断章 第11話 集結編 戻らずの少年・戻ってきた少年
「つぁー!どこ行きやがった!」
「見つからんな。」
由利や魅衣が各々の家に帰っていた丁度その頃。陽介と和平はとあるマンションの一室で悪態を吐いていた。ここは彼らが屯する部屋の1つで、セーフ・ハウスとして利用している場所でもあった。ちなみに、用意したのは涼太である。
「おう、帰ったぞ。」
「ちーっす。飯買って来ました。」
と、そんな二人が適当に待機していると、更に2つの声が部屋に響いた。御子柴と涼太が外出先から帰って来たのである。そうして揃った4人だが、誰の顔からも険が取れていた。数ヶ月前からは想像の出来ないほどに穏やかな表情であった。
「そっちはどうだった?」
「そっすね。新しい情報は無し。天音って奴が最有力候補なのは変わらず、っすね。」
陽介の問い掛けに、涼太がメモを片手に答えた。当たり前だがリベンジしようにも相手がわからなければリベンジのしようが無い。なので、彼らがまず始めたことは、相手の正体を探る事からであった。そうして有力な情報を得たのは昨日の由利との会合で、今は裏取りを進めている所であった。
「そっちはどうっすか?」
「希の奴はみつからない。」
涼太の問い掛けに、和平が答える。希とは三島のことで、本名は三島 希であった。名前が女っぽいのを彼は気に入っておらず、名前で呼ばれるのを嫌って仲間たちや部下には苗字で呼ばせていたのだが、こうやって仲間内だけになると、普通に昔の様に希と呼ばれるのであった。
如何に狂犬と恐れられる三島であっても、同格と思う彼らにだけはそう呼ばれても当たり散らすことは無かった。それが、彼らの信頼の強さを表していた。
「ったく・・・一人早々に退院出来たと思ったらどこ行きやがったのやら・・・」
「希さんだけは怪我無かったっすからねー。」
陽介のボヤキに、涼太が苦笑する。彼らはカイトの攻撃の所為で若干骨にヒビが入っており、退院に一ヶ月ほどの時間が必要だったのだ。だが、和平によって気絶させられた三島にはほとんど怪我と呼べる怪我も無く、検査入院程度で早々に退院出来たのである。
まあ、そうぼやく彼らだが、それ以外の襲撃者はきちんと骨が折れていたりして数ヶ月の入院が必要だったので、彼らは幸運な方だろう。
ちなみに、退院まで一ヶ月と言われた彼らだが、彼らの持つ魔力のお陰で2週間と少しで退院出来たのは、皮肉なものだろう。残りの半月程度は、今のように様々な準備に当てていた。
「見舞いの1つも来やしやがらねえからな、希は。」
陽介と涼太のぼやきに、御子柴が苦笑する。大体何をしているのかは想像が出来ている彼らだし、彼らも考えていることは一緒だ。だが、その過程が少し異なっており、それを伝えに三島を探していたのである。
「取り敢えず、当分は地下に潜ってみるつもりです。関東内の幾つかの闘技場に居るとの目撃情報は得られました。一番最近なのは、栃木の方。あそこは出入りが激しいので、何日か張り込んでみます。」
「ああ、そうしてくれ。」
和平の提案を、御子柴も認める。そうして、4人はその日の活動を終えるのであった。
その数日後の土曜日。御子柴や魅衣達の裏事情とは異なった裏事情を抱えるカイトとティナは、ティナの日本案内を名目として大手を振って出かけていた。だが、普通ならば見知らぬ日本の様々な物を見られるとティナの方がはしゃぐのだが、今日に限っては、カイトの方が喜色満面であった。
「くぁー!楽しみだなー!」
「そうじゃな。」
カイトの顔に浮かんだ満面の笑みに、ティナが苦笑する。日本に帰ってからは滅多に浮かべることが無かった冒険を前にしたカイトの顔に、少しだけティナが呆れていたのである。ちなみに、そんな二人だが今は元の大人の状態―ちなみに、さすがにティナは金眼ではなく、碧眼である―で電車に乗っているので耳目を集めているのだが、二人共そんなことは素知らぬ顔であった。
「どんな奴がいんだろ。」
「さてのう、それは余も知らぬよ。」
