断章 第11話 遥か過去からの使者
アメリカの招きを受けてジャック達を正式に紹介されてより少し。北欧での一件を終えて、一ヶ月という所だろうか。梅雨に入りじっとりとした空気が漂い始めた頃だ。その日、事件が起こった。とは言え、事件を事件として認識出来たのは、カイトただ一人だった。
「カイトー! お手紙ー!」
「あ、はーい!」
綾音からの言葉に、カイトが応ずる。どうやら何らかの手紙が届いたらしい。というわけで、カイトは自室から出てリビングへと向かう。すると、テーブルの上にはノートサイズの封筒が置かれていた。
「それ」
「あ、うん・・・宛名は・・・筆記体って。読めねーよ・・・誰だろ」
綾音から差し出された手紙を受け取って宛名が英語だった事を理解して、カイトは家ということで一時停止していた翻訳の為の魔術を起動させる。いくらカイトでも筆記体はさすがに読めない。しかもかなり綺麗な字だったので、尚更読めなかった。
「えーっと・・・?」
「どうしたの?」
「・・・ギルガメッシュ?」
カイトの訝しんだ様子に、モルガンとヴィヴィアンが引き寄せられて、書かれていた名前に眉の根をつける。確かに、人類最古の英雄の一人であるギルガメッシュが生きている事はカイトも聞いていた。
が、彼は自分の家の住所を教えた事なぞ一度も無ければ、それ以前の問題として会った事も話した事も一度も無かった。そこは二人も知る所だ。
「どこかで会ったの?」
「いや・・・」
訝しみながらも、カイトはとりあえず封を開ける。幸いといえば良いのだろうが、カイトはこの頃には家の中では海外の友人が居る、と思われている。なので英語の名前で届いても不思議に思われなかった事だろう。そうして封筒を開けると、中にはまた別の封筒と送り状が入っていた。
「えーっと・・・って、日本語普通に使えるんかい」
送り状は普通に日本語だった。わざわざ英語で名前を記していたしいくらカイトの知り合いだからと日本語を使いこなせる英雄はそこまで多いわけではない。が、ギルガメッシュは普通に日本語を使いこなしている様子だった。
「えーっと、どれどれ・・・内容は招待状が一通」
「これだね」
封筒の中に同封されていた手紙サイズの封筒をヴィヴィアンが両手で抱える。見れば確かに招待状、と銘打たれていた。と、それを見て、モルガンが意図を把握した。実は結構知られている話だったからだ。
「ああ、なるほど。あの王様の趣味だよ」
「うん?」
「ほら、あの王様って人類最古の王の一人でしょ? 趣味で王様招いて問答繰り広げるのが好きらしいのよ」
「あぁー・・・そう言えば風のうわさで聞いたな・・・アルトも似たような事言ってたし・・・」
モルガンからの言葉に、カイトが納得する。現状、カイトの裏社会での立ち位置と言うか性格分析では覇王、と位置付けられている。なら、話を聞いてみたいと思うのは正しい判断だろう。
「つまり、オレはギルガメッシュ王のお眼鏡に適った、と」
「嬉しそうね」
「そりゃ、な。地球最古の王様が直々に見てくれるというんだ。興味もあらぁな」
モルガンの言葉に、カイトが笑う。もう一つあるが、そちらはさして気にする事でもないし、言う必要のある事でも無いのだ。意味もなし、と告げない。
「でも、珍しいね。彼が招き入れる、なんて」
「あー・・・そう言えば大抵自分自ら出向く、とかだもんね」
「最近は飛行機とか発達したから、って所じゃないか?」
「あー・・・最後に王様らしい王様ってもう数十年生まれてないもんねー・・・」
ヴィヴィアンの言葉に同意したモルガンは、更にカイトの言葉に同意する。言われれば納得出来る。英国王ジェームズにしたってフェイにしたって、さらに言えばジャクソンにしたって王様というよりは政治家の趣が強い。いや、王様も政治家なのでそれはそれで良いのだろうが、皆を引っ張っていく王様というよりも、という話だ。
「ま、それならそれでいいさ。古代メソポタミアに触れる良い機会だ。楽しませて貰うだけだ」
「今度はお茶飲めるね」
「イラクだから内乱とか怖いんだがな・・・」
「イラクじゃないよ?」
カイトとヴィヴィアンのつぶやきに、モルガンが首を傾げる。メソポタミアは今で言う所のイラク周辺だ。そこから連想したのだが、どうやらイラクじゃないらしい。
「あの王様は今は浮遊するお城を保有してるんだって。で、そこで起居してるらしいよ」
「・・・はい?」
モルガンの言葉に、カイトが目を瞬かせる。ここは地球だ。ファンタジー世界ではない。だと言うのに空飛ぶ城とはなんぞや、と思ったのだ。
