断章 老雷神の招き編 第12話 ギリシア到着
ランスロットと玉藻との会話から、更に数日。ゴールデンウィークに入る少し前にカイトとティナは使い魔を身代わりとして学校に向かわせると、そのままエリザ達と合流するとゼウス達が用意してくれた飛行機に乗り込んだ。
「さて・・・さすがはゼウス神、という所かな。わざわざファーストクラスどころか飛行機を一機チャーターしてくれるとはな」
「チャーターしたんじゃないわ。彼らの持っている飛行機を持ってきただけよ」
「そうなのか?」
「表向き、ゼウス神は表向き、芸能事務所を幾つか保有しているらしいわね」
「・・・嫌な予感しかしない」
ゼウスに芸能事務所。その組み合わせにカイトは嫌な予感しかしなかった。彼の女好きは有名だ。何か要らない事をしていないか、と不安だったのである。
「ああ、そこは安心して大丈夫らしいわ。実質的な経営はヘラ神で、お飾りっぽいもの。一応曲がりなりにも欧州最大の神様の一角。裏側の仕事も忙しいはずよ」
「なるほど。確かに、そりゃそうだ。まあ、それに自分の所の商品に手を出す様な事も無いだろうしな」
エリザが書類片手に告げた言葉に、カイトが苦笑気味に杞憂だった、と認める。そもそもそれはヘラにしてもわかりきった事だったのだろう。彼女の嫉妬深さは神々の間でも有名だ。わからないでも無かった。
まあ、それを知って何度もボコボコにされながらも女性を口説きまくるあたり、ゼウスもインドラも似た者同士だった。
「でだ・・・到着予定時刻は?」
「今回はロンドンを通るから、だいたい一日ね」
「では、しばらく自由に出来るか。飛行機ははじめてだ。散策させてもらおう」
エリザの解説を受けて、ルイスが立ち上がる。彼女は通常飛行機ではなく転移術を多用する。面倒だし時間が掛かるので飛行機を使う事が無い。というわけで、実は初体験だったのである。
ちなみに、ロンドンに寄る理由はアルト達を回収する為だ。そういうルートも公式にあるので、それを使う事にしたのである。
公式の物を使えたのは、ゼウス達の飛行機だからだ。そんなものを落とせばタダでは済まないだろう。そうして、約16時間後。飛行機はロンドンに到着していた。
「久しぶりだ」
「母上・・・せめて一言声は掛けてください」
「あはは、ごめんごめん」
気軽に挨拶したアルトに対して、モルドレッドが開口一番に母親に苦言を呈してその母親が少しいたずらっぽく謝罪する。当たり前だが無断で出たのだ。そう言いたくもなろう。
ちなみに、アルト達側は流石に<<円卓の騎士>>を全員引き連れてくる、という事は無く、護衛としてガウェインとケイ、二代目トリスタン、そして補佐官としてベディヴィアを引き連れて来ていた。
「・・・女性比率が高いな」
「いや、わかるんだけどさ・・・今回欧州組だから、仕方がないっちゃあ、仕方がないんだよな」
「ああ、<<吸血姫の姫君>>か」
「その言い方は止めて」
ガウェインからの一言に、エリザが手を突き出して恥ずかしがる。流石に一千歳を超えているのにお姫様は恥ずかしかったようだ。まあ、事実現在もお姫様なのだから、致し方がない。
ちなみに、教会側が使う悪意のある仇名ではないとなると、他にも<<白バラの姫>>等とお姫様にちなんだ渾名が彼女には当てられていた。
白バラなのは尊大な母親が<<赤バラの女王>>と呼ばれていた事に由来する。彼女の方には尊大さがないからだ。棘はあるが。
「そりゃ、失礼・・・まあ、4時間程だ。機嫌は直してくれ」
「構わないわ」
別に気にしていない、と告げたエリザに、今度はケイが問いかける。
「それで、お嬢さん。一つ疑問なんだが・・・近くにお母君の居る国があるが・・・挨拶に行くのか?」
「・・・そう。まだピンピンしている、という事なのね」
「なんだ、違うのか」
エリザの何処か嫌そうな顔に、ケイが少しの驚きを露わにする。エリザは当然、母親の事は風のたより程度にしか聞いていない。だが今の口ぶりであれば、相変わらずの状態なのだろう。
「ええ、違うわ。里の恩人のお墓に行こう、というだけよ。目的地はスロバキア近く・・・だそうよ。そういえばエリザベート・バートリー・・・バートリー・エルジェーベトに出会ったのは、捕まる少し前だったわね・・・」
あの城から出てしばらくで、エリザとエルザが出会ったらしい。それを思い出して改めて調べ直した所、リアレの墓の大凡の所在地はチェイテ城の付近だ、ということまではわかっていた。
初代の楽園を襲った騎士達の言っていた伯爵とはエルジェーベトの夫、ナダーシュディ・フェレンツェ2世の事だったのだろう。彼の権力を使った彼女の差金と考えると自然だった。彼女は黒魔術に耽っていたと聞く。場所や当時の状況を考えれば、不思議は無かった。ちなみに、実際はその権力を笠に着た親族の仕業だったそうだ。彼女の一族には悪魔崇拝者も多く、その一人だったのだろう。
