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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第11章 ミズガルズ救援編

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断章 梁山泊軍編 第19話 蒼と翠の共演

 スクルドとブリュンヒルダを除いた『戦乙女(ヴァルキュリア)』を討伐してみせたカイトの前には、最後の二人である二人が浮かんでいた。


「はぁ・・・下手な小細工が出来そうにない二人が残った、か・・・」


 カイトはまだ間合いを測る二人を観察しながら、ため息を吐いた。この二人は段違いの実力者だ。カイトの目測では、地球で最も有名な竜殺しの英雄であるシグルズことジークフリートの実力はローマ最強の大英雄であるヘラクレスに匹敵している。

 その娘であるブリュンヒルダは潜在能力込みで言えば、その彼を超えている可能性さえあった。ジークフリートもう一人の妻である魔術師であるクリームヒルトに対して、生粋の『戦乙女(ヴァルキュリア)』であるブリュンヒルデの血を引いている事が影響していた。戦闘に対する才能が段違いなのだ。

 とは言え、父の領域に達するにはまだまだ死闘の経験が足りていないので、それは数百年は先の話になるだろう。今の彼女の実力は大凡第二世代の『円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンド』の少女騎士達より上、第一世代のガウェイン達より下という程度だ。


「で、かなりの想定外はこっち、か・・・」


 カイトは今度はスクルドを観察する。こちらは下手をしなくても、全力でやれば普通にヘラクレスを超えている。純粋な戦闘能力であればヘラクレスが勝るかもしれないが、培ってきた経験値が桁違いだ。

 確かに有名な死闘の数であれば12の難行を越えたヘラクレスが勝るだろうが、スクルドには神話の時代に群雄割拠時代を生き抜いたと言う実績がある。そこにはインドラらと戦い、ゼウスらと戦い、果てはルイスらと戦った事も含まれている。大半の『戦乙女(ヴァルキュリア)』達とも戦闘経験が桁違いなのだ。

 そもそもなぜ本来は運命を司るノルニルの彼女がこんな所で『戦乙女(ヴァルキュリア)』をやっているのか、ということは甚だ疑問であるが、少なくとも戦士としての実力は疑いようがない。せいぜい指揮官等の役割か、と思っていたカイトであるが、ここまでの実力者とは大幅に想定外――これには彼女を強いと思っていても直に知らなかったフィンやフェルディアらも驚いていた――だった。


「こりゃ、もう小さい女神様、とは見れないな」

「小さくなーい!」


 抗議の声と共にひゅん、とスクルドが消えて、カイトの真後ろに現れる。転移術を行使したのだ。どうやら使えないのではなく、今までは連携の意味でも使ってこなかったと考えるのが道理だろう。それに、カイトは背面に刀を移動させてその斬撃を防いだ。


「っ!」

「私も居る事を忘れないで貰いたい!」

「ちっ!」


 スクルドが仕掛けると同時に、ブリュンヒルダが一気にカイトへと肉薄して<<魔竜殺し(グラム)>>を振るう。それにカイトは左手の魔導書を媒体に、スクルドに対して行ったと同じ様に魔法陣を展開して防いだ。


『姉貴! 来るぞ!』

「ああ、わかっている!」


 グラムの忠告を受けて、ブリュンヒルダは即座にその場を離れる。が、それと同時に彼女はカイトへと向けて蒼銀の翼からつららを放つ。


「無駄だ」


 と、そうして行った攻撃であるが、カイト側は普通に魔導書から光線を放てば終わりだ。


『姉貴。やっぱ思考の分割やって同時に戦闘出来るみたいだ』

「そうか」


 遠巻きにつららを射掛けてカイトを牽制するブリュンヒルダはグラムの推測を道理と受け入れる。というよりも、敢えて言われるまでもなく彼女もそう考えていた。

 当たり前だが、人は同時に幾つもの仕事が出来る様には出来ていない。理由は思考回路が一つだけだからだ。人の頭脳はマルチタスクをこなせる様には設計されていないのだ。

 が、この道理を覆すのが、魔術という物だ。思考を擬似的に分割する事で、幾つもの思考を行える様に出来るのである。使い魔を同時並列で操作出来るのも、これ故だった。同時に複数の使い魔を使役するのが難しい理由でもあった。

 そしてそれを応用すればこそ、幾人もの戦士と同時に戦う事は可能なのである。なお、双剣士としても色々異常過ぎるカイトと武蔵の師弟――魔術が前提ではなかった為――はさておいても、そもそも魔術が前提である場合、攻防両立させる双剣士であれば必須のスキルであった。

 なので、ここではカイトは実のところ思考の分割はさせていない。まだ同時に二人までなら並列処理出来る範疇だったからだ。とは言え、三人以上になるとカイトも武蔵も無理なので分割させる。


