断章 影の女王編 第28話 不死者達の戦い
カイトは己の気に食わぬ、という理由だけで、スカサハとの戦いを始める。とは言え、この二人の戦いだ。城中どころか、<<七重の影の城>>全域の者達が感づく程の圧倒的な圧力が放出されていた。
「誰だ? スカサハ殿に喧嘩を売ったのは」
「さぁ・・・スカサハ殿に喧嘩を売るとなると・・・ああ、もうカイトぐらいしかいないか」
フェルグスとフィンは二人で飲み交わしていた。時折、二人で飲む事はある。そして今日はその時折だった。その彼らは、実は一度はスカサハに試合ではなく殺し合いを挑んでいた。これはスカサハが気に入らないから、という理由ではない。単に武人として、最強を誇る女に挑みたいという子供心とも言えた。
まあ、結果なぞ言うまでもないだろう。彼らの惨敗だ。試合以上に惨敗している。そしてそこで本当の実力差を悟ればこそ、ここ百年以上は誰も殺し合いは挑んでいない。それは<<赤枝の戦士団>>も<<フィアナ騎士団>>全員が一緒だった。もちろん、フェルディアとクー・フーリンも、だ。
「ボロボロに負ける」
「惜敗する」
二人は酒場でコインを置いて、自らの意見を述べる。前者はフェルグスで、後者はフィンだ。どちらもカイトが負けると見ていた。カイトの負ける事は前提だった。
どの程度食らい付くかが、賭けの内容だった。そしてそれは酒場の全体が同じような状況だった。誰かが挑む度に、行われていたある種の恒例行事だった。
「フィン・マックールともあろう英雄が・・・随分と買ったな」
「フェルグス・マック・ロイともあろう英雄が随分と目測を誤ったものだ」
二人は口々にお互いを罵り合う。とは言え、本気ではない。一応、これは賭け事だ。である以上、お互いに自らの目測を信じている。お互いに自分こそが正解だ、と言うためには口撃も必要だったのだ。
「では、どちらが正しいか見に行く事にしよう」
「おう。っとと、スカサハ殿のすまし顔見る前に酒を飲み干さねばな」
「早くせねば終わるぞ」
「おう」
フィンの言葉に、フェルグスが酒の残りを呷って外に出る。ついでなので、酒の小樽を買っていく。どれだけ耐えられるか、というのを見ながら飲むつもりだったのだ。
彼らは豪傑。コロッセウムの様に戦いを見世物にして飲むのも普通だった。が、そんな彼らでさえ、外に出て、唖然となる事になる。
「・・・は?」
「おいおい・・・こりゃぁ・・・」
本気の殺し合いだ。それは元々全員が承知している。そしてスカサハが圧倒していたのも、想定内だ。が、一つ想定外だった事がある。スカサハがかなりの頻度で怪我を負わされて、時折押されていたのだ。
「どうした? 私を本気にさせてやる、と言うたのではないか」
「ちっ。相変わらずどんだけ速いんだよ」
スカサハお得意の<<縮地>>の極みを使い、カイトを翻弄し続ける。力量差はほとんど変わっていない。だが、同時にこれは一年前とは違う。試合ではない。殺し合いだ。それ故、カイトは前とは違い、圧倒的な攻撃力で食い下がっていた。
「腕を貰う、ぐぅ!」
「ちっ・・・身体の半分ぐらい消し飛ばしてやろうと思ったんだがな」
ごぅん、という轟音と共に振るわれた単なる斬撃に、スカサハが強制的に大きく距離を取らされる。回避したのだ。巫山戯た話だ、とは誰もが思うが、その斬撃は直線距離として5キロを簡単に薙ぎ払っていた。高空でなければ、街が消し飛んでいただろう。
となれば、その余波だけでも物凄い火力だ。余波だけでスカサハは傷付いていたのである。とは言え、これでもまだまだ抑えていた。街も近い。何より、殺すとは言ったが、殺すつもりはカイトには無かった。殺す事は考えていない。彼女に精神的に勝たねばならないからだ。それでこそ、カイトの勝利なのだ。
「ふん・・・この程度か」
「すまし顔か」
負った傷が一瞬で消え去り、スカサハが問いかける。確かに、傷を負った。それをなせた事は称賛に値する。が、同時に本気になる程では無かった。なにせこの程度が出来た奴はゴマンといた。驚く程でもない
