断章 プロローグ 第1話 コンティニュー
時はかなり遡る。それは第二次トーナメントが行われた日の前日の事だ。その日、カイト達は暇だ、という事でカイトの部屋に集まって全員で何をするでもなく、語り合っていた。
「地球の英雄や神様、ねぇ・・・英雄は色々と会った」
ソラから為された質問に、カイトが焚き火を見ながら答える。頭にふとアルトの事もよぎったが、彼らの所には神様は居なかった。あくまでも、人だけだ。それ故、神様に関わりがある英雄となると、そこでは無かった。
「有名となると、やっぱりあれだな。ゼウスの爺の所。あそこのオリュンポス十二神はすごかった。人にしてもまさに英傑揃いだ。アルゴノーツで言えば瞬速のアキレウス、琴の名手であるオルフェ、気高きアタランテ、ああ、この男も忘れちゃなんないな。ギリシア最大の大英雄ヘラクレス。『イーリアス』の主人公、良い兄貴分のヘクトール・・・まさに、星の数だけ英雄が居た」
思い出すのは、地球で絶大な知名度を誇るギリシアの神々だ。彼らは偉大だった。まさに英雄と思える者達が多く、カイトにとっても忘れられない出会いだった。そうして、暫くの間その思い出がたりを行っていたわけなのだが、そこに雨宮がやって来て、中座したわけだった。
それから、しばらく。天桜学園が皇都より帰還して少しした頃だ。カナンが入り、ようやく馴染み始めた頃。何度目かの座談会を得る事になる。
「どうだった? あの子は」
「聡い子じゃ。あれはかなり長いこと冒険者を経ておるな・・・何時かは、と覚悟はあったようじゃ」
カイトの問いかけを受けて、ティナがカナンを思い出しながら答える。普通、見知った者達が一辺に亡くなれば精神はまともではいられない。他ならぬカイトが、そうだった。
だが、それは弱かったが故、覚悟が出来ていなかったが故の、末路だ。その点、カナンは受け入れられていた。やはり、それは明日は我が身、という冒険者ならではの覚悟の有無だろう。と、そんな話をしていたから、だろうか。ふと、魅衣が一つの疑問を抱いた。
「ねえ・・・そういえば、死者蘇生って無理なの?」
「ああ、それはいっちゃん疑問だった。アニメもゲームも結構簡単に死者蘇生とかやってんじゃん。なんで無理なんだ?」
魅衣につづいて、ソラも首を傾げる。無理だ無理だ、とは言われていたが、何故無理なのか、というのは全く聞いた事が無かった。
「・・・死者蘇生、か・・・」
カイトが、何処か悲しげな顔でその禁呪についてを思い馳せる。当たり前だが、カイトとて思わなかった事は無い。何を犠牲にしてでも、と考えなかった日は無かった。
「死者蘇生、と一言に言うが、お前らはどう考えている?」
「? 普通に死者蘇生って死者蘇生しか無いんじゃないのか?」
「幾つもある・・・死者の肉体の賦活による死者蘇生、魂の呼び戻しによる死者蘇生・・・過去の改竄による死のキャンセル・・・この3つが、一般には死者蘇生と呼ばれておる。この中で厳密に死者蘇生と言われるのは、最後の過去の改竄による死そのものを無かった事にすることじゃな」
解説を変わったティナが、ソラの問いかけに対して答える。これら3つは過程は違うが、もたらされる結果は同じだ。死んだはずの者が生き返る。だが、その結果の後が違っていた。
「ふぅ・・・じゃが、前者は決して使われん。結局、それは死者を呼び戻しただけにすぎんのよ。生き返ったのではなく、どちらかと言えば黄泉還り、というべきやもしれん。世界はそんな者は認めん。認めるわけにはいかんのよ。故に、世界側が殺そうと修正を試みる」
ティナの呼んだ前者、という二つでは、どうやら世界側が修正を行う事になるらしい。そして、ティナは少しの恐ろしさを滲ませる。
「修正、と言うてもその者を滅ぼす、というちゃちな物ではない・・・修正力・・・いや、世界は在るべき姿とする為の守護者の様な存在を創り出すのよ。良くて、街一つ。悪ければ文明そのものを滅ぼす程の、な。おそらく、と着けるまでもなく、余でも敵わんじゃろう。本気の大精霊様クラスのチートじゃろうな」
「・・・は?」
嘘だろう、と思いたくなる様な馬鹿げた結論に、思わず全員が頬を引き攣らせる。しかもそれは聞けば周囲をお構いなしに、なのだ。巫山戯ているにも程があった。それに、カイトが酒で口を湿らせて、答えた。
「ふぅ・・・世界はな。認めないんだ、死者を生き返らせる事だけは・・・いや、認めないんじゃないな。自らが認めた者でないかぎり、死者を蘇生する事は許さない、と言うべきだろう。確かに、有史上何人かは死者蘇生を成し遂げた。が・・・それら全てはやはり、国の始祖や大英雄として名を残しただけの功績を為している・・・それだけの力と功績で初めて、世界は死者蘇生を許可する」
「・・・んー・・・なんつーか・・・それ、お前、出来そうじゃね?」
