断章 反撃編 第31話 三枚舌
9機の大中小のオートマトンをカイトが片付けていた頃。ジェームズはフェイと会話していた。
「で? 負けがわかってやった奴の気持ち、ってのはどんなんだい?」
「ふぅむ・・・意外と良い物では無いねぇ・・・」
フェイの問いかけに、ジェームズが背を向けたまま苦笑気味に答える。そう、実は彼は始めからこの戦いが負ける、と理解してフェイ達を招き入れていたのであった。
「ブルー君が居た、というのはまさに君にとって幸運、だった・・・いやはや、幸運だけは、最初から君を味方していたようだ」
苦笑気味のジェームズは、更に苦笑を深める。ティナの参戦を把握出来ていた様に、ジェームズ達表側の面々もブルーと渾名されるカイトの参戦は掴んでいた。勝ち目がない事ぐらいは承知済みだったのだ。
そしてだからこそ、この場の戦いを仕組んだのである。負けるとしても、とことん利益を得る。それが、彼らのやり方だった。
「彼は気付いているだろうねぇ。こちらが彼との戦いを利益とした事は・・・後できちんとお礼を渡さないとねぇ・・・彼への褒美、私からも色をつけておいてくれたまえ」
至って優雅に、ジェームズが推測を開陳する。恐ろしい事ではあるのだが、彼はカイトの覇気や魔力、更には敵意を全て受けてなお、この優雅さを保っていた。まさに傑物。才覚高いジャクソンやジャックとは違い、生まれ持っての才覚と年齢、そして経験が故に得られた王者の風格だった。それに、フェイが少しの恐れを滲ませた。
「あいっかわらずあんたのその点は恐ろしいな・・・あいつ相手に利益を得ようとするかい・・・褒美はまあ、なんとか考えるよ。今は無一文だからねぇ・・・最悪、何処かの小島でもくれてやるさ。無主の島は幾つかあるからね。異族達の避難場所、として英国預かりでするのが最適かもね」
「あはは・・・結局君も利益を得ようとしているじゃないか・・・まあ、こちらにはあまり期待しないでくれたまえよ。なにせ修繕費が嵩んでいるからねぇ・・・さて、私もイギリスの王だからねぇ・・・これから先、君に託す以上は、多少なりとも情報を残しておかないとねぇ・・・」
「・・・聞いといてやるよ」
ジェームズの言葉は、傾聴に値した。それはフェイも把握している。なのでフェイは少々苦い物を感じつつも、しっかりとそれを心に刻みこむ。人を見る目だけは、フェイはジェームズに勝てるとは思っていない。これだけは素直に認められていた。
「フェイ君。一つ言っておいて上げるよ。彼は、若い。正確な年齢はわからないけどねぇ・・・私には無い若さが滲んでいる」
「ん・・・?」
言われた言葉に、フェイが少しだけ頭を悩ませる。フェイとジャックは、逆と見ていた。超級に年を経た傑物。人類の黎明期よりも前に生まれた古強者。
あの暗黒の時代をも我関せずを貫ける様な、化物。表の世界に出てきたのは、偶然懇意にした魔女に請われたが故に。二人はそう見ていた。それが一番、今回の旅路で得られた情報に筋が通った。
「なんというかねぇ・・・彼は自分の常識に囚われてはいけない様に思える。彼の思考体系というか、魔女の思考体系はこの地球を前提としては可怪しいんだよ。あまりに戦争に手馴れている。プロファイルを渡されてから、私もじっくりと何度も何度も読み込んだんだけれどもねぇ・・・どうにも腑に落ちない。でも、地球を前提としないと、すっきりと腑に落ちた」
フェイは始め、ジェームズが何を馬鹿な事を言っているのだ、と思った。地球を前提としない、という事は異世界か他の惑星を前提としないといけないのだ。まずこれを納得しろ、というのが難しい。