それ故、戦いの最中にもかかわらず、スカサハには一切の興奮は無かった。だがそれが、彼女の美貌を超常の物にしていた。フェルグスが見たいと言うのも頷ける美しさだった。カイトとてこれが気に入らない女でなければ、ずっと見ていたい、と言うだろう。
「仕方がない・・・少し本気でやるか」
「来い、小僧」
スカサハがカイトの言葉を聞いて身構える。変な話であるが、カイトの本気は他力本願だ。得意のスタイルチェンジは本気でやるなら、大精霊達の援護が欠かせない。
だが、彼の全力全開のスタイルには、全ての大精霊の力が居る。なのでこの場で使えるとするのなら、限られていた。だから少し本気、なのだ。
「<<星光の騎士>>」
使うのは、騎士の姿だ。速さを押してくるのであれば、こちらは守りを固める。常道だった。が、それは見せかけだ。
そうして、スカサハが再び<<縮地>>を使い、カイトへと肉薄する。如何に<<束ね棘の槍>>でもこの肉厚の鎧を貫くのは一苦労だ。なので、彼女は虚空に槍を突き立てて<<縮地>>を応用した蹴り技を繰り出した。鎧を砕くならば、打撃技の方が良かったのだ。
「遅いな。速さを犠牲にすれば、砕けんとでも思うたか」
「いいや?」
「!?」
親友の聖騎士を模した鎧の篭手を蹴り技でいとも簡単に破砕したスカサハに、カイトが左腕をへし折られながら平然と告げる。
左腕の破損は想定内。痛みは魔術で痛みだけを器用にシャットアウトして強引に押さえ込む。はじめから左腕なぞくれてやるつもりだった。再生なぞ後先考えねばすぐに出来る。
「らぁ!」
左腕を犠牲にスカサハの動きを縫い止めると、カイトは彼女の右足を残る右手で引っ掴む。そしてそのまま、急加速して地面へと叩きつけた。
「ふんっ!」
お互いに、身体の各所の骨が砕け散っている。が、土煙をスカサハの裂帛の気合で吹き飛ばされた時には、お互いに傷は完全に癒えていた。
スカサハは身体に刻んだ治癒のルーンで。カイトは、有り余る魔力で強引に破損した肉体を再生したのだ。カイトの方は後々が怖いが、今は気にしていられる状況では無かった。エネフィアに戻った後にリーシャに怒られる事はもう諦めていた。
「喧嘩を売っただけの事はある」
「ああ、そうだろうさ・・・殺す事にかけちゃあ、オレも一家言あるんでな」
裂帛の気合で土煙と砕けた地面を吹き飛ばしたスカサハに対して、カイトは莫大な魔力を使ったブーストで一気に肉薄する。技が無いのなら、力技。そういうことだった。
おまけにこれならば莫大な魔力に阻まれて、敵の簡単な遠距離攻撃は無効化出来る。カイトにだから許された強引な移動方で、魔力を大量に消費する事を除けば便利な技だった。
「神陰流・・・<<転・極>>」
「ぐぅ!」
一瞬で肉薄したカイトは、そのまま腰だめで居合い斬りを放つ。<<転>>に<<一房・重ね>>を加えた居合い斬りだった。完全に殺すつもりの剣戟だった。
だが、それで身体を両断されても、スカサハは死ななかった。それどころか、次の瞬間には肉体は元通りにつながって、カイトの脇腹に<<束ね棘の槍>>を突き刺した。
「返礼だ」
「ぐっ・・・らぁ!」
致死の槍に内蔵をえぐられて、なおもカイトが斬撃を繰り出す。それからは、腕は吹き飛び足は千切れ、だった。内蔵等の破損を受けないのなら、と腕や足は使い捨てる様な戦いだった。
が、それでも、二人共死なない。お互いにありとあらゆる物を殺してきた。それ故、本来彼らの斬撃や刺突は本気であれば神さえも殺せる様な一撃だ。だがそれでも、お互いに殺せなかったのだ。
そんな狂戦士達の戦いだが、これはスカサハの方が軍配が上がる。地力が違い過ぎるのだ。莫大な出力を背景に強引に食らいついていただけのカイトに対して、スカサハはカイトの攻撃力に翻弄されていただけだ。超級の戦士である以上、何時かは対応される。
「ぐっ・・・ちっ・・・少し届かんか」
