断章 反撃編 第22話 戦闘開始
偶然にもカイトの姿を確認してしまった恋する乙女ことエリナとその父・アレクセイ、更には義兄にあたる御影を残してフィルマ邸を後にしたカイト達だが、裏のバッキンガム宮殿までの道のりは幸いにして、敵は居なかった。
「ここはまだ、見つかっていない様子だな」
「裏のバッキンガム宮殿は表のバッキンガム宮殿と同じぐらいの秘密の出入り口があるからね。全部把握してるのは、トップだけだ。まだ全部見つけきれていないのは仕方がないね」
敵が居ない様子に少しだけ安堵を見せたジャックに対して、フェイが内情を語る。まあ、組織のトップが居座る場所だ。襲撃による崩落や内通者の可能性など様々な事を考えると、秘密の出入り口が一つや二つでは足りないのだろう。そもそも隠し通路にしてもまるで迷路の様に入り組んでいた。
「迷いそうになるな・・・」
「安心しな。私はここで子供の頃から育ってるよ」
「まあ、一度フローラと一緒に迷子になったけどね」
フェイの言葉を聞いて、カイトの肩の上のモルガンが楽しげに耳打ちする。
「へぇー・・・住んでる奴でも迷子になるぐらい広いのか・・・さすがかの有名なバッキンガム宮殿、って所か・・・」
「ぶっ!?」
カイトのつぶやきはどうやら、フェイに聞こえたらしい。後ろから響いてきた声に思わず吹き出す。
「な・・・なななな・・・なんであんたがそれを!?」
「これ」
「い、いや何故モルガン殿までそれを!?」
「先代というか、貴方のお母さんから聞いたから」
焦った様子のフェイに対して、モルガンが暴露する。それを聞いて、フェイが納得して、膝を屈する。
「か、母さま・・・」
「おい、依頼人。コメディやってるわけじゃねえんだ。さっさと立て。時間が掛かれば掛かるほど、敵が防備を固めるぞ」
「うっ・・・そ、そうだね・・・とりあえず、それは置いておこうか・・・こっちだ」
ジャックの言葉に気を取り直したフェイは再び立ち上がると、案内を再開する。そうして、5分ほど歩くと、一つの入り口にたどり着いた。
「ここから出れば、嫌でも敵に気付かれる。用意は良いね?」
フェイが最終確認を一同に行う。この扉を開けると、敵にもこちらの居場所が気付かれる事になる。そうすれば、後は戦いになるだけだ。
そうして、一同が無言で頷いたのを見て、フェイが扉を開くと、それと同時に、警報装置が作動して、アラームを鳴り響かせる。
「来るよ! 表のバッキンガム宮殿への近道はこの通路を越えた先だ!」
アラームの音に負けじと、フェイが声を張り上げる。が、そうして扉が完全に開いて見えた光景に、思わずフェイは目を見開く事になった。
「チェック。降伏を、フェイリス陛下」
「なっ・・・」
どうやら隠し通路を見つけられていないのではなく、ここから来る事を見越して、数の利を活かせる様に出迎える事にしていたようだ。扉が開いた先には、聖ヨハネ騎士団の面々が何時ぞやと同じく純白の鎧姿で待ち構えていた。
「聖ヨハネ騎士団・第二騎士団・使徒トマス。改めて、問いかけます。降伏を、フェイリス陛下」
「つっ・・・」
まさかの出待ちに、フェイが顔を顰める。これは予想外だった。が、予想外だったのは待ち構えていたのが聖ヨハネ騎士団だったことだ。待ち伏せも一応考慮には入れていた。というわけで、一同は切り札を一枚切る事にする。
「ランスロット卿。頼めますか?」
「わかりました・・・頼めますね?」
ランスロットはフェイからの求めを受けて、一同の前に出る。曲がりなりにも<<円卓の騎士>>最強と名高い彼だ。喩え聖ヨハネ騎士団と使徒が相手だろうと、負けるつもりは無かった。そうして、カイトに視線を向けて、何時も通りの眼差しで送る。
「はいはい・・・あ、有給中だからとサボんないでくださいねー」
「わかってますよ。君達こそ、お休みしないでくださいね」
二人は分かる者には分かる会話を行う。そうして、ティナが行動に移る。彼女は出方を伺う敵の様子を前に、杖で地面を叩く。すると、一瞬でランスロットを除いた全員の姿が掻き消えた。
「なっ!? 何処へ行った!?」
「おや・・・今の騎士達は目の前の敵に注目することを知りませんか?」
