断章 老雷神の招き編 第10話 雷神よりの招き
カイトが使徒化の修行をはじめてから、しばらく。4月も終わりに近づいてゴールデンウィークが近づくと、楽園のカイトの居城に一人と言うか一匹の使者がカイトの下を訪れた。それは一羽の鷲だ。
とは言え、それは単なる鷲ではない。神に使われる神使とも神獣――この場合は神の遣わす獣という意味――とも言われる大鷲だった。
「ほぉ・・・こりゃまた、でかい鷲が来たな」
現れたのは、全長10メートルはあろうかという大鷲だ。それはカイトの目の前に降り立つと、見る見るうちに縮んでいく。そうして、小型化すると同時に、言葉を発した。
『汝、我が神が申せし蒼き者で間違いないか?』
「ゼウス神が聖獣、わし座のモチーフともなった大鷲とお見受けするが、如何に」
『然り』
カイトの問いかけを受けて、ゼウスの鷲が頷く。彼は流暢に喋れる。神々に仕える神使となった程の獣だ。高位の獣である幻獣とさえ遜色ない力と知恵を有していたのであった。そうして、そんな鷲に対して、カイトが頭を下げる。
「返答が遅れた。確かに、そなたが神の探し求める者で間違いはない」
『その証や如何に』
「無い・・が、一つだけ示せる事がある」
『如何に』
カイトの言葉に、大鷲が問いかける。そしてそれを受けて、ルイスが前に出た。ちなみに、ヴィヴィアンやモルガンも知り合いであるが、彼女らは言う程の知り合いでは無い。カイトが彼の探し求める者である、という証拠には些か足りなかった。
「私だ。それで問題があるか?」
『これは懐かしい。かつて幾度と無く矛を交えた先代の天使長か。今更恨みは言わん』
「ふっ。尊大な態度はよせ、チビ鷲」
『御身に比べれば我が身の尊大さなぞ比べるべくもない』
どうやらルイスはこの大鷲と知り合いらしい。不遜な態度で笑い合う。とは言え、とりあえずの証明にはなったようだ。ゼウスの大鷲が頷いた。
『良いだろう。かつて我が神やアテネ様、アレス様偉大なる軍神をして百度戦い百度勝てぬと断言させたかの大天使を傅かせるのであれば、汝が我が神が申せし男で相違ないだろう・・・が、一つ疑問がある』
「それは如何に?」
『汝が真に我が神に拝謁を許される者なのか、だ。名にし負うアルトリウス王ならばまだしも・・・儂も我が神に仕えて久しいが、我が神にかような若造がお目通りを叶ったという事はついぞ聞かぬ』
カイトに対して何処か値踏みするような気配を大鷲が滲ませる。当たり前と言えば当たり前の話だ。ゼウスとは言うまでもなく、地球で最も有名な主神の一人。その子や彼の兄弟の子でも無ければ、滅多なことで直にお目通りが叶う事なぞない。それを成し遂げていたのだから、疑問に思うのは不思議でも無かった。
「インドラ殿より聞けば、ゼウス神も試されると聞く・・・聖獣殿も試されるか?」
『如何に獣とは言え、聖獣相手になんとも不遜だな、小僧・・・良いだろう。その身に我が力を刻むが良い!』
どうやら大鷲ははじめからそのつもりだったようだ。カイトの言葉を聞くやいなや、カイトを両足で引っ掴むと、その身を遥か空高くへと放り投げて一気に間合いを離す。
そうして、次の瞬間には大鷲が風を踏んで一気に加速して、吹き飛ばされたカイトへと突撃してきた。音速なぞ遥か彼方に置き去りにした突撃だった。そうしてカイトに近づくと同時に、大きさを元の大きさに戻して更に加速する。
それはまるでこれぐらいはなんとかしなければ、自分の神に謁見なぞ叶わないぞ、と言わんばかりだった。それに、カイトは右手を突き出す。迎え撃つ、という事だ。
「ふんっ!」
カイトが右腕を突き出すとほぼ同時に、どんっ、という爆音が響いた。大鷲の嘴をカイトの右手が捉えたのである。そしてカイトが僅かに後退して、しかしそれは少しで停止する。そうして、大鷲の嘶きが響き渡る。
『ふんっ!』
大鷲は転移術でカイトから距離を取ると、再び音速を置き去りに移動を開始する。それはカイトへと突進を仕掛ける物ではなく、カイトを中心として円を描く動きだった。牽制しているのである。そうしてある瞬間、大鷲が円を描くのをやめて、一気にカイトへと突撃を始める。
