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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第3章 全ての始まり編

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断章 第9話 魅衣・由利編 澱んだ空気

「はぁ・・・ほんとにあの学校は何なんですかね。」

「知らん。」


 一限目の授業が始まってから暫く経った頃。幸人と風海は休憩時間を利用して、先ほど見た光景を語り合っていた。いや、正確には、風海が一人で喋り、幸人が素っ気なく反応しているに近い。


「あの天城家のご子息に、日本の土建屋の大ボス・三枝の娘。それに言いたかないですけど、小鳥遊さんのとこの由利ちゃんでしょ?あんな三人が揃いも揃って集合している学校って、市内でも最もヤバイ中学ですよ。」

「だから、知るかって。」

「いや、そうですけどー・・・」


 捜査が行き詰まっている所為もあって、ストレスから風海は饒舌だ。素気ない幸人を他所に、再び口を開いた。


「生活課の娘が言ってたんですけど、この間の一件、結局相手は見つかってないらしいですし・・・あそこおかし過ぎますって。あの御子柴達がたった二人で壊滅させられた、って話ですし、あの一件自体がそもそもおかしいですからね。」

「俺達の管轄じゃないだろ。」

「まあ、そうですけどね。で、さっきのあの子らでしょ?」

「あの子らか・・・」


 先ほどまでは疎ましく思っていた風海の語りだが、彼が言った子供達にはさすがに幸人も反応する。


「あれ、トンデモなく腕積んでますよ。少なくとも物心付いた頃からやってるんじゃないですかね。特にカイトって子の方はかなり高位の有段者だと思いますよ。体捌きに武道をやってる奴特有の癖に似た物がありましたし。」

「お前が言うほどか・・・」


 ソラが見て取ったひょろい印象とは裏腹に、風海は実は剣道の有段者であり、全国大会に入賞もしている程の武芸者であった。そんな風海の武芸については幸人も一目置いており、彼が言うのだから、と二人の評価を更に上方修正する。


「おーい、お前ら。ガイシャの身元が判明したから、確認に行ってくれ。」

「はい。」

「はーい・・・」


 幸人も風海も非喫煙者なのでコーヒーを片手に休憩していた二人だったが、そこに来てまで上司が告げた命令に、二人は仕方がなく立ち上がる。そうして、情報を受け取りに捜査一課の部屋へ歩き始めた三人の表情は沈んでいるし、足取りも重かった。


「犯人、見つかりますかね。」

「見つけんのが、俺達の仕事だ。」

「そうだ。マスコミに嗅ぎつけられる前に、方を付けておけ、というのが上層部の命令だ。」


 風海の言葉に、幸人と上司の男が頷く。が、二人共、顔には風海と同じく若干の諦めがあった。今追っている事件は、それほどまでにマスコミ好みで、なおかつ不可思議な事件であったのだ。


「連続殺人事件なら、まだ良いですけどね・・・こう言ったら被害者の方々に悪いですけど。」

「妖怪の仕業、とでも言うつもりか?」

「そう思いたくもなりますって。」


 どこか冗談めかした幸人の言葉と風海の返しだったが、三人共、これがもしかしたら、という程度には本気で思っていた。いや、三人だけでなく、事情を知る所轄の全員と、事態を重く見た警視庁からの増援の警察官達も全員である。


「干からびた仏様が1に、何から何まで逆に裏返った仏様が2。電柱の電線に絡まる様に逆さ吊りにされた仏様が同じく2。干からびてんのと逆さ吊りはまだ良いが、逆に裏返った仏様なんて鑑識課の奴がゲロ吐きながら元通りにしてたぞ。あのまんまじゃ身元がわからん、ってな。あいつら明日からは朝飯抜きで出勤だな。」


 部屋に入って更に続けて上司の男が、朝に鑑識課から上がってきた報告を二人に話す。二人共由利の学校に行っていた所為で、朝礼に出そびれ―きちんと連絡はしてあるので、問題は無い―てはいたが、その追加情報であった。そうして、手に入れた情報を手帳に纏めながら、風海が口を開いた。