いきなりの事態に困惑する聖ヨハネ騎士団の騎士達に対して、ランスロットが柔和な笑顔で問いかける。嘲笑は無く、何処か教師としての風格があった。そうして、彼は結界を展開する。これは中の敵を逃がさない為の物だ。
「アルトリウス王が命において、この戦場に推参しました・・・現代の騎士達よ。少々お相手頂きましょう」
敵を全て内側に閉じ込めると、ランスロットは万感の想いと共に、名乗りを上げる。
「アーサー王が栄えある<<円卓の騎士>>が一人、騎士・ランスロット! この戦、お相手仕る!」
往年よりも遥かに高い力が、ランスロットから放出される。もはや名乗れないと諦めていた名前を、彼の教え子が再び名乗れる様にしてくれたのだ。この戦いは、今の自分を誇る為の物であった。
更にはアルトがこの戦いを彼の復帰戦として用意してくれた以上、この戦いは彼にとって完全なる勝利だけが許された結論だった。そうして、本来あるべき立場を取り戻した騎士は、たった一人で世界有数の騎士団に切り込むのだった。
ティナの転移術で消えた一同だが、現れたのはフェイやフローラ等、裏の上層部のみが知っている部屋だった。ここは流石に隠し通路を見つけられても見つける事は出来ないだろう、と万が一待ち伏せを受けた場合には、ここに転移することにしていたのである。
「始まったね」
ヴィヴィアンが懐かしい魔力を肌で感じて、微笑みながらつぶやく。それは自ら育てた子が、ようやくあるべき姿を取り戻した事への喜びを含んでいた。
「・・・ランスロット卿は大丈夫なのか?」
「御身はランスロット卿を疑うと?」
「まあ、一応曲がりなりにも聖ヨハネ騎士団の力量は知ってるからな」
ジャックの言葉を受けたモルドレッドだが、彼女の方に不安は無い。それどころか、哀れだ、としか思えなかった。だが、やはりその実力を知らないフェイは少しの疑念を孕んでいた。
「今の彼は往年の彼をも上回っている。心配する必要はない。フェイ殿。では引き続き案内を」
「・・・ああ・・・プランBへ移行してるから、少々遠回りになる。ついて来な」
モルドレッドの言葉を受けたフェイが、案内を開始する。裏のバッキンガム宮殿には、フィルマの<<白馬の騎士団>>が囚えられている。まずはそれを開放する事がここでの目的だった。その次が、フェイの<<女王陛下の御剣>>だ。
とは言え、騎士団をまるごと囚えておける場所は限られるし、敵も施設をそのまま使う以上、そんな場所をフェイが知らないはずがない。
そうして、一同は行動を開始するが、それも数歩も歩かない内に、敵に見つかる事になって、銃撃戦が始まる。当然といえば当然だが、敵の主力は魔術を満足に使えない軍人だ。銃撃戦になるのは至極普通の事だった。
「ちっ! 弾幕を張れ!」
「さって・・・では、米軍のエリート様のお手並み拝見」
一瞬で物陰に隠れた面々は、ジャックの号令で持って来ていた小銃を構えて応戦を開始する。とは言え、どうやらジャック達はカイトの言葉通り本当にエリート達を連れて来たようだ。見回りの兵団に対して、練度の差を見せ付ける事になる。
「手榴弾はブルー! 貴様に任せる! ついでに囮もやれ!」
「了解! ティナ! フェイへの流れ弾は頼むぞ!」
「良かろう」
ジャックの言葉を受けたカイトが隠れていた通路から身を乗り出す。すると当然だが、敵はカイトに向けて、集中砲火を浴びせるわけなのだが、まあ、結果は当然の事となる。
「・・・は?」
「甘いな」
此方側の銃弾全てを切り落としていくカイトに、敵側が身を乗り出したまま全員呆然となる。そしてそれを狙いすました様に、ジャック達が呆けた順から精密射撃で一撃を加えていく。
命中率はほぼ百発百中。まさにエリート中のエリートと言える力量だった。そうして、彼らが数を減らすと同時に、モルガンがカイトの肩から飛び上がる。
「<<スパーク>>!」
「あぶねっ!」
飛び上がったモルガンは敵陣の後ろに回りこむと、そのまま広範囲に渡って雷撃を展開する。物陰に隠れられるほど冷静な敵でも、流石に背後からの防ぐことの出来ないこれには一撃で昏倒することになる。
「せめてオレは効果範囲から出せよ・・・」
「無事だから良いでしょ?」
「まあ、敵も一掃出来たんだから良いんだけどな」
「おい、行くぞ」
