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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第9章 英国騒乱編

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断章 反撃編 第24話 騎士達の戦い ――湖の騎士――

 待ち伏せにあいカイト達を進ませて自らは残ったランスロットだが、高らかに名乗りを上げた後、彼はまず、雑魚を片付ける事にする。


「まあ、貴方はそれなりには強いご様子。あまり敵に囲まれているのは精神的に良い事では無いので、先に片付けさせて頂きましょうか」


 ランスロットは<<無謬の剣(アロンダイト)>>を抜き放つと、瞬速を以って剣戟を放つ。それはまさに物語に唄われるにふさわしいだけの流麗さだった。


「・・・一瞬、ですか。お見事です、ランスロット卿」


 次の一瞬で立っていられたのは、ランスロットとトマスの二人だけ、だった。それ以外の騎士に関しては、全員が一撃でランスロットによって気絶させられていた。


「峰打ちです。ご安心を」

「・・・何か理由がおありなのですか?」

「アーサー王からの逃避の最中、ガブリエル殿にはお力添えを頂きました。その御恩を考えれば、聖ヨハネ騎士団の方々は殺せないのです」


 お互いにお互いの出方を読み合いながら、言葉を交わす。


「なるほど・・・ガブリエル様の・・・マリア殿が懇意にされておいでだ。この恩は必ず、マリア殿を通じてガブリエル様にお伝え致しましょう」

「ありがとうございます・・・と言うのも変ですが・・・どうせならば、貴方様のご助力おかげで、アーサーとの仲を戻せました、と感謝の言葉の方をお伝えください」


 敵同士の会話としては奇妙ではあるが、まあ、致し方がない。今回、本来ならばランスロットは問答無用に聖ヨハネ騎士団の面々を斬り殺しても問題は無い。

 が、それでもガブリエルから受けた恩があるので、その庇護下にある彼らを生かしておいたのである。これはトマスやこの騎士団のトップであるクレメンスも然りで、ランスロットはしっかりと恩を返してくれた、と報告する義務のある事だった。


「なるほど。伝えられる通り、高潔な御方だ。私も見習わせて頂きます」

「そんな完璧な騎士ではありませんよ、私は」


 受けた恩義はどんな小さな物でも忘れず、掛けた恩義はどれほどだろうと気にしない。そんなランスロットの高潔な在り方に、トマスが感銘を受ける。騎士の姿とはこうあるべき、と思ったのだ。

 まあ、そんなランスロットの方は過分な評価だ、と苦笑気味に謙遜を重ねるだけだが。それでも過日はそんな称賛に対して辛そうで悲しそうにしていたので、苦笑気味にでも称賛を称賛として受け入れられる分、彼も変わった、という事だろう。


「ご謙遜を・・・そんな御方に刃を向けねばならぬのは心苦しいですが・・・これも、教皇猊下のご命令。致し方がありません」

「構いません。お互いに主あっての騎士。矜持や想いがどうあれど、刃を交えねばならぬ時もある」

「ありがとうございます・・・では、名乗られた以上、こちらも名乗りを返させて頂きます・・・聖ヨハネ騎士団が騎士・トマス! イオフィエルが使徒として、押してまいります!」

「お相手仕りましょう!」


 お互い同時に剣を抜き放つと、ランスロットとトマスが同時に戦闘を開始する。ちなみに、イオフィエルとは『智天使(ケルビム)』と呼ばれる上から二番目の位階に居る天使の一人、だ。メタトロンの補佐官の一人でもある。

 ちなみに、聖ヨハネ騎士団の使徒達は全員、『智天使(ケルビム)』か『熾天使(セラフィム)』の位階の天使から使徒化の力を授かっていた。誰から授かったのか、ないしは被りは無いのか、等については時に応じて、という所だ。同じ天使から二人の使徒が出ている時もあれば、全員被らない事もある。

 そうして始まった戦いだが、これは当然といえば当然だが、ランスロットが圧倒的な強さを見せ付ける結果となる。


「つっ!?」


 ずざざっ、と地面を滑り、トマスが顔を顰める。今回、彼は本気で事にあたっていない。そもそもランスロットは尊敬に値する騎士だし、彼はガブリエルの恩義に報いてくれた。それを考えれば、彼の顔を立てる事も必要だろう、とそこまで死力を尽くすわけにはいかなかったのだ。