興奮しているカイトは電車内にも関わらず饒舌だし、顔には少年のような輝きに満ち溢れた笑みが浮かんでいた。
ちなみに、周囲では並外れた美丈夫の浮かべる少年のような笑顔のギャップに見惚れる電車内の女性たちが、横に居座った同じく並外れた美女であるティナの愛おしげな顔を見て、すわどこかのモデル達のデートか、とスマホ片手になっていた。だが、二人はそんなことよりも、初めて見る景色や電車の設備に夢中であった。
「にしても・・・まさか奥多摩だとはな。めちゃくちゃ近いじゃねえかよ。」
ようように落ち着いたカイトが、小さくつぶやく。さて、そんな二人だが、どこへ行こうかというと、カイトの言うとおりに東京都の奥多摩であった。
カイトの住んでいる天神市は関東の西側に位置しているのだが、最近の天神市の開発で東京の西にあるモノレールも延長・路線増加され、奥多摩は電車に数本乗り換えるだけでたどり着ける場所となっていた。
「とは言え、既に一時間以上は電車に乗っておるがな。」
「なんだ、モノレールは不満か?」
「いや、不満は無いの。最新鋭と言われた天神市を横断する超電導リニアも面白かったが・・・この空高くに設置したモノレールもなかなかに面白い。」
「なら、今度大阪に帰った時にでもあっちのモノレールにでも案内してやるよ。あっちは最近ようやく延長されて、またギネスの最長記録を更新したからな。それに合わせて実験式のモノレール路線も開通してる。」
「ほう、それは楽しみじゃな。」
カイトの言葉にティナが少しだけ興味深そうに反応し、更に思慮に耽る。思慮するのは、エネフィアにこの鉄道網のアイデアを持ち帰った場合での実現プランだ。当然だが魔物の襲撃を考えなければならず、高所に列車のあるこの2路線のモノレールは列車の安全性をそれなりに確保しやすいのであった。それ故、技術者と為政者の観点から、興味を覚えていたのである。
まあ、安全性を確保しやすいが同時に今度は常設される柱と路線の防備を考えなければならなくなり、痛し痒しであった。
「さて、着いたぞ。」
「む。おお、そうか。」
二人は目的の駅に着いたので、取り敢えず手荷物片手に駅から出る。そこは一見しなくても普通の町並みの住宅街だった。まあ、まだ目的地に着いていないのだから、当然である。そうして、二人が暫く待っていると、着物姿の女性が近づいてきた。
「おっと、来たな。」
「お待たせいたしました、カイト殿、ミストルティン殿。」
「いんや、今来た所だ。」
「ありがとうございます。では、ご案内致します。」
着物姿の女性は、先頃出会った菫であった。実はこの一ヶ月ほど交渉を続け、なんとかようやく蘇芳翁が治める異族達の里とやらに案内してもらえる運びになったのだ。
まあ、と言うより妙に蘇芳翁が乗り気であったのは疑問であったが、それでも、初めて見る自らの生まれ故郷の秘境だ。カイトが心待ちにしない筈は無かった。そうして、菫が乗ってきた自動車に乗り込み、三人は連れ立って奥多摩の森の中へと入り込む。
「お?」
「む?」
「気づかれましたか。」
そうして10分ほど自動車を走らせていたのだが、そこでふと、カイトとティナが違和感に気付く。かなり高度の結界を通過した時に感じる僅かな違和感であった。
「たった今、『紫陽の里』に入りました。後5分もすれば、里の中心部に辿り着きます。」
その言葉の通りに、ものの数分もすれば住居が目立つ普通の住宅街だが、普通でない街が現れた。普通なのは住居等の町並みで、普通で無いのは歩く人々の姿だ。
町並みこそはこの時代の普通の町並みの平均から離れてはいないが、歩く住人達の頭に狐や犬耳、角が生えていた者から、悪魔の様な蝙蝠羽のある者まで多種多様であった。
「うぉ!すっげ!マジでいやがる!」
「・・・そこまで珍しいですか?異世界で活動していらっしゃったなら、普通だと思うのですが・・・」
「仕方があるまいよ。此奴は昔から何処かこういう風な所があるやつじゃ。よもやファンタジーの産物だと思っておった獣人族や魔族が普通に自らの故郷におれば、興奮もしよう。」
