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断章 反撃編 第21話 フィルマ邸

 ロンドンへの潜入を果たしたカイト達だが、その後は第一目標であるフィルマ邸までは、問題なく潜入出来た。が、問題はここから、だった。


「やっぱり、こうなってるか・・・包囲してるのは・・・流石に聖ヨハネ騎士団じゃないか。あそこだと万が一もあり得るからね」


 第一目標であるフィルマ邸を見たフェイが、顔を顰める。一同はなんとかフィルマ邸を見れる場所にまで到達していたのだが、その周囲はやはり、完全に包囲されていた。包囲していたのは、イギリス軍だった。

 表向きはアレクセイに向けて娘を誘拐する、との脅迫が届いた為、英国王が心配して陸軍に支援を要請した、という事にしていた。当然、全部嘘だ。そもそも脅迫状を送ったのは英国諜報部である。まあ、ここにいる軍は何も知らされていないが。


「さて・・・ここからは、場合によっちゃあ、戦闘有りだ。全員、用意は良いね?」

「こっちは何時でも」

「我々も問題はありません」

「行けるな?」

「イエッサー」


 ジャックの問いかけに、傭兵に扮したアメリカ兵達が頷く。彼らは本職は軍人だ。それもジャクソン達アメリカ上層部が威信をかけて見繕った超エリート達と呼んで良かった。こんな状況で何か問題を起こすわけでもミスするわけでも無かった。そうして、一同の応答を見て、フェイが一同にアイデアを募る。


「さて・・・じゃあ、どうするかねぇ・・・何かアイデアあるかい?」

「さっきと同じ手で行きますか?」

「オススメです。どうせこれから先はバレないで、というのはあり得ませんからね」


 フィルマ邸に入った後は、どうやっても戦闘有りきだ。これはもともと決まっていた事だ。裏のバッキンガム宮殿の警報装置も乗っ取られていると見るのが妥当なので、おそらくフェイが秘密の通路に入った時点で敵にバレるだろう事は明白だったからだ。というわけで、ランスロットがカイトの行動を推薦する。


「何をやるんだい?」

「出た時にやったのと同じ事・・・全員、意識を朦朧とさせていいか? どうせ中に入れば手出し出来ないんだろ?」

「まあね。流石にミカゲとアレクが居る邸内に武力介入しちまったらその時点で外交問題だ。外のは何も知らない軍人だろう・・・良いよ。やってくれ」


 全員意識が朦朧とした時点で敵には襲撃に気付かれるだろうが、意識を取り戻した時点でこちらは裏のバッキンガム宮殿に通じる道の中、だ。

 何も知らないが故に万が一を心配して外の軍人達にフィルマ邸に乗り込まれた所で、問題は無い。そうして、フェイの許可を得たカイトは、再び少しだけ圧力を放出する。


「ふっ」

「ぐっ・・・つぅ・・・てめぇ・・・もう少し物考えてやりやがれ・・・」

「一応、気は遣った。だから気絶してねえんだろ」


 カイトからの圧力に顔を顰めたジャックの苦言に対して、カイトが苦笑する。現に気を遣われていないフィルマ邸の周辺に配置された軍人達は、全員が意識を朦朧とさせていて、なんとか立っているのが精一杯だった。


「さて・・・じゃあ、堂々と、行く事にしようか」

「の、前に急いだ方が良いじゃろうな。向こう側から結構な速度で向かってきておる」


 カイトの言葉に、ティナが一同を急かす。流石に先ほどの行動は敵に気付かれる事は明白だったのだ。案の定、西側に配置されていた聖ヨハネ騎士団の騎士達は気付いたらしく、数名の斥候が物凄い速度でこちらに近づいていた様子だった。


「おっと。じゃあ、急ぐよ」


 フェイの号令に、一同が移動を始める。こんな所でもし聖ヨハネ騎士団に出逢えば、その時点から乱戦の開始だ。できるだけ表側に影響もなく事を済ませたい此方側としては、それはまだありがたくなかった。そうして、一同は駆け足に、フィルマ邸の敷地内に入る。


「こっちだ。邸内への秘密の出入り口がある」

「さっすがお貴族様。秘密の出入り口は完備っすか」


 フェイの言葉を聞いて、カイトが楽しげに賞賛の言葉を送る。そうして一同がその秘密の出入り口に入ると同時に、後ろで、カシャン、という音が鳴り響いた。騎士達が到着したのである。