「いや、さすがはランスロット卿・・・騎士の代名詞である<<円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンド>>の中でも最優と謳われる<<湖の騎士(みずうみのきし)>>と言われるだけはありますね・・・」


 滑る身体を剣でなんとか強引に押し留めたトマスが、称賛を送る。これで、彼は敵に逃げられない様に結界を展開しながらなのだ。素直に、素の状態の自分よりも遥かに上と認められた。


「とは言え、ここで負けられぬのは、こちらも一緒。少々、本気でやらせて頂きます」

「どうぞ、ご随意に」


 呼吸を整えて何らかの準備を始めたトマスに対して、ランスロットは構えを解いてその成り行きを見守る事にする。少々息の上がっているトマスに対して、ランスロットは息一つ切らせていない。まだまだ余裕だった。


「っ!・・・今度は、これでお相手させて頂きます」

「なるほど・・・噂には聞いていましたが、それが使徒化、ですか」


 一瞬トマスが気合を入れると同時に、彼の周囲には幾つもの魔法陣が浮かび上がる。ランスロットの言う通り、使徒化したのだ。

 まあ、彼の場合はかつての使徒ミハエルとは違いもともと金髪だった為、変わったのは彼の身の回りを魔術的な紋様が浮かび上がっている、という程度だろう。


「さて・・・では、参ります」

「つっ!」


 トマスが宣言すると同時に、ランスロットの目の前から消える。転移したわけではなく、超速で移動したのだ。


「危ない危ない・・・危うく、怪我をさせられる所でしたよ」

「さすが、ランスロット卿。これを防ぎ切りますか」


 <<無謬の剣(アロンダイト)>>でトマスの剣戟を防いだランスロットと、防がれて鍔迫り合いに持ち込んだトマスが、近くで会話する。とは言え、今度はどちらの顔にも余裕が浮かんでいた。今のは、単なる挨拶代わりだった。


「ふっ!」

「はっ!」


 鍔迫り合いは、一瞬で終わる。そうして始まるのは、流麗な剣戟の応酬だ。使徒化の力は素晴らしい物で、先ほどまではただただ遊ばれている程度に過ぎなかったトマスが、ランスロットの速度に食い下がる。


「なるほど、これは驚嘆ですね・・・これが、イオフィエル殿の使徒か・・・」

「ありがとうございます」


 一瞬戦いの流れが中座した事を受けて、今度はランスロットがトマスに対して称賛を送る。人の身にて出せる力量としては、間違いなく、世界最高クラスだった。

 使徒化を除けば日本の皇一門の当主達程度だった彼らでも、ランスロットに食い下がれるのだ。確かに、称賛に値した。

 そうして称賛に謝意を示したトマスだが、更に魔力を漲らせる。自らの代名詞とも言える使徒化を使う以上、彼もあまり不甲斐ない戦いは出来ないのだ。


「・・・とは言え・・・これを使っても食い下がれる程度とは・・・私としても、これを使うからにはもう少々しっかりとした功績を残さねばなりません。なので、もう一段だけ、ギアを上げさせて頂きます」

「ぐっ・・・」


 漲ってきた魔力に、思わずランスロットが僅かに、顔を顰める。人間の身としては、とてつもない量ではあった。そうして、トマスの周囲の魔法陣が光り輝いて加速する。


「つっ!?」


 再び、トマスが消える。使徒化しただけでは耐えられたランスロットであったが、いきなり増した力に今度は彼が地面を滑る番、だった。


「つぅぅぅ・・・ふぅ」


 トマスの攻撃を耐え凌いで、ランスロットが僅かに吐息を漏らす。


「なるほど。何か特筆する力を付与されるわけではなく、ただ単に身体能力を底上げする、というわけですか・・・いえ、イオフィエル殿の事を考えれば、おそらく聖術――魔術の事――の強化が本域でしょうね。特筆すべき特殊能力が無い代わりに、厄介な・・・」

「い、一瞬で見抜かれますか・・・」


 こちらの手札を一瞬で見抜いてきたランスロットに、トマスが思わず苦笑する。まさに見事な知性と判断力、そしてそれを以ってもようやく対等に立てるだけの力量にはただただ頭が下がるだけだった。


