断章 初戦闘編 第27話 日本の動き
茨木童子と坂田金時の会合から、数日。やはり何事も無く日々は続いていた。が、何事もないのは対外的なだけで、日本国内としては大きく動いていた。
そんな動きの中に、彼もまた、含まれていた。今日も今日とて鞍馬山で修行を積んでいた総司の所には、一人の来客があった。
「・・・本家の援護?」
「うん。父さんが頼めないかって」
来客は総司の弟の秋夜――正確にはその式神――だ。修行がかなり慣れ始めてボロボロにならなくなった頃で、総司も凰彩に断りを入れて応対にあたっていたのである。
「ふむ・・・面白そうな事になっているな」
「面白い、というよりも相当面倒な事に、だな」
話を横から聞いていた凰彩に対して、上から声がかかる。声の主は総司の所に秋夜が来た事を聞いてやって来た鞍馬だ。今日も今日とて修行の為に若い姿である。とは言え、そんな事で彼は来たわけではない。
「さて、総司。今の日本を取り巻く現状を貴様に語っておくか。実家も関わる事だ。聞いておけ」
彼の要件は、これだ。なぜ来たのか、というのを推測して、そこから自分の知恵も必要になるだろう、とお節介を焼きに来たのである。そうして、しばらくの間総司は鞍馬から日本の現状についてレクチャーを受ける事になった。
「ふむ・・・」
「驚かん奴だな」
「いや、別に・・・そうなっているのだから、そうなっているのだろう?」
「まあ、そうだな」
総司の問いかけを鞍馬も認める。総司は全てを聞いても、驚く事はなかった。ただ淡々と事実を受け入れているだけだった。
「なら、ことさら驚く必要も無いな。それに別に殺しに驚く必要もないしな」
「・・・あぁ、そう言えば貴様らはその筋からお声がかかる程の不良だったか」
妙に落ち着いているな、と思った鞍馬だが、総司の来歴を思い出して納得する。天神市の裏を支配する一角に彼らは居たのだ。当然、殺しや脅し等は日常茶飯事に聞いていたのだろう。
なお、脅しについては兎も角、殺しについては総司達は一度も手を染めていない。配下の少年達が何度か暴行の末に誤って殺してしまった事はあったので、と言う程度だ。彼らはあの当時から自分の力を加減する術は知っていたようで、そこらの手加減を間違える事はなかったらしい。
「まぁ、それならそれで構わん。行って来い。今後日本も戦乱に飲まれる。場数を踏む事が重要だ・・・凰彩。お前も援護と言うか皇志殿の援護に向かえ。皇家の長が討たれるのだけは避けねばならん」
「御意」
鞍馬の指示を受けて、凰彩が頷く。当たり前だが皇志とて自分の身が重要だ、とは理解している。なので今回の援護要請もあったわけだ。
「総司。そうなってくると、貴様は一度護衛としての技術を体得せねばならんだろう。即興だが、付け焼き刃でも無いよりはマシだ。少し修練のメニューを変えるぞ」
「ああ、わかった」
基本的に総司は修練の事に関してだけは、素直だ。というわけで、それから数日の間、総司は凰彩やその他要人警護をメインとして活動している者達から要人警護のレクチャーを簡易だが受ける事になるのだった。
そんな日から、少し。総司はこの日はじめて、自分の本家筋である皇家の敷居をまたぐ事になった。が、勿論盛大な出迎えなぞあろうはずもなく、どちらかと言えば行衣ではない衣服を身に纏う奇妙な青年の来訪に顔を顰められた程だ。とは言え、出迎えが無かったわけではない。
「おぉ、来た来た。待っとったで」
「えーっと・・・確か鏡夜だったか?」
「おうおう。二週間ぶりって所か」
総司を出迎えてくれたのは鏡夜だ。相変わらず彼は本家預かり――二年後もそうなのだから当然だが――で、今回の一件においても九州ではなく京都周辺の防衛の穴の手伝いを命ぜられていた。
ちなみに、なぜ二週間ぶり、となるのかというと、鏡夜が再び写経に鞍馬寺を訪れていたからだ。本家預かりとなった事で鞍馬寺が地理的に近くなったので、回数としては増えたらしい。
「で、俺は何をすれば良いんだ?」
「おう。兄さんは俺の補佐やな。と言っても基本的にゃ見回りやって、魔物居たら討伐やって、不審者おったらとっ捕まえて警察の専門の部署に突き出して、って話や・・・で、凰彩さんはどした?」
「あぁ、あいつなら鞍馬寺だ。この間の雨で本堂で雨漏りがあってな。その修理で少し人足が必要らしい、と手伝いをしてくる事になった。梅雨入り前に修理しておきたいそうだ」
「あはは。あそこもあそこでボロボロやからなぁ・・・」
