断章 エピローグ 第38話 夢の終わり
まだ暫くあるから、と酒の肴に過去語りを行っていたカイトとアルト。だが、これがアルトの夢を使った力である以上、必然として、別れが訪れる。そしてそれは存外、早かった。
「・・・なんだ、終わりか?」
「そのようだ。どうやら、効力が停止する時間らしいな」
唐突にぼう、と薄れたアルトの身体に、アルト自身が苦笑する。先代のマーリンの遺した魔術を使って、彼の夢と異世界を繋げたのだ。それ故、目覚めが近くなれば必然、彼の精神は地球にある身体の方に引き寄せられる事になるだろう。
「まあ、仕方がないさ。とりあえず、元気そうで何よりだ」
「こちらもな」
カイトとアルトはそう言って、拳をぶつけあう。彼とは時間の狂った空間で一緒に居たりもしたので、すでに3年以上だ。ソラ達と出会ってからの月日よりもはるかに付き合いは長い。親友と言えるぐらいの関係性は交えていた。そうして、そんなアルトが、ふと、思い出した。
「っ、とそうだ。危うく忘れるところだった」
「ん?」
「ギルガメッシュ殿からの言葉だ。異世界の珍品を見つけたら持ち帰れ、だそうだ」
「蒐集癖は相変わらず、か」
アルトの言葉に、カイトは自らの城そのものを宝物庫として、未だに生きながらえる地球最古の大英雄の事を思い出す。
「相変わらずだったか?」
「相変わらずといえば、相変わらずだ。あの方は、いつも超然としている」
アルトとカイトは二人して、そんな所だろう、と笑う。伝えられるがままの唯我独尊にして、伝えられるがままの才覚。最古の王にして、最古の大英雄。それが、ギルガメッシュという男だった。
「あの超然さは、見習いたいがな」
「いや全く」
「えー・・・」
二人の言葉に、モルガンが顔を歪める。カイトもアルトも現時点で超然としているのだ。これ以上唯我独尊を貫くつもりなのか、と呆れ返るしかなかった。
「まあ、いいんだけどさー・・・これ以上世界を引っ掻き回すと、ほんとに何時か何処かでどかん、ていっちゃうよ?」
「・・・俺はまだましだ」
「オレは必要な事しかやってない」
モルガンの言葉に二人はそっぽを向いて答える。どうやら自覚はあったらしい。まあ、基本的にはこの二人が一番厄介だ、と神様達は言う。
本来の性格に戻ったアルトもカイトと同じ様に我を通すので、自分が気に入らない事は絶対に認めないのである。
「二人共やる時ほんとに本気でやるからね。しょうが無いよ」
「いや、しょうが無いで済まさない。そしてしょうが無いですまないわよ」
ヴィヴィアンののほほんとした言葉に、モルガンが呆れる。それで地球に爆弾を幾つも抱えさせたのだ。巻き込まれた方は堪ったものではないのだ。
「さて・・・で、帰り際に一つ良いか?」
「ん?」
「お前、肩に何を乗っけてんの?」
カイトの言葉に、アルトが自らの肩を確認する。実は全く気付いていなかった。
「・・・うぉあああ!?」
「あっははは!」
肩の上に乗っていたそれに気付いて、アルトが一瞬目を瞬かせて、ようように理解が及んで思わず椅子から転げ落ちる。ちなみに、笑えたのはカイトだけだ。他はティナを除いて指摘されるまで気付いていなかったので、彼と同じ様に驚いていた。
『やあ、皆。久しぶりだね』
「マ、マーリン・・・き、貴様、何時から・・・」
『はじめから』
乗っていたのは、あいも変わらずやりたい放題な先代のマーリンの小型映像だった。念のために言っておくが、彼は相変わらず妖精の里の塔に閉じ込められたままだ。
だというのに、あいも変わらず自由気ままに色々な所に顔を出していた。今回はわざわざ異世界にまで顔出しである。
『これは僕の魔術だし、そもそもエドは僕に話を持って来てるんだ。ちょっと弄くって、僕も割り込みを掛けさせてもらった、というわけだよ』
「や、やるならはじめから言え・・・」
『えー・・・だって、そうじゃないと今見た光景を見れなかっただろう?』
アルトの抗議に、先代のマーリンが笑いながら問いかける。実はずっとこのタイミングを狙いすましていたのである。密かにカイトとティナに対して指で黙る様に指示していたのであった。
『ふふ。何分彼にこき使われる事が決まっているからね。僕も今から筋トレは欠かしていないよ』
「そもそも貴様は運動神経も並以上だろうに・・・」
ぱんぱんと埃を叩き落としながら、アルトが立ち上がる。よもや先代のマーリンが側に居るとは思っていなかったようだ。
