断章 調印式編 第32話 幕間
内紛がフェイ側の勝利で終わり、カイトがランスロットとモルドレッドを引き連れて『常春の楽園』へと帰還していた頃。ハワードとジェームズはフェイからの依頼によって、戦いの総括を行っていた。そんな中での事だ。
「やはり、そう思うかね?」
「そうとしか言い得ません」
ハワードは一束の報告書を見て、ジェームズの知恵を借りに来ていた。どうにも彼の知恵を借りねばならない様な事態だったのである。
「少々、考えた方が良いだろうねぇ・・・」
「その考えた結果について、意見を求めているのですが・・・」
「もう少し、考えたまえ」
「わかりました」
暗に自らの考えを否定されて、ハワードが改めて自らの意見について考察を開始する。さて、彼が何を提案していたのかというと、戦車の全撤廃だ。
今までは人間や戦闘機等科学兵器だけを敵として考えていたが故に戦車は有用な戦力として考慮していたわけであるが、ここに来て、魔術師という戦車を鼻で笑う様な存在が歴史の表舞台に出てきかねない状況が出来てしまったのだ。もはや無駄だろう、ということで、いっそのこと全廃を進言したのである。
これはどう考えても、歴史の一大転換点になりかねない。それをなして良いのかどうかが流石にハワード一人では判断できかねて、ジェームズに意見を求めた、という事だった。
「ああ、そうだ・・・良い忘れていたがね。オートマトン計画については、そのままで行き給え。並列でいいんじゃないかな?」
「・・・っ。そういうことですか・・・ありがとうございます。見落としておりました」
ジェームズから改めての指摘を受けて、ハワードが見落としを発見する。軍部に聞けば即座にわかった事だったのだが、その前にこんな大鉈は反対される可能性もあった為、中立に立てるジェームズに意見を求めたわけだ。どうやらそれは正解だったらしい。軍部の面々に鼻で笑われる前に、自分の見識の甘さを把握する。
「無限軌道という物は決して悪い物では無いんだけどもねぇ・・・相手が悪い。だが、逆に相手を選べば、強いのだよ。砂漠なんかの悪路でオートマトンを相手にするなら、勝てるんじゃないかな?」
ことん、とティーカップをソーサーに置いて、ジェームズが口を開く。ここが、見落としていた所だった。
「数十トンもある巨体の二脚では砂漠地帯やぬかるんだ泥道は歩けまい。ここら不安定な地形に至ってだけは、無限軌道に分がある。まあ、当然といえば当然だけどもね。地形も、戦略に含めたまえ」
「とは言え・・・予算は削る事に致しましょう」
「人件費に回すかね?」
「・・・はぁ・・・嫌になりますな」
少し苦笑気味なジェームズの暗喩に、ハワードがため息を吐いた。それは、これから説得する相手を考えての事だった。
「議会がなんというやら・・・」
「根回しは必要がないだろうね。なにせ先の一件は良いデモンストレーションだった。耳聡い者はもう知った話だ」
クスクスクスとジェームズが笑う。自らが道化に堕ちたというのに、彼は相変わらずだった。まあ、表向きは今までどおりに、というのがフェイの立場だ。それに沿う形ではあるのだが、今まで通りになったのである。
「人工知能による無人兵器の開発・・・折角それに目処がついたというのに、全廃ですか・・・」
「魔術師一人が出た時点で、無人機は単なる木偶の坊となってしまうからねぇ・・・どれだけ攻撃力が高くても、高度に練られた魔術には簡単に防がれてしまうからねぇ・・・」
優雅に、ジェームズが笑う。これが、彼らが今回の一件で見えた事だった。カイトという超級の魔術師にまではいかないが、それに少し劣るクラスの魔術師の戦いは、彼らも睨んでいる。
カイトが出る以上、それぐらいのクラスの魔術師を出さなければ敵に勝ち目が無いのだ。是が非でも出すしかない。そして当面の主的は道士達だ。当然の判断だろう。
「オートマトン計画は白紙撤廃よりも、中に乗り込んで戦う有人機計画に変更した方が良さそうです」
「そうするしか無いだろうね。米軍とはどちらが先に無人機を開発出来るか、と競争させて少々ジムと賭けていたんだけどねぇ・・・」
「勝手に変な賭けをしないでください」