だべっているカイトとモルガンに対して、呼吸を整えたジャックが告げる。こちらの圧勝だった。そうして、こんな戦いを幾度か繰り返して、一同はとりあえず裏のバッキンガム宮殿の庭園に出る。
「さて・・・多分、東西の離宮に<<女王陛下の御剣>>と<<白馬の騎士団>>が囚えられていると思うんだが・・・問題は結界だろうね。私が行けば権限で解除出来るけども・・・まあ、当然、両方行ってる暇は無さそうだね。ということで、ブルー」
「はいはい・・・ということで、切り札召喚」
フェイからの求めを受けて、カイトはかねてからの予定通り、切り札を呼び出す。そうして、カイトの言葉と同時に、一同の横には兜の角が特徴的な純白の騎士鎧を身に纏った一人の男が現れた。
彼こそが、アレクセイの父・アルフレッドだった。文官タイプの息子とは違い、彼は武官タイプだったのである。この場の増援としては最適な人材だった。
ここでのカイト達の方策は、二つの騎士団を同時に開放、だ。であればアレクセイを連れて来られれば、とも思うわけだが、残念ながら彼に戦闘力はさほど存在していない。
聖ヨハネ騎士団が敵に居る以上、連れて来ても足手まといになるだけだ。であれば、引退はしているが騎士である父の方を呼びだそう、ということだったのである。
「ほへ・・・あんた、マジでフレッドかい?」
「はっ・・・準備は整えておりましたが・・・まさか本当に呼び出されるとは・・・謎の銀の少女より、こちらに連れて来て頂きました。陛下。ご無事で何よりでございます。今の今まで陛下の危地にも関わらず、馳せ参ずる事出来ずに申し訳ございません」
驚きを浮かべた主従だが、とりあえずこの場にしっかりと呼び寄せられたのを見て、アルフレッドが挨拶を行う。そうして、そんなアルフレッドに頭を振って、何処まで現状を把握しているか問いかけた。
「いや、良い。現状は分かっているね?」
「はっ。かしこまっております。我が兵団を開放すれば良いのですね?」
「そういうことだ。頼んだよ・・・モルドレッド卿。フレッドを頼む。ジャック、部隊分けはできてるね?」
「わかりました・・・栄えある<<円卓の騎士>>のモルドレッド卿とご一緒出来るとは・・・光栄の極み」
「こちらこそ、ユニコーンの騎士と共に戦えるとは。共に忠義を果たそう」
アルフレッドの言葉にモルドレッドが頷いて、二人は目指すべき離宮の方を目指して歩き始める。そして同じ頃、ジャックもフェイの指示に従って、部隊を二つに分けていた。
「ブラボーはそのままモルドレッド卿と共に行軍を開始しろ。ケント、頼むぞ」
「イエッサー、少佐。ついて来い! 行くぞ!」
ジャックは部隊の半分を自らの副官に預けると、そのまま彼は半分を率いてモルドレッド達に従って移動を始める。解放が出来れば、後は彼らも陽動に加わる予定だった。次に会うのは、戦闘の終了後だった。
「よし・・・じゃあ、後は私らの番だね。西の離宮を目指すよ」
フェイの言葉を受けて、カイト達も移動を開始する。まあ、道中何度か敵は居たが、そもそもカイト達の敵では無い。というわけで、カイト達もモルドレッド達も簡単に各々の目指す東西の離宮へとたどり着く。
「あー・・・まあ、こうなるよねぇ」
当然、敵は囚えた騎士団の開放を何よりも警戒している。というわけで、その警護にあたっていたのは、敵の精鋭である表の騎士団の面々だった。
「どうする?」
「・・・全部ぶっ飛ばして良いか?」
「やれるならね」
「じゃあ、遠慮無く・・・おぉおおおお!」
フェイの許可を受けたカイトが、咆哮を上げる。それは空間さえもビリビリと振動させる強大な力を持つ咆哮だった。そうして、その場の騎士たちは全員、地面に倒れ伏した。
「ふぅ・・・」
「・・・あ、あははは・・・まさか声だけで、か・・・」
「耳栓しててもうるせぇ・・・」
まさかの結末に、ジャックもフェイも呆れ返る。とは言え、これで此方側は問題なし、だ。そういうわけで、フェイは自らの持つ鍵を使って、西の離宮を解錠する。
「ニコラ! 居るか!」
「ああ、やはりこの音は陛下でしたか・・・」
フェイの声を聞いて、奥から一人の美女が現れる。彼女がフェイの騎士団の騎士団長だった。とは言え、流石に武装解除はされているらしく、武器も防具も身に着けていなかったし、囚えられている影響か少しだけ顔色は悪かった。