「これは・・・」

「襲撃ですね。クレメンス卿に連絡を。我々は対魔女装備を整える事にしましょう」

「フォード。この場の軍人達の治療を頼む」

「わかりました」


 来た騎士はスーツ姿の三人だった。騎士達は即座に状況を判断してそのうち一人を軍人達の治療の為に残すと、とんぼ返りで自分達の拠点へと戻っていくのだった。




 少しだけ、時は遡る。その日、エリナは外に出る事を禁じられて、学校は休む事になった。というわけで、ヴァイオリンの稽古をそこそこに、大きなお屋敷の中でウロウロしていた。ウロウロしている理由は簡単だ。暇だから、の一言に尽きた。


「暇だなー・・・」


 暇を潰せる方策を探して、エリナは屋敷を歩いて行く。一応表向きは娘の誘拐だなんだと言っているが、それは完全に方便だ。なのでその心配も無い屋敷の中では、エリナは普通に何時も通り一人出歩いていた。


「・・・ヴァイオリンは調整に出しちゃったものね・・・」


 エリナは手持ち無沙汰な現状で出来る事は、と考えたわけだが、何も思い浮かばない。彼女の趣味かつ仕事道具とも言えるヴァイオリンは、少し先のコンクールに合わせて今は専門の人に調整に出していた。

 練習は一応予備でやっているが、やはり使い慣れない物は違和感があるらしく、今日はあまりやる気は無かった。


「ねえ、アンナ。ギルは?」

「ギルバートぼっちゃんはお昼寝中でございます」

「そっか・・・」


 道中で見かけたメイドに問いかけてみたエリナだが、どうやら弟はお昼寝中らしい。年齢を考えればこんな時間に寝ていても不思議は無い。なので、少々残念そうなではあったが、エリナはそれで諦める。


「どうしよう・・・読書でもしようかなぁ・・・」


 フィルマ邸には、様々な書籍が収納された書斎が設置されている。この中には若干親ばかなアレクセイが子供達の為に買い与えた本も収められており、何もすることの無い時には、エリナはここで暇を潰す事にしていた。なので今日もそうしよう、と考えたわけである。

 まあ、幸いにして今日は春うららかな陽気だ。読書には最適だった。そういうわけで、エリナは一人、書斎から適当な本を手にとって、バルコニーに出る事にする。

 バルコニーに出たのは単なる気分だ。何時もは部屋で読書をするのだが、ここまで気持ち良い晴天だったので今日は外に出て読書でもするか、と思ったのである。


「・・・」


 春眠暁を覚えず。お昼ごはんを食べて暫くした頃だったからか、14時を回る頃には、エリナはうとうととし始める。まあ、なんだかんだ言ってもエリナもまだ10歳と少しだ。基本は子供だ。こうなるのも無理は無い。


「うにゅー・・・」


 うとうととしながら、椅子に深くもたれかかる。春うららかな陽気での読書であるが故に、なおさら睡魔には抗えないらしい。

 とは言え、このまま眠ってはダメだ、とは思ったようだ。エリナは持って来ていたベルを鳴らす。もし何か用があれば、と一度ここに来たメイドに渡されたのだ。そうして、ベルの音を聞いて、内線が起動する。


『御用でしょうか、お嬢様?』

「お紅茶をお願い・・・眠くなってきちゃった・・・」

『かしこまりました』


 声を聞けば誰もが分かるぐらいに、エリナの声は眠気を含んでいた。それに、メイドが微笑み混じりに頷いて、即座に用意に取り掛かる。

 そうして紅茶が持ってこられて、更に1時間。夕暮れが近くなった頃、だ。小さくはあるが確かな物音に気付いて、エリナが後ろを振り向いた。


「あら?」


 振り向いた先に居た人物を見て、首を傾げる。父達は仕事の話をしている、と聞いていたし、母は仕事で出掛けている、と聞いていた。なのでメイドなのか、と思ったわけだがそこには、父が義兄である御影と共に居た。


「あれ? お父様? ミカゲおじ様? お仕事のお話はもう良いの?」

「あれ・・・? エリナ。どうしてこんな所に?」


 書斎に居た先客に、アレクセイが目を見開く。どうやらアレクセイの方まではエリナがここに居る事は伝わっていなかったらしい。

 読書をしている、と言われていたので、てっきり何時も通りに自室だと思っていたのであった。まさか書斎で読書なぞ滅多にやらない彼女が今日に限って居座っているとは思っていなかったらしい。


