断章 第8話 魅衣・由利編 全ての始まり
「おい、ダ王!さっさと急ぐぞ!」
「うむ!・・・って、ダ王では無いわ、バカイト!」
魅衣が上機嫌に、由利が不機嫌に一日を終えた翌日。ギリギリ人間に可能な速度でカイトとティナは学校への通学路を駆け抜けていた。
魔術の使用は解禁されているのでいっそ学校前まで空間転移でもしようかと考えた二人だが、こんな事で自らの秘密を露呈する様な事はしたくなかったので取りやめた。結果、今の様に大慌てで通学路を大爆走しているのである。
「ったく!いい加減に加減は覚えろ!」
「お主もノリノリで撃ち返してきたじゃろうが!」
二人はお互いに責任をなすりつけ合うが、原因は両方にある。二人共何時もの日課の朝一の模擬戦を行っていたのだが、ティナは新技を開発した結果、今日は何時もより少しだけ気分が乗り、何時もより熱くなってしまったのだ。
で、カイトの方もカイトの方で地球の技術を参考に再調整された武具―双銃等の銃火器がモチーフの魔銃―の調子を確かめていた結果、此方も上機嫌で撃ち合いが始まったのである。その結果が、今の遅刻スレスレでの登校、という事であった。如何に超級の戦士である二人といえど、やってしまった事を無かった事には出来ないのである。
「予鈴まで後5分!」
「余裕じゃな!」
二人は息も切らさず数キロの道のりをものの数分で駆け抜ける。そうして、学校前まで来た所で、足を止めた。何時もは遅刻した生徒のために本鈴が鳴った後でも開けられている校門が、今日に限って閉じられていたのである。
「ちぃ!なんでこんな時に!」
「カイト!人目は無い!一気に跳ぶぞ!」
「おう!」
二人は校門前で一瞬足を止めたが、人目が無い事を確認すると数メートルもある校門を助走も無く一気に跳び越える。助走があっても高さ数メートルの校門を補助も無しに飛び越えるのはさすがに人外の運動神経なので、人目を憚ったのである。
そうして、二人はなんとか靴箱で靴を履き替え、大慌てで2階の教室へと走る。見れば、教師の何人かも少しだけ急ぎ足で教室へと向かっていた。
「セーフ!」
「良し!全て問題無しじゃ!」
そうして、ガラガラ、と大きな音を立てて教室へと入った二人だったが、そこで少々有り難くない光景を目の当たりにすることになった。
時は少しだけ、遡る。それが起きたのは、由利が登校してきた時だ。
「本当に、申し訳ありません・・・可能でしょうか?」
「はぁ・・・まあ、一度掛けあってはみますが・・・」
「よろしくお願いします。」
職員室に併設された応接室にて、二人の大人が話し合っていた。片方は、カイト達の担任の最上だ。そして、もう一方は朝一で出勤前に由利を学校に送り届けた由利の父親である。では、送り届けられた由利はというと、流れで付き合わされて眠そうな風海によって教室に送り届けられていた。
「お父さんも大変ですね。」
「いえ、此方こそご迷惑をお掛け致しました。」
「いえ、慣れてますから。」
最上が予想以上に若い教師だと知った由利の父親は、かなり申し訳無さそうに頭を下げた。そうして、生徒の親に頭を下げられた最上は大慌てで彼の頭を上げさせて、少しだけ苦笑して告げる。この時、何故最上が苦笑して慣れている、と言ったのはかは由利の父親には理解できなかったが、直ぐに理解することになる。だが、今はただただ申し訳ない顔をするだけだ。
当たり前だが、生徒が補導されれば所属する学校にも連絡が行く。その為、朝一で最上にも由利が補導された事は連絡が入っており、彼が頭を痛めていた所、由利の父親が挨拶に来たのである。
「まあ、一応は校門を閉める事は出来ると思いますけど・・・」
「ご無理を言っていることは理解しておりますので、出来れば、という程度で構いません。」
少しだけ考えこむ様に、最上が由利の父親の言葉に対する考えを告げる。由利の父親は最上に、非行を防止する目的で、早退しないように何時もは開かれている校門を閉じて欲しい、と依頼したのであった。
カイト達が登校した時に門が閉じられていたのはその為だ。そして、最上が校長に掛け合うと席を立ち、由利の父親は帰って来ない風海を迎えに教室へと向かう。
「おう、風海。朝から悪いな・・・どうした?」
「あ、小鳥遊さん・・・えっと・・・」
固まった風海に問い掛けた由利の父親だが、返って来た答えは歯切れが悪かった。その様子を訝しんだ由利の父親若干嫌な予感と共に、教室を覗きこんだ。すると、そこでは案の定、自分の娘がクラスの生徒と険悪な状況だった。が、その揉めている相手に気付いて、由利の父親も固まる。
「なっ・・・」
このクラスの編成を考えた教師は馬鹿だろう、由利の父親は警察関係者だからこそ、周囲への影響を考えて深くそう思った。風海も同じことを思ったが故に割って入るタイミングを失って、歯切れが悪かったのである。