と、そんなエリザに対して、モルガンが苦言を呈した。彼女は子供から避けられていたのだ。どことなく自分に重なったらしい。
「・・・一度ぐらい、帰ってあげなよ。貴方は吸血姫だけど・・・やっぱり親としては顔も見せてくれないのは悲しいものだよ」
「・・・そんな事を感じてくれる親なら、良いんだけど・・・」
モルガンからの苦言に対して、エリザは何処か遠い目をする。自分の事を愛してくれていたとは思う。だが、それは人間やモルガン達の言う母親の愛情かどうかは、わからなかった。
「まあ、あの小娘ならわからんでもないがな。私が言うべき言葉ではないが・・・行って来るだけは行ってみろ。意外と心配しているのが、親というものだ」
「そうかしら・・・にしても、本当に言うべき言葉じゃないわね」
ルイスからの一言にエリザが苦笑する。確かに、彼女が言うべき言葉ではない。なにせ彼女も立場としては家出娘だ。しかも数千年――と言っても世界間の時間差があるのだが――実家には帰っていない。彼女にだけは言われたくはないだろう。
「ふん・・・」
「兄君か?」
「まあな。なんだかんだで父達も心配はしていた」
出来損ないとして父親からは見放されている、と思っていたイクスフォスであるが、親側としては素直でない所と族長という立場上で見せられなかっただけ、とルイスはしっかり把握していた。そしてエンテシア皇国建国の折り、イクスフォスもそれを知っていた。と、そんな会話を聞いて、ティナが意外感を滲ませる。
「何じゃ、兄がおるのか」
「なんだ、不思議か?」
「いや、お主の兄じゃから、どれほど偉そうな男か、と思ってな」
「単なる馬鹿だ。気にするな」
そして貴様の父親だがな、とルイスが内心で苦笑する。そうして、そんな雑談を行いながらも飛行機は進んでいき、数時間後にはアテネへと到着するのだった。
アテネへと到着した飛行機は、専用の滑走路に着陸すると即座に速度を落としてカイト達を降ろした。
「ここが、ギリシアねぇ・・・博物館とかに行きたいんです、が・・・が」
「ダメだろうな」
「ですよねー。あれが常人なら、今頃ギリシアが世界征服してるもんなー・・・」
カイトの言葉に、アルトが顎である方向を示す。そこにはカイト達を見る一人の大男が立っていた。そして案の定、彼はゼウスの関係者だったようだ。
彼はこちらに歩いてきて、優雅に一礼した。体格や身体つきに似合わず、その所作は見事な物だった。例えるならば、百獣の王という所だろう。
だが、それでも隠しきれなかった物がある。それは彼が身に纏う英雄としての圧倒的な存在感と、あまりに凄まじい武芸の練度から来る武人の覇気だった。少なくとも、並の英雄ではない。それが見ただけでわかった。
「お待ちしておりました。アルトリウス王、英雄カイト・・・はじめまして。お初にお目にかかります。私はヘラクレス。どうかクレス、とお呼びを・・・以後、お見知り置きを」
「「は・・・?」」
出された名前に、カイトもアルトも絶句する。ヘラクレスとは言うまでもなく、あのギリシアの大英雄ヘラクレスなのだろう。それを案内人として寄越したのだ。絶句も致し方がなしだった。ヘラクレスは地球有数の英雄であるアルトと比較してさえ、それを遥かに上回る英雄だろう。
そんな大英雄であるヘラクレスをここに案内人として寄越す意味を、彼らは悟れた。そしてヘラクレスもそれを把握しつつも、敢えてすっとぼける事を選んだ。
「ああ、申し訳ありません。どうにもイメージにそぐわず・・・」
「いや、そういうわけではないさ」
「ああ・・・まさか、英雄ヘラクレス殿直々に出迎えて頂けるとは、と」
カイトもアルトも苦笑気味に、ヘラクレスの言葉に応ずる。普通に考えて、ヘラクレスは本来こんな場に道案内人程度として使われる者ではない。まず間違いなく父ゼウスの横に侍りその威容を誇るべき大英雄だ。それを寄越すという事はつまり、彼らをそれだけ歓迎している、という事だった。そして、同時に別の意味も見受けられる。
「父ゼウスは貴方方を歓迎しておられます・・・特に、異世界から自力で帰還した貴方を」
「伝え聞いています・・・どういう意味なのかも」
「ありがとうございます」
丁寧な口調に反して不敵な笑みを浮かべたカイトの言葉に、クレスが少し苦笑に似た微笑みで頷く。これは暗に試練を課す、という事の明言に近かった。
「さて・・・では、こちらへ。父達の下へと案内致しましょう」
「ご愁傷様だな」
「変わってやろうか?」
「遠慮しておこう」