「ちまちまと面倒な・・・ヒット・アンド・アウェイに常に牽制織り交ぜか」


 カイトは射掛けられる無数のつららに対処しつつ、スクルドの攻撃に対処する。が、どこか顔付きに苛立ちがあったのは、仕方がない事なのだろう。

 スクルドが常にカイトに張り付いているのに対して、ブリュンヒルダは時にカイトへと肉薄して剣戟を加え、時につららを飛ばしてスクルドの援護を行うのだ。自らがスクルド以下である事をしっかりと理解出来ている証拠だった。功名心がない。

 なお、当たり前の話ではあるが、ブリュンヒルダのつららはカイトが移動してもスクルドに当たらない様に火線はずらしている。カイトが回避したから、といってスクルドに命中する事は有り得ない。そこらもまた、厄介だった。


「さて・・・厄介だな・・・」


 カイトは手を考える。基本的に、カイトの意識はスクルドに集中している。なので右手では常に彼女と戦い続けている。が、勿論その間にもブリュンヒルダが牽制を織り交ぜながら攻撃をしてきている。こちらへの対処も欠かせない。

 とは言え、このまま一方的な攻撃をされていてはカイトが勝つ事は出来ない。どうにかして、反撃に出なければならないだろう。


「・・・そろそろ、か」


 カイトはそろそろ決めに行くべきだろう、と判断する。まだブリュンヒルダはつららが有効だと考えている。とは言え、ブリュンヒルダとてカイトが氷属性無効化の能力を持ち合わせているだろうと気付いているはずだ。

 が、同時にそれがどのような段階でも無意味だ、とは考えていないはずだ。この特殊能力だけは、カイト以外が持ち合わせていない秘中の秘だ。無効化を更に無効化なぞ普通は気付けない。


「っと!」


 スクルドが軽い感じでかなりの火力の攻撃を放つ。そして、そこにブリュンヒルダが割り込んだ。仕切り直しを図ったのだ。

 何より厄介と言えるのは、スクルドが強い事だ。そもそも切れ目なく攻撃を叩き込めるし、もしカイトとの打ち合いで苦境に陥っても今のように彼女が仕切り直しを行うタイミングでブリュンヒルダが肉薄してきてカイトの牽制に入るのである。

 ブリュンヒルダの実力ならカイト相手でも僅かな時間耐えきれる事は出来る。なのでそのタイミングを狙ってスクルドを撃ち落とす事も出来なかったし、勿論この隙にブリュンヒルダを倒す事も難しい。そして仕切り直しされれば、またゼロからやり直しだ。この繰り返しだった。


「勝つことを目的としていないな?」

「勝つ・・・それはどういう意味?」


 カイトの問いかけに対して、戻ってきたスクルドが言外に認める。彼女らの勝利条件はカイトに勝たせない事。つまり、負けなければ良いのだ。

 本当に厄介だった。これでは挑発が意味を為さないのだ。まぁ、そもそもスクルドの練度から言えば、挑発しても無駄だろう。とは言え、出来ないと判断できただけ十分だ。


「ちっ・・・」


 スクルドの答えに笑顔混じりの舌打ちをしたカイトに、スクルドが笑顔を浮かべる。お互いにわかっているからこその笑顔だ。


「しゃーない。手を変え品を変え、ってね」

「!?」


 スクルドの顔に驚きが浮かぶ。カイトは唐突に左右の武器を入れ替えたのだ。


『姉貴!』

「ああ!」


 カイトが何かをしてくる事に気付いて、ブリュンヒルダが<<魔竜殺し(グラム)>>を構え直す。この状況でのこれだ。彼女狙いである事は誰からも見て取れた。

 そして案の定、次の瞬間。スクルドの攻撃を食い止めていた魔法陣が光り輝いて、スクルドは間合いを離さざるを得なくなる。

 が、そこで攻撃の手を緩めるブリュンヒルダではない。こちらに向かってくるのなら、つららを更に強化して、それこそ無効化を無効化するぐらいの練度の一撃を叩き込むだけだ。


「母直伝だ! <<エンペラー・ブリザード>>!」


 ブリュンヒルダにとって、カイトとの近接戦闘は命取りだ。準備を万全に整えられてこちらから向かうならまだしも、準備もなしに一度でも接近を許せばそれが命取りになる。

 だからこそ、取り得る手はスクルドが態勢を立て直すまでカイトを遠距離で抑えきる事だ。そしてこの流れがいつか来る事を理解していればこそ、ブリュンヒルダの行動に迷いも淀みも無かった。


「何!?」

「嘘!?」


 ここで、スクルドもブリュンヒルダも驚きを浮かべる事になる。カイトが防御の姿勢も迎撃の姿勢も取る事なく、ブリュンヒルダの生み出したまさにブリザードの如きつららの雨に向かって一直線に進んだのだ。