「はぁ・・・ようやった、小僧。少しは熱くなれた。それは素直に認めよう」
息を切らせるカイトに対して、右腕の健を切ったスカサハが間合いを取る。そうして浮かんだのは笑みだ。ほんの少しだけ僅かに頬を上気させてわからぬ程に薄く笑みを浮かべて称賛を送る。
事実、彼女は少しは生きているような実感を得ていた。死体に体温と言える物が戻るぐらいには血が滾った、と言ってよかった。だが、まだ死体は死体だった。2000年前のオイフェの方が楽しかった、と言える程度だった。
「私の見立ても悪うない。お主ならば、修行を終えた頃には良き好敵手になれるかもしれんな」
その来るべき日を想像して、スカサハがようやく分かる程に笑みを浮かべる。未来を想像して、わずかにだが生きる気力が沸いたのだ。そんな様子は、遠くからでも見れていた。それ故、誰もが驚嘆と同時に、そこまでさせたカイトに称賛を贈る。
「おぉ・・・スカサハ殿が戦闘中に笑われた・・・なんと、そこまでやるか」
「氷の微笑か・・・初めて見たな。とは言え、フェルグス殿。俺の勝ちだぞ。スカサハ殿はまだ<<束ね棘>>を使っていない。あれを使われては如何な神仏でも死ぬのだ。今でもたどり着けんのに、カイトの負けだ」
「ぐっ・・・ちっ。ほれ」
ちぃん、という音が鳴って、フェルグスが賭け金をフィンに投げ渡す。この時点で、勝負は見えた。もう無駄だろう、と言うことだった。とは言え、そう考えたのは見物人だけだ。戦いはまだ、続いていた。
「来いよ・・・まだ終わりじゃねぇよ」
「・・・<<束ね棘の槍>>の本域を使えというか」
轟々と魔力を漲らせて未だ戦意を失わないカイトへと、スカサハが告げる。というよりも、カイト側からすれば使ってくれないと困る。そうしてカイトの目論見通り、少しだけ活力を取り戻したスカサハはそのまま槍を構えて、無数の槍を呼び出した。
「来い、<<束ね棘の槍>>・・・バカ弟子以来、初だぞ。これを望んだのは。そしてバカ弟子は、これを見て、負けを悟った」
「負け、ねぇ・・・そんな楊枝でオレが殺せるとは思えんな」
「・・・良いだろう。私の<<束ね棘の槍>>を楊枝とまで言い放つのであれば、更に先へ向かうとしよう」
クー・フーリンさえ見ていない領域へと、カイトが足を踏み入れる。そうして今度こそ、スカサハは正真正銘、全力を出した。
それは今のカイトにさえ全く見えない<<縮地>>の極みを更に越えた領域の移動術。もはや体術による瞬間移動というのが相応しい移動術だった。魔術にも等しい領域。それを、体術だけで彼女は成したのだ。物凄い修練の果て、と数多戦士達が賞賛し感涙する領域だった。
「吹き飛べ!」
「ぐっ!」
スカサハはカイトを蹴りあげて、更にそのまま手に持った<<束ね棘の槍>>を投げる。本来、<<束ね棘の槍>>は投槍だ。本来の使い方をしたのである。そうして、今度は周囲の無数の<<束ね棘の槍>>に対して、命令を送る。
「<<死翔の薔薇>>!」
スカサハの命令に合わせて、カイトの周囲に対して無数の<<束ね棘の槍>>が展開する。360度全周囲を取り囲まれたカイトは、強引に虚空に踏みとどまる。
とは言え、そのままではスカサハの投げた<<束ね棘の槍>>の一本に串刺しだ。なのでその場で刀を構えて、<<奈落>>を使って叩き落とす。だがそれこそが、スカサハの狙いだった。防御して動きを止めてくれればこそ、彼女の次の行動に意味がある。
「ふっ! はっ! てぃや!」
自らが投げつけた<<束ね棘の槍>>の一本を防いだカイトに対して、スカサハはカイトの周囲に展開している槍の石突きを<<縮地>>を応用した蹴りで蹴っ飛ばしまくる。
とんでもなくありえない事だが、<<束ね棘の槍>>の飛翔速度よりも移動速度の方が速かった。蹴った<<束ね棘の槍>>がカイトに届くよりも遥かに前に、彼女は逆側の<<束ね棘の槍>>を蹴っ飛ばしていた。
そうして、一瞬で舞い踊るようにして無数の槍を蹴っ飛ばしたスカサハは蹴っ飛ばせる最後の一本になると、これが全力とばかりに足に力を込めた。