今現在、他の惑星という物を含めて、他の世界というものは空想の産物だ、と言うのが真実を知る神様や古株達を除いた魔術師達を含めてさえの常識だったのだ。
なので、それはフェイも前提として動いている。そうして、そんなフェイの顔を見たジェームズは、一口紅茶を口に含んでから、苦笑を浮かべた。
「ああ、わかるよ、その気持はね。そこで、だ。彼の思考体系を改めて見なおしてみると、やっぱり彼の思考体系は地球に端を発していると思う」
「やっぱりそうなるじゃないか」
結果ジェームズの辿り着いた答えに、フェイが苦笑する。が、そこではっ、となった。彼は今、別の二人を話に出したのだ。
「わかったかね? 魔女は、地球の存在ではないね。そうすれば唐突にあれだけの才能を持つ魔女が現れた事にも、ブルー君が唐突に現れた事にも、説明が出来る。ブルー君は地球の存在だよ。そうなれば、魔女の思考を読む事は無理だ。地球にはもう魔女は居ないだろうからねぇ。もし居ても我々西欧諸国や中東諸国に加わってくれる事はない。そもそもどんな思考で動くのかがわからないのだよ。居ても彼に味方するだろうからねぇ・・・」
少々残念さを滲ませながら、ジェームズが断言する。こればかりは、祖先達の失態の所為だ。彼らに咎は無いが、それでも助力は望めない。
しかも今回の一件でイギリスは魔女根絶を標榜する聖ヨハネ騎士団を招き入れた。流石にこれでは魔女の助力はもう無理だ。魔女が一番目の敵にするの敵を、招き入れたのだ。当然である。
そんな彼らに出来るのはせいぜいカイト達の、つまりは味方の味方に引き込むぐらいだ。敵に回らない様にするのが精一杯だろう。ここならば横に魔女が居る事から、魔女達も安心して組することが出来るだろう。
「戦略を読むのは諦めた方が良いね。なにせ彼らはまさしく異世界の思考体系を持っている。前提条件が全て違ってしまう以上、私達がそれを読むのは無理だ」
「異世界の魔女、か・・・正気で言っているのかい?」
「正気だよ、これでもね」
フェイの真剣な問いかけに、ジェームズが笑いながら頷く。だが、その眼は真剣そのものだった。これは、カイトを知らぬ常人が聞けば狂気の沙汰だ。だが、カイトを知ればこそ、その見識の深さを見ればこそ、フェイにはこの意見が正しいと直感で理解する。
そして同時に、フェイは何よりも、ジェームズに対して恐れを抱く。彼は自分よりも持ち合わせる情報は無い。だというのに、カイトの正体に迫ったのだ。カイトよりもティナよりも、彼の方がフェイには恐ろしかった。
これは後に、カイトも同じ意見を口にしていた。知恵だけは、誰もが対等に立てる。それを誰よりも最も彼に思い知らせた人物だった。
「さて、これで全部だよ」
「有り難く、表の英国王の言葉を受け止めよう」
数十年ぶりに、フェイはジェームズに対して正式な口ぶりで頭を下げる。これは、あまりにも大きな情報だった。恐ろしいぐらいに、だ。これがあるのと無いのとでは、今後の動き方が変わってくる。そうして、フェイが問うべき事を問いかけた。
「じゃあ、その上で聞くよ。魔女は異世界からの侵略者か?」
「それは無いね。うん、無いねぇ・・・あの魔女は大方世界を渡り歩ける存在、とか言う所じゃないかな。放っておいても問題はない。なにせブルー君はこの地球も彼女も大切にしている。ならば、異世界からの侵略者の手を借りるとは思えない。魔女も結構本気で協力している様子だしねぇ・・・何かの縁で地球でブルー君に出会って、という所だろうねぇ」
「ブルーが別世界に渡って、というのは?」