「ふっ」
それに、カイトは右手に風を纏わせた掌底――<<風通掌>>と言う技――を合わせて大鷲の軌道を逸らす。そうして逸らされた大鷲は再び円運動を行いながら速度を上げていく。突撃と牽制。この繰り返しを数度繰り返した後、大鷲が大笑して更に上に難易度を上げる事にした。
『なかなかにやるな、小僧・・・では、これはどうだ!』
今までは円を描く様な動きだった大鷲は、今度は上下への動きを含めて、球を描く動きとなる。当然だが、その間にもカイトへの攻撃はひっきりなしだった。
だが、それでもカイトには届かない。カイトは一切動くことなく、<<風通掌>>で軌道を逸らす事で対処していた。とは言え、大鷲とてこれは本気ではなかった。まだ手札を隠し持っていた。なので、カイトがそれを指摘する。
「これで終わりか? 転移術さえ容易に使えるゼウス神の聖獣、と聞いていたのだがな」
『ほぉ・・・儂に全力の開陳を望むか。土手っ腹に風穴が空いても知らぬぞ』
「逆に問うが・・・転移術の弱点を突かれて、その嘴を砕かれても知らんぞ?」
『やってみせい。羽根の一枚でも取れれば、儂とて認めよう』
カイトの物言いに大鷲が機嫌よくやってみせろ、と告げる。そうして、最後の一撃が交わされる事になる。大鷲は雷を纏って今までで一番加速すると、そのまま転移術で消える。
とは言え、加速がそれで終わったわけではない。円を描く動きでは、当然直線程には加速出来ない。最高速度なぞ不可能だ。だからこそ、転移術で距離を取るつもりだったのである。
「なるほど・・・」
幾度と無く消えては現れる大鷲に、カイトが意図を悟る。どう頑張っても、大鷲が最大速度にまで加速するにはこの楽園の上空だけでは足りなさすぎる。彼の実力等を考えれば、せめて数十キロは欲しいだろう。転移術を連続させる事で距離を稼いでいたのであった。なので速度が上がる度に、転移の間隔は短くなっていく。
そうして、始め3秒に一度程度だった転移は見る間に短くなっていき、ついにはコンマの刹那へと辿り着いて、大鷲の姿が完全に消える。
「取った!」
どぉん、という大音が鳴り響き、カイトが受け止めた衝撃で暴風と衝撃波が吹き荒ぶ。大鷲が転移した場所は、カイトのほぼゼロ距離だった。カイトは大鷲の転移の兆候を見抜くと、僅かに後ろに下がって手を前に置いて受け止めたのであった。
『・・・見事。それが簡単に出来る英雄はそうはおるまい。その腕前・・・我が神が子にして我らが誇る大英雄ヘラクレスに匹敵する』
自らの最大の一撃を難なく受け止められた大鷲は、ゆっくりと翼を羽ばたかせてカイトから距離を取り、放っていた力を抑えていく。満足したらしい。
ちなみに、先の一撃は本当に何の遜色もなく土手っ腹に風穴を空けるつもりの一撃だった。それを防がれた以上、認めるしかなかった。
「満足したようで何より・・・さて、本題を話してくれ」
『よかろう。下に降りるぞ』
「はいはい」
カイトは大鷲の言葉に応ずると、大鷲に従ってその背に跨って楽園の大地に降りていく。名前を呼んだのはやはり認めたからだろう。そうして出迎えたのは、エリザ達楽園の幹部達とティナ達だった。
カイトが客人を饗している間に、彼らが揃っていたのである。獣とは言え彼は聖獣とも言われる神の御遣いだ。格としては人側が遥かに下だった。幹部が出るのは当然だった。
『ほぅ・・・天使長殿以外にも儂の見知った顔がおるな』
「お久しぶり、ゼウスの大鷲さん」
エリザの顔を見ながら放った一言に、当のエリザもまた応じる。彼女は欧州に居た時の古株の一人で、大強者である吸血姫の女王フィオナの娘だ。しかも当時の彼女の実力も中級の天使にも匹敵していた。下手な神族よりも強かったのである。見知っていても不思議は無かった。
『生き残った、とは聞いていたが・・・よもや本当に生き残るとは。儂も驚いた』
「死にたい奴ほど、生き残ってしまうものよ」
『因果とはそういうものだ』
大鷲は神の御遣いらしい含蓄のある様子で、未だ厭世的な気配が完全には消えやらぬエリザの言葉を認める。これは自らと里の創設者であるリアレを指した言葉だった。
