断章 影の国編 第17話 影の国
ニャルラトホテプというある意味最悪の神様の罠によって地脈の中に突き落とされてしまったカイトだったが、そのニャルラトホテプの手によって、何処かの洞窟へと運ばれる。
そうして更に奇妙な魔道書らしき分厚い本を回収したカイト達だが、それから歩き続けること、およそ5分。曲がり角を曲がった所で明かりが見えてきた。どうやら外が近いらしい。
「あ、少し明るくなったな・・・魔術を使わなかったんだが・・・無用な心配だったか」
『ようやく出口か。洞窟は飛べんで困る』
見えた明かりに、二人が少しの喜びを露わにする。やはり暗くてジメジメとした洞窟よりも、外の方が気分が良かった。そうしてその明かりを頼りに、二人は洞窟から外に出る。すると、そこは奇妙な空間だった。常に黄昏の垂れ込める空間だというのに、太陽が無かったのだ。
「何処だ、ここ・・・」
『ふぅむ・・・』
カイトの言葉に、大鷲が唸る様に声を出す。彼は地球でも古株の存在だ。ここが冥府と呼ばれる空間の一つであることはわかっていたので、自らの記憶を手繰り寄せていたのである。
『ふむ・・・幾つか候補はあるが・・・一番あり得るのは『影の国』だろう』
「『影の国』? イギリスか? 『マグ・メル』じゃないのか? まだ冥府は出てないだろ?」
カイトは大鷲の言葉に、首を傾げる。『マグ・メル』とはケルト神話に語られる一種の冥府の事だ。対して『影の国』とは、スカサハという女王の治める一国の筈だ。それが冥府であるはずが無い、と思ったのである。
『いや、儂も一瞬『マグ・メル』かと思ったが・・・ここは『影の国』だと思う。今にして思えば、不老不死とありとあらゆる娯楽を得られる楽園なぞあるはずもなし。もし『マグ・メル』があったとしても、それが『影の国』と呼ばれる様になる過程で楽園となった、というだけなのだろう。かつてケルトの光の御子であるクー・フーリン殿が我が神ゼウスの下を訪れた際、『影の国』について常に黄昏が立ち込める地、と告げていた事を思い出した。それにこの国は合致する』
大鷲は遥か過去を思い出しながら、この場が自らの知識に合致するかどうかを確かめる。確かにここは黄昏が立ち込めており、そして太陽が無い以上、それが沈む事の無い様に思えた。夜はどうなっているのだろう、と非常に疑問だった。
ちなみに、なぜ大鷲が推測なのか、というと流石に彼も他国の神話の本当の所なぞ把握しているわけが無いからだ。神様達には神様達の領分がある。幾らなんでも、関係の無い所は人の子と同じで神話や伝聞形式でしか把握出来ないのであった。
「なるほど・・・暗闇や影に死を見出すのは不思議じゃないな。『影の国』は即ち、『死の国』というわけか・・・じゃあ、どこかにスカサハの治める7つの城塞に囲まれた<<七重の影の城>>があるわけか?」
『それが分かれば、苦労はせん・・・少し待っていろ。儂が高くから見てやろう』
流石にこの状況は試練の外。そう判断したらしい大鷲はそういうとカイトの肩から飛び上がって空高くに舞い上がると、周囲を観察し始める。そうして5分程周囲を見渡すと、カイトの下に降りて来た。
『なるほど。やはりここは『影の国』だろう』
「<<七重の影の城>>が見付かったのか?」
『いや・・・そうではないが、クランの御子が言っていた修行場に似た場が見えた。女戦士にして女王スカサハの修行場の一つ、というべきか』
どうやらこの黄昏の空間は広さとしてはかなりの物らしい。大鷲でも全ては見切れなかったようだ。とは言え、人工物らしい物が見えたのはめっけもんだろう。それはつまり人が居る、という事だからだ。
「良し。じゃあ、そちらまで歩いて行く事にしたいが・・・距離は?」
『距離は100キロ程だ』
「ひゃ、100キロ・・・方角は?」
無茶苦茶遠かったその方角を受けて、カイトが頬を引き攣らせる。が、そんな彼でも止まってはいられない事態が実はゆっくりと、迫っていた。
『旦那様。何かが近付いて参りますわ』
「何か・・・?」
ルゥの言葉を受けて、ぴくん、とカイトが耳を動かす。すると、カイトの耳にも異音が聞こえた。それは小さくはあるが、草木をかき分ける音だった。速さ等から推測すると、人間では無かった。