「それは無理じゃないかな? なにせブルー君が地球の存在であれば、自力で帰ってこれる事になる。なら、他の誰かが可能でもおかしくはない。それなら、今頃異世界が証明されているだろうからねぇ」
やはり、ジェームズとて完璧ではない。なのでカイトに対してだけは、読みを外してしまう。まあ、これは当然だろう。誰だって事故で異世界に転移して、自力で帰って来た、なぞ思わない。物凄い技術を持つ魔女だから、可能。それが彼の考えだった。
「ふむ・・・無茶苦茶厄介な事になる、という事か・・・じゃあ、あの過去の話は嘘、かねぇ・・・」
ジェームズの話を聞いて、フェイはカイトの過去の話を嘘と判断する。そうして、フェイは目の前で戦うカイトを他所に、高速で思考を巡らせる事にするのだった。
そんな二人の会話は、ヴィヴィアンにもモルガンにも、そして密かに転移術で潜り込んでいたティナにも、聞こえていた。そして彼女らはカイトの一端を知るが故に、その推測の見事さにただただ驚くばかりだった。
「すごいね、彼」
「英国の歴史が始まって以来歴代最高の頭脳、と言われてるぐらいだからねー」
『地球も地球でおっそろしいのう・・・』
ティナがジェームズに対して同じく王者としての敬意を払いながら、頭を振るう。今まで独力でティナが異世界の魔女だ、と辿りつけた者は居ない。教会の者達とて、生き残りの魔女だ、と考えていたぐらいなのだ。この敬意は道理であろう。とは言え、彼女らには余裕があった。
「うーん・・・まあ、それがわかったからといって、なんだろうけどねー」
「あはは」
モルガンの言葉に、ヴィヴィアンが笑う。確かに、結局的にはそれがなんなのだ、という所にたどり着く。カイトを敵に回す場合には、魔女を仲間に引き入れなければならないからだ。
だが、魔女はその辿った歴史故に、その保護を確約してくれるカイト側に着く。彼女らが何より第一に考えるのは、身の安全の保証だろう。魔女を伴侶とするカイトなら、話は通ずると思うのが当然だ。
まず、敵の思考は読めない事を前提に話を進めなければならないのだ。ならば今ジェームズが言った事は簡単に言って、敵の行動はわからないし、こちらが読む事は出来ないぞ、と言ったにすぎないのである。無理だから諦めろ、と言ったに等しい。
『じゃが、意味があることでもあろう?』
「そう? 私は意味が無いと思うけど?」
『無理と諦められれば、そこに割くリソースは少なくて済む』
「でもそうとわかっていても、敵の重役である以上、情報は得ないといけない。結局はそれ相応にリソースは割かなければならない」
ティナとモルガンが、わずかに議論を行う。どちらが言っている事も、正しくはあった。無理とわかっていてやるのはお互いに一緒だ。そのリソースをこの程度で済んだ、と取るのか、この程度も必要、と取るのかという認識の差だろう。
「まあまあ・・・それはさておいても、そろそろ、カイトが最後の一体に取り掛かるよ?」
「あ・・・」
『む・・・』
ヴィヴィアンの仲裁に、二人が議論を切り上げる。こんなどうでも良い議論ははっきり言えば、無駄だ。カイトの方が重要だった。そうして、二人もまた、カイトの戦いの観戦に戻る事にするのだった。
カイトは巨大ゴーレムを前に、どうするかを少しだけ、悩んでいた。とは言え、まずは敵の情報を得ない事には始まらない。なので、まずは自分の持つ情報と、見て得られる情報をすり合わせる事にする。
(材質は・・・おそらく低純度では無く高純度の魔法銀。人間の手による物ではないな。この刻印は・・・楽園に居たエルフ達の作る銀細工に似ているな・・・100年戦争の折りにフランス系エルフの所から奪取したか?)
