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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第10章 神話に語られし者達編
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断章 影の女王編 第29話 狂戦士

 初回投稿時に誤解を生んでいたので、一応あとがきに今回の一件について弁明を入れておきました。少し長いのはご了承ください。

 カイトの心臓を突き刺し、逆に自らの心臓を貫かれて強引に魔力を流し込まれたスカサハだが、震えが止まるよりも前に、狂った様に笑い声を上げながら、立ち上がった。


「あはっ! あははははっ! Kyaははhaははは!」


 壊れた様に、スカサハが笑い声を上げる。それは少女のようであり、幼子のようであり、妖艶な妖女の用であった。だが、決して彼女は狂っていない。なにせ渦巻く禍々しい魔力が、彼女が狂っている事を否定していた。そうして、笑い声はゆっくりと小さくなっていく。


「あぁ・・・あぁあああ・・・」


 自らの心臓に刀を突き刺したままのスカサハの頬は赤らみ上気し、とろん、と欲情したかの様な瞳を浮かべる。吐く息は熱く熱を帯び、そして身体中からは冷や汗とも脂汗とも別の汗が吹き出して彼女の身に纏う戦装束を濡らし、彼女の身体にぴったりと張り付かせる。その醸しだす匂いは凄まじく、雄であれば種族問わずに欲情しかねないほどだった。非常に淫靡な様相だった。

 だが、それでも。誰も彼女に欲情は出来ない。それは、この戦いを垣間見ていたフェルグスとて一緒だった。ぶっ飛んだ性豪として知られ、女性としてスカサハを狙っていたはずの彼でさえ、だ。


「何が・・・起きている・・・?」

「わからん・・・なんだ、この底冷えするような魔力は・・・」


 否が応でも、死を認識させられる。そんな底冷えする様な魔力に、自分達の目測が甘かった事をフィンもフェルグスも、それどころか一番長い弟子であるフェルディアさえも、悟る。

 そうして、クー・フーリンと互角とさえ褒めそやされるフェルディア程の英雄が震えを隠すこともなく、忘れられぬある時の事を思い出した。


「一度・・・一度だけ、見た事がある・・・フリンの奴が来る少し前だ・・・」


 小さく、フェルディアが語り始める。それはまだ、オイフェとスカサハが争っていた時の話だ。ある日、スカサハとオイフェは興が乗ったのか、本気の殺し合いに発展したのだという。


「その時・・・スカサハ様もオイフェ様も・・・あの狂った様な笑い声を上げておられた・・・」


 思い出したくもない。暗に彼はそう告げていた。あの時ばかりは、スカサハの軍勢もオイフェの軍勢も思わず戦いを止めて手を取り合って逃げ惑ったのだという。


「覚悟しておけ・・・当分は、禄に眠れんぞ。悪夢にうなされることになる・・・」


 恐怖で浅い息を吐きながら、フェルディアが告げる。そうして、その悪夢の戦いが始まる事になるはずだった。が、それは始まる事はなかった。




 フェルディアは壮絶な戦いが起こる、と予想したが、これは数千年も前の知識だったからこそ、の判断だった。今のスカサハは数千年前から遥かに強くなっている。それ故、彼の危惧した壮絶な戦いは、起きなかった。だが、より悪夢的な事は、起こった。


「あぁ・・・これが、死・・・思い出した・・・そう、これこそが、私の求めていた・・・死・・・」


 右手を頬に当てて自らの心臓から流れる血を塗り、蕩ける様な顔でスカサハが陶酔を滲ませる。幾星霜ずっと探し求めていた死が、眼前に男の姿を取っていた。

 そうして視線を投げかけられたカイトは、しかし怯んで後ずさる。心臓を破壊された所為の酸欠で霞む眼で見据えたスカサハの顔を見て、彼も自らの目測の誤りを悟ったのだ。

 一度死を認識しなおせば、再び生き返る。本来在るべきスカサハに立ち直れるはずだ。そう思って自らの正体と切り札を晒す覚悟でこれを行ったわけなのだが、まさか更に暴走するとは思っていなかった。


