断章 反撃編 第18話 作戦会議 ――表陣営――
カイト達が準備を整えていた頃。当然だが表側の勢力であるイギリス政府側も用意を整えていた。
「現状は?」
「相変わらず、教皇フローレンスの結界は解けず」
「強度は?」
「検査結果は第一結界にも匹敵、です」
イギリス首相・ハワードの問いかけに対して、軍人の男がため息混じりに答える。フェイの脱出は成功した。ではその対とも言える教皇フローラは、というと、残念ながら、脱出には失敗してしまったのである。
身体能力はフェイよりもはるかに下なのだから、致し方がない。だが、当然、為す術もなく捕らえられるはずがない。それを考えて、きちんと手を打っていた。
「ふむ・・・厄介か。陛下。そこの対処は?」
「まあ、ぼちぼち、だよ。ハワード君」
ハワードの問いかけを受けて、表の英国王が首を振る。裏と同じくこちらも、役割分担はしていた。選挙で選ばれる首相が表の外交を司り、歴史を持つ英国王が表の内政を司る。
それ故、やはり多少なりとも魔術は王室が保有している為、フローラの結界の解除を携わっていたのである。が、結果は芳しくないらしい。
「ふーむ・・・にしても美しい。英国最高の美しさを有している・・・こんな事が無ければ、永遠に飾っておきたいぐらいだねぇ・・・」
一同の中心に置かれたとある水晶体の中身を見ながら、英国王が感嘆の声を漏らす。水晶体の中身は、フローラだった。
彼女は祈りを捧げる様な姿勢のまま、水晶体の中に封じ込められていた。封じ込めたのは彼女自身だ。これ以上の抵抗は無駄と悟った彼女が、己で己を封印したのである。虜囚にならない為の最終手段だった。
「それは良いが・・・これを解呪出来なければ、我々には英国の第二結界を展開する術がないですぞ?」
「ふぅむ・・・核兵器をも防御出来る第一結界こそ、鍵のスペアを保有しているが故になんとか掌握出来たは良いが・・・第二結界が無いのは痛いな・・・ふぅむ・・・痛い所だねぇ・・・」
僅かに尊大なため息を吐いて、ハワードの問いかけに熟慮を始める。それに、ハワードが密かにため息を吐いた。
表の英国王の難点があるとすれば、この熟慮し過ぎる性質だ。事を起こす場合はほぼ完璧なのだが、その事を起こすまでが長い。指揮官として慎重である事は良いのだが、少々、完璧を求め過ぎていたのである。
そう言う意味では裏の英国女王であるフェイはカイトの一件を見ても分かるように早急過ぎる時が多いので、ある意味、表と裏で好対照と言えた。まあ、その人柄で軋轢があり、今回の一件に繋がったのだから、考えものではあるだろう。
「ふぅむ・・・聖ヨハネ騎士団はどうしているね?」
「これ以上、彼らに借りを作るおつもりか?」
「それも、困った物だねぇ・・・」
ハワードからの言葉に、英国王が少し困った様にため息を吐いて、再び熟慮に入る。今回、実は少しの取引をして、聖ヨハネ騎士団に来てもらっていた。自前の騎士団だけではどうあがいてもフェイ達には抗いきれないので、切り札として、援軍を要請していたのである。
だが、それでも他国の騎士団にあまり借りを作っておきたくはない。ハワードの提言は表の外交を考えての言葉だった。
「とは言え・・・彼女をなんとか確保しないことには、第二結界を掌握出来ないのも、事実なんだよねぇ・・・」
第一結界と第二結界。これは魔術においては日本と比較されるイギリスが誇る最大の切り札の一つ、と言える。第一結界は英国王が告げた様に、よほど近距離でも無ければ最新式の核兵器をも防ぎきる。これが特徴だ。
それに対して第二結界にそこまでの強度は無いが、英国全土を守り切る事が出来るほどの超広範囲の物、だったのである。流石に結界の性質として上陸を防げる物でもないし低高度爆撃を防げるわけでもないが、超高高度からの急降下の攻撃であれば、確実に防ぎきれる物だった。
まあ、大雑把に言えば大陸間弾道ミサイル対策である。これがあるのと無いのとでは、戦争に対しての安全度が異なる。是が非でも欲しい所であった。
「ふーむ・・・いっそ道士達に手を借りる、というのも手かもしれないねぇ・・・」
「流石にそれは止めさせて頂きたい」
英国王の言葉に、ハワードが呆れ気味に首を振る。表の政情を考えない話ならそれも取りうる手ではあったが、政情を考えればそれは無理だ。
ただでさえジャクソンには借りを作っている。この期に及んでそんな事をすれば、確実にアメリカの特殊部隊が敵に回る。彼らの位置と立場は喉元に突き付けられたナイフに等しい。そんな事をすれば一瞬でチェック・メイトだ。
「ふぅむ・・・そうかね。それは残念だ」
「ふぅ・・・」
残念そうな英国王になんとか翻意をさせて、ハワードが密かにため息を吐いた。が、彼とて知っている。この残念そうな素振りは完全に演技だ、ということは。
