断章 妖精達編 第15話 妖精の里
先代のマーリンが封じ込められている塔を横目に森に入った一同だが、入って早々に、看板が立てられていた。それを、ジャックが少々警戒しながら読み上げる。
「何だ?・・・自動車はこれ以降侵入禁止?」
「ああ、うん。此処から先は妖精達の自治領だからね。車は入っちゃダメなの。ごめんね、言い忘れてた」
ジャックの言葉に、ヴィヴィアンが思い出した様に告げる。彼女は通常はこことは別の湖に住んでいるので、すっかり忘れていたらしい。
「そうか。なら、徒歩で行くぞ。フェイリス殿も、構わないか?」
「拒めるはずがないね」
ヴィヴィアンの言葉にジョンもフェイも車から降りる。カイトの方は考えなくても理由まで分かっている為、異論も文句も無く降りた。
「あ・・・おい、ジャック。鍵だけはしっかり手に持っとけ」
「あ? なん」
なんでだ、と問おうとしたが、カイトの忠告は少々遅かったらしい。その次の瞬間、車の鍵を持ったジャックの右手から、一瞬で車の鍵が消える。
「あ?」
「っと、あっぶねー」
「ちぇー」
ぽかん、となったジャックの横。一瞬で移動したカイトの右手には、車の鍵を抱えた小さな妖精が鷲掴みにされていた。顔立ちは中性的なので性別は不明だが、短い髪が印象的な妖精だ。と、そんなカイトだが、次の瞬間に、左手が動いた。
「そろー・・・」
「・・・甘い!」
「きゃ!」
「は?」
「はっはっは! こちとら伊達に妖精とつるみまくってるわけじゃねぇよ!」
カイトの高笑いが、森の入り口に響き渡る。カイトの左手には、まあ、当然妖精が二人握られていた。車の鍵を盗んだ妖精は囮で、密かにジョンとジャックのポケットに突っ込まれた獲物を盗み出そうとしていたのである。
「嘘・・・私達の完璧な連携が・・・貴方、何者?」
左手に掴まれた妖精の片方は肩まである長い髪の妖精だ。声からすると、おそらく女の子だろう。もう片方は見るからに女の子だった。と、もう暴れることが無かったので、カイトは三人とも離してやる。と、そんなカイトに対して、ジョンが目を丸くしたまま問いかける。
「いや、すまない・・・何がなんだかわからないんだが・・・」
「だから、気を付けろ、って言ったんだよ。こいつらが片っ端から盗むからな。まあ、森から出る時にゃ返して貰える事が多いけどな」
「私達泥棒じゃないよー。ちょっと遊んでくれたらきちんと返すよ」
「そ、そうか・・・」
カイトの言葉に同意するように、妖精の一人が笑う。悪戯好きな妖精のイメージそのままと言われれば、そのままだろう。
「まあ、厄介なのは一度回避すると・・・見えないと思ってるのか?」
「うきゅ!?」
「ざーんねーん・・・こんな風に他の妖精からも狙われる事になる」
「あ、ああ・・・」
別の妖精をひっ捕まえたカイトは、それを目の前で離してやると、そのまま何事も無かったかの様に説明を再開する。そうして、4人の妖精を捕まえたカイトは、次が来る前に歩き始める事にする。
「さて・・・これ以上来る前に先行くか。で、こっからの案内は頼む」
「うん。じゃあ、ついて来てね」
カイトの求めに応じて、ヴィヴィアンがカイトの右肩から飛び上がる。と、そうして飛び上がると同時に、一同に警告と注意事項を説明する。
「あ・・・そこ、落とし穴あるよ。それと、時々子供の笑い声が聞こえると思うけど、気にしないでね」
「・・・下手な市街地戦よりも気を使いそうだな・・・」
ヴィヴィアンの言葉通りの場所を踏み抜いてみると落とし穴――中には水が貯まっていた――があり、ジョンがため息を吐く。これが敵なら怒りを銃撃に、と出来るわけだが、これはほぼ悪意の無いいたずらだ。厄介な事この上なかった。そうして歩き始めた一同だが、道中は色々な意味で気を使う事になった。
『あははは。見て見て、モルガンが帰って来たよ』
『きゃはは。家出娘が帰って来たね』
『わははは。なんだか混じってるのも居るね』
『うふふふ。どうせまたあの王様の血筋じゃ無い?』
「クスクスクス。そうだよ。クズのオベロンの血だよ」
「いや、まざんなよ」
「えー」
妖精達の笑い声に混ざったモルガンだが、カイトからの注意に楽しげに笑う。何度目かになるが、彼女はこれでも子持ちの未亡人である。が、まあ、そんな慣れた行動が出来るのは、カイト達だけ、だろう。
「あ、ミスター。屈め」
「うぉ!?」
「だから言ったのに・・・」
「あ、野苺だー。カイト、冷やしてー」
「あ、私もこれ、お願い出来る?」
ある時はカイトの注意に対応出来ず、上から降ってきた木の実の山にジョンが埋もれ。
