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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第10章 神話に語られし者達編
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断章 影の女王編 第31話 影の根源

 スカサハとの語り合いから、少し。カイトはスカサハを立ち直らせたと言うか再誕させて本来の在り方に立ち直らさせたからか、懐かしい夢を見た。


『あいてっ! 殴んなよ!』

『まーた無茶しやがったな、この小僧! この一週間で何度目だ!』

『あそこであれやるのが一番良かっただろ!』


 月夜の中、少年と女性の怒声が響き渡る。それは、今より10年以上も前。まだカイトが復讐者に堕ちるより前の記憶だった。

 そこは、エンテシア皇国のどこかの草原。その日の旅の行程を終えた彼らは、老賢人ヘルメスの張り巡らせた結界の中で野営を行う事にしていた。そこでの、一幕だった。

 少年はもちろん、カイトだ。そして女性は、薄い白に近い紫色の長い髪のダークエルフだ。名を、アルテシアと言う。彼が総じて長い髪の女性が好みなのは、彼女の影響が大きいだろう。カイトが、そして彼の相棒であるユリィが姉貴や姉御と呼んで慕った大剣使いの女性だった。


『それは認める。けどな、まだまだガキのあんたが無茶すんな。ああいう無茶はこの馬鹿にでもやらしときゃ良いんだよ』

『あいてっ!』

『いって! なんで俺まで!?』


 ごん、という音と共に再度、カイトとアンリ――巻き添えを食った――が殴られる。基本的に、彼女も手の早い女性だった。酔っ払って理不尽に殴られる事もあったが、大抵は愛の鞭と言える程度だ。

 そんな彼女の教えがあったからこそ、カイトもユリィも多くの死線を生き残れもした。ここらが、スカサハと似ていたのである。彼女も理不尽だが、それは愛の鞭だった。

 それから、夢の中で幾つもの月日が流れていく。どれもこれもが、カイトにとって大切な思い出だ。そして最後は、彼女の最後の言葉で締めくくられる。


『・・・カイト・・・辛いだろうけど、生きなよ。そして、『イイ男』になれ・・・大丈夫・・・あんたなら・・・』


 きっとなれるさ。聞こえないはずの声は、夢の中だからかカイトには聞こえた。そうして、カイトに背を向けていたアルテシアが最後にこちらを振り向いて微笑んで、光に呑まれていく。

 彼女の最後は、奇妙な話だがクー・フーリンと同じく眠りに抗ったカイトへと攻撃が向いた事に気付いて、彼を庇っての事だった。残ったのは、大剣を掴んでいた右手だけだ。

 あの時のカイトは、クー・フーリンの様な英雄になれなかった。クー・フーリンは、眠りから目覚めて、スカサハを救った。だが、彼にはそれが出来なかった。眠りに抗うだけで精一杯だった。

 状況が状況だし、たとえクー・フーリンでもあの『敵』には抗えないのだから仕方がないだろう、と人々は彼を慰めるだろう。だがそれでも出来なかったカイトにとって、出来た彼は棘として突き刺さっていた。そして、光と涙と共にカイトは目を覚ました。


「クー・フーリンになれなかったオレは・・・せめてイイ男にはなれたのか・・・? なあ、姉貴・・・教えてくれ・・・」


 カイトが涙を拭う。なぜ、スカサハが気に入らなかったのか。それは簡単な話だった。カイトはスカサハに、その大きくて少し理不尽な愛を持つ彼女に、己に生きろと望んだ女性(アルテシア)の影を見た。

 そのスカサハが全てに諦観していたのが、カイトにはどうしても我慢できなかったのだ。自らに生を託した女性に自らの生を否定されているような気がしたのだ。それを考えれば、この二人がこの様な関係になるのも運命だったのだろう。