「太平洋のどこかに浮かぶ空飛ぶ城。『天空城』。もしくは、<<飛行城塞都市>>ウルク。それが、今の彼の居城だよ」
「なぜに太平洋・・・?」
メソポタミアなのだから中東近辺にいれば良いではないか、とカイトは思ったが、そこらは何らかの考えがあっての事なのだろう。聞ければ聞いてみれば良いだけの話だ。と、そうなってくると行き方等が気になるので、カイトは今まで放置していた招待状に手を伸ばした。
「招待状先に見てみるか」
「だね」
「えーっと・・・招待状。カイト殿・・・」
一応正式な招待状である為か、長々と前口上が書かれていた。それは王様が記すには最上の物で、お手本とさえ言える品だった。が、長いのでカイトは読み飛ばす事にした。
「えっと、行き方は・・・あぁ、あったあった。へー、飛行機をチャーターしてくれるのか」
「飛行場、あるんだろうね」
「結構でかい城か・・・いや、都市って言ってた所を見ると、かなりでかい街の可能性があるのか・・・」
ヴィヴィアンの言葉が指し示す所と同じ想像に至り、カイトが今まで浮かべていた想像図を修正する。メソポタミアでの一連の騒動を考えるとイシュタル神が持つだろう『天の舟』があるとは思わない。それによしんば何か似た物を持ち合わせていた所で、それを常用出来るわけではないだろう。
なので、飛行場は飛行機が離着陸出来る程度の広さはあるのだろう。今までは城単独で飛んでいると思ったが、どうやらそれなりの敷地面積はありそうだった。
「さて・・・服装の指定は無いが、当然ドレスコードだろうな」
「だろうね。一種のパーティみたいな物だろうから」
「で、同行者については・・・ご自由に、か」
モルガンが少し楽しみにしたのを見て、カイトは同行者に関する記述を探す。すると見付かった文言によると、自由にしていいらしい。何名連れてきても良い、という事だそうだ。が、勿論これは常識の範疇で、と言う話だろう。ティナ、ルイス、更に相棒二人が限度と考えるべきだ。と、そこにもう一つの記述を見付けた。
「アルトも来る?」
「へ? どうして? あの子は一度裁定済みだったはずだよ?」
「さぁ・・・」
歴史上初の出来事に、カイトもモルガンもヴィヴィアンも首を傾げる。一度判断を下された者がもう一度、というのは見たことも聞いたことも無かったらしい。
「まぁ、良いか。あいつが来るならそれはそれで安心出来る・・・主に戦力的な意味で」
「あはは・・・」
アルトはアーサー王だ。騎士王ではないが、あの頃よりも遥かに力は上がっている。地球でもトップクラスと呼んで良い。
ギルガメッシュがどの程度の力量かはわからないが、安全に切り抜けられるだけの手札はある、と考えてよかった。と、そうして読んでいたカイトだが、最後の追伸の部分で、思わず手紙を取り落としてしまう事となった。
「・・・え?」
カイトの表情が凍りつく。顔は真っ青だ。有り得ない。思わずそう叫びたくなった。
「どうしたの?」
「なになに・・・追伸。<<蒼の巫女>>二人を連れてこられたし」
「誰、これ?」
「・・・いや、あり得ない・・・嘘だろ・・・いや、でも・・・」
モルガンとヴィヴィアンの問いかけに答えられないほどに、カイトが混乱する。おそらく彼の生涯で五本の指に入るほどの大混乱だった。
「まさか・・・先生・・・なのか・・・?」
「先生?」
「どういうこと?」
カイトが遂に認めた事に対して、ヴィヴィアンとモルガンが首を傾げる。今の今までカイトはギルガメッシュと会った事がない、と彼自身が認めていた。それに来歴を洗おうとも、接触した記録は無い。が、どう考えても今の口ぶりは知っている様子だった。
「あ、いや・・・ん、はぁ・・・これ、ティナには内緒だぞ。<<原初の魂>>・・・正しい意味で、だ。そこで、オレとギルガメッシュ・・・彼とは出会っている」
「<<原初の魂>>・・・たどり着く事が出来たの?」
「ああ・・・オレの魂にはちょっとした仕掛けが施されていた。お陰でそこまで一気見させられたよ」
「うっわー・・・」
カイトのしかめっ面を見て、モルガンが顔を顰める。時折、魂に何らかの仕掛けが施されている者が居るのだ。カイトがその実例だと理解したらしい。仕掛ける者は様々だ。前世で因縁のある者が仕掛けたり、前世での自分が仕掛けたりもする。
「で、そこでオレはギルガメッシュを『先生』と呼んでいた・・・まぁ、それは置いておこう。で、<<蒼の巫女>>は現世だとティナとルイスがそれに当たる」