「悪いが、一働き頼めるか?」
「御意・・・と言いたいのですが、武器も防具もここには・・・」
当然だが敵の騎士団だ。武器も防具も一緒に、ということはあり得ない。全て東の離宮の武器庫に収納されていた。東の離宮なのは、騎士達の武具を封印出来る様な武器庫はそこにしかないからだ。<<白馬の騎士団>>と一緒になるのが唯一の欠点だが、それでもまだ彼女らと一緒にするよりはマシだった。
「ああ、わかってるよ。それについちゃあ、対策はしてある・・・こいつは使えるね?」
「え? あ、はぁ・・・」
フェイから投げ渡されたのは、銃火器だ。来る途中に見回りの軍人達からぶんどったのである。中身は実弾だが、事ここに至っては、文句は言えない。
「一応、腕とか狙いにしてくれ。あんたらの本来の武装はフレッド達が持って来てくれる。それまでそれで耐えてくれ」
「アルフレッド殿が・・・かしこまりました。それで、陛下は?」
「このままこっちを囮に一気に敵の中枢を攻め落とす」
ニコラの問いかけを受けたフェイが、先ほど一同が居た裏のバッキンガム宮殿を後ろ手に指差す。彼女らを開放したのは、こちらに敵の勢力を釘付けにする為の囮だった。その混乱に乗じて一気に表のバッキンガム宮殿にまで攻め込もう、という事だったのである。
「頼めるね」
「御意・・・体力の余っている者は武器を取れ! 無理な者は結界の準備を手伝え! 籠城戦だ!」
「じゃあ、行くよ」
フェイの言葉を受けて、ニコラが即座に指揮を開始する。それを背後に、フェイ達がその場を後にするのだった。
一方、東の離宮へ向かったモルドレッド達だが、こちらも難なく表の騎士団を片付けていた。こちらにはモルドレッドが居るのだから、当然だ。
「さすがは、栄えある<<円卓の騎士>>・・・お見事な腕前でした」
「かたじけない」
アルフレッドからの称賛に、モルドレッドが感謝を示す。この程度は誇るほどでも無いのだが、称賛を受けた以上、必要だった。
「では、あとは任せられるか?」
「はい・・・フィルマの騎士達よ! 久しぶりだ!」
敵を排除したアルフレッドが、東の離宮の中に入って挨拶と騎士団の取り纏めを開始する。ここらは外様のモルドレッドでは無理なので、モルドレッドは用意が整うまで敵を防ぐ事が役目だった。
「さて・・・ん?」
では戦いに入ろうか、と思ったモルドレッドだが、そこで違和感を感じる。敵の増援がこちらに来ないのだ。と、そんな彼女の前に、一人の騎士が、現れた。
「まさか、こんな事になるとは・・・一体、どうやったのですか?」
「答える言葉は持ち合わせていない・・・それなりの腕と見るが? 現代の騎士は名乗りも無しか?」
「聖ヨハネ騎士団第一騎士団幹部・使徒・カタリナ・・・貴方こそ、高名な騎士とお見受けいたします」
どうやら増援を無駄に送り込んでも邪魔になるだけ、と踏んで、敵は最高戦力を持ち出す事にしたようだ。正しい判断と言える。
と、そうして為された名乗りに、モルドレッドが少しだけ、残念さを滲ませた。名乗られた以上、名乗らなければ騎士の名折れだ。とは言え、これは彼女にとっても千と数百年ぶりの復帰戦だ。できればもう少し、かっこ良く名乗りたかったのである。
「もう少しかっこ良い所で名乗りたかったのだが・・・<<円卓の騎士>>・騎士・モルドレッド・・・と言っても、父の名を頂いただけ、だがな」
「なっ・・・なるほど。そういう・・・こちらは外れでしたか」
まさか<<円卓の騎士>>のモルドレッドが復位していたとは思わず、カタリナが一瞬だけ目を見開く。
とは言え、<<円卓の騎士>>だ。その名乗りだけで全てを把握すると、カタリナは細剣を鞘から抜き放つ。降伏勧告はしない。聞き届けられる相手ではないからだ。
「では・・・栄えある<<円卓の騎士>>のお一人に胸をお借りいたしましょう」
「来い・・・が、申し訳ないな。これは私の初陣でね・・・負けられない戦いだ・・・はぁ!」
「はあ!」
二人は同時に、斬撃を放つ。そうして、ついに戦いは中盤戦へと移行するのであった。
お読み頂きありがとうございました。