「ふむ・・・悪い男では無い事だけは、確かだな。それは儂が太鼓判を押してやろう。お主はクー・フーリンかそれ以上の良い男よ」

「うん?」

「何、目覚めてみれば変な顔をしておる男がおったのでな。独り言に答えてやっただけのことよ」


 優しい嘘を、スカサハが告げる。彼女はカイトが夢の中で泣いていた事を知っていた。それで目覚めたのだ。そして、お互いにお互いが誰かの影を見ていた事を知っている。今の一幕で、大凡も把握した。

 とは言え、それは触れない事にしていた。相手に失礼だろうぐらいわかった話だ。スカサハはまだ良いだろうが、カイトは駄目だろう。なにせ相手は勝ち逃げしてしまっている。流石に勝ち逃げした相手を比べられないだろう。


「そっか・・・ありがとな、姉貴」


 こてん、とカイトが横になる。今の一言は、何よりもの救いだった。まだ満足とはいかないまでも、これで少しは胸を張れる。そんな気にはなれた。

 その横のスカサハが何を思っていたのかは、彼女しかわからない。だが、わずかに嫉妬が見え隠れしていた事だけは、事実だった。クー・フーリンがカイトにとって越えられない棘となっていた様に、アルテシアがスカサハにとっては上回るべき好敵手となっていたのである。


「アルテシア・・・のう。見る目はあった、か」

『良い女じゃった、あれは。一人の英雄にここまで根強く根ざすのじゃからな』


 時の大精霊の言葉を小耳にして、スカサハは目を閉じる。ここには夜のない国であるが、同時に朝もない。時間は時計だけが告げてくれている。それによると、今はまだ明け方のようだ。何をするにしても、まだ早すぎる。そうして、カイトとスカサハはもう一眠りするのだった。




 さて、そんなカイトが取り戻した日常だが、結局は何かが変わったわけでもない。なので普通に何時も通りであったが、その前に起きた事によって変わってはいた。


「ああ、そうか・・・そう見れば良いのか・・・」


 カイト達では開けなかった<<ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)>>だが、どうやら魔女達には心をひらいてくれたらしい。リアレ筆頭に蘇った魔女達には、読ませてくれていた。とは言え、やはり古代の魔道書だ。解析が必要だった。そしてその解析は、魔女達の仕事だ。


「ああ、これをこうして・・・だから、この文字は今のこの語句に対応して・・・」

「なるほど・・・確かに、意味が通じるね・・・」


 リアレは今、偶然に解読法に気付いたという研究者の一人から、その解読法の教授を受けていた。魔術として使えるか否かはまた別の事になるが、とりあえず解析が終わらなければ『影の魔物(シャドウ)』と<<ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)>>がどう関係があるのかわからない。なので解析していたわけであるが、そうして、ついに結論が出た。


「だったら・・・結論としては、やはり<<ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)>>に記された『ガミジン』の術式がどこかで使われてる可能性、か・・・」


 読んでいる内に、リアレ達研究者達は一つの答えを出す。<<ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)>>の一冊はどうやら本当に原本に近い物だったらしく、きちんとした魔術の使い方が記されていた。それらを読み進めていると、最初の方に記されていた『ソロモン72柱』の一体の力を借りた魔術に、この『影の国』で起きている現象と同じ現象を引き起こす物があったのだ。


「<<影呼び(シャドウ・リバース)>>・・・誰がこんな馬鹿げた術式使ったんだ・・・?」

「さぁ・・・」

「あ、もう良いよ。ありがとね」

「はい」


 リアレに解読法を教えていた研究者が、リアレの言葉に応じてその場を後にする。見たことのない褐色の肌を持つ美形の研究者だったが、とりあえずはこれで進展だった。


「おーし・・・じゃあ、次は、<<ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)>>と共鳴する方向を探せば、いいわけか」


 <<ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)>>と<<ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)>>に記された魔術は共鳴しあう。それは<<ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)>>と『影の魔物(シャドウ)』が呼び寄せあった事から推測された事だった。

 というわけで、リアレを筆頭とした魔術に特化した種族が集まって、<<ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)>>に封印を施しながら共鳴させる、という妙技を行う。