歩き始めたクレスに従って、カイト達もまた、歩き始める。そうしてアルトとカイトが小声で話し合う最中、一つの疑問を得た。それは結局のところ何処に向かっているのか、という所だった。
ということで、アルトがそれを問いかけた。彼も実はゼウス達の本拠地であるオリュンポスには行ったことが無く、知らないのである。理由もなく行ける様な間柄でもなかったのだから、致し方がない。
「そういえば・・・クレス殿。何処に向かっておられるのだ?」
「同じく人ですので、丁寧でなくて結構。そして名前もクレスで結構です・・・パルテノン神殿の地下です。神殿には地下設備は良くあるもの。そこから、オリュンポスへと参ります」
クレスはアテネ市内の中心部にある小高い丘の方向を指差す。パルテノン神殿とはギリシア共和国の首都アテネにあるギリシア神話の女神アテネを祀った神殿だった。
「では、ありがたくそうさせて頂こう・・・なるほど・・・では、徒歩か?」
「いえ、バスを一台チャーターしております。そちらで」
「ぶらりとアテネ観光、と行ければ良いけどなー・・・あ、アクロポリス博物館に寄ったりしたらダメか?」
「はぁ・・・まあ、謁見後でしたら、おそらく父たちも何も仰らないでしょうが・・・お時間があられるかは微妙でしょう」
カイトの問いかけに、クレスが苦笑気味に首を振る。どうやら、ゼウス達は相当な難題をふっかけてくるつもりのようだ。それに、カイトがため息を吐いた。
「はぁ・・・今回も観光は無理、と」
「何なら後で私が連れて来てやる」
「お、では余も頼む。日本以外の観光なんぞ滅多に出来んからな」
「はぁ・・・良いだろう」
ティナの申し出をルイスがため息混じりに受け入れる。ちなみに、ルイスとヘラクレスに面識はない。ヘラクレスが活躍したのは大体紀元前13世紀前後。それに対してルイスが叛乱を起こしたのは紀元前25世紀前後――正確な所は不明――らしく、随分と前の事だった。そうして、一同はそんな雑談を行いながらバスに乗って、一路パルテノン神殿へと足を向ける。
「これがパルテノン神殿ですか・・・凄い神気ですね」
数十分後。一同はパルテノン神殿の前に辿り着いていた。が、バスから降りる必要もなく、近づくだけで神様の発する気配が感じられた。ちなみに、つぶやいたのはトリスタンだ。そんな少し緊張を覗かせるトリスタンとベディヴィアに対して、アルトが告げる。
「トリス、ベディ。お前達ははじめて神と合うのだったな」
「「はい、陛下」」
「ならば、告げるべきはただ一つ。腹に力を入れておけ」
「神気を受けて気絶は情けないぞ」
アルトに続けて、ケイが茶化す様に激励を送る。神々との会合を得た事のあるのは、第一世代の騎士達や比較的古くにアルトに帰参して跡目を譲り受けた者達だけだそうだ。アルト達は歴史からケルトの神々とは親しいらしく、そこから良く会うらしい。今回二人を連れて来たのも、実はそこらの練習の兼ね合いがあるらしい。
「それよりも口説かれないか、という方が心配じゃね?」
「あ、あはは・・・まあ、父はオリュンポスの神々や義母が居る前では口説かれませんので、ご安心を・・・それ以外は不安ですが。少なくとも、父の誘いには乗らないでください。それか、義母にご確認を」
カイトのある意味最もな意見に、クレスも苦笑気味だった。ゼウスの浮気癖とナンパ癖は有名だ。そして少女騎士達は美少女だ。心配すべきは失態よりもそちらだろう。
ちなみに、彼の言う義母とはヘラの事だ。ヘラとヘラクレスの間には血縁関係はない為、義母と呼んでいるのだった。
「さて・・・では、皆様。こちらへ」
ヘラクレスはパルテノン神殿の裏側。人気のない一角に来る――ここらの警備員や研究者達は全員身内らしい――と四角く切り取られた石の前に立って一同に告げる。どうやらここが入り口らしい。そうして、ヘラクレスが開封の言葉を告げる。
「偉大なるオリュンポスの神々よ。我が声を聞け。我が名はゼウスが子、ギリシア全土にその名を轟かせしヘーラクレース。我が名を以って命ずる。神々の世界への戸を開け・・・今では意味はほとんど無いのですがね。一応、開封の言葉を使う必要が」
クレスの言葉を受けて、彼が立っていた目の前にある石が消え去る。そうして見えたのは、何処かへと続く階段だった。深さはさほどでも無く、5メートルも下りると下に辿り着きそうだった。
その先は通路になっている様子だが、残念ながら、カイト達の位置からでは更に先は見えそうになかった。そうして、カイト達は再びクレスの案内に従って、パルテノン神殿の地下へと進んでいく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