「・・・来るな」
『その様子で・・・どうされますか?』
「人里が何処にあるかもわからん。食料が欲しい。戦うさ・・・ここだ!」
背後の音がだんだん近づいて来てその姿を表すと同時に、大鷲が飛び上がってカイトが刀を抜刀する。が、そうして切り裂いて見た『敵』の姿に、カイトだけではなくルゥも大鷲も驚きを浮かべた。
「何!?」
『これは・・・旦那様。何かなさいましたか?』
ルゥが何処か茶化すようにカイトに問いかける。襲ってきたのは、漆黒の狼だった。しかも実体を持たず、影が形を為したかの様だった。謂わば影の狼である。
これはこの当時のカイトが出来た死者の呼び戻しの力にそっくりだったのであった。そうして、その影の狼は切り裂かれると地面に落ちる前に漆黒のモヤとなって、風に吹かれて消え去った。
「・・・なんだ、こりゃ? 冥府ってこんな魔物居たっけな・・・と言うか、なんか可怪しいな、これ・・・」
『儂は聞いた事は無い・・・』
『私も、旦那様以外で聞いた事はございませんわ』
二人は揃ってカイトの言葉を否定する。この二人が否定するということはすなわち、地球でも異世界でも起きたことのない事、という事だったのだろう。
「嫌になってきたな・・・つまり、厄介な事が起きている、と言う事か・・・出れるかな、ここから・・・」
暗雲垂れ込め始めた自らの前途に、カイトがため息を吐いた。そもそもここが『影の国』というのさえ推測で、出口は全くわからない。誰かに聞かない事には始まらない。だが、人がいるかもわからない。
さらに嘆かわしい事に、ここは冥府。やはり転移術は使えないのであった。と、そうしてため息を吐いたカイトに対して、大鷲が問いかける。
『で、そこの狼は誰だ?』
『あら・・・申し遅れました。少々の縁あり、旦那様の使い魔を務めておりますルゥで御座います。元は異世界にて神狼族の族長等を務めておりました』
『神狼族・・・失礼した。儂はこの地球においてゼウス神の聖獣を務めている』
神狼族は地球でも最も高位の獣人だった。聖獣とは言え曲がりなりにもこの大鷲とて獣だ。ルゥはその意味ではたとえ異世界でも無条件に敬意を表する相手だったようだ。
「じゃあ、挨拶の終わった所で・・・ルゥ。悪いが、乗せてってくれ。オレが下手に<<縮地>>を使うと今の影の魔物に気付かれかねん。何が起こっているかわからない以上、下手な戦いは避けるべきだろう。それに、草原はお前の得手。他に適役も居そうにないしな」
『かしこまりました。聖獣殿もどうぞ』
『かたじけない』
カイトの言葉を受けて、ルゥがカイトの乗れるサイズへと变化する。そうしてカイトと大鷲がその上に乗る。
「それで、方角は?」
『ああ、4時の方向だ』
先ほどは方角を問いかけた所で、影の狼に襲われたのだ。それ故、大鷲が改めて方角を示す。そうしてそれを受けて、ルゥが音もなく走り始めるのだった。
ルゥが走り始めてから、大凡1時間。先にカイトの述べた理由からルゥとしても最高速度で走る事は出来ず、時速30キロ程で進んでいた。そんな中での事だ。少し遠くで轟音が鳴り響いて、土煙が上がる。
「うん?」
『旦那様。血の匂いが。それも、かなり強い血の匂いです』
「と言う事は、影じゃないか」
ルゥの言葉を聞いて、カイトが誰かが戦っている事を知る。彼女が言った強い血の匂い、と言うのは戦士の匂いと言っても良かった。
大きな大戦を越えた者はどうしても、仲間や敵の血で血塗られる。何度も血塗られた結果、洗い落としても消えぬ程に染み付いて落ちない程の者に対して、彼女は強い血の匂い、と言うのであった。これは同時に何度もそういった大きな戦いを越えても生き残った戦士と言う彼女からの称賛でもあった。
ちなみに、高位の獣人達曰く、カイトはそう言った匂いがしないらしい。何故かと言うと、逆に女性の匂いが強過ぎるから、だそうだ。何処まで冗談かは不明だった。案外真実かもしれないし、意外と気にする彼に対する優しい嘘かもしれない。
「援護に向かおう。運が良かったら近くの街にでも案内してもらえるかもしれない。城だけとは思えんし、運が良ければ城の兵士の可能性もある。スカサハといえば弟子を取っている事で有名だ。弟子なら更に御の字だ」