「今度のも家出人とかだと思いますけどね。」

「そもそもでこれが同一犯なのかさえわからん。いや、それ以前に殺人かどうかもわからん。」

「今のところ殺害方法以外は共通点無しだからな。だが、マスコミ好みのセンセーショナルな事件ではある。」


 風海の軽口に、幸人も上司も溜め息は吐くが、窘めることはしない。なにせ、彼らもそれを許せるぐらいには、切羽詰まっていたのだ。そうして、風海の愚痴が伝染ったのか、幸人が同じく愚痴っぽく告げる。


「今はまだ、天道に睨まれる事を恐れて嗅ぎまわるだけだが・・・それも何時までやら。」

「それまでに片付けろ、が上の命令だ。」


 動かない奴らは良いよな、上司の言葉の言外の意図を把握して、三人が同意しあう。幾らエリートと褒めそやされようと、下っ端は下っ端だ。情報の漏洩を考えればこれ以上刑事を大増員するわけにもいかないので、忙しく動くのは彼らなのである。

 何故、今はまだマスコミがこれほどセンセーショナルな事件なのに報道しないのか、というと簡単だ。天道財閥(スポンサー)に睨まれるのを恐れたからである。だが、それでも一部の週刊誌等は動いており、すっぱ抜かれるのも時間の問題だった。そうなれば、大手マスコミも大々的に報じるだろう。三人―特に上層部から直接叱責を受ける上司が―は溜め息を吐いた。


「はぁ・・・風海、行くぞ。」

「はーい・・・」

「頼んだぞ。」


 そうして、三人はそれぞれの仕事に向かうのであった。




 幸人達が語り合っていたのと同時刻。学校全体が騒然となっていた。それはある1つの噂が駆け巡ったからである。


「・・・」


 その噂の根源である2年A組は学校全体の騒がしさとは別に、ここだけは静まり返っていた。もし、誰かが小さな物音でも立てれば、即座にとある二人の少女から睨まれるからだ。彼女らは不機嫌さマックスに早々に早退を決め込もうとして、校門が完全に閉じられていた所為で出られなかったのである。それが余計に不機嫌に拍車を掛けた結果、今のこの状況であった。

 つまり、学校中に駆け巡った噂とは、学校内で最悪の三人が揃って登校した挙句、早退も出来ない状況だ、という事実なのであった。


「む。カイト、これは何じゃ?」

「んぁ?あー、そりゃ数年前のロケット打ち上げの写真だな。」

「ほう・・・こんな筒で遥かな大空を行こうとは。酔狂な物じゃなぁ・・・」


 が、そんな最悪と呼ばれる彼女らの不機嫌な睨みを一切斟酌しない二人が、そのクラスには居た。やはり、カイトとティナだ。カイトはいつも通りの読書であるが、ティナはようやく手に入れられた教科書をニコニコ笑顔で興味深げに読み込んでは、時折図解されている写真について興味深げにカイトに問いかけていた。


「・・・いや、おい待て。なんでそんな事知んねえんだよ。」

「あ?いや、まあ、そういう事もあるだろ。」

「いや、ねーよ。」


 同じくこの場でそんな事を斟酌しないソラが、一同が思っていても状況の所為で問い掛けられなかった事を問い掛ける。彼の目は明らかに驚いた物であった。まあ、当たり前だろう。


「普通にそれは有名だろ。」

「む・・・そうなのか?」

「え、いや・・・アメリカなら、無いのか?」


 ソラは教科書に乗った新型宇宙船の打ち上げのニュースを有名と言い切ったが、ティナが首を傾げて本当に知らない風であったので、少しだけ言い澱む。なにせ、ティナは留学生の扱いだ。それ故、海外ではあまり報道されていないのかも、と思ってしまったのだ。


「ふむ、ロスでは見なんだな。」

「そうか・・・」

「お・・・のう、カイトよ。こっちはなんじゃ?」


 そうして、静まり返る教室で陽気に問い掛けるティナだが、その陽気な声に遂に魅衣がキレた。


「ねぇ、ちょっとうざい。」

「む?」


 魅衣の席はカイトの左斜後だ。つまりは、ソラの後である。その反対側が由利で、本来はカイトの横であったのだが、ティナの転入で後にずれたのである。魅衣の不機嫌な声に、魅衣と由利に挟まれた男子生徒が怯えるが、誰もが憐れみの視線を送るだけで、助けることは出来なかった。