「えーっと・・・エリナ。ごめん。これからお父さん達は少しお仕事のお話があるんだ・・・少しだけ、出ておいて貰えるかな?」

「あ、うん」


 とは言え、ここら聞き分けの良い娘だ。ということで、エリナは父と御影の組み合わせと、更に仕事の話がある、と言われると、読んでいた本に栞をはさんで立ち上がった。


「じゃあ、お父様。お仕事頑張ってね」

「うん。ごめんね」


 アレクセイは少し急ぎ足に、エリナを部屋から送り出すと、安堵のため息を漏らした。ここからこの部屋にはフェイというかカイト達が来る事になっていたのである。それも、エリナは知らない隠し通路を使って、だ。見られるのは非常によろしく無かった。


「ほっ・・・まさか今日に限って書斎に居るなんて・・・本当にエリナはフィルマの娘だよ」

「笑っている場合か?」

「ああ、分かっているよ。なんとか、間に合ったね」


 本当にギリギリ、だった。エリナの姿が書斎から消えると同時に、彼らの目の前にあった書棚が動いていく。そうして現れたのは隠し通路、だった。フェイが脱出に使った隠し通路である。

 カイトの圧力に気付いてフェイ達が当初の予定通りこちらに来た事を悟ったアレクセイ達は出迎えを、という事だった。そうして、隠し通路の先から、蒼い髪の男、即ちカイトが現れた。彼が万が一に備えて先陣を切る事にしていたのである。


「ゴール、で良いか?」

「来たか。ここまでは予定通り、という事か」

「ああ・・・やあ、アレク。久しぶりだ」

「やあ、ブルー。この間ぶりだね・・・また君には借りを作ってしまったらしい・・・陛下はご無事ですか?」

「ああ、無事だよ。なんとか、なったらしいね」


 アレクセイの言葉を聞いて、カイトの更に後ろからフェイが顔を出す。そうして、殿を務めていたティナとランスロットが顔を出すと、アレクセイは書棚の秘密のスイッチを操作して、隠し通路を元通りに隠蔽する。そうして、ごごご、と音を立てて移動していく書棚に、カイトが少し興奮を滲ませる。


「すっげ・・・何処かみたいなにわかじゃなくて、マジで貴族のお屋敷だ・・・」

「よ、喜んでもらえてなにより・・・陛下。父とは連絡が取れました。そちらからの命あれば、協力する、と」

「ああ、すまないね。それで、フレッドは?」


 アレクセイからの報告を受けたフェイが、カイトに問いかける。


「ん? まだウェールズに居るだろ。別に5秒あればどうにでもなる、つってたからな。で、何処で呼び出すのさ? もう少し先か?」

「ほ、本当に大丈夫なんだろうねぇ・・・まあ、裏のバッキンガム宮殿で、だ。そこで頼むよ」


 カイトの言葉に不安を抱いたフェイだが、もう既に動き始めている。不安は飲み込んで、カイトに改めて何処で呼び出してもらうか、というのを依頼する。


「わかった。じゃあ、タイミングは預けた。こっちはそれに合わせて呼び出す」

「ああ・・・それで、アレク。次の通路を頼むよ」

「わかりました」


 フェイの言葉を受けて、アレクセイが裏のバッキンガム宮殿に通じる道への隠し通路を開く。この書斎は実は裏のバッキンガム宮殿と外の2つの場所へ繋がる隠し通路が存在しているのだった。

 そうして、カイトが書斎を出る直前、今度は最後尾を務める事になっていた彼が書斎の出入り口に向けて、指で挨拶する。

 その次の瞬間。カイトの蒼い瞳と、綺麗な碧色の瞳の視線が一瞬だけ、交差する。カイトはふと自分を見つめる視線に気付いた、というわけだ。


「?」

「アレク。お嬢ちゃんかメイドさんかはしらねえけど・・・覗かれてんぞ。対処任せた」

「え?」


 アレクセイが驚いた顔で入り口を確認すると、扉は少しだけ開いていて、そこからは金色の綺麗な髪がと綺麗な碧色の瞳が姿を覗かせていた。大きさは少女ぐらいだ。流石にのぞき見なのではっきりと姿は見えていないが、それでもアレクセイならば、エリナだと分かるレベルだった。