 これは無効化を無効化出来る魔術だ。普通に考えればこの一撃を喰らえばカイトの敗北。死ぬ事こそ無いが、自殺行為だ。とは言え、カイトだ。なので顔に笑顔が浮かんだ。


「行くぜ・・・喰らい尽くせ!」


 左手に魔導書を構え、右手に刀を構えたカイトが命令を送る。別にそれに応じなくても勝手に吸収されるのだが、その瞬間、カイトの右手の指に嵌った『祝福の指輪』が蒼銀に光り輝いて、目の前の氷属性の魔術を全て喰らい尽くしていく。


「なっ・・・」

「ほう!」


 ブリュンヒルダが絶句して、オーディンが目を輝かせる。無効化を無効化した攻撃は全ての属性吸収能力よりも優先されるのだが、その無効化を更に無効化出来るとは道理に反していたのだ。

 だが、出来た以上、それは道理に反していない事になる。どう判断すれば良いかわからなかった。そうして、あまりの出来事に絶句して呆けたブリュンヒルダに対して、グラムが叱咤する。


『姉貴! 呆けてんじゃねぇぞ!』

「っ!」


 あまりの出来事に呆けてしまったブリュンヒルダであるが、グラムの言葉で我を取り戻す。これが功を奏した。間一髪、ブリュンヒルダは肉薄してきたカイトへと<<魔竜殺し(グラム)>>をあわせる事が出来た。そうして、きぃん、という金属音が鳴り響く。


「ブリュンヒルダ!」

「おっと! そっちに来てもらっちゃ困るのが今だ!」


 カイトはスクルドに向けて、魔法陣を展開する。この場でスクルドに来られては、せっかく切り札を切ったのに全てが台無しだ。搦め手というのは一度目が最大効果を発揮するのであって、二度目は効果が薄いのだ。なのでこのまま一気に決めるのが、カイトの取るべき手だった。


「<<風よ>>! そして吹きすさべ!」


 カイトはシルフィの力を使って風の力を強化した上で、魔法陣から竜巻を生み出す。それは何か業を凝らしたものではなく、普通に豪風を生み出すだけの単純なものだ。が、そうであるが故に、力押しが効いた。


「きゃぁああああ!」

「スクルド!」

『スクルドの姉さん!?』


 カイトの豪風で押し戻され、スクルドが吹き飛んでいく。力技でカイトに勝てる者は居ない。なので猛烈な勢いで吹き飛ばされていった。

 なお、彼女が小さいから、というわけではない。小さいなら小さい分風の当たる面積が小さくなるだろう。その分軽いだろう、という言葉は認めるが、彼女らは鎧を着ている。その影響はさほどだろう。


「きゃ!」

『っ!』

「取った!」


 思わず驚きを浮かべたコンビにカイトは刀に込めていた力を僅かに抜いて力を逃してやり、ブリュンヒルダに強制的にたたらを踏ませる。驚愕から僅かに身体が固くなっていた事も災いして、これは功を奏したようだ。

 そしてその次の瞬間、カイトは僅かに姿勢を崩したブリュンヒルダとすれ違いざまに、他の『戦乙女(ヴァルキュリア)』達と同じ様に魔法陣を生み出してその動きを拘束する。


「これで残り一人、と」

「いたたたた・・・」


 どうやらスクルドは地面を大きく滑ったらしい。身体の各所の土を払っていた。


「あちゃ・・・遂に私一人・・・」

「鍛え直しは必要なさそうだな」

「うー・・・」


 スクルドが不満げに頬を膨らます。確かにカイトを少しは苦戦させたが、それは初手でこちらしか出来ない策を打っていたからだ。結果として負けているのは負けているのだ。数で囲んで策を打って負けては立つ瀬が無かったし、部隊長の一人としては不満が残る結果だった。


「・・・負けを認めます」

「潔い事で」

「どっちにしろこのままやっても勝てないし、あれだもん・・・」


 目がキラキラと輝くオーディンを見て、スクルドが口を尖らせながらも悲しげに落ち込む。明らかに自分の知らない原理で動いているのだ。知識欲が今にも暴発しかねなかったらしい。

 そしてオーディンはスクルドにとって上司だ。同じ神々でも主神とノルニル兼『戦乙女(ヴァルキュリア)』という違いもある。一応は顔を立てる必要があったのであった。

 そして、そんな部下の判断をオーディンは良しとした。試練なぞそもそもカイトと提携する為に必要な儀式だ。それにしたってこれだけやればもう良いだろう、と思ったようである。


「よろしい! ではそこまで! 即座に貴様はこちらに来い!」

「はぁ・・・」


 カイトは今すぐ解き明かしたい、と言うオーディンの顔に、首を振る。そうしてこの後、カイトはオーディンにこの力についてを根掘り葉掘り聞かれる事になり、この日一日は完全にこれで終わる事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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