「スカサハが蹴撃の真髄・・・受けるが良い」
蹴撃の轟音とは正反対に静謐さを保った宣言と共に、スカサハは全力で<<束ね棘の槍>>の一本を蹴っ飛ばす。全てに、致死の魔力を込めた。全部が当たるだけで死ぬ様な魔槍だ。
そんな迫り来る無数の<<束ね棘の槍>>に取り囲まれたカイトは、それら全てを双刀で薙ぎ払っていく。だが、届かない。それほどまでに、彼女の全力は速すぎた。それに、幾重にも切り傷を負ったカイトは耐えきれない事を悟る。
「ぐっ・・・時空加速!」
傷だらけになって行く自らに、カイトは正真正銘の切り札の一枚を切る。それは、時の大精霊の力だった。自らの時を加速すると同時に、世界の時を遅くするチートとも言える切り札だった。
そして、一気にカイトの時が世界から見て相対的に加速する。だが、その速度が相対的に倍に到達して尚、スカサハには追いつけなかった。
「っ! これでも追いつけない!? ちっ! 更に加速しろ!」
カイトの速度が更に加速する。倍速では足りない。なので更に加速する事にしたのだ。到達したのは、世界と自らの対比にして4倍。対人戦で使うのははじめての領域だった。世界最速の戦士。それが、スカサハだった。
それで使うのは村正の兄弟が己の全てを賭して鍛えた刀だ。折れる事も欠ける事もせず、更には時の加速した空間の中でさえ、カイトの力を十全に攻撃力に変換してくれていた。
それでようやく、互角。確かにカイトは全ての大精霊の力をまだ取り戻していない、という不利がある。街の上故に遮二無二の全力で押し切れない事情もある。だがそれでも、ここまで切り札を使わせた事は素直に賞賛に値した。
「これで最後だ!」
スカサハの蹴っ飛ばした槍の最後の一つに辿り着いて、カイトは裂帛の気合でそれを迎え撃つ。最後の一つだ。後を考えなくてもよく、真正面から受けられた。
「おぉおおお!」
真紅と蒼の魔力が衝突する。そうして勝ったのは、カイトだった。力技では彼には勝てない。それは道理だった。だが、いや、だからこそ、スカサハは手に槍を持っていた。
それは<<束ね棘の槍>>ではなく、残る全ての<<束ね棘の槍>>を束ねた<<束ね棘>>。なんら遜色なく全てを殺せる死の一撃を放つ魔槍だった。
もはや槍の色は真紅を越えて禍々しい漆黒へと変貌して、まるで血の様に毒々しい真紅のモヤを漂わせていた。漂う死臭は、濃密。その一言しか出せない。
おそらくこのモヤに触れるだけで、並の英雄であっても発狂死するだろう。スカサハが発狂しない事がどうかしている。触れることさえ出来ない、まさに死の槍だった。
「終わりだ、小僧。生きておれば、明日からも鍛錬を積んでやろう・・・防いで見せろよ」
「時空加速・・・」
スカサハは最後にカイトへと激励を送り、<<縮地>>を使ってカイトへと肉薄する。そして勢いそのままに、自らの最大の蹴撃を防いでみせたカイトへと、束ねた槍を突き出した。
が、そこでこの戦い初めて、彼女の顔に驚きが浮かぶ。まるでカイトがこれを待っていました、と言わんばかりの顔だったのだ。
そうして、カイトは左手に持っていた大剣を放り投げて、時空加速で自らを加速する。加速して行うのは、スカサハの放った<<束ね棘>>を引っ掴む事だった。
「相対比・・・100倍。見えたぜ、スカサハ」
再び、何時ぞやと同じく二人の視線が交差する。如何に速かろうと、相対的に100倍に加速したカイトならば捉えられる。世界の時を操れる、という事は止める事さえ出来るのだ。
別に相対的に4倍程度が限界、なぞ誰も言っていない。止さえしなければ、どこまででも速くなれる。スカサハにこれ以上は出来ないと思わせる為に、4倍で留めただけだった。
時を止さえしなければ、それは別に世界も止めない。それが永続なら些か問題だが、動いていれば遅かろうと早かろうとどうでも良いからだ。デメリットも許可も必要の無い事だった。そうして、どん、という音と共に、スカサハの突進が止められる。