「ぐっ・・・」

「ふふっ・・・ここまでやってくれたのよ。私も私の全力で、私の為に舞い降りたかの様な死神に応じないと・・・」


 とろん、とした様子で、スカサハは自らの心臓を貫く刀を愛おしげに撫ぜる。口調は妖艶でここまで淫靡なのに、それが死をイメージさせる女性も珍しい。如何な死神よりも、死神らしかった。


「私の最後の秘儀を開陳しましょう。忘れていない? 私は本来、魔術師よ。武芸が秘儀であるはずがないの」


 ぞわり、とカイトを寒気が襲った。だが、身動きが取れない。濃密な殺気が、彼の身体をその場へと縫い付けていた。

 そうして、スカサハはカイトが弾け飛ばした全ての<<束ね棘の槍(ゲイ・ボルグ)>>と、先ほどの恐怖で地面に落下していた<<束ね棘(ゲイ・ボルグ)>>を分裂させて、自らとカイトを取り囲む様に円周上に滞空させる。


「この地に流れ着いて幾星霜・・・数多英雄達の死を見ること幾星霜・・・凡夫の死を見ること、綺羅星の如く・・・その中で、私はついに見つけた。死そのものを・・・これは、それを顕現する為の術・・・誰にも・・・オイフェにもフリンにも披露したことのない私の<<原初の魂(オリジン)>>を媒体に使った魔術」


 円周上に配置された<<束ね棘の槍(ゲイ・ボルグ)>>が、禍々しく赤黒い光を発する。濃密なまでの死の匂いが周囲を覆い尽くすが、スカサハはそれをとろけた笑みを浮かべて受け入れる。


「ラド・ケン・ユル・・・イチイが燃え、車輪が回る・・・死と生の扉がここに開かれる・・・ペオース・ダエグ・・・神の手により、運命は白紙に還る・・・」


 歌うようにして、スカサハがトランス状態に入る。やっていることは禍々しい死の顕現だが、それはまさに『影の国』の女王に相応しい神々しさと美しさだった。

 スカサハの詠唱を受けて、無数の<<束ね棘の槍(ゲイ・ボルグ)>>が高速で回転して、赤い輪を創り出す。そうして造られた赤い輪は槍同士の共鳴によって、幾つもの死を刻んだ槍の力を増幅させ、カイトとスカサハを縛り付ける。


「さあ、境界の扉をここに・・・其れは幽玄の果て。其れは暴虐の死の奔流・・・其れは、原初の契約で生み出されたただ一つの(みち)。其処は数多の存在を許容し許容しない永久の楽園にして、万死の獄・・・ここに、無限の死が顕現する。開け、<<無限獄(メビウス・ゲート)>>」


 見る者全てを見惚れさせる様な蕩けるような笑みを浮かべて、スカサハが最後の口決を唱える。それをきっかけとして、槍同士が更に複雑に共鳴し合い、何処かへと繋ぐ門となった。

 そこにあったのは、『死』だった。そうして、一気に『死』がなだれ込む。それだけで二人の周囲の全てが、完全に殺された。生きているのは、二人だけ。一緒に巻き込まれた空気や光、それどころか魔力さえも完全に殺されてしまっていた。


「ぐっ!?」


 渦巻く暴力的な死の奔流に、カイトが顔を顰める。だが、その死の奔流を受けて尚、スカサハは顔を蕩けさせていた。いや、それどころかこの死の奔流でさえ、不満気だった。


「あぁ・・・感じる・・・この身が燃えるようだ・・・だが、足りない・・・足りない足りない足りない・・・」


 足りない。スカサハは不満気に壊れたラジオの様に何度も足りない、と繰り返す。自分ごと門の召喚に巻き込んだのは、意図的だ。

 実のところ、自分が巻き込まれて無事という確証さえ無かった。それでも、カイトと共に巻き込まれたかったらしい。だが、お互いに無事だった。そんな事に、不満だったのだ。


「あぁ、足りない・・・あぁ、腹が疼く・・・」

「ぐぅ!?」


 足りない、と熱に浮かされるように口ずさむスカサハはカイトを見て、その心臓に突き刺さっていた<<束ね棘の槍(ゲイ・ボルグ)>>の一本を強引に引き抜く。

 が、戦闘をするつもりはないのか、カイトから吹き出す血を光悦の表情で浴びながら、そのまま投げ捨てた。投げ捨てられた槍はそのまま、吸い込まれる様に輪の中に入っていき、更に門を強固な物にする。この門は、外の世界と唯一繋がる道だ。この様子だと脱出するつもりはあったのだろう。