「出来るか出来ないかで言われれば、オレもティナも出来る。が・・・やろうとは思わん。言っただろう? 世界が認めるのは、そのクラスの奴らで初めて、と。その後は次に生き返らせる側だ。生き返らせて良いかどうか、も世界が判別する。それら全てが満たされて、世界はそれを認めるんだ」
自分達でさえ無理。カイトはそう断言する。そうなると、やはりひとつ思う事があった。
「・・・無茶苦茶厳しすぎない? それ・・・つまり、誰も無理じゃん」
「そうだ。だから言ってるだろ? 無理だ、って。普通は世界がやってくれることだ・・・そもそも、死のキャンセルだぞ? 無かった事にする・・・その意味、わかってるか?」
「? 無かった事・・・つまり、過去の改竄って事か?」
「そういうこと。神様でも無理な事だぞ、過去の改竄なんて。オレでも土台無理だ。と言うか出来る奴が居れば、聞いてみたいね」
「出来たらこえーよ」
カイトが笑いながら、過去の改竄は不可能、と断言する。それにティナを除いて、全員が笑い声を上げる。当たり前だが、カイトにも不可能はある。過去の改竄など出来るのなら、そもそも彼はかつて喪った者達を嘆かないだろう。
と、そんな軽口はどうやら少し重くなった雰囲気を一変させる効果があったらしい。いつものような軽い座談会の雰囲気が醸造されはじめていた。
「にしても、黄泉の国、ねぇ・・・怖い印象しかねーわ」
「そうか? 結構良いところもあったぞ?」
「・・・行ったのかよ・・・」
カイトの言葉に、ソラがため息を吐いた。行ったことはありそう、とも思うが、事実行っていたらしい。そうして言われて興味を抱くのは、そのことについて、だ。
「で、どんな所だったんだ?」
「んー・・・まあ、よく言う話だが、何処もかしこも川はあったな。三途の川、ステュクス・・・まあ、幾つもあるな・・・こればっかりは意味がわからん。こっちの世界には三途の川に近いもん無いんだよなー・・・在る所もあるけど・・・」
「へー・・・」
やはり色々となるのだな、と一同が感心したような声を上げる。
「では、オルフェウスなんかとはそちらでお会いになられたんですの?」
「だな・・・オルフェとはハデスの試練を受けた時からの付き合い、か・・・」
「あ」
カイトの言葉に、ソラがぽむ、と手を叩いた。何か気付いた事があったらしい。
「そういや・・・あの時の話ってあのままだったんじゃね?」
「何の話ー?」
「ほら、ギリシアの話前してたじゃん。あれ、途中だったんじゃね? 確か」
「ああ、あの話か・・・」
ソラの言葉に、カイトも確かに、と思い出す。あの後結局お流れになって、続きは語れなかったのだ。と、それに弥生が少しだけ、笑う。
「ゼウス様の所の後、というと・・・ああ、私は聞いた事あるわね。スカサハ様の所? それともフリンさんの所だっけ?」
「姉御のとこで、お話はその途中だよ、弥生さん」
「スカサハ?」
「スカーサハ、とも言われる魔術の女王だな。まあぶっちゃけ・・・オレが精神的に勝てない人の一人、か。先輩、ほら、<<刺殺魔槍>>があるだろ? あれの本来の使い手のクーフーリンのお師匠様が、スカサハの姉御だ」
「ああ、影の国の女王、か・・・だが、『影の国』はあの世でイギリスだろう? 何故そこに行ったんだ?」
「穴を抜けると、そこは『影の国』でした」
「ぶっちゃけると、帰り道にこやつ、道の崩落に巻き込まれおったのよ。で、『影の国』に迷い込んでしもうたらしいのう」
何処か遠い顔で笑ったカイトに対して、ティナが呆れ顔で補足を入れる。これは死ななかっただけ儲けモンの奇跡だった。
「あり得るのか、そういうこと?」
「まあ、あそこは霊的に、といえば一番わかりやすかろう。霊的に一番地球の深層部に近い。それ故、落ちればどうなるかはわからん・・・まあ、コヤツは落ちて『影の国』に流れ着いたようじゃな」
「普通にありえないだろ、道崩れた結果、星の中心に、なんてよう・・・そこに行く為に世界樹ある、ってのにそれガン無視だぞ・・・まあ、大精霊達のおかげで出る事出来たんだけどさー・・・ぶっちゃけ、ありえなくね? ゼウスの神獣も一緒だったんだけども、大いに唖然としていたからな」
カイトももはや笑うしかない状況だったらしい。しかもこの話にはおまけ、が付いていた。
「『影の国』はぶっちゃけ異界でな。出るに出られんからあれやこれやとやる羽目になった・・・あー。今思えばあそこで話切っといたの正解だったかもなー。終わらないもん、あの話」
「じゃあ、せっかくだから今から続き語ってくれよ。ちょうどいいじゃん、時間あるし」
「んー・・・それもそうか。とは言え、ちょっと長くなるぞ?」
カイトは長くなる、ということで区切るつもりだった。そうして、カイトはゴルゴン三姉妹と伝えられる女怪やそれに関わる英傑達、イギリスの黄泉の国とも言える影の国の物語を語り始める事にするのだった。
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