エリザはあの当時死のうとしていて、リアレは逆に必死で生きようとしていた。だというのに、結果は真逆だ。因果とはまさにそういう物なのだろう。そしてそれには、カイトも苦笑するしかない。
「結局、死神という奴はこっちが惚れ込むと、勝手に逃げて行きやがる。だというのに、こっちが嫌うと途端寄って来やがるからな」
『そういう物なのだろう。ハデス様もそう笑っておられた』
カイトの言葉に大鷲が笑う。なお、ここで言った死神とは、彼らの関わる神族という意味ではなく死そのものの事だ。
「さて・・・それで改めて本題を話してくれ」
『うむ・・・』
大鷲はカイトの求めに応じて、両翼を上に上げる。すると、そこに一通の羊皮紙が出現した。それはゼウスの紋様が入った蜜蝋が押されており、彼からの親書である事が示されていた。
『我が神ゼウスからの招待状だ。受け取るが良い』
「確かに、受け取った」
尊大な態度は変わらないものの、何処か恭しい様子で大鷲はカイトに招待状を手渡す。これはゼウスからの手紙だ。下手な扱いは出来なかったのだろう。そうして、カイトは蜜蝋を開けて、中身を確認する。それは確かに招待状だった。
「ふむ・・・」
「なんと書いてあった?」
「要約すると、今回の申し出についてオリュンポス十二神の会合を行うので、参加されたし・・・だそうだ」
「そうか。誰が招きだされた?」
「好きにしろ、だそうだ」
ルイスの再度の問いかけを受けて、カイトは手紙をひらひらと振って答える。どうやら人選についてはこちら任せにしてくれるらしい。まあ、オリュンポス十二神側としてはカイトさえ呼び出せればそれで良いので、後はどうでも良いのだろう。
『では、確かに渡したぞ。最も新たな英雄よ』
「確かに受け取った。ゼウス神にも感謝の旨、伝えておいてくれ」
『良かろう・・・それで、何か質問はあるか?』
「んー・・・あ、そうだ。アルト達も行く事になっていたんだが・・・そちらはどうなっている?」
大鷲の問いかけを受けたカイトはふとアルト達と合流する事を思い出して、大鷲へと問いかける。そちらと日程が合わせられるのなら、合わせようと思ったのだ。
『ああ、そちらか。アルトリウス王へは我が子が向かい、承諾の旨を伝えている。あちらは我らの秘宝を借り受けている。その返却に王直々に感謝を示す為に神に拝謁したい、という事であれば、断る道理が無い』
大鷲がカイトの質問に答える。どうやらほぼ同時にアルト達の方にも使者が向かい、来る事を承諾する旨を伝えていたのだろう。そもそもアルト達の事情で返却が遅れていたのだ。どちらかと言えばなるべく早く来い、と言いたい所だろう。
ちなみに、この大鷲の子というのは数年後、カイトの弟妹達である浬と海瑠に対してゼウスの命令で神の試練を行う事になるのであるが、その時もまた、突進を使った試練だった。奇妙な因果だろう。
「そうか、わかった。では、この日程に合わせてそちらに向かわさせて頂こう」
『うむ・・・ではな』
カイトの言葉に頷くと、大鷲は再び大きくなって雲海の上に消える。そうして雲海を越えた大鷲は雷を纏うと、まるで射出されたかの様に加速した。
「超音速飛行を行える戦闘機でも、あの速度には勝てそうにないな」
「馬鹿を言え。最新鋭の飛行機を一千の数を集めた所で聖獣一匹に勝てるものか。今でこそ穏やかそうだったが、最盛期には数多の天使達が奴に屠られた。勝てるわけがないだろうに」
「あっはは。ミサイル一発撃つ間に雷撃で2割ぐらい撃墜されそうだな」
「そのミサイルであっても、奴の身に纏う雷で吹き飛ばされるだろうよ。基本的には遠距離攻撃は奴には効かん。特に電子機器を搭載した今のミサイル等はな」
カイトとルイスは二人して、まだまだ本気では無い様子だった大鷲についてを語り合う。世界でも有数の聖獣だ。あの程度はまだまだ余裕の領域だった。そうして、一同は会議室へと向かい、ゼウスの所に向かう人選を行う事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