そこに居たのは、市内でも有名な部類に入る不良達であった。天神市やその周辺市の警察関係者ならば、各人の特殊な家とその危険性から、当然の様に噂ぐらいでは聞いたことがあるぐらいだ。
これがまだ、仲の良い三人であるならばまだ良い。だが、この三人は誰もが知るように仲が悪い。普通ならば、この三人は一緒にしない。それは誰が考えてもわかることだったのに、一緒のクラスに入れた教師達の考えが二人には一切理解出来なかった。
「なんでまた一緒なわけ?」
「あ?俺は最近普通に学校来てるし。」
「あんたに関係無いでしょ。」
三人の不機嫌な声が、静まり返った教室に響く。ソラは真面目に学校指定の参考書を読んでいたのだが、そこに由利が入ってきたのだ。ソラが丸くなったお陰で、そこではまだ、若干気まずい程度で済んでいた。
だが、更に悪い事に、そこに昨夜の気まぐれのまま三島を倒した生徒を探しに学校に来たのが魅衣だ。ここで、一気に火種が爆発した。不機嫌さマックスの状態の由利が、常日頃から険悪な仲で、因縁深い上機嫌な魅衣を見れば喧嘩も起きるだろう。そして、その喧嘩は席替えによって二人の席の近くに移動したソラに飛び火したのである。
「おい、さっさと天音呼んでこいよ。」
「アイツまだ来てねえよ!」
「ちょ!何やってんだよ!」
ヒソヒソ声で生徒たちが話し合うが、その様子は慣れた物に近かった。ソラが来て一ヶ月ほど。学校に来始めた当初はまだ喧嘩っ早かったソラだが、それらは全てカイトによって制止されていた。その為、既にカイトが抑え役となれる事が誰でも嫌でも理解されており、教師を呼ぶよりカイトを呼ぶほうが早いし確実であると思われていた。その結果、そんな事を知らない風海や由利の父親のほうが落ち着きが無かったぐらいだ。
「おい、喧嘩をやめなさい。由利も、やめなさい。」
「あ、ちょっと、小鳥遊さん・・・はぁ。」
が、そんな生徒達の考えを他所に、由利の父親は警察云々を別にして、父親として止める義務を感じて割って入る。それにつられて、風海も教室へと入ってきた。が、これが更に火に油を注ぐ結果になってしまった。
「ちっ・・・」
「あ?・・・あぁ?なんでサツがこんなとこにいんだよ。」
「はぁ?」
由利は割って入ってきた父親から忌々しげに目を背けるが、彼が誰かを知らないソラと魅衣はそうはいかない。いきなり割って入ってきた見知らぬ男達を二人は睨みつける。
そうして睨みつけて、どうやらソラは由利の父親のスーツの襟に付いたバッジに見覚えを感じて、彼が警察だと気付くと、当然だが来意を問う。そして、ソラから発せられた単語に、魅衣が顔をしかめた。
「何?ポリがこんな所に何の用?と言うか、ほんとにポリ?」
「バッジ見ろよ。つーか、あんた一課だろ?何の用だよ。」
「一課?」
「刑事部捜査一課。天神市に特例で配置されてんのは知ってんだろ。」
自動車警ら隊だと聞かされていた由利の訝しんだ様子に、ソラが少しだけ得意げに語る。その説明は魅衣や由利には初耳だったのだが、ソラは気づかなかった。これは彼がまだ人懐っこかった頃、父親の関係で時折警察の人々とも付き合いがあり、その折りに自慢げな多摩川署長の前任の署長に教えてもらったのだった。
普通、由利の父親が所属する『刑事部捜査一課』等の『刑事部』は各都道府県の警視庁や警察本部にしか設置されない。各都道府県に設置されている警察署にあるのは、『刑事課』だ。それは2020年代になり、様々な行政機関のシステムが変わっても、変わっていない。
それ故、刑事部所属の捜査一課なども本来は警察署には設置されない。あるのは、刑事課の『刑事第一課』等になる。では、何故天神市にはこの『刑事部』があるのか。これには天神市の再開発に伴う特殊な事情があった。
天神市とその周辺市には、再開発や天道財閥関連の様々な利権が渦巻く混沌となっている。下手をすれば、省庁の周辺よりも利権や暗闘が渦巻いているだろう。その為、特例として、警視庁と同等の部署を持つ警察署が置かれたのである。天神市が治安が良いのは彼らの権限の高さによる行動力の高さと、その努力の賜物である。
そうして、尚も少し自慢げなソラの解説が続く。
「で、そのサツのおっさんが胸につけてるバッジが一課の証ってわけだ。天神署の捜査一課は特例で、普通の一課の赤バッジに対して青バッジだな。特例ってことで違いを出してるらしい。まあ、でもバッジしてるのは一課だけだ。そっちのひょろい奴もおんなじのしてるとこみると、なんか事件か?」
「何?お父さん、嘘吐いてたわけ?」
「いや、まあ・・・」
勢い良く出て行ったは良いが、さすがに由利の父親もこの展開は予想していなかった。まさか説教しに行って逆に責められる展開になるとは思いもよらないだろう。その為、彼はここ当分で久々に状況を持て余して、困惑した表情を浮かべる。元々娘が不法にバイクを乗り回しているのを聞いて、それを諌めるためについ警ら隊だと嘯いたのだが、それがそのままズルズルと後を引いてしまったのだ。