「シー・ユー・アゲイン、綺麗な瞳のお嬢ちゃん?」


 カイトは最後に少しイタズラっぽい笑みと共に、キザっぽい言葉を残して隠し通路に消える。綺麗な瞳だったので、興が乗ったらしい。と、それと同時に、呆けていたエリナが大慌てに書斎に入ってきた。


「お、お父様・・・今の・・・」

「エ、エリナ・・・何時からそこに?」


 まさか覗かれているとは思ってもいなくて、先ほどまでの真剣さは嘘だったのかとばかりにアレクセイがあたふたと慌てふためく。

 実はエリナは立ち去る直前に後ろからのゴゴゴゴゴ、という小さな異音に気付いて、思わず振り向いてしまったのであった。扉がきちんと閉まりきっていなかったらしい。

 そうしてそこで偶然にもカイトの姿を見つけてしまって、ただ身体が思うがままに覗きというあまり褒められた物ではない行為に及んだ、ということだった。


「えーっと・・・あ、そうじゃなくて! 今の背が高くてカッコいい男の人は!?」

「・・・は?」


 アレクセイの問いかけに少し褒められた行為ではない事を思い出したエリナであるが、そこはフィルマの娘だ。恋に盲目な乙女は近くまで来ていたお相手の事を逆に問いかける。

 とは言え、そうして娘から出た言葉に、アレクセイも横の御影もおもわず顔を見合わせた。彼らには蒼眼蒼髪という事は見えていたが、それ以外は見えなかった。つまり、エリナは具体的なカイトの姿がはっきりと見えていたのである。


「み、見えていたのかい?」

「え? カッコいい蒼い男の人?」

「あ、ああ・・・エリナちゃん。それは本当か? どんな服装だった?」

「え、うん。奇妙な柄の白い革製のコートとシルバーとかで装飾された黒いインナーとズボンを着た、でしょ?」

「なっ・・・」


 自分達の方が近くで見ていただろうに奇妙な事を聞くのだな、と訝しみながらも答えたエリナに、アレクセイも御影も大いに驚く。

 かっこいいだの云々は彼女の主観と大体の雰囲気はわかっていたので彼らは無視したが、二人には服の詳細は殆ど見えていなかった。白いコートと黒い服を着ている、というだけだ。であれば、エリナの言葉はカイトの隠蔽が効いていない証に他ならなかった。


「ど、どうなっているんだ・・・?」

「子供には効かない、等ということは無いだろうが・・・」

「ねぇ、お父様! ミカゲおじ様! さっきの男の人は誰なの!?」


 困惑を表に出して顔を見合わせるアレクセイと御影を置き去りに、書斎にはエリナの大声が響き渡る。まあ、これは仕方がない。エリナは実はカイトの隠蔽が効かないのは、理由があった。

 彼女がカイトと初めて出会ったのは、あの夏の日だ。あの時点では、カイトはエリナがアレクセイの娘だとは知らない。化物に拐われて不安になるだろう女の子に対してあからさまな違和感を覚えさせるのも、と隠蔽を解いた状態で話していたのだ。

 更にはあの当時は自分が世界の軛になり、ここまで有名になるとも思っていなかったことも災いした。此ればかりは彼とて全知全能では無いのだから、仕方がない。

 そしてカイトの隠蔽は、彼の正体を知る者には効果が無い。正体がわかっている者にまで効いてしまうと今度はそれを逆手に偽る事が出来てしまって非常に厄介なので、致し方がなかったのだ。つまり、偶然にもエリナには始めから効いていなかったのであった。


「ねえ、お父様! さっきのは誰!? お父様のお知り合いなんでしょ!?」

「え、いや、その・・・ミ、ミカゲ・・・どうすれば良いのかな?」

「知らん」

「お願いだから一緒に考えてくれ・・・」

「お父様!」


 隠し通路に興味を持ってもらえなくて幸いではあるが、今度はカイトに一直線なエリナに、アレクセイはおろおろと狼狽える。流石にこの隠蔽に関しては考えていなかったのだ。

 そうして、殺伐としたロンドンの中で父親の困惑する様子と、そんな父親を問い詰める娘の様子が、暫くの間見られる事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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