「南の果て・・・かな? この方角だと・・・スカサハ殿にお知らせしろ」

「はい」


 リアレの言葉に、研究者の一人が報告に走る。解読法が早期に見付かったのは、正直僥倖だった。解読法は著者やその時の気分等に左右される事が多く、気付けない時は何年悩んでも気付けないのだ。が、気付ける時は一瞬で気付ける。その一瞬を起こした人物がが居たことは、幸運だった。

 とは言え、これらは全て、手のひらで踊らされていた事、だった。そしてそれを知る女が、ため息混じりに首を振る。


「やれやれ・・・察しが悪い。もし僕が言ってあげなかったらまた延々待たされる所だった」


 ニャルラトホテプが、ため息を吐く。彼女がリアレに解読法を教えたのだ。彼女としては<<ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)>>とカイトの持つ魔道書を持って彼にはさっさとここを脱出して欲しいわけなのであるが、彼女の予想に反してカイトは脱出をせずに修行に日々を送ってしまっていた。

 脱出して欲しい理由は簡単だ。流石に彼女も死の国ではあまり動きが取れないからだ。彼女とて生き物。幾ら物語で好き放題出来る神様として描かれていても、彼女にそこまでの権能は無い。死の国はその最たる例だった。

 おまけに、ここのトップが最悪だ。万が一スカサハの悋気を買った場合、彼女でさえ分身まるごと全てを殺されかねない。一応復活は出来るが、それでもかなり時間が必要になる。あまり目立った動きは出来なかった。

 つまり、彼女が暇だからだ。かと言って外に出ては、こちらで変な方向に進んで目的が果たせないかもしれない。待つ事には慣れている彼女だが、暇はどうにもならないのであった。


「というわけで、仕方がないから彼に会いに行くかな」


 ニャルラトホテプはそう言うと、ため息混じりにカイトに会いに行く事にする。彼も彼で自分以上に好き勝手やってくれていたおかげで、魔道書の名前さえも見通せていないのだ。そしてその結果、修行の方が忙しいと諦めてしまっていた。これは何よりも予想外だった。


「ああ、カイトさん。魔道書をご覧になられていた、という話なのですが・・・」

「ん? ああ、魔道書か。諦めた。考えるのは苦手でな・・・ああ、お前が解読法を見付けた、って研究員か」

「いえ、僕が気付いたのは偶然ですよ」


 ニャルラトホテプはカイトの問いかけに対して、苦笑気味を演じて首を振る。


「まあ、そう言っても気付けたので力試し、と一度見させて頂きたいな、と」

「表紙しか見れんぞ? リアレさん達魔女でも開けなかったからな」

「あはは。表紙だけでも、見れるかもしれませんからね」


 ニャルラトホテプはそう言うと、カイトに頼んで魔道書を見せてもらう。ちなみに当然だが、彼女はこの魔道書の名前も著者も知っている。内容は魔道書と自分の関係から、分からないのだが。


「ふむ・・・あ、この文字・・・僕の生前に見た事が・・・」

「え? ああ、これか・・・」

「ええ・・・ヘレナ・ブラヴァツキーという方はご存知ですか?」


 唐突に出された名前に、カイトは首を傾げる。とは言え、これは聞いたことがあった。というのも、先にレイバンが来た時に協力者の中に、そのブラヴァツキーの名が入っていたからだ。子孫の一門だという。そこから調べたのであった。


「ああ、アメリカのブラヴァツキー夫人だな。アメリカのオカルティストか」

「いえ、生まれはウクライナの方ですよ。前半生は欧州で生きています」


 ニャルラトホテプが、カイトの知識の訂正を行う。全くの設定であるが、彼は生まれはイギリス、1860年頃に結核で死去した、と言っていた。

 それ故、知っていてもカイト疑問に思わなかった。というのも、そのブラヴァツキー夫人は1840年頃からパリとロンドンで音楽を学んでいて、1951年にロンドンで人生初の魔術の師匠と言える相手に出会っていたからだ。


「実は僕と彼女は同胞でしてね。彼女が書いていた文字に、似た物を見たのですよ。誰かの名前だった、とは記憶していたのですが、誰の名前かまでは・・・師が聞いたのを横で聞いただけですので」