カイトはため息混じりに、伝えておける範囲で話を開陳する。まだ誰にも語るつもりはなかったのだが、あまりの混乱に少々口にしてしまったのだ。仕方がないので語るしか無かった。
「二人は知ってるの?」
「いや・・・知っているんだが、今は自らで封じている。まだ取り戻すには時期尚早、ってな」
「ふーん・・・」
そういうもの、とモルガンが納得する。ここらはさすがに彼女らでも理解が及ばない。とは言え、だから何なのだ、と言うだけのお話だ。興味が無かった事も大きかった。
「ま、それはそれとして・・・ドレスなら用意しないと」
「テーラー探さないとね」
「エリザに言ってこい。普段着ドレスだからな」
「あ、そっか。じゃ、行ってくるねー」
カイトのアドバイスに、モルガンとヴィヴィアンが消える。当然だが、二人はパーティに出る予定だった。カイトの相棒だし、アルト達も来るというのだ。出向かない方が可怪しい。
「・・・さて。で?」
『あ。なんだ、私に気付いていたのか』
「そりゃな。さすがに世界と世界の狭間からこちらにアクセスするには、世界のどこかに穴を開けないと駄目だろ?」
『そこから勘付かれたのか・・・これじゃ、あっちの子にも気付かれていそうだね』
マーリンは二階にてゲームの真っ最中であるティナに言及する。そして当然の様に、彼女は気付いていた。
「この話をしている最中に来るということは・・・<<白の導師>>だな、あんたは。まぁ、わかった話だったんだがな」
『シュア。もちろんさ。お久しぶり、<<蒼の魔王>>様。時間にしてどれほどかはわからないが、まさか味方として立てる日が来るなんてね。いや、これでも君の教師役の一人だったんだから、本来はこれが当然と言うべきなのかもしれないけどね』
カイトとマーリンはお互いに世界が与えた称号の名で呼び合う。<<蒼の巫女>>も<<白の導師>>も全て、世界が便宜的に名付けた称号だ。力は持ち合わせていない。知っていたから何なのだ、というモルガンの判断はある意味正しかった。
「確かにな・・・で? あんたの手はずか?」
『答えは、ノー。私も気になってね。彼は確かに君たちを導けた彼は並外れた存在だったが、さすがにこれは無理筋もありすぎる。彼に対等と言える者が現れた事然り、彼女を人間が引き寄せられたり、と今回は色々と不思議な事が起こっている。少し同行させて貰って良いかな?』
どうやらマーリンはギルガメッシュが過去世の記憶を持っている事を訝しんでいるらしい。何かの横槍が入っている事を少し警戒していた。アルトは彼にとって最愛の主だ。それに危険が及ぶかも、と見ていられなかったのだろう。
が、今回の事を考えれば、アルトはマーリン・セカンドを連れてくる可能性は十二分に考えられた。なのでそのひ孫のマーリン・セカンドの為にも、カイトの側に張り付く事を決めたようだ。
「いいさ・・・あんたは本当に良い主を見付けたようだな。自由奔放で勝手気ままなあんたが。先生曰く、唯一足りないのは主だけ、だったっけな」
『あはは・・・皆良い子達で私一人ばかりが不出来だよ、本当に・・・さて、それで。何人に気付いた?』
「オレ、ティナ、ルイス。この三人は確定だ。で、あんたも今の会話で<<白の導師>>で確定」
カイトはマーリンの言葉に己の推測を告げる。とりあえず、己を含めてティナとルイスは確定している。これは当人達が言明している。間違いはない。そして、マーリンもそうだと思っていた。
『オフコース。時間だけはたっぷりあったからね。至るまでは簡単だったよ・・・あ、アルトリウスもその一人だけど、覚えているかな?』
「・・・いや、すまん。まだ思い出せていない。が、そうなると・・・<<白>>は無いか。あいつは近くに男を置かないだろうからな」
カイトは呼称の一覧を思い出そうとする。が、出来なかった。<<原初の魂>>云々、とカイトもマーリンも言ったが、まだ二人共完全に思い出せていない。マーリンとてカイトが<<蒼の魔王>>だ、と気付いたのはたった今、ギルガメッシュの手紙を見ての話だった。
そして、地球では有数の魔術師の彼でこれなのだ。魔術師としてはマーリン以下のギルガメッシュが誰よりも把握している事が可怪しく感じても無理はなかった。
「・・・駄目だな。わからん」
『こっちもだよ。彼だった、とは思い出せてもラウンズの皆がそうだったのか、なんか思い出せない。まぁ、称号持ちでない可能性もあるのだけどもね・・・あぁ、そうだ。彼は君の弟君や親友君とは別人だよ。王都で君が懇意にしていた騎士団の団長の一人さ』
「・・・まだ思い出せんな。とは言え・・・ま、現世のオレ達にはどうでも良い話、なんだけどな」