『かしこまりました』
カイトの意志を受けて、ルゥが速度を上げて、戦いの起きているらしい方向へと駆け始める。そうして10秒程駆けると、すぐにその現場に到着した。そこは数千を超えるだろう夥しい数の影の魔物達と荒々しい風貌の戦士団との戦いだった。
戦士団の人数は100人程。先頭を行くのは数人の戦士達だった。獲物は様々。巨大な剣を持つ者も居れば、巨大な槍を持つ者も居る。一人を除いて彼らが周囲に指示を飛ばしている所を見ると、彼らが指揮官なのだろう。
「見えた! が、無茶苦茶だな、あれ!」
『指揮官が先頭とは・・・随分と荒々しい戦士団ですこと。タイムスリップでもしたのでは? それとも旦那様達、なのでしょうか』
『いや・・・あれは確かに影の国の者だ。見ろ、あの旗。赤枝の紋章だ。戦っている男が誰かは知らんがな』
「なるほど。あれがアルスターに名高き<<赤枝の戦士団>>、と言う事か・・・」
流石はゼウスの聖獣、と言うべきか、古い神話に刻まれた英雄達の紋章は大半を把握しているらしい。まあ、それに即座に応じれるカイトもカイトだろう。伊達ではなかった。
「さて・・・援護に入るか。あの数は些か手に余る・・・事もなさそうだが、第一印象は良くしておきたいな」
カイトは苦笑気味に戦いを観察する。確かに戦士団の先頭を行く者達は圧倒的な強さを見せているが、それでも敵の数は凄まじい。一瞬無理だ、と思ったのも無理はなかった。幾らなんでも100人足らずで数千の魔物を討伐するのは些か厳しいものがある様に思えたのだ。
が、先頭を行く数人の戦士を見て、考えを改めた。その先頭の10人程が凄まじい。全員がまだ本気になっていないだろうに、一振りにつき10体の魔物はなで斬りにしていた。この様子なら遠からず勝ってみせるだろう。そうして、カイトは矢をつがえながら、ルゥにつげる
「ルゥ。こちらは横から横撃する。分断出来れば幸いだし、散らせれば御の字だ」
『かしこまりました・・・では、どうぞ』
「ああ・・・ふっ!」
『儂は上から攻撃を仕掛けよう。如何に荒くれ者のアルスターの者共とて、儂の事は知っておるだろうからな』
カイトが矢を放つと同時に、大鷲が本来の姿で飛び上がって、ルゥが飛び出す様に走りだす。そしてカイトは同時に声を張り上げて、自分が味方であることを告げる。
「故あってここに流れ着いた者だ! 援護する!」
「おお! 助かる!」
カイトの助力を聞いて、大剣を持つ大男が声を上げて手を振る。どうやらこちらが援軍だとわかってくれた様だ。ちなみに、その間も大男は攻撃を仕掛けられていたが、普通に無視していた。傷ついた様子も殆ど無い。やはり物凄い実力だった。
「ルゥ。遊撃を頼む。こちらはど真ん中でちょっと踊ってくる」
『はい、旦那様』
カイトは跳び上がったルゥの上から更に跳び上がると、カイトは敵集団のど真ん中に降り立つ。そんな様子を見て、先の大男が笑みを浮かべた。
「おぉ、やるな! 全員! あの大馬鹿者を見習え! 赤枝の名が伊達ではない事を<<影の獣>>と旅人に知らしめろ!」
「おぉおおお!」
大笑が響き渡り、戦士達の力が更に増大する。どうやら大男の檄に同調したようだ。
「やれやれ。ここは北欧のベルセルクなのかねぇ・・・とりあえず、数減らしてくか」
カイトは怒声と大笑が響き渡る戦場になったのを受けて、苦笑気味に無数の武器を創り出す。ちまちまと一匹一匹潰すのは面倒だったので、一気に掃討してしまおう、と言う考えだった。
「消えろ!」
カイトの号令に合わせて、一気に無数の武器が降り注ぐ。全力ではないので出した数は100個程で、更には狙いもあったものではないが、それでも殲滅速度は物凄い物だった。そんなカイトを見て、大男の近くの男が大いに笑いながら告げる。
「フェルグスの大兄貴! ありゃ、負けてるぜ!」
「がっはははは! 負けているのは貴様も同じだろう、ケセルン! どうだ、コナル、メン! あれに戦いを挑まんか!?」
「馬鹿を言うな、大兄貴! 数を考えろ数を! 熱くなりすぎだ!」
「・・・」
どうやらここには『赤枝の騎士団』の有名所が揃っていたらしい。まあ、数を考えればわかるような気もする。この数だ。一騎当千の者達を出さねば負けるだろう。