ジェームズの言葉に、ハワードが苦笑する。念のために言っておくが、こんな競争はしていない。ただ単に入ってくる情報を下に、ジェームズが勝手に競争と見て賭けをしていただけだ。と、そんな所に、報告書がまた一通入ってきた。
「・・・どうやら、アメリカも同じ結論だった様子です」
「ふぅむ・・・そうかね。まあ、不思議はあるまい。あそこは何より、魔術に警戒感を抱いている。曲がりなりにも少しは持つが故に油断していた、という所だねぇ・・・」
ハワードから渡された手紙で、ジェームズが自らの不見識を嗤う。寄せられた報告は、アメリカ内部に潜ませた諜報員からの物だった。彼らは数ヶ月前からアメリカが有人型のオートマトンと言うかそんな物を開発している事を報告してきたのである。
「では、軍部には有人型のオートマトンの開発を依頼したまえ。ついでに、フェイくんには騎士団の者達と共に協力を依頼して、魔術師用の軍用アーマーの開発を頼んでくれたまえ。騎士団用の物を開発しようとしようじゃないか」
「わかりました」
ジェームズの答えに、ハワードがその場を後にする。そして残るのは、紅茶を嗜むハワードだけだ。
「ふぅむ・・・これで、主要国は一枚岩になった。ふふふ・・・利益は得させてもらうよ。ブルー君、ジャック君?」
ジェームズが笑って、紅茶を飲む。これで、この一件は全て片付いた。後は彼以外が利益をもたらしてくれるのを待つだけだ。
「最も利益を貰えるのは、まだ趨勢が固まる前にその陣営に駆け込んだ者・・・リスクも大きいんだけどねぇ・・・さて、ジャック君。イギリスは、今回も一番初めに君の同盟に駆け込んだ。この借りは、小さくないよ?」
遠く新大陸に居る盟主に対して、ジェームズが語りかける。イタリアの軍略家マキャベリ曰く、中立を保つよりも、旗色を鮮明にする方が良い、だそうだ。信頼してもらうには、それが一番なのは言うまでもないだろう。
なのでジェームズと言うかイギリスはそれを実践してみせた。しかも、趨勢が固まる前に、である。この借りは確かに大きかった。イギリスは大国だ。それがアメリカ側に付いた、というのはどの国も注目せざるを得ない。それはカイトにもジャクソンにも利益になる。
そうして、ジェームズは他の雑多な事をハワード達政治家に任せると、戦の匂いとは無縁に、優雅に紅茶を楽しむ事にするのだった。
一方、その頃。ジャックは戦いが終わるとすぐに、ジョンと共にアメリカにとんぼ返りしていた。
「あはは。なるほど。少々急いだというのはわかっていたが・・・そうか。少々失敗したね」
「だから少し急ぎすぎだ、って言ったんだ・・・」
「あはは。ごめんごめん。今度はもう少し、君の話にも耳を傾けよう」
ジャックの苦言に、ジャクソンが謝罪する。今回、ジャックは少し急ぎすぎでは無いか、ときちんと諫言していたのだ。が、ジャクソンは利益等を考えて、派遣を決めたのである。どちらも正しいが、それ故、今回予定より早く露呈したのは致し方がなし、だろう。
「そうか。でもまあ、そこまで長引かせるつもりは無かったからね。ちょうどいい。ここらでフェイとジェームズ陛下には借りを返してもらっておこう。マット、彼らにも交流会を依頼しておいてくれたまえ」
「わかりました」
ジャクソンの言葉を受けて、マットが行動を開始する。今回、別にジャック達の背後関係がバレても問題はなかった。バレないならそれに越したことはなかったが、バレたなら開き直って公に支援を求められば良いだけの話になるからだ。
「ブルー君は?」
「一度日本に帰国する、と。流石に長逗留しすぎた、とジャックに語っていたらしいです」
「まあ、彼とかのアーサー王の交流は我々にとっても悪い話ではない・・・何故話し合いが持たれたのか、というのは少し疑問だけどもね・・・ああ、アーサー王との会談はできれば私の予定にも組み込んでくれ」
「・・・私として、ですか?」
「・・・否定はしないさ」
ジョンの問いかけに、ジャクソンが少し照れ笑いを浮かべる。彼は『アーサー王』の演劇を子供の頃に演じた事――しかもアーサー王役で――もあるし、古くはイギリス系なので親からは彼らの物語を語って聞かせてもらっていた。ぜひとも一度会ってみたい、という子供心が顔を覗かせたのである。
