獄を見た。皆にも迷惑掛けちまった。だけど、それで先生を恨むのは筋が違う。貴方は、オレに教えようとしてくれていた。最後のその時まで・・・」


 カイトは、その当時を思い出す。その話は、今は最早カイト・ギルガメッシュ・マーリンの三人しか知らない話だ。何処かで目覚めを待つだろう『彼女』さえ、今はまだ知らない。勿論、今は眠っているティナとルイスも知らない。


「原初の頃の最後・・・貴方が止めてくれて、嬉しかった。恩師として、父として・・・立ち塞がってくれてありがとうございました」


 カイトは深々と、頭を下げる。最初の己は、人に立ち戻ってからも頭を下げる事さえ出来なかった。あの戦いを最後に、永遠の別離になったからだ。愛した女とさえ、あの後は一度しか会えていない。

 今に至るまで幾星霜、この『カイト』と『ギルガメッシュ』という遍く過去を知る存在としては、会えていない。それ故の、遥か過去からの心の底からの感謝だった。


「そうか・・・そうか・・・」


 ギルガメッシュの肩から、力が抜ける。彼は過去世と己の融合を始めた。故に、あの頃の自分もまた、自分だった。それ故の、安堵だった。


「・・・それで、教えてくれ。お前は別の世界で、何を見た?」

「はい? 今更必要ですか?」

「ああ、必要だ・・・そうでなければわざわざ招くか?」

「あはは・・・」


 カイトが笑う。問われたのは、その全てが終わった世界での話だ。確かにその話をするのなら何処が一番安全か、と言われればここだろう。ティナの防備とはまた別種の安全さがここにはある。ギルガメッシュはこの様子であれば、正真正銘別世界の魔術さえ知っている。であれば、この部屋にはその防備が備えられていると見るべきだ。

 そして、カイトに彼へ秘密にすべきことはさほど存在していない。と言うより、無い。彼は正真正銘、己の正体を知っている。何より、その当時の彼が告げたのだ。ならば、今更隠す必要は無かった。


「・・・全てが終わった時。ええ、贖罪は終わったんです」

「そうか・・・それで?」

「シンフォニア王国。それが、その国でした。『七龍の同盟(セブンス・ドラゴン)』に守られた王国・・・そこで、オレとヒメアの物語はとりあえずのハッピーエンディングを迎えました」


 カイトは遠い過去から、比較的今に近いその時を思い出す。遠い過去が主観的な時間として数億年前だとすれば、これは主観的な時間とすれば高々数百年前の話だ。

 それも800年前とかではなく、せいぜい200~300年前とかいう程度である。超長寿の種族に生まれない限り人の一生涯を大体80年と規定して、更に輪廻転生を考えれば、昨日今日の話と大差がない。


「・・・ええ、先生の知る物語は」


 カイトが少しだけ、疲れた様子を見せる。だからこそ、ギルガメッシュは知らない。ここまでは、彼でさえ予測出来た話だ。が、この後がわからない。何がどうなって、こうなっているのか。そこには何らかの欠けたピースがあるはずだ。


「ですが、物語が一つ終わったからと全てが終わるわけではない。また、次の物語が始まるだけだ・・・ははっ。笑えますよ。地獄が終わったと思ったら、更にえげつない地獄が待ってただけなんですからね」


 カイトが嘲笑とも自嘲ともなんとも言えぬ笑みを浮かべる。それに人としては最長の長さを生きているはずのギルガメッシュさえ、僅かに背筋を凍らせる。完全に、狂っていた。見たこともない程の狂気だった。

 いや、今のカイトの状態を考えれば、狂気の残滓というべきか。それが滲んでいた笑みだった。カイト程のある種の図太さを持ち合わせる男を、ここまで狂わせる。それほどの地獄が、彼に待ち受けていたらしい。


「そりゃ、あいつも壊れますよ。ぶちギレです・・・全部終わったと思ったら、ですからね。まぁ、先生は知らないでしょうけど、現実として、人類が一度滅ぶぐらいにあいつはキレました」

「人類が滅んだ・・・?」


 言われた事が理解出来ず、ギルガメッシュが訝しげに眉の根をつける。カイトはそういったが、現実問題として現在ギルガメッシュは存在しているし、他にも様々な者が存在している。だが、ふと。思い当たる節がある事に気付いた。


「まさか・・・」

「そういうことです」


 ギルガメッシュが至った答えに、カイトが肯定を送る。一つだけ、可能性があった。そうして、ギルガメッシュが改めて問いかけた。


「かつて『世界』そのものの意思より過去が分岐した、と聞いたが・・・そういうことなのか?」

「ええ・・・世界は平行世界の存在は認めない。平行世界の存在を認めればあまりに無数の世界が存在してしまう。小石一つの動きさえ、IFの可能性を生む・・・それが無数に存在している。一秒後にどれだけのIFの世界が生まれている事やらわからなくなる。だが、どこまで行っても世界は有限だ。そんなに多くの許容範囲は無い。なら、平行世界を増やすではなく、別の世界を増やした方がよほど健全だ」