それに、実は青バッジの事や天神署が特殊である事を知っている一般人は少ない。今まではそれ故に露呈しなかったし、この場の誰も把握していなかった。それがまさか不良として悪名高いソラが知っているとは全くの想定外だったのである。
「あ?お父さん?」
「何?あんたの父親なわけ?なんでいんの?」
だが、この由利の一言は図らずも険悪なムードを和ませる結果をもたらした。何故警察がこんなところに、という疑問が、何故由利の父親がこんなところに、という疑問に差し替わったため、警察云々という三人にとって忌まわしい話題が一旦脇にどけられたのだ。
「一課ってあの、あれだよな?殺人とか扱うエリート中のエリートってあれ・・・」
「そんなのどうでもいいし。それより、何?嘘吐いてたの?」
「いや、まあ、うん・・・そんなの、って言われると少しつらいが・・・」
クラスの誰かの呟きを由利は容赦なく一刀両断に切って捨て、父親に問い詰める。どこか責めるような視線に、由利の父親は先ほどのエリートと言う言葉に少しだけ照れた様子だったが、娘の素気ない様子に若干傷ついた様子で頷いた。
「で、まあ、それは良い。なんでその一課のおっさんがここに居んだよ。」
「あー・・・」
これに、由利の父親が若干言い澱む。まさか不良娘を送ってきました、なんぞ子供達の前で公言するわけにもいかず、どう答えるべきか逡巡してしまったのだ。と、そこでガラガラ、と大きな音を立てて、教室の扉が開いた。
「セーフ!」
「良し!問題無しじゃ!」
入ってきたのはカイトとティナである。が、彼らは教室の中を見て、あんぐりと口を開ける。
「・・・何があった?」
「さぁのう・・・」
入ってきてまず見たのは、武道を嗜む者独特の気配を漂わせる見知らぬスーツ姿の男二人だ。少なくない秘密を抱え、更には最近になって異族の存在を確証した二人の顔には警戒感が滲み出ており、一挙手一投足を見逃さない様に注視しているのは仕方がないだろう。
それに驚いたのは、警察として武道を嗜む二人だ。当たり前だが、戦士として長年戦い抜いた二人の動作には隙が無く、それは明らかにこの年齢の少年少女が為す動作としては異常な程であったし、身に纏う雰囲気も明らかに異なっていた。そんな異常な二人に由利の父親達も若干の警戒を示すが、さすがに大人として子供に威圧的に出るわけにもいかず、由利の父親が若干の警戒を含みながら先に名乗る。
「私は小鳥遊 由利の父親で小鳥遊 幸人。こっちの彼は私の同僚だが・・・君たちは?」
「小鳥遊?」
「ん?ああ、そっちの髪染めてる奴だ・・・っと、私は天音 カイトです。私も彼女もこのクラスの生徒で、彼女はユスティーナ・ミストルティン。私が受け入れ先をやっている留学生で、最近編入してきたばかりです。娘さんをご存知無いのは、ご理解下さい。」
カイトは相手がクラスメイトの父親であると知ると、警戒を解いた。小鳥遊と言われても理解できなかったティナに対してカイトが由利を目で示して、更にカイト自身も名乗る。と、そこでチャイムが鳴り響く。当たり前だ、カイト達が来た時点で予鈴ギリギリだったのだ。
ちなみに、ティナが由利を知らないのは仕方がない。さすがのティナも一度しか見たことがなく、その当時はどうでも良かった生徒を知っている筈は無いのである。
「そうか・・・とは言え、授業開始ギリギリ入ってくるのは感心しないな。」
「それは・・・まあ、スマヌと思っておる。余もまだ日本に来て日が浅くてのう。興味がある物に目を奪われておったら、少々時間がかかってしもうた。」
「そうか。まあ、君達は学生だが、もう少し早めの行動を心掛ける様に。」
「うむ。肝に銘じよう。」
留学生で日が浅いとなれば、確かにそういうことも有り得るかも知れない。幸人はそう考え、軽く注意するに留めた。風海が時計を密かに示し、更には予鈴が鳴った事もあり、ティナが素直に受け入れたのを見て、幸人は小さく頷いて、背を向ける。
「あ、先生。先ほどは有難う御座いました。」
「あ、いえ。先ほどの件はなんとかなりましたので、帰る際は裏門からお願いします。あちらは遅刻した生徒を待つ先生が門を開けてくれますので。」
「そうですか。有難う御座いました。」
そうして、出しなに最上とすれ違い、小さく挨拶して、幸人と風海は立ち去るのであった。
「おーい、全員席に座れー。出欠取るぞ。」
「おっと、マズイ。」
幸人との遣り取りの所為でカイトとティナは朝の用意をしそびれ、ソラ達は放置された上にそのまま幸人達が去って行ったので毒気を抜かれる。が、それでなんとか、朝の危機は乗り切る事に成功した2年A組なのであった。
お読み頂きありがとうございました。