二人の呆れた声を完全スルーしているカイトは、目を輝かせて大興奮で道行く住人達を観察する。始めこそ初めて乗る自動車にティナも興奮していたが、里に入ってからはカイトの興奮っぷりに落ち着いたのである。
「あっちは狐系に、あっちは鬼族か!あっちは見るからに夜の血族だし・・・」
「夜の血族?」
「ん?こっちじゃ別の言い方なのか?大雑把にいや、所謂ヴァンパイアだが・・・まあ、もしくは大別して吸血鬼や吸血姫だのと言うな。多くは吸血をやる奴らだ。まあ、別に血を吸わなくても良いらしいけどな。まあ、夜の方を好む奴らだから、夜の血族ってわけだ。」
「ああ、なるほど。此方では吸血鬼と吸血姫や各種族の言い方だけですね。彼らは統一されるのを厭いましたので。」
色白で、どこか人間離れした中世貴族の様な服装の男を見てカイトが呟いた言葉に、菫が首を傾げたのを見て、カイトが説明する。それを聞いて、菫はなるほどと納得する。
「ははは、まあ、奴ららしい。世界が変わってもプライドの高さは変わらねえな。で、あんたは木精だろ?」
「お分かりですか?っと、到着しました。此方が蘇芳さんのご自宅になります。」
「まあな。っと、ここが・・・か。うん、想像通り。」
運転を終えた菫がドアを開いてカイトとティナが自動車から降り立つと、普通に想像通りの邸宅が彼を出迎えた。外にある表向きの自宅とは違う、彼の本来の邸宅であった。
その見た目は自動車のガレージこそあったが、見た目は純日本家屋だ。だが、そんな純日本家屋には、明らかに彼が村正流の開祖の片割れであることを示す鍛冶場と、材料置き場が存在していた。
「蘇芳さんにお取り次ぎを。」
「はい。」
そうして蘇芳邸に入った三人は、家人に蘇芳への取次を依頼する。すると、直ぐに家人は戻って来た。
「先生は今、裏の鍛冶場にいらっしゃいます。そちらにご案内せよ、との事です。」
「分かりました。では、失礼致します。」
菫は小さく頭を下げると、一度玄関から外に出て、邸宅の塀沿いにぐるりと母屋の裏側に二人を案内する。するとそこにあったのは、先ほどの言葉通りに鍛冶場だ。そこには、以前会った時とは異なり、着物姿の蘇芳翁が玄翁を片手に鍛冶を行っていた。
「ふむ・・・」
「蘇芳さん、お二人をお連れしました。」
「此度はお招きいただき、有難う御座いました。」
「うむ、良い・・・と、異世界の勇者よ、この作をどう見る?」
玄翁を片手に刀の出来栄えを確認していた蘇芳翁だが、それを鞘に収めるとカイトに投げ渡す。その眼にはどこか試す様な感があった。
「おっと・・・では、失礼して・・・」
カイトは鞘から刀を抜き放ち、村正の作であろう一品を検める。材質は普通の鉄で、拵えは村正流だ。まだ未完成らしく聖柄で鍔も存在していなかったが、その刀身にはどこか妖しい美しさと強靭さが存在しており、一目見て逸品であることがわかる刀だった。
「はっ。」
カイトは一同から少しだけ距離を取ると、腰だめに居合を放つ。そうして、再び納刀し、頭を振った。
「・・・ダメですね。少なくとも、オレは使いたいとは思わない。」
「ふむ、やはりそう見るかね。」
「ええ、何かは断言出来ませんが・・・違う。何かが違いますね。」
どうやら蘇芳翁もそれには気付いていたらしい。カイトの判然としない説明にも、やはり、程度にしか思っていなかった。素材が何の変哲もない鉄である事を差し引いても、若干魔術的な強靭さに欠けている様な感覚があったのだ。おそらく、相槌を打つ職人の腕がいまいちで、魔力の親和性が悪くなったのだろう。
「知人に頼まれて鉄で拵えたのじゃが・・・これは人に贈れる代物では無いのう。」
「美しさであれば十分に実用的ですので、贈り物として捉えれば十分なのでは?」
「まあ、確かに使うわけではないからのう・・・逆に使えぬ様にそちらのほうが良いやもしれんが・・・」