 平行世界。数多物語で語られる内容だが、現実問題としてそれは存在出来ない。これは少しでも世界の深淵に手を伸ばした魔術師であれば、誰もが知っている事だ。ギルガメッシュも何も言わない。そもそもこれはギルガメッシュが遥かな過去で語った事だからだ。そうして、カイトが続ける。


「ですが、世界は・・・いえ、『世界』の意思達はその特例を捻じ曲げて、滅んだ結末を書き換える事にした。たった一つの軋轢により世界が滅んだのは、彼らも許容出来る事ではなかった。ゼロとイチ。その平行世界であれば、イチを選ぶ」

「・・・それが、過去が分岐した要因か」

「ええ・・・彼女がキレた。まぁ、当然ですけどね・・・ああ、見てもらった方が早いか」


 カイトはそう言うと、一つの映像をギルガメッシュへと見せる。それは、氷の様な何かで覆われた一人の男の墓所だ。そこに葬られていたのは、カイトその人。別人ではない。カイトその人だ。そして、その胸には大きな一つの剣が突き刺さっていた。


「・・・オレはあの時。正真正銘死にました・・・何ら言い訳の出来ない程に」

「まさ・・・か・・・」


 全てを理解して、ギルガメッシュは口の中が乾いている事に気付いた。それが事実なら、あまりに報われない。気が遠くなる程に輪廻転生を繰り返して、正真正銘の地獄を見て、その果てがこの末路だという。認められないのが当然だ。『彼女』が絶望するのも無理はない。


「・・・これは時の牢獄。永遠に出れぬ封印。輪廻転生さえあり得ない・・・ここで、オレはありとあらゆる平穏の為の礎として、消費されるはずだった。輪廻転生さえも無い。ここで、終わるはずだった」

「違う。聞きたいのはそこではない」


 ギルガメッシュはカイトの言葉を受け入れつつも、聞きたいことが違うと告げる。聞きたくはない。あまりに報われない結末だ。だが、聞かねばならない。カイトを導くと決めたのだ。ならば、その嘆きを理解してやらねばならないのだ。


「・・・ええ、彼女です。これをやったのは・・・いえ、やらされたのは、というべきでしょう」

「っ・・・」


 やはり、とギルガメッシュは思った。元々『彼女』に限界が近かった事は知っていた。輪廻転生の中で何度か会って、段々と魂そのものが衰弱していっている事は理解していた。

 そしてついに、とうとうカイトを奪われて人類を見限ったのだ。手に入れた。この手にあった。そう思っていた。なのに、次の物語が始まればその瞬間に失ったのだ。その為だけに必死で罪を償い続けて、ようやく晴れて夫婦になれた。そのはずだったのだ。それを、目の前で奪われた。いや、自らの手で破壊させられた。許せるはずがない。認められるはずがない。


「・・・そして、彼女が世界を滅ぼした。オレを封印から解き放つ為に。その為には、世界は邪魔だったんです」


 男と世界全てを秤にかけて、彼女は男を選んだ。選ぶしかなかった。もうそうするしかなかったのだ。ただ一つの宝。それを奪われてしまったのだ。そして彼女にとっては幸運な事に、それが出来るだけの力があった。だから、それをした。


「・・・これが、世界が分岐した真実です。その後、オレ達は一つの取引を交わした。ですがそこで幾つかの問題がありあの前世へとつながり、先生の助力により現世へと流れ着いた・・・そして、この通り一人の巫女を手に入れてハッピーエンド、です。今は更に別の物語の真っ最中、ですかね。オレの物語として言えば、今は三人の乙女編、という所ですか」

「それが、お前と彼女の前世か」

「ええ・・・」


 語り終えて、カイトは疲れた様に少しだけ、肩から力を抜く。どうやら、知らず少し力が入っていたらしい。とはいえ、今度こそ幸せな結末を手に入れられていたからか、先程の様な狂気はまるで感じられなかった。そして、ギルガメッシュが知りたいのはその間の話だ。彼が知り得ない物語こそを、知らねばならない。


「・・・教えろ。その先を。お前は何を見た? 何をさせられた? どういう結末を迎えた?」

「・・・はぁ・・・少し、長くなります・・・そして、全部は語りません。あまりに長すぎる。そして、オレの記憶も定かではないんです・・・だから、短くなるのだけは、理解してください」


 ギルガメッシュの求めに、カイトは少しだけ疲れた様に語り始める。そうして、カイトの過去語りが始まるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。ここらのお話は一応物語としては本編に預けますが、近々活動報告にて概略を上げる予定です。よくわからん、と言う場合はそちらをお待ち下さい。

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