『そうかな? 嘘は良くないと思うよ』
カイトが告げた言葉が嘘だ、と理解していたマーリンは笑いながら、カイトの嘘を指摘する。そう、どうでも良いわけがなかった。
『でなければ、今も君はあの娘を追い求めてなんていないさ。そして、彼女らも探す様になんて告げない』
「さすが、放蕩の大賢者か。先生がその補佐を頼んだ賢者の一人・・・おみそれする」
カイトはため息混じりにマーリンへと賞賛を述べる。あの頃のマーリンは今ほど、忠誠心に溢れた男ではなかった。不良賢者。誰よりも賢く、しかしそれを己が為に使う賢人。己の教師役の一人だった男。そういう男だった。が、それ故、今の彼はその悔恨を共有していた。
『・・・私は、一つとして何かを君達にしてあげる事は出来なかった。ただ、引っ掻き回してばかりのろくでなし・・・人の心を理解出来ない、知識だけの大賢人・・・多分、今生で君に出会えたのはその借りを返せ、って事なのだろうね・・・』
「所詮、別人だ。今のあんたは、騎士達を引っ掻き回しながらも忠誠を誓う偉大な魔術師さ・・・なら、アルトの為に尽くしてやってくれ・・・何時か、オレと道を重ねるだろう偉大な騎士の王へと」
悲しげで悔恨を滲ませるマーリンに対して、カイトが慰めを送る。何があったかは、自分は知らない。知る事は出来ない立場だった。
『・・・ありがとう・・・そして、すまなかった。『王』達に入れ知恵したのは私だ。それだけは、ついぞはらされる事のない悔恨として、魂の奥底に刻まれているよ』
「・・・まさか、あんたから誠心誠意の謝罪がされるとはな。やはり輪廻転生すると別人かねぇ」
『さて・・・どうなのだろうね』
マーリンが笑う。所詮、これは遥か過去。己では無い己の話だ。謝罪をする必要もないし、受け取る必要もない。所詮、別人の話だ。だが、同時に己の話だ。それ故に、感情だけは、伝わってくる。厄介な話だった。
「にしても白と蒼、そしてギルガメッシュ王が先生なら、エクストラである黄金まで揃うか」
『何かが、起きようとしているのかもしれないね。いや、何かが変わったからこそなのかもしれない』
「嫌な話だ・・・オレ達が揃うのならば、それは世界にとって何らかの厄災が起きようとしている事の左証だ・・・これ以上は、揃わないで欲しいんだがな・・・」
マーリンが警戒を滲ませて、カイトがため息を吐いた。当たり前の話だが世界が特殊な呼称をする以上、それは世界にとってなんらかの意味があっての事だ。それを揃えるという事がどういう意図かは今のカイトにはわからないが、少なくとも良い事ではないだろう。そうして、マーリンがそれへと言及する。
『その為に、彼女らも集められたのかもしれないね。エネフィアではユリシアが補佐して、地球では彼女らが補佐する。今度こそ、君に真なる英雄として立ってもらう為に』
「ん? どういうことだ?」
『あれ・・・? モルガンもヴィヴィも君のお抱え三人娘だったんだけど・・・気付いていないのかい? それとも忘れた? 君が堕ちたあそこで出会った<<壊れた存在>>だと思ったのだけれど・・・』
「・・・へ?」
カイトが目を丸くする。カイトのお抱えの三人娘とは、彼が前世よりも前の一生で腹心の部下としていた三人の事だった。更にはその前も一緒だった。輪廻転生の中で共に転生させられる事になっていたからだ。
己の配下の中でも一番信頼した、まさに相棒だった。なにげに親の顔よりも多く見た顔だし、恋人達以上に長い時を一緒に居た存在だった。
『あれ・・・勘違いだったかなぁ・・・君、人妻と言うか未亡人も行けた口だったし・・・そうだろうな、と思ったんだけど・・・』
「おい、ちょい待てや」
『うーん・・・』
「あ、逃げるな! ホントか嘘か言ってけ!」
茶化す様に唸って消えたマーリンにカイトが怒声を上げる。と、どうやら彼が消えると同時に、周囲に展開していた幻術が消えたらしい。いきなりの大声に、一気にリビング中の視線が集まった。
「・・・あ。な、なんでもない・・・」
カイトが真っ赤になりながら、何もなかったかの様に椅子に腰掛ける。兎にも角にも彼女らがそうなのか、というのは今のカイトにも思い出せない。
とは言え、思い出せる時がくれば、思い出せるだろう。なので急がない事にした。別に急がなくても今の己が今の彼女らを愛する事は出来る。どうでも良い事である事には違いないのだ。そうして、カイトはゆっくりとやっていくことを決めるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