ちなみに、マーリンの運動神経は彼の言う通りに、並以上にあった。ひ孫のマーリンに比べて戦闘面では圧倒的に高性能、だった。そうして、そんな彼を横目に、カイトは二人の相棒達に声を掛ける。
「さて・・・まあ、とりあえず・・・じゃあ、とりあえず。家の事頼むわ」
「うん・・・知ってる、とは聞いてるよ」
「はいさ」
頼むのは、地球で揉め事に巻き込まれたらしい家族の事だ。揉め事に巻き込まれた事等極一部の事しか知らないが、巻き込まれているのなら巻き込まれていたで心配にはなった。
「あ・・・そういえば・・・奇妙な噂を聞いた」
「ん?」
「また奴らが動き始めている、だそうだ。万が一の場合は、大丈夫なのか?」
奴ら。それが指すだろう集団に思い至り、カイトが頭を振る。嫌になるが、大戦への狼煙はすでに上げられている。残念ながらお互いにボルテージは高まるばかりだ。
そして自分と彼らが敵である以上、天桜学園消失という事件が起きた所で待ってくれたり考慮してくれたりしない事も承知済みだ。
「わかっている。万が一は・・・な」
「そうか。ならば、安心だ」
カイトからの答えに、アルトが満足気に頷く。万が一は、自分自身が世界を越える事は考えていた。エネフィアに学園生だけを残して行く事に不安はあるが、その場合にでもクズハ達がいる。
そしてその上で、カイトは世界間転移術をルイスの援助の下で完成させたのだ。帰還は最悪の場合、ではあるが、考えていないはずがなかった。
「まあ、ランスの奴も姉上達も居る。この上で万が一なぞ起きてほしくはないが・・・な」
「その万が一が起きれば、オレしか無いだろ」
「そうなるな」
カイトの言葉をアルトも認める。当たり前だがランスロットは彼の配下の騎士の中でも最強級に近い。その彼が負ける万が一が起き得れば、その時点でカイトが出るしかなくなる。アルトでも勝ちを得られるか微妙なのだ。こればかりは、仕方がない事だった。
「まあ、聞くまでもなかったか。ではな」
「ああ」
カイトの返答を当たり前と判断すると、その後すぐにアルトの姿が薄れていく。そしてそれはモルガン達も一緒だった。
「じゃあ、早い内に帰って来てね」
「保証しかねるな。なにせやってることが困難過ぎる」
ヴィヴィアンの言葉に、カイトが苦笑する。やっていることは本当にゼロから世界を転移する術を見つけ出す事だ。簡単にできれば聞いてみたい。
「会えて良かったよ、エネフィアの相棒さん」
「私もね、地球の相棒さん」
モルガンがユリィへと、別れの挨拶を送る。次に会える事があるとすれば、それはユリィが地球に行く時だろう。彼女は今度カイトが帰る時には、共に行くのだ、と決めていた。これは彼女が相棒であるが故だ。常に彼と共に。それが、彼女のルールだった。
「・・・夢か現か・・・はてさて、オレが夢なのか、奴が夢なのか・・・面白い事だな」
「ふむ・・・それはそれで興味深い事象じゃな」
「今の魔術を世界間転移に応用は?」
「ふむ・・・」
カイトの問いかけを受けて、ティナが少しの考慮に入る。彼らは擬似的とは言え、世界を渡ったのだ。使えるかどうかはそれなりに重要だ。
「・・・微妙じゃな。そもそもあの魔術は余とも違うルールに基いて思考されておる。幻術に長けたマーリンじゃからこそ、あれが出来たわけじゃ」
今回使われたのは、<<夢渡>>という自らの精神だけを異世界に送る魔術だ。それを編み出したのはティナと同じく<<ミストルティン>>という特殊な存在だ。如何にティナでもそれを使う事はかなり困難だった。
「あの小僧は気付いておらんじゃろうが・・・大方あのマーリンが出てきたというわけではなく、常にサポートしておったんじゃろうな。かなり困難な術式じゃろう」
「そうか・・・じゃあ、やっぱ無理か?」
「しかあるまい」
ティナも自らでは少々手に余る、と頭を振るう。更にはすでに開発者もその魔術自体も地球に帰還してしまっている。手がかり無し、だ。
「わずかにでも理解出来た情報から推測すれば、あれは精神という本質的には不定形であるが故に世界の境目を越えられておるのじゃろう。肉体という個を持つ物であれば、壁は越えられん。おまけにあれは夢というておった。であれば、自らの知りえぬ情報については見通せぬよ。つまり、情報を知っておらねば、移動出来んわけじゃな。まあ、地球であれば問題は無いじゃろうが・・・時限制の上に肉体はその世界に置き去りじゃ。参考程度に留めておくべきじゃろう。やはりこちらのメインは、やはり<<導きの双玉>>とすべきじゃな」