「死ぬ気か?」
「ははは! ばーか! オレを、勇者カイトを舐めんな! この程度の死ぐらい喰らえるわ、ボケ! リーシャにゃ、後でこっぴどく怒られるけどな!」
槍を引っ掴むなぞ何のつもりだ、と言ったスカサハに対して、カイトが笑って挑発を行う。それは楽しげではあったが獰猛な笑みで、性欲の止まったスカサハさえも思わず欲情しかねない程の暴力的で獰猛な英雄の顔だった。
そうして、スカサハは次の瞬間、正真正銘驚きを浮かべる事になる。なんとカイトはひっつかんだ槍をそのまま、自らの心臓に誘導する様に引き寄せたのだ。
「っ!?」
「ぐふっ・・・本当の死を見せてやるよ!」
スカサハの手に、カイトの心臓を貫く感触が伝わる。槍の致死の力により、カイトのコアと心臓がはじけ飛ぶのも、だ。そうして口から血の塊を吐き出したカイトだが、その次の瞬間、狂戦士もかくやという獰猛な笑みを更に深めて右手の大太刀で今度はスカサハの心臓を貫いた。
こんな物では殺せない。この程度なら何度となく味わっている。そう思ったスカサハだが、次の瞬間、カイトが宣誓にも似た口決を述べるのを聞いた。
「<<循環>>! 我が魂の鼓動よ! 我が<<原初の魂>>よ! 今この世界にわずかばかりに顕現せよ! そして、我が刃を通してこの傲慢な小娘を侵食しろ!」
「っ!? きゃぁああああ!」
スカサハの悲鳴が<<七重の影の城>>の上空に響き渡る。それは正真正銘死に怯える少女の様に甲高い悲鳴だった。
そうして、一瞬だけでカイトからの魔力の流入が止まる。心臓に突き刺さった槍と刀を鏡合わせに見立てて、自らのコアから生ずる魔力を強制的に敵へと流し込んだのだ。
たったそれだけで、スカサハは本能に逆らえずに膝を屈し、落下し始めそうになる。とは言え、幸いカイトが彼女の手をひっつかんで落下を食い止めた。
「あ・・・あぁああああ・・・」
スカサハは震え続ける。幾星霜の月日を超えて久しぶりに味わった、死の恐怖。それ故、顔も真っ青で全身に冷や汗を掻いていた。
いや、それ以前に。二人共生きていられる事が可怪しい。なにせ二人共心臓を、つまりはコアを破損させられているのだ。スカサハが人間であるかどうかは不明だが、人間でなくても普通は、死んでいる。だというのに、二人共生きていた。とは言え、やはりお互いに満足に、とはいかなかった。
「ごほっ・・・オレの勝ちだ、クソババア・・・」
少女の様に怯えるスカサハに対して、心臓を破壊されたままのカイトが血の塊を吐いて告げる。流石に<<束ね棘>>という魔槍の一撃で破壊された心臓とコアの再生は容易いことではなく、心臓に突き刺さったままの槍を抜き放つ余裕さえもない様子だった。
もう暫くはどちらも動けないだろう。カイトはスカサハの手を握るのが精一杯だった。が、その次の瞬間、カイトでさえも底冷えするような魔力と、どんな男であっても欲情させる様な濃密な雌の匂いが、あたり一面を覆い尽くした。
「あは・・・あははははは!」
魔力と匂いの放出源は、カイトに手を掴まれたスカサハだった。彼女は真っ青な顔のまま、そして心臓を刀に貫かれたままだ。そして震えも止まっていない。
だが、その表情だけは、狂った様な歓喜の表情だった。そんなスカサハが、カイトの手を振り払って、再び同じ高さにまで浮上する。そうしてスカサハの狂った笑い声と共に、終わった戦いはカイトの予想に反して、第二幕へと移行することになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。クロックオーバーにはまだ早い。ちなみに、クロックアップでも過去や未来へは行けません。
なお、スカサハ。無茶苦茶強い様に見えますが、ティナとルイスなら倒せます。まあ、それでも全力の戦闘になるでしょうけどね。そのクラスでなければ倒せない、という事でもあります。そりゃ、敵無しになりますね。