この英国王のもう一つの難点があるとすると、この何処か演技っぽい所だろう。演じているスタンス的な所もあるが、やはりこれはフェイとの相性はよくなかった。幸か不幸か、フェイと当代の英国王は徹底的に正反対の性質で、不孝にも相性は最悪だったのである。
「では、どうするかねぇ・・・」
「はぁ・・・厄介な。少々、甘く見ていたか・・・」
英国王の嘆息に、ハワードも同じく嘆息を吐く。彼らとしても考えと完遂までのプランがあって今回の内紛を起こしたわけであるが、フローラの結界については少々誤算だった。
彼らの予想ではここまで強固な物では無いはず、だったのである。フェイの逃走成功を含めて万が一を想定していたハワード達であるが、これだけは、正真正銘の誤算だった。
「とは言え、彼女が居なければ第二結界が掌握出来ないのもまた、事実・・・何時までもこのまま放置はしておきたくないのだがな・・・」
ハワードが少し忌まわしげにため息を吐いた。現状、実はフェイの騎士団については捕縛したまま、軟禁状態にある。なんとか今後を考えて彼女らを表側に寝返らせようとハワード達も動いているが、流石に数日で上手くいくわけがない。
彼女らを軟禁状態にしているのは幾つかの理由があるが、第一はフローラに対する人質だ。それを有効に使う為にはフローラをなんとか結界の外に出さねばならないのだが、その前段階で躓いていたのである。
「ふぅむ・・・予定では調印式には、フローレンス君を寝返らせる予定、だったのだがねぇ・・・やはり、鍵を手に入れるしか無いのではないかね?」
「・・・鍵、ですか・・・」
英国王からの問いかけに、ハワードがこめかみをほぐしながら、少し考慮する。当たり前だが、フローラとて何の考えもなく自らを封印したわけではない。外からの合図で解除出来る様にはしてある。その合図が、フェイの持つ『鍵』だったのである。
これは魔道具で、当然、逃走に際してフェイが持って逃げていた。あれだけ執拗にハワード達がフェイを追い詰めていたのは、こういう理由だったのである。
一応彼らも自力で解除するつもりだが、楽に出来るならそれに越したことはなかったからだ。だが、ことここに至っては、それが必要な状況だった。
「招き入れるしかない様子だねぇ・・・」
「はぁ・・・戦場はバッキンガム宮殿だけにしてください。外に戦闘音が漏れると株価が下がる。ようやく持ち直したというのに、ここで株価を下げる要因を作ってはシティ・オブ・ロンドンから何を言われるか・・・」
「わかっているとも」
少し頭が痛そうに語ったハワードの言葉を、英国王も苦笑気味に認める。シティ・オブ・ロンドンはイギリスの金融街だ。非常に有り難くない話だが、彼らは多大な影響力を有していた。厄介さで言えば、フェイ達にも比類する。そこからの苦情なぞごめんだった。
とは言え、鍵を入手するには、フェイをこちらに招き入れるしかない。敵を中枢に招き入れるリスクは大きいが、敵の持つ『鍵』を考えればリターンもまた大きい。
これを認めるしか無かったのである。そうして二人が方策を決定した様子を受けて、座して紅茶を嗜んでいたスーツ姿の男が、問いかける。
「決まりましたか?」
「ああ、決まったよ。君たちのお望み通り、という事かもしれないねぇ」
「いえ、そういうわけではありませんよ」
英国王の問いかけにスーツ姿の男が、柔和な顔で首を振る。彼は、援軍の指揮官の一人だった。
「聖ヨハネ騎士団としては、魔女が来るかも、というのは良い話なのではないかね?」
「ふふふ」
英国王の問いかけに、スーツ姿の男は柔和に笑うだけだ。彼こそが、聖ヨハネ騎士団から来た騎士の一人。その中でも最高幹部の一人だった。それ故、この会議に参加していたのである。
彼らに対しての見返りは、『常春の楽園』への侵入の助力だ。滅ぼしそこねた魔女、即ちティナの痕跡を見つけよう、あわよくば討伐を、という事だったのである。
そのために、英国王への援軍という大義名分を得た、というわけだ。流石に彼らも単独では他国の中枢へは潜入出来ない。と言うか普通に外交問題だ。
だが向こうから招かれたのであれば、誰の文句もなく堂々とイギリス入り出来る。後は密かに『常春の楽園』入りすれば良いだけの話だった。
「まあ、とりあえず。お互いにもう暫くは動く事は無いだろうね。しばしの間、ロイヤル・ワラントの紅茶でも飲んでくれたまえ」
「有り難く、頂きます」
英国王の言葉に、騎士がカップを傾けながら笑う。彼らにとって内紛はどうでもよい。ただ単にイギリス入りする方便だ。
「敵に魔女が居る、というのは確かなのでしょうね?」
「ああ、確かだとも。中の密偵が教えてくれた。金色の魔女が魔術師マーリンの協力している、とね」