会話から判断すると、クー・フーリンの仇を討ったとされる<<勝利>>のコナル、敵との戦いで言葉を奪われた後のアルスター王、<<唖者>>のクー・スクリド、美男子として有名なノイシュ等が上がっていた。
その中心で大笑しながら大剣を振るっているのは、おそらくケルトで語られる最大の英雄の一人であるクー・フーリンの伯父兼養父であり親友でもあったフェルグス・マック・ロイなのだろう。
そして英雄達の制止は、そのフェルグスには届かなかった。血を滾らせる彼は誰も挑まないのを見て、自らが挑む事を決める。
「あの上のはゼウスの聖獣! なんらかの縁ありて来たギリシアの英雄だろう! ヘクトールか、アキレウスか・・・妙にゴツくはないが、あの勲はもしやかの大英雄ヘーラクレースか! 誰にせよ、これは見せねばなるまい!」
フェルグスが大笑いしながら、自らの武勇を秒単位で敵を削っていくカイトに魅せつける事にする。そうして、フェルグスは総身に膨大な魔力を漲らせると、彼の身体から稲光が放たれて、大音声を上げる。
「栄えあるゼウスが大鷲とすまなくも名も知らぬギリシアの大英雄よ、聞けぇ! 我が名はフェルグス! フェルグス・マック・ロイ! 勇ましき赤枝の団長、クー・フーリンの養父にして、虹を断ちし者なり! この武芸! そならたに見せよう!」
フェルグスはそう告げると自らの持つ魔剣<<虹断の刃>>を振りかぶる。それに、カイトが大いに驚きを露わにした。
<<虹断の刃>>といえば、ある戦いにおいて旧友に敵将の助命を頼まれた際に悔しさから伸ばした刀身ではるか彼方の丘の頭を3つ切り捨てたという逸話が有名だ。
と言う事はつまり、それを使うと言う事はカイトもルゥも射程距離内、と言う事だったのだ。そして当然、彼の剣戟が味方は除外してくれる、なぞと言う事はないだろう。
なのでカイトは大慌てでルゥの召喚を強制的に解除する。避けられないとは思わないが、相手は英雄で振るう武器は魔剣だ。何をしてくるかわかったものではなかった。
「ルゥ! 戻れ!」
『申し訳ありません、旦那様』
ジャンプと同時に引き戻されたルゥがカイトの精神に語りかける。一応対処は出来る予定だったが、やはり一番の安全策は召喚を解く事だろう。そうして、大鷲が空高くに舞い上がりカイトが身構えると同時に、それは来た。
「光れ、<<虹断の刃>>! そして我が剣戟を戦場に轟かせよ! <<大牙乱舞>>!」
「はぁ!? やっべ!・・・走れ、<<奈落>>」
フェルグスの持つ<<虹断の刃>>が光り輝くと、斬撃が光となって放たれる。それは戦場全域をなぎ払い、しかしそれでは止まらず更に光の斬撃が放たれる。彼は<<虹断の刃>>の光の斬撃で剣舞を行ったのである。
となれば当然、カイトも大いに驚くしかない。英雄の見境なしの斬撃だ。防げない訳ではなかったが、それでも彼が本気になる程だった。と言う訳で振るわれた神陰流<<奈落>>の連撃に、今度はフェルグスが破顔する事になる。
「ほう?」
カイトから先に一切の被害を生んでいないのを見て、フェルグスが楽しげに笑みを浮かべる。曲りなりにも自分は英雄と讃えられる程の存在で、自分が振るったのは魔剣<<虹断の刃>>だ。こんな事は明らかに一角の人物でもなければ出来ない事だった。そうして、彼が大笑する。
「ふふふ・・・はっははははは! 我が剣戟をさも平然と! さぞ名のある英雄であろう! 誰かあれを連れて来い! ぜひとも連れ帰って飲み交わしたい!」
大笑いしたフェルグスはそう言うと、配下の戦士に命じてカイトを連れてくる事にする。そうして、影の魔物とカイトの戦いはほとんど援護の必要も無く終わったのだった。
お読み頂きありがとうございました。 お読み頂きありがとうございました。というわけで、1ヶ月程悩んだ結果断章・10は『ギリシア編』と『影の国』編にしました。『影の勇者』と『影の国の女王』で良いかな、と思いました。
ちなみに、活動報告で折に触れて出していたもう一つのプランは『ウルク編』でギルガメッシュです。こちらは不採用にしました。彼はまた別の機会に出て来ます。なぜ却下にしたのかは、また活動報告にでも。