「うるさい。」

「それはすまんのう。じゃが、まあ何分余も初めてでな。少々多目に見て欲しい。」

「はぁ?だから、何?」

「ふむ?」


 言いがかりにも程があるが、魅衣には通じない。逆にそれがどうした、と問い掛けられてしまった。それに、ティナが首を傾げる。周囲はティナの恐れ知らず―に見える―行動に騒然とするが、ティナはそんな事はお構いなしだ。


「何を苛ついておるのかはわからぬが・・・いや、わからんぞ?」

「・・・あんた、人をおちょくってるの?」


 ティナが少し魅衣の苛立ちの理由を考えて何かを言おうとして、結局言うことが見当たらずに苦笑して告げた言葉に、魅衣が怒る。


「そもそも、お主・・・何が原因かはわからぬが、苛立ちを人にあたっても意味は無かろう。1つ運動でもした方が晴れるぞ。」


 小さい姿の所為で常日頃のアドバイスに似た言論が、どこか偉そうに説教をする幼い少女に見えてしまったらしい。偉そうに説教をされた魅衣は遂にブチ切れ、口と同時に手が出た。クラス中から悲鳴に似た声が上がるが、彼らが想像した事態は起こらなかった。


「じゃあ、そうさせてもらうわ。」

「む?」


 ひゅん、と風を切って振るわれた魅衣の腕だが、その腕はティナによって軽く防がれる。


「・・・え?」

「・・・へぇ。」

「・・・ひゅー。」


 魅衣の理解できない、という驚きの声と、由利の少し目を見開いた楽しげな声、そしてソラの同じく楽しげな口笛が同時に響く。


「何じゃ、運動に付き合う必要があるか?」

「あんた・・・何?」


 掴まれた腕を即座に振り払い、魅衣が平然としているティナに問い掛ける。これでも、魅衣は裏の闘技場で有数の武闘派だ。確かに加減こそしていたが、その攻撃を悠々と受け止めたティナを警戒するのは仕方がないだろう。


「何とは・・・単なる留学生じゃ。」

「へぇ・・・面白いわね。」


 少なくとも、自分の身体目当てに襲いかかるゲスな男達よりも楽しめる。そう、魅衣が思った。そうして彼女が構えを取ろうとしたが、その前に我関せずを貫いていた男が止めに入る。


「ストップだ、馬鹿共。」

「あ?・・・って、またてめえか。」


 ソラは相手がカイトであると見て取ると、溜息混じりに着席する。自分より強いとはっきりと理解している相手に無闇矢鱈に喧嘩を売る趣味は無かったし、そもそも他人の喧嘩が始まるのを止められた程度で怒る彼でも無かった。


「何?・・・って、いたっ!」

「いたっ!・・・むぅ、お主、余にまでハリセンを打ち込む必要はあるまいに。」

「こんなとこで人様の迷惑になるような事をすんな。あと、お前はけしかけんな。」


 此方を睨みつけた魅衣と、少し口を尖らせたティナを前に、カイトが腕を組んで説教をする。カイトが我関せずを貫いていたのは、ずっとハリセンを作っていたからだ。暴走する一同を止めるのに、コミカルで終わらせるつもりでハリセンを作ったのである。


「あんた・・・何のつもり?」

「単に馬鹿娘がいらん事しないように止めただけだが?」

「マジ殺す。」


 明らかな挑発をしたカイトに、魅衣がキレる。彼女は右手―それもグーで―を振りかぶるが、それは簡単にカイトに掴まれる。以前の一件からカイトがソラ並の実力を有していることは把握していたので、魅衣は驚かずに即座に左手も振りかぶる。が、これもカイトに掴まれる。ここまでは、既定路線だったし、大抵の男達でも防ぎきる。なので、魅衣はいつも通りに、更に攻撃した。