スーツ姿の騎士の問いかけに、英国王が請け負う。現在、彼らを留めおく事が出来ている理由は、まさにこれだ。ティナがこの戦いにカウンターとして参戦するかも、という報告を受けて、内部に騎士を派遣するよりも、このまま待ち受ける事を選んだのである。
「やれやれ・・・まさか魔女の助力を得るとは・・・なんとも罪深い・・・が、まあ、アルトリウス王の時代を考えれば、魔女との協力も至極当然な物なのでしょうね」
何処か嘆かわしい感を滲ませながら、スーツ姿の騎士が頭を振るう。やはりアーサー王といえば、騎士の代名詞だ。それ故教会の信徒といえども騎士である彼らからすれば、尊敬の対象だった。
そんなアルトの方策は生きた時代等から致し方がないと認められても、やはり彼らからしてみれば、少々物悲しい物があったのである。
「とは言え、我々からすれば認められないのもまた事実。アルトリウス王には少々申し訳ありませんが・・・こちらとしても討滅対象。争わせて頂きましょう」
スーツ姿の騎士が、少し楽しげに告げる。彼らにとって、魔女は何よりも排除しなければならない存在だ。近くにその存在が居るのに見逃しては、教会の威信に関わる。そうして、様々な思惑が行き交いながら、表側の作戦会議は終わるのだった。
騎士が去った後。英国のトップ二人が苦笑しあう。
「彼は政治的には、まだまだですな」
「まあ、若いからねぇ・・・」
ハワードの言葉に、英国王が苦笑する。曲がりなりにも他国の人間が居るのだ。語っている内の幾つかには、嘘があった。が、騎士はそれに気付いた様子は無かった。
「彼らも含めて招き入れさせてあげるけどねぇ・・・どこまで準備が出来ているね?」
「一応、最新鋭の装備を用意させました。陸軍は特に開発中の物を出すつもり、だそうです。この結果如何では、軍には計画の大幅な見直しをさせるつもりです」
「まあ、ブルー君相手だ。そうなるだろうねぇ・・・軍部のお固い頭も、これで柔らかくなるだろうねぇ」
英国王はハワードの言葉に、ため息を吐いた。騎士の前ではさもバッキンガム宮殿の外で止める、様な感じで語っていたが、嘘だった。それどころか、内部まで入り込まれるだろう事を想定していた。
「脱出用の非常エレベーターは?」
「点検は完了しております。私は先に地下へ避難しますが・・・操作に問題は?」
「使うのは初めて、だねぇ・・・ちょっと楽しみだよ。ブルー君の前で失敗しないか、不安で仕方がないねぇ」
紅茶を傾けつつ、英国王は優雅に笑う。カイトに自分の目の前まで入り込まれる。その時点で、負けだろう。と言うか、カイトを敵に回した時点で負けだろう。
騎士達には悪いが、実は彼らはカイトがまだアルトの所に居る、ということを知った時から、負けを悟っていた。では何故戦うのか、というと、勿論きちんと理由はあった。
「さてさて・・・ブルー君。かつてはおこがましくも無敵を名乗る日の沈まぬ国を撃ち落とし、世界の3分の1を手中に収めた英国の恐ろしさ。存分に味わってもらおうじゃないか」
「・・・ふと、思ったのですが・・・まさか宮殿に初手で一撃、なぞとは・・・」
「ふむ・・・まあ、無いんじゃないかな?」
ハワードから出された完全に想定していなかったパターンに、英国王が思わず苦笑する。そうされれば、全部おじゃんだった。
「今の私や君を殺す意味が、彼にわからないはずはない。少なくともモルガン殿なら、わかられるはずだ。なら、止めてくるだろうねぇ・・・うん、止めるだろうねぇ・・・」
苦笑したものの、改めて敵の陣容を思い出して、それはありえないだろう、と英国王が告げる。そうして、彼は一度紅茶で口を湿らせてから、続けた。
「傷一つなく、我々を囚える。敵の目標はそれに尽きる。それどころか、こちらには兵器類を除いては一切の被害は与えないはずだよ。そこの所、フェイ君は優しいからねぇ・・・幼馴染に近い私だからこそ、これは明言しよう」
「貴方から念押しされれば、私としても安心ですな」
英国王からの助言を受けて、ハワードが少し安堵のため息を漏らした。やはり人的被害は重要だった。それが無いのなら、一番の御の字、という所だろう。
これが逆なら有り難くない話になるが、攻略者側がフェイだというのが一番良かった。彼女は敵も守るべき民、と捉えている。なるべく殺そうとはしないのだ。ここもまた、英国王とは逆だった。こういったものの積み重ねが、二人の仲を険悪にしていったのだろう。
そうして、何らかの策略を打っているらしい彼らは、その策が成就するのを待つべく、フェイ達を待ち構える事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