「なるほど・・・アメリカに行けばわかりそう、ということか」

「でしょう。出た後は行かれると良いでしょう」


 ニャルラトホテプの言葉に、カイトが頷く。この魔道書の中には、見たことの無い文字か記号だかわからない絵柄が書かれている事もあった。その時点で解析は諦めたカイトであるが、どうやらその取っ掛かりはあるらしい。諦めたが、見えた光明に少しだけやる気を取り戻す。


「では・・・ああ、もし子孫にあったら、よろしく伝えておいてください」

「ああ」

「じゃあ、後は頼みます・・・ふふふ・・・」


 クスクスクス、とニャルラトホテプは背を向けて小さく嘲笑に似た笑い声を上げる。これで、カイトはアメリカに向かうだろう。そして彼が、あの魔道書を読み解いてくれるだろう。そうなれば、自分の思惑通りだ。再び歴史の表にあの魔道書が姿を表す。そうして、再び三つ目の蛇が顔を出した。


『長かったな』

「あぁ、長かったとも。さぁて、これでもうここに用は無い。場所はわかった。破壊すればいいだけ。後は、出るだけだ。あまり僕らを待たせないでくれよ? そうじゃないと、君の宝物を一番欲しがっている者に渡してしまうかもしれないよ?」


 何処かに消えたニャルラトホテプが笑う。これで、何も問題は無い。というわけで、ニャルラトホテプは居心地の悪い『影の国』を脱出するのだった。





 一方のカイト達であるが、『影の魔物(シャドウ)』の原因が判明していた事から、改めて会議を行っていた。当然だがスカサハとて何時までもこの現状で良い、と思っているわけではない。解決策が見付からないから放置していただけだ。見付かれば解決に乗り出す。


「というわけで、だ。貴様らは南へ行って、原因を調査してこい。もし『ソロモン72柱』の一体が居れば、ついでに潰してこい。儂の国で暴れた事を後悔させてやれ」

「おぉ、影共との戦いももう終いか。フリンの奴は祭りに間に合わんかったか」

「一人出てったあいつが悪い」

「魔道書が見付かってからは早かったな」

「そう言ってもこの国も広い。何処かに落っこちていた魔道書を持ってきてくれねば何もならんだろうに」

「それに、場合によっちゃあ外から持ってきた可能性もあるからな」


 フィン、フェルグス、フェルディア、カイトの四人――会議に呼ばれていた――はようやく終わる『影の魔物(シャドウ)』との戦いに、何処か苦笑気味に語り合う。


「スカサハ殿は行かれんのですかな?」

「儂が? 面倒な事を言うな」


 フェルグスの問いかけに、スカサハが顔を顰める。そもそも彼女が行かなくても大抵の事はなんとかなる。戦闘技量は兎も角、戦闘能力と言う意味ではカイトの方が上だし、<<七重の影の城(スカイ)>>の守りもある。出るわけにも行かない。


「というわけで、行って来い」

「蘇った者達は?」

「知らん・・・が、しばらくは消えぬだろう。身辺整理ぐらいはさせる時間があろう。問題は無い」


 僅かばかりにルールを違えていたとしても、曲がりなりにもこの世に蘇ってしまっているのだ。そしてここまで大規模な術式だ。世界とて強引な修正は行えない。異変が完全に収まるのはしばらく先だろう。

 スカサハの予測としては、100年程の間は<<七重の影の城(スカイ)>>は『影の魔物(シャドウ)』に取り囲まれる事になったままだろう、という所だった。であればその間、死者達もそのままになるだろう。


「やれやれ・・・じゃあ、ちょいと行って来ますか」

「ああ、そうしよう」


 カイトが立ち上がったのを受けて、他の三人も立ち上がる。カイトとフェルディアは遊撃兵として動くので準備は彼一人で済むが、フィンとフェルグスは自らの仲間達を率いて出るつもりだった。時間は必要だったのである。そうして、カイト達は翌朝には出発することにするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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