総司の言葉に鏡夜が笑う。基本的な話として、出来る事は自分達でやるのが鞍馬寺の修行者達の習わしだ。というわけで表も裏も関係なく、雨漏り等のちょっとした不具合が出た場合でそれが簡易である場合には、鞍馬配下の修行者達が修理に赴くのであった。勿論、表向きは懇意にしている大工に扮して、だ。
「まぁ、凰彩さんはやり方知っとるやろからええか。というわけで、兄さんに先部屋の案内しちまうか・・・っと、ちょい待ち。まだ来とらんねやったら、一応伝令は残しとくか」
総司にとりあえず皇本家の案内をするか、と思った鏡夜であるが、その前に凰彩向けの伝言を残す事にする。それは簡単な呪符だ。声を残しておく謂わば陰陽師風の留守録、という所だろう。
「・・・」
「なんや、珍しいか?」
「ああ・・・」
興味深げに自らの所作を観察する総司に向けて、鏡夜が問いかける。どうにもこうにも総司はこういった細かい作業は苦手らしく、呪符を操る事は得意ではなかった。そう言う事を察して四国で呪符を学んでいる者が居るわけであるが、一応総司も気にしていたらしい。
「まぁ、この程度の呪符やと慣れや慣れ。とりあえず気に入ったのつこうて好きにやって慣れてくもんや」
「そうか・・・」
鏡夜はかなりいい加減にアドバイスを送る。とは言え、これは的を射たアドバイスだった。彼が使った呪符は初歩の初歩。才能云々がものを言うのはこれよりも更に上の呪符からだ。
「っと、その様子やと、呪符はあんまり慣れとらんのか?」
「あぁ、そうだ」
「そか・・・なら先に保管庫行っとくか。見回りやと武器持っていかれへんからな。呪符が重要になってくるし、要人警護でも呪符が必須や。兄さんも持っとかんとにっちもさっちも行かん。素手だけで殴り合える奴だけや無いからな」
鏡夜はそう言うと、案内を開始する。そうして向かったのは皇家が配布している呪符の保管庫だ。皇家の家人達が練習で作った物――と言っても性能はきちんと十分な物――を必要に応じて本家預かりの者達や急遽見回りに行く事になって呪符の数が足りない、という者達に対して与えているのである。そこから、総司用に幾つかの呪符をもらっていこう、という考えだった。
「まぁ、ここにあるのは大半がそこそこの性能のもんや。出入りの際におった式神に一言断り入れりゃ、ここに入れる・・・というわけで今回は<<火炎符>>と<<雷符>>、<<風刃符>>を持ってくか」
「どういうものなんだ?」
「火球生み出す奴と、雷生み出す奴、風刃を生み出す奴やな。使い方はさすがに教えてもろうとるか?」
「ああ」
総司は鏡夜から10枚綴りの呪符の束をセットで貰う。製作についてはまるっきり駄目な彼であるが、呪符の扱いに関してならばやらされている。苦手なだけだ。なので彼は修験者服の懐の内側にある呪符を入れる専用のポケットへと束を収納する。
「おし。じゃあ、後は他の所へ行って、見回り行こか」
「当主に挨拶は必要無いのか?」
「皇志さんやったら、今は外回りや。帰ってくるのは夜やろな。遅けりゃ、明日の朝や。どうにも今日は東京まで行って内藤総理と面会やそうや。ま、一応帰って来たらお目通りはするやろ。兄さん曲がりなりにも本家預かりやからな。で、当分は・・・」
鏡夜は現在の皇志の予定や総司のこちらでの滞在中での予定を伝えながら、再び案内を再開する。皇志は日本の裏を取り仕切る陰陽師の一派の総棟梁だ。現状を考えれば、東京と京都を往復する事はなんら不思議な事ではなかった。と、そうして陰陽師達の現状等を含めて予定を語った鏡夜だが、そこでどこか面白そうな顔を浮かべた。
「まぁ、兄さんもあんま心地いい対応は期待せん方がええやろ。そもそも兄さんの来歴に大本は忌み子とか鬼子の類や。さほど、ええ対応にならんやろな」
「別に期待していない」
総司はそもそも不良のリーダー格だ。丁寧な対応や謙った対応が得られるとは考えていない。なので特に気にする事もなかったらしい。
「ま、それならええわ。じゃあ、行こか。とりあえず今日は地図覚えながらになるから、少しゆっくり行くで。あ、後戦闘についちゃ、今はあんま手は出さんでえぇ。下手に死なれても困るからな」
「まぁ、そっちは出来る限りにしておく」
「それでええ」
総司の言葉を聞いて、鏡夜は今度は外へと歩を向ける。そうして、二人は京都の見回りを開始する事になったのだった。
さて、一方その頃。陰陽師達の取り纏めを行う皇志はと言うと鏡夜の言う通り、東京に出て霞が関の役人達や政治家達と会談を行っていた。今は丁度内藤との話し合いだった。