「あぁ・・・足りない・・・足りないの・・・もっと私に生きている実感を・・・私を燃えさせて・・・」

「は!?」


 近づいてきてうっすらとだが見えたスカサハの姿に、カイトは思わず驚愕に目を見開く。と言うか、出来れば霞んだ眼と死に近づいた事で男の本能が見せた幻だと思いたかった。

 なんと、スカサハは全裸だったのだ。一切隠す所もなく、隠そうともしない。彼女自身が掻いた汗で濡れる僅かに紅が掛かった肌を、陶酔で潤んだ眼を、興奮で滲む汗、歓喜で溢れた涙等のありとあらゆる体液さえも隠そうとしていなかった。そして、同時にカイトはあることに気付いた。


「ぐぅ! これは・・・まさか・・・」

「あぁ・・・あぁ・・・もっと欲しい・・・私はこの死の奔流を腹に収めたい・・・」


 カイトは思わず、ぞっとした。かつてスカサハは自らがヤンデレではない、と言っていたが、この様相はまさにヤンデレと言えた。

 なんと彼女はカイトの突き刺した刀を起点として、逆にカイトから魔力を強引に吸収していたのである。足りない、とうなされた様に告げているのは、砂漠で乾いた旅人が水の一雫が垂れる岩を舐めている様なものだったのだ。

 今の彼女にとって、カイトの存在そのものが『死』そのものなのだ。数千年渡り歩いてようやく得た水だ。飲み干したいと思うのが道理だ。

 更に求めるのであれば方法は限られ、この場で取れるのは一つしかない。それ故、裸だったのだ。そうして、スカサハが僅かに正気を取り戻す。


「今のお主では、動けまい・・・ただ単に心の臓を貫かれた私とは違う・・・お主は本来癒えぬ傷を負った・・・莫大な魔力を背景に強引にコアを再生するにしても、今しばらくは、動けまい・・・勝者は私・・・であれば、勝者の定めに従うのが、道理よ・・・ここは、原初の世界・・・弱肉強食さえない世界・・・私こそが、ルール・・・」


 とん、とスカサハが軽く小突いただけで、カイトがよろけてその身を横たえる。幸い地面もないおかげで、尻もちをつくこともなかった。その身を中空に横たえただけだ。

 そして彼女の言う通り、だった。戦いが第二幕に入った時点で、カイトは負けていたのだ。心臓を魔槍に貫かれて満足に身動きの取れないカイトに対して、ただ単に心臓を貫かれただけのスカサハは刀を抜かなくても十分に動ける。勝てないのは当然だった。

 まあ、これを勝負と言えるのなら、だが。お互いに戦うつもりは皆無だ。それどころか、戦いそのものが成立していない。スカサハが単に魔術を披露しただけ。それだけだ。


「はぁ・・・男の匂いに興奮するなぞ、幾星霜ぶりか・・・あぁ、そうか・・・私は今、生きている・・・」


 カイトに馬乗りになり、満足気にスカサハが小さく告げる。もはや忘れられないし、一度味わってしまっては逃れられなくなる。カイトなら、自らを殺せる。それを理解してしまった。

 カイトは言った。死を意識すればこそ、生きている実感が湧くのだ、と。彼の見立てと対処は正しかった。死を見た事でスカサハはようやく、賦活したのである。


「幾星霜ぶりの生きている実感・・・もっともっと味わわせよ・・・敗者が勝者にほしいままに奪われるは世の常・・・私が満足するまで、ここから逃さない・・・そして満足したとて、私からは逃さん・・・これが、世界が与えてくれた私の死・・・あぁ、あのバカ弟子の気持ちが理解出来た・・・極度に死に近づくと、逆にその死に魅せられる・・・あのバカ弟子がオイフェを孕ませたくなったのも理解出来るわ・・・私はお主の子を孕みたい・・・今はそれしか考えられん・・・」


 もはや自らの欲求を満たす事しか考えていないスカサハは、自らとカイトの血に塗れながら、光悦に陥る。もはやスカサハは人ではなかった。ただただ自らの本能を貪るだけの獣。それに堕ちていた。