「あ、ジャック。そこジャンプしないと危険だよ」
「っ!? 間に合え!」
「おー。お見事」
ある時はジャックがヴィヴィアンの忠告に間一髪で巨大な落とし穴を回避し。
「きゃあ!?」
「ん?」
「あ、ちょ! こっち見るな!」
「ヴィヴィアン」
「うん」
「うぉ!? 次はなんだ!?」
「な、なんだ!? 真っ暗になったぞ!?」
ある時はいたずら者の妖精にフェイがスカートをめくり上げられてモルガンとヴィヴィアンによってジョンとジャックの目の前が真っ暗にさせられて混乱し。ちなみに、カイトは効かないので二人によって物理的に目を塞がれた。
そんないろいろな意味で混乱を孕んだ旅路は、20分ほど森のなかを歩くと、終わりを迎えた。そうして辿り着いたのは、湖とその横の大きな塔、そして大きめのお屋敷らしい建物を中心とした妖精達の里、だった。
「あーあ。着いちゃった」
「帰りもまたあそぼーねー」
「あはは!」
「きゃっきゃ!」
『妖精の里』に到着すると同時に、カイト達の周囲から妖精達が離れていく。まあ、それだけでは終わらないのが、妖精達なのだが。
「ぐっ!」
「いっ!」
「いたっ!」
ジャックとジョン、フェイの苦悶の声が響く。最後に三人から盗んだ物の返却があったのだが、そのやり方は頭上から降らせる、というやり方だった。まあ、端的に言えば、頭にぶつかったのである。そうして、盗まれた物を回収し始める。
「なるほど・・・こういうことか・・・くくく・・・楽しかったな」
「ちっ・・・こども好きは相変わらずか。あ? どうやってドッグタグなんか盗んだんだよ・・・」
「これと私が同じ種族だ、というのは信じたくないねぇ・・・さて、これで回収終わり。案内の再開頼むよ」
「あはは。その必要はないよ」
全員が盗まれた物の回収を終えたのを見てフェイがヴィヴィアンに案内を再開を依頼すると同時に、妖精達が沢山やって来た。
「わー。外からのお客さん?」
「ねぇねぇ、何処から来たの?」
「君、とっても優しい妖精の匂いがするね。とっても長い間妖精と一緒だった人の匂い。それも、とっても強い絆を結んでる」
「え、あ、え?」
今度は好意的な妖精達に囲まれて、ジャック達三人はどうすべきか困惑する。先ほどのやり取りから、この中にいたずら好きな妖精が紛れ込んでいるのでは無いか、と疑念を抱いたのだ。そんな三人に対して、やはりカイトはなれていた。
「アルトの頼みでね。こちらのお嬢さんの護衛をしてきた。話なら後でしてやるから、とりあえずは通して貰えるか?」
「ホント? じゃあ、こっちだよ。優しいお兄さん」
カイトの言葉に嘘が無い事を把握すると、妖精達がカイト達を案内してくれる事になる。そうして歩き始めたカイトに対して、ジャックが少し警戒しながら問いかける。また騙されているのではないか、と疑っていたのだ。
「大丈夫なのか?」
「あはは。ここまで来れているのなら、大丈夫だ。もしやばかったら逆にこの里まで来れないからな」
「良く知っているな」
「何分、妖精とは付き合いが長くてね」
ジョンの言葉に、カイトが笑いながら答える。カイトはユリィと共に旅をして来たし、その流れで無数の妖精の里に足を運んでいる。妖精達の里は慣れっこだった。と、そんなカイトに対して、少しジャックが疑問に思ったらしい事を問いかける。
「もしやばい奴だったら、どうなるんだ?」
「んー・・・運悪けりゃ落とし穴の下に竹槍が敷き詰められてたり、食人植物の棲家に連れてかれたり、ってのは聞いたな。オレは相棒が妖精だったから、やられた事は無いな。手を組まれて落とし穴の先にあった異空間に放り込まれた事なら何度かあるけど」
「あ、外だとそんな事やってる所もあるんだー。私達の場合だと、出られない様に細工した深い深い落とし穴とかー」
「他にも迷わせるだけ迷わせて餓死させる、とかもあるよねー。そこまで行くのは稀だけど。にしても異空間の落とし穴かー。それ採用してみる?」
「いいね、それ。お菓子一杯の空間とか作ろっか!」
「ぞっとしねぇな・・・」
カイトの言葉にそんなのもあるのか、と感心した様に頷いて自分達の方策を教えてくれた妖精達に、聞かなければ良かった、とジャックは内心で思う。かわいい顔してやっていることがえげつなかった。と、そうして歩くこと数分。湖の側にある西洋風のお屋敷にたどり着いた。
「ここが、オベロン様のお屋敷だよー」
「あ、ねぇねぇ・・・ティタ居る?」
「別居ちゅー」
「ちっ・・・またあのクズが何かやらかしたか・・・」