「おっと・・・本題に戻ろうか。無限軌道の戦車は削減計画を立てるとしたよ」
「エイブラムスを期待したのですが・・・残念ですね」
「あはは。本当だよ。今度は君が運転するエイブラムスに乗りたいと思っていた・・・が、これは君達の生命の為だ。諦めてくれたまえ」
「そうですか」
「嬉しそうにしないでくれ」
「閣下こそ、少し嬉しそうですが?」
二人はくすくすと笑い合う。夏の思い出は夏の思い出として、そのままにしておきたかった。と言うか今の年齢で二人して戦車の脱輪を修理、となると、熱中症にしかならないだろう。笑い話になるのにはまた20年ほど必要だろう。
「まあ、それは置いておこう。にしても・・・本当に君には驚かされるばかりだ」
「出来る事と必要な事は全てやってきたつもりだ」
「本当に全てやってきたとはね・・・」
ジャクソンは彼が見込んだ若い英雄の言葉に、思わずため息を吐いた。まさに、言葉通りの事をジャックはやってきたのだ。これをして天才だなんだとやっかみを送る事は、もうここまで知ってしまったジャクソンにもジョンにも不可能だった。とてつもない努力の賜物。そう素直に称賛を送るだけ、だった。
「99%の努力と、1%の才能・・・それを本当に持ち合わせるとはね。良いだろう。これをDARPAの連中に送ってくれ。彼らに全力でサポートさせよう」
「助かる。量産計画はDARPAの連中で頼む」
「わかった。指示しておこう」
ジャックから提出された一つのUSBメモリを、ジャクソンは大切に机の中に仕舞い込む。中に入っているのは、新兵器の設計図と、その実験データだ。ジャック達はこの試作機の試験中に今回の一件を聞いて、ジャクソン達アメリカ上層部に呼び出されたのである。
「設計図の基礎はNBAPの軍用アーマーとは言え・・・自分で改良機を設計するかね」
ジャクソンがため息を吐いた。ここまでやれればもはや彼の人材的な価値はアメリカでも最高と太鼓判を推す事が出来た。
なお、NBAPとは『次世代装着式外装計画』の略称だった。数年前に米軍で開始された計画だったのだが、ジャックは新たに得た大統領直属の特殊部隊副官という立場を利用して、その設計図を取り寄せて自らが主導して改良型を設計したのである。しかも、それは単なる改良型では無かった。
「魔術を扱う兵士が使う為の軍用アーマー・・・対戦車・対魔術師・対魔物専用重歩兵用軍用アーマー・・・」
「今回の一件で分かっただろう? 相手は数百数千年単位で開発を続けてきている。俺達が幾ら大急ぎでやった所で、次の戦争にゃ間に合わない。なら、俺達の利点を活かして、補佐すべきだ」
ジョンのつぶやきに、横で足を汲んでコーヒーを飲んだジャックが告げる。今回、ジョンもカイトの戦いを目の当たりにした。今から自分がどれだけ駆け足でがんばっても、フェイやアルフレッドの所にさえ辿りつけないだろうことは、今回の一件でよく理解出来た。
「開発計画は君たちがイギリスに居る間に交渉が纏まって、『E.E社』がDARPAと協力してやってくれることになったよ。あそこは、今までも軍用アーマーの開発も手がけてくれているからね。他にもエアグランド社等の自動車メーカーには、次世代戦車の開発計画を依頼した。彼らには重力場砲を搭載した自走砲の開発を行ってもらう」
「重力場砲もできてないだろうに・・・」
「並行してやらないとね。君も私の後継者なら、それをわかっていたまえ」
ジャックの苦言に、ジャクソンが笑って返す。これはジャックとてわかっていた。が、今の彼に足りていない物として、大規模な組織を動かす経験という物が足りていなかった。それ故に、まだ些かこういった大規模なプロジェクトを並列して行う、という事に抵抗感があったのである。
「さて・・・じゃあ、とりあえず君達については、明日の調印式でブルーとフェイに紹介しよう。どうせバレているのなら、改めて面識を持っておいたほうが有り難いからね」
「頼みます・・・では、我々はこれにて」
「ああ、ご苦労だったね。では、数日後の調印式まで、ホテルでしっかりと休息を取ってくれ」
報告すべき事を報告し終えたジョン達を送り出して、ジャクソンが再び大統領席に深く腰掛ける。そうして、少しだけ、目を閉じた。