 だが、それで今の彼女は満足だった。正しく屍から生命として生まれ直した彼女にとって、獣からやり直す事は至極当然の事だったからだ。

 そうして、時さえも殺される様な地獄の中で、一匹の獣が血に塗れながら戦利品である男の魔力を貪り始める。それは時間にして数夜にも渡って続き、カイトは心臓が再生するまでの間、そして再生してからもしばらくの間、それに付き合わされる事になるのだった。




 そんな濃密な交わりだが、外からは当然、何も見えなかった。というよりも、スカサハが創り出した門の中で何が起きているか、という事は誰にもわからなかった。あれが何なのか、というのさえもだ。

 そして中で幾夜も経過したにも関わらず、漆黒の珠――<<束ね棘の槍(ゲイ・ボルグ)>>の輪は暴虐的な死を外に出さぬ為の結界でもあった――が割れたのは、二人が門の中に消えた10分程後だった。


「終わった・・・のか・・・?」

「どちらが勝ったのだ・・・?」


 10分。一切動くことも出来ずただ事の成り行きを見守り続けた戦士達が、ひび割れを起こした漆黒の珠に注目する。そうして、一同の注目する中、漆黒の珠から腕が生える。そうして、強力な力が迸り、漆黒の珠が砕け散った。


「ふぅ。ようやっと外に出れた。これはあまり多用すべきではないな」


 現れたのは、完全復活を遂げたスカサハだ。腕も彼女の物である。全ての欲望を吐き出し、再び人となったのであった。

 ちなみに、後のティナが言う所によると、彼女の使った魔術はティナが戦艦『クイーン・エメリア』に搭載した主砲の術式を更に別の形で発展させた物だったらしい。

 命中出来さえすれば厄災種さえも滅ぼせるあの主砲の直撃を受けて、死なないどころか足りないとまでほざいたのは誰から見ても本当に無茶苦茶な事だった。

 そして当然、彼女が生き残っている以上、カイトも生きていた。いや、無事かどうかは、判断の分かれる所だった。


「きゅぅ・・・」

「なんだ、やはりこうなるか」

「ふぅ・・・勝ったらどうしようか、と本当に不安だったぞ」


 昏倒しているカイトを見て、フェルグスとフィンが笑い声を上げる。あそこまでやらせたのは見事、と称賛するが、終わってみればスカサハの勝利という何時も通りの結果になって一安心、という所だった。もちろん、賭け事という意味で、である。カイトの総取りになってしまうからだ。


「・・・はぁ。仕方がない。何時もの事であるが、儂直々に部屋へと運んでやる事にしよう」


 相も変わらず昏倒しているカイトであるが、原因は当然、スカサハの欲望を徹底的に受け止めたからだ。獣の欲望を人の身で受け入れる事の無茶を悟れる良い一例だった。そしてそれはスカサハもわかっていた。なので彼女は苦笑と共に、カイトの身を居城にまで運ぶ。

 そうしてそれを受けて全員は戦いの終了を確信し、再び酒を飲んだり女を抱きに行ったり家に戻ったり、と再び何時もの日常に戻っていく事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。


 ・釈明――カイトが敗北した――

 と、書けば敗北した様に思えるのですが、カイトの敗北では無いです。すでに前回時点で戦いの決着はついています。スカサハの勝利宣言は所謂負け惜しみ。

 というのも、カイトは前回時点でスカサハを殺せる事を証明しました。それを受けてスカサハは戦闘不能に陥っています。この時点で、勝負は終わっているんです。

 というわけで、改めて勝負をきちんと明確にするとこれを敗北とするのは結構無理があるんですが・・・見ようによっては敗北に見えますからね。勝敗条件を知らないフェルディア達は現にそう判断しています。

 そこらで誤解を生みそうだった、というか誤解を生んでいましたので、一応の所、きちんと今回の勝負を改めて明確にさせて頂きました。

 カイトが勝った後、ボロボロのカイトに向けて暴走しているスカサハが魔術を行使しただけに過ぎません。だからこそ、タイトルが狂戦士というわけなんですね。狂ったスカサハには戦いが終わっていた事が見えなくなっている、という事を表していたわけです。

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