自らの問いかけへの答えに、モルガンが心底不快そうな顔でつぶやく。どうやら何度かオベロンとその妻ティターニアは別居しているらしい。しかもモルガンの口ぶりが確かなら、その大半の原因はオベロン側にあるようだ。
「じゃあ、ティタは何時も通り、反対側のお屋敷?」
「うん。そっちに居るよ」
「・・・先、ティタの方行こ。と言うかもういっそオベロンは無視で良いよ。ティタも女王だから、別に彼女の許可だけで良いでしょ」
妖精の言葉にモルガンは少し悩んで、先にティターニアの側へ行く事を一同に進言する。が、流石にそうはいかない。それでは何のために王様が居るのかわからない。
「それはダメ。私達も一応『常春の楽園』の妖精だから、表側に関わるなら王様と女王様の許可を貰わないとダメだよ?」
「ちっ・・・」
ヴィヴィアンの言葉に、モルガンが心底嫌そうに舌打ちする。まあ、彼女もダメだろう、と一応わかってはいたらしい。と、そんなモルガンに対して、フェイが苦笑混じりに頭を下げた。
「なんというか・・・申し訳ない」
「良いの良いの。どうせ私も貴方も苦労してるのはあのクズの所為だしね・・・はぁ。とりあえず、ティタの方先行こ。あっちは話通じるから」
「あ、じゃあまた案内するね」
成り行きを見守っていた妖精達が、モルガンの言葉に案内を再開する。こうなってしまってはもう到着しているからオベロンを先に、とは無理なので、仕方なく一同は妖精達に従って、歩き始める。
「あ、こっちがウチ名物マーリンの塔でーす」
『やあ。いつの間にか名物にされちゃってね』
「名物なのか・・・と言うか、お前ら主従は本当にやりたい放題だな・・・」
『君に言われたくはないな。じゃあね』
先代マーリンが封じられた塔に差し掛かった当たりで、先代マーリンが少しだけ顔を出す。本当に彼は封じられているのか、と疑いたくなるぐらいに自由奔放だった。そうして、マーリンが消えた後、モルガンがちょっとした裏話を語ってくれた。
「実はモル育てたのマーリンなのよね。その時結構スパルタだったらしいよ。今アルトの所に顔出さないのって多分・・・」
「やっぱひ孫の為、か・・・意外とスパルタだな」
顔に似合わず意外とビシバシ行くタイプだった先代マーリンに、カイトが意外そうに頷く。まあ、そんな性格だからこそ、あの曲者ぞろいの初代<<円卓の騎士>>と対等であれたのだろう。
そんな話し合いをしている内に、一同は湖を挟んでオベロンの屋敷と反対側にある同程度の大きさのお屋敷に到着した。
「で、こっちがティタ様の別荘でーす。じゃあ、後でお話忘れないでねー」
「サンキュな・・・っと、そうだ。これ、金平糖って日本のお菓子。やるよ」
「わーい! わー!」
「変な形ー!」
カイトから差し出された飴玉――日本で手に入れた昔ながらの無添加の物――を受け取って、妖精達が嬉しそうに笑いながら去っていく。
エネフィアでは妖精達の里に行く際にはお菓子を持って行く事にしていたのだが、どうやら地球でも功を奏したようだ。と、そんなカイトの髪を引っ張る存在が居た。まあ、モルガンだ。
「ん?」
「あーん」
「ほれ」
「あむ・・・この小さい姿の利点って、美味しい物沢山食べれる事だよねー」
カイトから予備の金平糖を突っ込まれてモルガンは嬉しそうにそれを頬張る。と、そこに今度は逆側を叩かれた。まあ、原因は言うまでもなくヴィヴィアンで、理由は金平糖が欲しい、だ。
「ん」
「はぁ・・・」
「美味しいね、これ」
「そりゃどうも・・・あむ」
ヴィヴィアンとモルガンに金平糖を差し出したカイトは、そのまま自分も数粒手にとって口に含む。そんなカイトに対して、フェイが呆れ気味に告げる。
「な、慣れているな、とは思ったが・・・本当にあんた手馴れているねぇ・・・」
「そりゃな。言っただろ? オレは慣れてる、って。が、此処から先は、あんたの仕事だ。オレ達はきちんと護衛の仕事はしたぞ」
「ああ、助かる・・・」
カイトの言葉に応じて、フェイが少しだけ深呼吸する。そうして、ティターニアの屋敷の扉をノックする。
『やっと来たわね。入ってらっしゃい。私の部屋への道はモルガンが知っているでしょう。案内をして頂戴』
「はいはい・・・じゃあ、付いて来て」
どうやらティターニアはどうやってか一同が来る事を知っていたらしい。ノックしてすぐに、返事が帰って来た。そうして、一同はモルガンに従って、屋敷の中を歩いて行く事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