「大中小3タイプの軍用アーマー・・・2メートル級、5メートル級、15メートル級の軍用アーマーか。ここまで来ると、もうジャパニメーションのロボットだね・・・いや、この場合武装等に使われているのは重力場だから・・・なんだったかな・・・大昔にあった花の名前を冠した戦艦のアニメ・・・あれかな。ああ、あれは確か5メーター級だったかね・・・」
一人、ジャクソンはぶつくさとひとりごとをつぶやく。実は意外な事ではあるが、彼は所謂、ジャパニメーションオタクという存在だった。しかもかなりの古参だったりする。若かりし頃に怪我の療養中にジョンに勧められて見たらしいのだが、そこで妙にハマったらしい。
ということでなのだが、実はかつてカイトに告げた日本語が読めないというのは全くの嘘だったりする。ジョンもそうだが実は彼らはある程度の日本語なら読めるし、話し言葉ならそれなりに理解出来るのであった。
あくまでカイトと言うか日本に対して普通のイメージしか持っていないと表す為の演技の一環としてわからない演技をやっていただけなので、カイトもその嘘に気付いている可能性は無いでは無かった。まあ、流石にオタク趣味に気付いているかは不明だが。
「DARPAのラリーが喜んでいそうかな。彼はわざわざ今回の軍用アーマーの計画に主任になったぐらいだから・・・まあ、この間はCIAでUMAクラブを作っているセロが異族の存在と言うかUMAの存在を知って大喜びだったから、これで帳尻合わせとしてもらうかな」
「大統領・・・ですから国防省やそこらの好き者達と勝手にそのようなクラブを作るのは・・・」
副大統領が苦笑混じりにジャクソンに苦言を呈する。彼の出した名前は、ジャクソンの個人的な友人でもあった。が、同時にそう言った組織の重役に近い立場の名前でもあった。
まあ、なんというか色々と才覚の高い存在は変人が多いのは何処の国も同じらしい。ジャクソン然りだが、奇妙な政府内部の非公式クラブを立ち上げていたりしたのである。
ジャクソンはそこのジャパニメーション・クラブの会長、というわけだ。なお、副会長はジョンだったりする。実は今回の一件で一番興奮していたのは、そんな事をおくびもみせないこの二人だったりした。
「あはは・・・いや、すまないね。大統領が率先してそんな非公式クラブを作るのはどうか、とは俺も思うよ。でもまあ、これは私が大統領になる前に始めたクラブだからね。そこの所はしっかりとしないと、大統領としての見識が疑われるだろう?」
「ま、まあ、そうではありますが・・・」
副大統領もジャクソンの言葉に一分の理を認める。当たり前だが、ジャクソンとて公私は分けている。が、それとこれとは別だ。きちんと自らが始めた物については責任を持たなくては、彼の言う通りトップとしての見識が問われるだろう。
「ゴジラ・クラブ、ブラックマジック・クラブ、UMAクラブ、B級映画・クラブ、サムライ・クラブ、ナイト・クラブ・・・今思えば、随分とホワイトハウス内部にも沢山の非公式クラブがあったものだね」
「ここまで増えたのは貴方の所為ですよ、ジャック・・・」
「大統領や政務官達とて、ワーク・ライフ・バランスは重要だと思うね」
私的な友人としての苦言を呈されたジャクソンは、少し照れ気味にそう嘯く。もう重要な会話は終わっていた。というわけで、少しの間、二人は雑談を行う事にする。
「と言うかね、マット。君だってヨーロピアン・フェアリーズ・サークルなんて物を立ち上げてたじゃないか」
「んぐっ・・・ご、ご存知でしたか・・・」
「偶然会員が俺に教えてくれてね。アーサー王の話もそこで出た。そうだね・・・ここは一つ、今回のお小言はかの妖精女王との謁見で手を打たないかい?」
「・・・お願いします」
ジャクソンの言葉に、副大統領がおずおずと願い出る。公私混同も甚だしいが、幸いにして二人は謁見しても可怪しくない立場の存在だ。公私混同出来るなら、それでも問題は無い。そうして、和やかなムードで、その日は過ぎゆく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