ティナはカイトの問いたいだろう事までを一気に明言する。カイトとしても聞きたいのはその<<導きの双玉>>とどちらが有用か、という所だった。が、どうやらこちらは普遍性は無さそうだった。
「そうか・・・ならば、まあこれは夢か現か幻か、という所に留めておいてやるか」
「のほうがよかろう」
カイトとティナは、少しだけ微笑んで、毛布を取り出す。横では安堵とホームシックがないまぜになって涙を流し、疲れて眠ってしまった冒険部上層部の面々の姿があった。途中からやはりホームシックにかられてしまったようだ。カイトも経験があるので、微笑むしかなかった。
なお、嗚咽や涙等については、誰にも見えない様に魔術で結界を施しておいた。幸いなことにここはカイトの知己の面々しか居ない。結界が展開されても誰も気にしなかった。
「・・・記憶、一応処置施しておくか」
「別段構わんじゃろ。家族の無事が分かったのなら、やる気にも影響すまい」
「それもそうか・・・何か飲むか?」
「カクテルを。お主のセンスに任せる」
「あいよ・・・ユリィ、行くか?」
「うん」
眠ってしまった者達への面倒をティナにまかせて、カイトはユリィと共にその場を後にする。そうして、少し歩いた所で、ユリィが少しだけ、口を尖らせる。
「にしても、少し嫉妬するなー。また、妖精? 桜華で懲りたんじゃなかったの?」
「悪いか? オレの相棒は妖精と決まっているんだよ」
「浮気者」
少し口を尖らせたユリィが、カイトの耳元で囁く様に告げる。一人ならばまだしも、いきなり二人だ。嫉妬も仕方がない。
「でも・・・ちょっと運命的だね」
「オレ達が二人で旅をした期間と、あいつらと共に旅した期間・・・エネフィア時間と地球時間の差はあるが、どっちでも2年と少しだ。そしてオレがこちらに来た時、奴らには家族を任せた。お前に家族を任せた様に・・・どうやら、オレが家族を託す事が出来るのは、妖精だけっぽいな」
奇妙な偶然の一致に、カイトは笑う。地球での旅の時間とエネフィアでの旅の時間を比べるつもりはない。だがそれでも、奇妙な一致だった。
「うー・・・そう言われると、何も言えないじゃん」
「あはは・・・さて、お前、何飲む?」
「『X・Y・Z』」
「あはは・・・じゃあ、マスター。『X・Y・Z』を3つ」
カイトがユリィの言葉を聞いて、バーテンダーに酒を注文する。『X・Y・Z』とはカクテルの一種だ。『これ以上の後が無い』とも『これ以上の一品は無い』とも謳われるカクテルだった。
彼女達を最後に他の相棒は取るなよ、という揶揄なのか、自分こそが最高だ、という暗喩なのか。それはユリィのみぞが知る、という所だった。もしかしたら両方を掛けたダブルミーニングの可能性もあった。
「『X・Y・Z』か・・・オレの『X・Y・Z』は多いな」
「浮気者」
カイトの言葉に、再度ユリィが告げる。今度は口を尖らせるわけではなく、大きくなって何処かしなだれかかる様な艷を滲ませて、だ。それはユリィの趣味とは少し違う艷だった。どちらかと言えば、モルガンが好みのやり方だった。
「意外と仲良くなれて結構なことで」
「えへへ。こういう女の艷だけは、まだ完璧じゃないからね」
カイトがその裏に潜む少女の様な女性を思い出し、ユリィがそれを認めて今度は子供っぽく笑う。やはり、これはモルガンの仕業だろう。
残念ながら、ユリィでは女として関わった期間はモルガンとヴィヴィアンよりも短い。ユリィはまだ数ヶ月だ。年単位で関わっている二人には、敵わなかった。妖精としての女の艷の見せ方を教えてもらったのだろう。
「さて・・・じゃあ、当分はこのネタで潰せそうかな」
「あはは・・・お手柔らかに」
カイトが苦笑する。ユリィやクズハ達全てを語れる者達にさえ、カイトはまだまだ地球であった事を全部を語れたわけではない。時間が足りないのだ。そしてそれを思い出せば、今という時間は語るには丁度良い時間だろう。
「じゃあ、夢の合間の物語を、もう少しだけ」
カイトはそう言うと、『X・Y・Z』という名のカクテルと共に、もう少しだけ、地球での物語を語り始めるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