「総理。護衛についてはなるべく厳重にしますが・・・くれぐれも、ご注意を」
「わかりました。それについてはお任せします」
「ええ。なるべく水際で押さえ込むつもりです・・・が、勿論の事、用心に用心を重ねる必要はあります」
内藤からの要請に皇志も応ずる。内藤は総理大臣だ。当たり前の話であるが、警備に手抜きをしていた、という事は有り得ない。幾つもの警備体制を敷いていた。
「それで、しばらくの予定を確認したいのですが・・・」
陰陽師達というのは勿論、公には知られていない力だ。なので道中の警護にせよ、もし万が一の場合にせよ、隠蔽には当然のように魔術が絡んでくる。である以上、内藤と同じ車に乗って、ということは無理だ。なので逐一こういった確認が必要になっていた。そうして、とりあえず二人は今後の予定をいくつも確認していく。
「とりあえず当分は国内を奔走する、と・・・ご老体には厳しいと思いますが・・・お身体は大丈夫ですか?」
「本音を言えば、少し辛い。やはり老体に国の舵取りというのは厳しいものがあります」
皇志の労いに内藤は少しの疲れを滲ませる。さもありなん、と言うところだ。内藤は今年で73歳。皇志が40代中頃である事を考えれば親子ほどの差があった。
一応最高齢は77歳で就任した総理大臣も居るので内藤が内閣総理大臣として最高齢というわけではないが、戦争を睨んだこの時期に総理大臣に就任するには、些か体力的な不安があるのだけは否めなかった。
なお、陰陽師は大半が50代中頃で隠居だ。後は裏で儀式の補佐等をするのが通例だった。体力的にも戦闘力としてもそれがギリギリの限度だった。そこらを鑑みても、内藤がかなり無茶をしているのは簡単に理解出来るだろう。
「お疲れ様です・・・ああ、そうだ。富士駐屯地についてはこちらの手勢も多い。我々陰陽師が使う薬湯をご用意させましょう。普通の温泉よりも遥かに疲れが取れる。どうか、そこで英気を養われてください」
「お気持ちだけ、頂きます。自衛隊の者達に申し訳が立たない」
「いえ、今の激務を見れば、誰も文句も言われないでしょう。どうか、ご自愛ください。国の為を思えば、休んで英気を養うのもお仕事です」
「・・・そう、ですかね。感謝します」
内藤は少し考えて、皇志の申し出を有難く受け入れる事にする。これからの内藤の予定は、地元での後援会――地元は山口県らしい――での会談と道中で大阪に立ち寄って海外の大使との密会だ。
更にその帰り道に富士駐屯地への慰問を隠れ蓑に天道財閥と協力している航空自衛隊の研究者達から現在開発中の新型戦闘機についてのレクチャーを受けて、となる。他にも細々とした面会や会合への出席は多い。一国の総理である以上当然ではあるが、かなり多忙だった。
「では、護衛については即座に手配に入ります」
「お願いします」
内藤が頭を下げて、皇志がそれに応ずる。この後も更に皇志は宮内庁や防衛省等様々な部署とのやり取りを行っていく。そしてそれが終わった頃には、既に日はとっぷりと沈んでいた。
「当主。お疲れ様です」
「はぁ・・・これは今日はこちらに泊まりになるか」
「ええ・・・」
「本家で何か変わった事は?」
「御子神の長子が今日から赴任し、草壁の嫡男と共に見回りを始めた、程度かと。欧州側ではさほど。また、鞍馬殿が凰彩殿をお目付け役と言う名でこちらへ」
「そうか・・・鞍馬殿には何か菓子折りを持っていく様に言っておけ」
「かしこまりました」
皇志は側近の言葉に応じて疲れた様にため息を吐く。陰陽師として鍛えているので肉体的にはまだ大丈夫だが、精神的には疲れが出ていた。と、そんな彼は車の中で少し何かを考えていた。
「・・・はぁ。仕方がない。刀花へと連絡を入れてくれ。彼女らにも少し協力を頼もう」
「ブルーにはなんと?」
「私から申し出よう。前線には出ない様にはする。予備の予備として、少し欲しいだけだ」
「かしこまりました。アポイントを」
「頼んだ」
今は猫の手も借りたい状況だ。関東に居を構える刀花達の力は是が非でも借り受けたい。諸々の手続きは彼らがやることになるしカイトからはお小言が出るだろうが、現状を考えれば、一つでも手を打っておきたかったらしい。そうして、戦火は刀花達へも、波及していくことになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