カイトの言葉に、蘇芳翁が少しだけ考えこむ。が、やはり彼は頭を振る。一職人として、自身の納得の行かない作品を他者に提供するのは気に食わなかったのだろう。
「ダメじゃ。やはり破棄すべきじゃな。」
「そうですか。まあ、仕方がないですね。」
「うむ。素材に戻して再利用するしか無いのう。」
納得の行かない作品ではあったが、やはり完成したばかりの作品に駄作の烙印を押すのは少々残念だったらしい。蘇芳翁は若干の落胆と共に、そう呟いた。
「やっときましょうか?」
「何?出来るのか?どれ、一度見せてみよ。」
そんな蘇芳翁に対してカイトが告げた言葉に、蘇芳翁が落胆から顔を上げて一気に興味深そうにカイトの動作を見守る。それを受け、カイトが作業に取り掛かる。
まず、鞘から刀を取り出して村正流で習った教え通りに刀を刀身と柄に分解し、妖刀たる所以の刀身を守っていた強固な複数の魔術的保護を、村正流独自の分解用の魔術で解除する。そうして完全に守りを失った妖刀に対し、これまた村正流独自の術式を使用して、一気に素材を分解する。そして出来上がったのは、鉄のインゴットと、ごく少量の幾つかの金属素材、聖柄の柄の部分だけだ。
こういった術式は各流派で差こそあれど、妖刀打ちならばどこの流派でも存在する物であった。妖刀の素材として使える素材が少ないので、無駄には出来ぬと再利用する魔術が発展したのである。
「これでいいですか?」
「ほぉ・・・ずいぶんと手早いな。方法自体は我が流派で習ったか?」
「ええ、まあ。ちょっと故あって海棠殿に教えこまれました。片手間ですが、地球時間でざっと40年ほど習いましたからね。これぐらいは出来ます。」
しきりに感心する蘇芳翁は、カイトの動作の中に村正流の仕手を見抜く。そうしてカイトもそれを認め、分解した素材を鍛冶場の所定の位置に収納する。まあ、蘇芳翁はこれを手紙で知らされていたが故に彼はかなり乗り気であったのだが、まさかここまでとは思っていなかったのだ。
ちなみに、蘇芳翁がしきりに感心する様に、実はカイトはこの分解に関しては人並み外れた適正がある。魔力の高さから術式の連続使用が容易であるため妖刀の魔術的な守りを一気に分解でき、守りが強固であっても力技で解除する事が出来るからだ。
と、そんなカイトに対し、蘇芳翁が興味深げに問い掛ける。彼は今までカイトの事を単なる刀の使い手にしか見ていなかったが、少しだけ評価を改めたのだ。
「ふむ・・・お主、どれほどの腕前じゃ?」
「はぁ・・・まあ、一応海棠殿の『魔付き』はやらせてもらえましたが・・・」
「何!?」
カイトの言葉に、蘇芳翁が俄然興味深そうに身を乗り出す。『魔付き』とは村正流独自の鍛冶師の役割の1つであった。村正流の独自なのは理由があり、彼らの流派の教えから、必要に駆られて出来上がった役割なのである。
有名であるが、村正流は妖刀打ちだ。それ故当然だが、魔術的な力を用いて、刀を打っている。ここまでは、他の妖刀打ちでも同じだ。だが、村正流で最上の大業物を打とうとなると鍛冶師が三人必要で、その三人目を『魔付き』と呼ぶのである。
その役割は妖刀を打つ際に素材固有の魔力や他の打ち手二人の魔力を調律し、更には自身の魔力を以ってそれらを最上の状態を保つことだ。『魔付き』に魔力の調律や魔術的な調律を任せることで他の二人は鍛冶にのみ専念でき、対して『魔付き』は異なる魔力の調律という繊細な作業にだけ集中出来るのだ。
ちなみに、これは当たり前だがトンデモなく繊細な作業で、他の二人が修練で多少補えるのに対し、この『魔付き』だけは、元々の適正が物を言う役割であった。
「どれ、一度腕前を見せてみよ!」
「え!?ちょっ!」
先ほどまで落胆していた筈の蘇芳翁だが、カイトの言葉に並外れた興味を示して身を乗り出し、強引にその手を引っ掴むと自身が打ち手として、カイトに強引に『魔付き』の立ち位置に立たせる。即席であるし、人手が無かった為、相槌は居ない。そうして、カイトは強制的に刀鍛冶に付き合わされるのであった。
お読み頂きありがとうございました。