ここから考えられるのは、製作者はエルフだ、という事だ。であれば、かなり繊細な行動が出来るだろう、とカイトは予想する。
(コアは・・・3メートル級の魔石を胴体に、か。が・・・エルフ故に、板金がいまいち甘いな)
カイトはゆっくりと魔力を漲らせ始める巨大ゴーレムを観察しながら、敵の弱点を見抜いていく。エルフ達はその繊細な技量こそ優れているが、金属そのものの板金が柔らかい事がデメリットとしてあげられる。これは世界が変わっても変わらないらしい。
ここら、実はカイトが率いていた部隊等となるとドワーフ達と協力しあう為このデメリットはなくなる。とは言え、これはカイトが取り纏めたが故に、だ。カイトの居ない地球でそうなっていなくても不思議は無かった。
基本的に豪快さを誇るドワーフ達と、繊細さを誇るエルフ達は性格的にも相性が悪いのである。物語に語られる様な極度のエルフ嫌いのドワーフなぞザラに居るのであった。と言うか彼の配下にも居た。
(が・・・おそらく・・・)
カイトは僅かに、警戒感を滲ませる。装甲が薄いから悪い、というわけではないのだ。敵の巨大ゴーレムは軽い。それが見て取れた。そして薄いのがわかっていて、エルフ達が何ら対処を施していないとは思えない。そして案の定、この巨大なゴーレムはその巨体なのに、一瞬でその場から消えた。
「つっ!」
がぁん、という音が響き渡る。巨大ゴーレムが一瞬でカイトに肉薄して、その巨大な腕を振り下ろしたのである。速度で言えば、今までのどれよりも速かった。
「ふぅ・・・あっぶねーな、おい。その巨体で、その速度か。さすがはエルフ製。性能で言えばドワーフ達の物よりも遥かに優れる。ドワーフ達の重厚肉厚のも良いんだけどな」
『エルフ製・・・そうなのかね?』
「知らずに使うなよ・・・」
ハワードの言葉に、カイトが呆れ返る。もっともなことだろう。が、切り札としてなら、悪くはない考えだった。ちなみに、ハワード達はエリザベス一世が前王朝から引き継いだ物を改修させて貰っただけであるので、知らなかったのである。とは言え、その間にも、ゴーレムの攻撃は続いていた。
「良い性能だ。オレ達を相手にするのなら、攻撃力と速さは重要だ」
巨大ゴーレムは目を丸くするような速度で、カイトに対して攻撃を仕掛けていく。別にこの程度ならばカイトは避ける必要も無いが、予想外の一撃を持っている可能性がある。念のため、カイトは避ける事を選択する。そうして、暫くの間、カイトは攻撃をせずに、敵の様子を伺う事にする。
「最速でも音速までは達しない、か・・・が、それでもこの出力は少々驚異的だな」
やはり大きさがある為、速度は出せる程度が限られる。繊細さも、だ。が、巨体が繰り出す豪速は見るに値したようだ。
「基本的にエルフ達は大きな物を作るのは得手では無いんだが・・・何らかの理由があったか、それとも誰かしらの依頼か・・・」
良い品である事はカイトも認められる。性能を見れば、かなりの時間が掛けられている品なのだ、と素直に称賛出来た。だが、如何せんこれはエルフ達が作る品とは根本的な所でかけ離れている。それ故に、弱点があった。
「が・・・まあ、薄い。最も重要な胸板が薄い。攻撃力も回避力も良い。何より、防御力が無い」
巨大ゴーレムの肩の上に乗ったカイトが、首を振る。すでに巨大ゴーレムは動きを止めていた。カイトがコントロールを乗っ取ったからだ。
「コア周りを覆い尽くす防備は本来はもっと分厚くするべきなんだが・・・エルフ達はそこら物理的な対処が少し苦手でな。これは種族的な物だから致し方がないが・・・それ故、近づかれるとこの様に簡単にコントロールを奪取される。今後使う際は覚えておけ」
『壊さないのかね?』
「壊す? 勿体無い」
ハワードの問いかけに、カイトは驚きを露わにする。確かに弱点はあるが、こんな見事と言える物を壊すのは勿体無い。敵では無いのなら、このまま彼らに使ってもらうのが一番だった。もし万が一今後の戦いでバッキンガム宮殿に攻めこまれた場合には、存分に猛威を奮ってくれるだろう。
「じゃあ、これで私の勝ちで良いね?」
「ああ、構わないよ」
そんなカイトを見て、フェイがジェームズに告げる。これで、内紛は終了、だった。後は二人が連名で終了を告げれば、戦いは自然と収まるだろう。
そうして、カイトはとりあえずフェイをアルフレッド達の所に送り届けて、ランスロット達と共にバッキンガム宮殿を後にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