「ふーむ・・・これ以上本気で戦うのは嫌ですね・・・」

「そう言っていただければ、幸いです」

「ああ、いえ・・・そういうことでは無いのですが・・・」


 ランスロットはどうやら誤解されているらしい様子に、少々照れ臭そうに首を振る。トマスは自分とこれ以上戦うのが嫌、ということを厄介だから、と受け取った様子だが、ランスロットとしては、怪我をする可能性があるから、嫌だったのだ。

 騎士だというのに戦傷を慮るとは何事か、と人は言うだろう。だが、今回ばかりは、ランスロットにも事情がある。彼は傷が癒えたばかりで、ここに来ている。つまり、まだガウェインには殴られていないのだ。そして、この作戦の前に、ランスロットはガウェインと一つの約束を交わしていた。


『無傷で帰って来い。じゃねぇと殴れねぇだろ』

『ふふ・・・分かりました。ランスロット・・・<<湖の騎士(みずうみのきし)>>の名が衰えていない事を、貴方への証として、持ち帰りましょう』


 これが、その約束だ。ガウェインとて戦傷を負ったランスロットを殴るつもりは毛頭ない。万全なればこそ、彼も全てを乗せた本気で殴れるのだ。敵を考えれば致し方がないのかもしれないが、戦場での名誉の負傷を負って、彼に遠慮させるのはごめんだった。


「仕方がありません。本当は本気でやるつもりは無かったのですが・・・こちらも、貴殿の本気にお応え致すことにしましょう」

「っ・・・お受け致しましょう」


 今までは何処か優雅で柔和な雰囲気のあったランスロットの気配が戦士のそれに変わったのを見て、トマスが気合を入れ直す。ランスロットはこの戦いではかすり傷一つ負えない以上、ここまでの敵には切り札を一枚切るしか無かった。そうして、今度はランスロットが、消えた。


「っ!?」


 きぃん、と音が鳴り響く。トマスがランスロットの斬撃を防げたのは、偶然だった。彼はまだ20代半ばと若くはあるが、それでも10年近く戦場に立ってきた。その経験が、彼の本能を動かしたのだ。だが、それでチェックメイトだった。


「ぐふっ・・・見事・・・です・・・」


 脇腹にめり込んだランスロットの一撃を受けて、トマスが膝を屈する。ランスロットは斬撃を防いだ衝撃で固くなった身体を狙い撃つ様に、捻りの効いた一撃をトマスの脇腹に放ったのである。

 しかも彼の斬撃は、トマスの剣を切り裂いていた。ヴィヴィアンが彼の為にと与えた<<無謬の剣(アロンダイト)>>と、聖別という特殊な力を付与されているとはいえ人の身で作られた普通の剣では、<<無謬の剣(アロンダイト)>>の方がはるかに強固で鋭かった。本気で打ち合えば、負けるのは当然だった。この一撃を見ても、今までランスロットが手加減をしていたのは明白だった。


「ありがとうございます。久方ぶりに、戦いらしい戦いを行えました。今度はお互いに全力で再戦致しましょう」


 勝者が敗者に対して情けを掛けるのは敗者に対する無礼。為すべきはお互いの称賛。それを知るランスロットは、崩れ落ちるトマスに手を貸さず、そのまま彼を地面に崩れ落ちさせる。そんな彼の背には、妖精とは少し違う透明な虹色の羽根が浮かんでいた。

 古妖精の守護を得た証、だった。この守護を持つ者は、まるで妖精の様に軽やかに動ける様になるのである。使徒化とはまた少し違ったパワーアップ術、だった。


「ふぅ・・・これで、ガウェイン殿に安心して殴って頂けますね・・・またヴィヴィアン殿にはお世話になると思いますが・・・致し方がないですね」


 結界を解いて、ランスロットが苦笑する。これでもう彼に傷を付けられる敵はこの場には居ない。まあ、敵がゼロになったわけではないのだが。


「さて・・・では、残業を行いましょうか」


 ランスロットは傷付けぬ様に、<<無謬の剣(アロンダイト)>>を鞘に納刀する。当たり前だがこんな結界だ。敵に取り囲まれているのであった。そうして、ランスロットは誰も傷付けぬ様に、素手で戦いを開始するのだった。

 お読み頂きありがとうございました。皆さん、良いお年を。

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