「っ!」

「おいおい、やるなら足じゃ無くて、手のほうが好みだぞ。そっと撫でる様に触ってくれると嬉しいな。」


 魅衣の驚きを他所に、更に挑発するようなカイトの語りが続く。魅衣は更に両手がふさがった状態から、カイトの掴む力も利用してのカイトの股間目掛けて金的を繰りだそうとしたのだ。が、何時ものであるが故に流れる様な動作は、完全にカイトに見切られてカイトの右足で防がれていた。魅衣が驚いたのは、カイトが何ら迷うこと無く自身の攻撃を全て防ぎきったからだ。


「分かったか、馬鹿娘。お前じゃオレには勝てない。分かったなら、この学校内ではおとなしくしておけ。そっちのもだ。多少の馬鹿ならハリセンで許してやる。まあ、折角作ったんだから、使えると嬉しいけどな。」

「つっ!」


 獰猛な笑みを浮かべてに告げて、そうしてにこっ、と陽性の笑みを浮かべたカイトに、思わず魅衣が目を背ける。カイトの獰猛な笑みに見惚れ、初めて見る間近でのカイトの陽性の笑みに赤面してしまったのである。


「・・・あんたでしょ。」

「あ?」


 そうして、少し赤面する魅衣を他所に、一連の流れを見ていた由利が口を開いた。そこには、どこか確信があったように感じられた。そうして、彼女はカイトをじっと見つめながら告げる。


「この間、御子柴さん達を潰したのって。ウチんとこ、元は御子柴さんとこのチームの下だったから、御子柴さん達の噂ぐらいは聞いてるし。今見た限り、勝てる奴はあんたぐらいしかいそうにない。」

「おいおい、まさか。オレはあの日、あの時間は確かにこの教室に居たぞ。」

「嘘。」

「嘘だと思うなら、確かめてみろ。誰もが証言してくれるぞ。」


 こっちに振るな、クラスメイト達は心中を一致させるが、その言葉を受けた由利が取り敢えず近くに居た数人を睨む。睨まれたクラスメイトは無言で頷くが、尚も疑う由利は他の生徒も睨む。が、返って来た答えは同じだ。


「ふーん・・・」


 そうして若干納得しかけた由利だが、ソラが浮かべる少しの困惑の表情を、彼女は見過ごさなかった。だが、この場でこれ以上聞いても無駄であることは理解したので、取り敢えずは口を紡ぐ。と、そこでチャイムが鳴る前から、教師が入ってきた。この教師はチャイムが鳴る前に入ってくる事で有名だったのである。

 そんな教師は、ふと険悪なムードが若干緩和された教室で、向い合って手を繋いだままのカイトと魅衣を見て、きょとん、と呆ける。


「・・・何してるの?」

「え?あ、ああ、ダンスの練習ですよ。はい、ワンツー。」

「え、ちょっと!」

「はい、ワンツー・・・って、上手いな。」


 カイトは茶化すつもりで魅衣の手を取ってソーシャルダンスを踊ったのだが、魅衣は呆気にとられた事もあって、ついうっかり昔取った杵柄を発揮する。ダンスそのものは即興だったのだが、魅衣のその流れには淀みがなく、即興の割には非常に絵になるダンスであった。その為、カイトの顔には意外感満載の驚きが浮かんでいた。そうして、意外そうに見つめられて、魅衣は思わず赤面する。


「意外だな。これ、即興だったのに。」

「え、いや、あの・・・うん、昔やってたから。あんたこそ、上手ね。」

「ぷっ・・・」

「くはっ・・・」


 そんな振り回される魅衣を見て、思わず由利とソラが吹き出す。今までは流されるままにカイトと共に即興のダンスを踊っていたのだが、はっとなってカイトの手を振りほどいた。


「はぁ・・・今日はもういいわ。」

「それは結構。」


 元々、魅衣はサバサバした女だ。それ故、一度毒気を抜かれれば後には引かない。そうして、結局は三人共毒気を抜かれたことで、この日はほとんど何も問題なく終了するのであった。

 お読み頂きありがとうございました。

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