断章 妖精達編 第14話 援軍要請
カイトとジャックの初会合から、少し。全員が中庭のミーティングスペースに誂えられた椅子に腰掛けると、アルトが口を開く。
「さて・・・で、英国真王よ。改めて問いかけるが・・・これで全員か?」
「そうなるねぇ・・・もう少し兵力が欲しい所だね」
アルトの問いかけに、フェイがため息混じりに告げる。確かに、現状ではカイトとティナを加えた所で、総数は15人前後の寡兵だ。しかもその大半はジャック達多少魔力を使える程度の傭兵と言う名の米兵だ。
それに対して敵はイギリス軍とMI6に加えて、増援に在英米軍の特殊部隊、何故か居る聖ヨハネ騎士団だ。カイトとティナの日本組、ランスロットとモルドレッドのアルト組をこの援軍2つに差し向けたとしても、残りの面子だけで戦いに勝とうというのは馬鹿げている。もう少し欲しい、という意見は真っ当な物だろう。と、そんなフェイに対して、モルガンが挙手した。
「じゃあ、私達も出ようか?」
「は? モルガン殿が、ですか?」
モルガンの申し出に、フェイが首を傾げる。まさか彼女が関わるとは想定していなかったのである。
「うん。だって暇だし。こいつも出るし」
「そうだね。じゃあ、私達も出るよ」
モルガンの申し出に、ヴィヴィアンも同意する。暇は暇だ。と言うより、彼女らは表の仕事は抱えていないらしく、常日頃何もしていない。ここ当分は適当にカイトとじゃれあう日々だ。カイトが行くなら行くか、と思っても不思議は無かった。
とは言え、なんら無条件に、というのは無理だ。流石に彼女らも妖精族である以上、表の人であるフェイに無条件には関われない。
「まあでも、その場合はオベロンに、かな」
「彼、ですか・・・」
「オベロン・・・あの、妖精王オベロンか?」
「そうそれ。カイトを更にクズにした男」
「オレはクズじゃねぇよ!」
モルガンの茶化す様な言葉に、カイトが怒鳴る。カイトも自分はかなりの女誑しだとは思うが、少なくとも全員に誠実ではある。ゲスではあってもクズではないだろう、とは彼の言葉だ。
ちなみに、モルガンはカイトをカイトと呼んだが、魔術でカイトの名前がわかっている者以外にはブルーと聞こえる様になっているらしい。一応気遣いはしてくれていたようだ。
「そっかなぁ・・・まあ、いっか。とりあえず、そいつの許可をもらってくる事。それは絶対条件」
「はぁ・・・ひいお祖父様に、ですか・・・」
「ひいお祖父様?」
ため息混じりにオベロンをひいお祖父様と呼んだフェイに、カイトが首を傾げる。とは言え、それはカイトだけ、だった。どうやらそれなりに有名な話ではあったらしい。というわけで隠しているわけでは無いらしいので、フェイが呆れ気味に口を開く。
「エリザベス女王の処女説については知っているな?」
「ああ」
「まあ、私とフローラが居る時点で嘘っちゃあ嘘なんだが・・・まあ、未婚の女王というのは正解でねぇ・・・で、まあ、まだ即位の見込みが無い頃に一度付き合ってた男が居たわけなんだが・・・それが、オベロン王というわけ。で、こっぴどく痛い目をみちまったらしくてね」
自分の高祖母の失敗談を、フェイが苦笑混じりに告げる。まあ、色々な説話で語られるオベロンだ。彼はかなりの奔放さで有名だ。そこで何かがあったのだろう。下世話な話なのでカイトは深くは聞くつもりも無かった。
「で、その時生まれたのが、私のお祖母様、つまりはまあ、初代の英国真王、というわけさ。表向きはジェームズ一世を世継ぎにしないと、妖精とのハーフとバレちまって教会の支持者である欧州各国からフルボッコ、だからね。まあ、そう言ってもそこは二枚舌三枚舌外交で有名な英国。二枚舌を使わせてもらって、表向きのイギリス国教会関連の歴史と伝統はジェームズ家が。裏向きの異族関連の歴史と伝統は私達エリザベス家が受け継ぐ、という事にしたわけさ」
フェイがイギリスの裏で起きていた歴史を語る。それは歴史には語られる事の無い事だった。
「まあ、それ故向こうは基本的にこっちに敵対的なんだけどね。なにせこっちは本当にエリザベス一世の血筋だ。表に出れば莫大な支持は受けられるからね。DNA鑑定をやれば確証が出るよ。まあ、今回はその敵視が行くとこまでいっちまった、という所さ」
「なんというか・・・むちゃくちゃドロドロしてそうだな」
「ドロドロさ。そりゃね。王宮なんて何処もそうだろう? 特にあんたらなんかハーレム築いてるじゃないか。ハーレムはドロドロが基本だろう?」
賛同を求める様なフェイの視線を受けて、アルトとカイトが顔を見合わせる。この二人は王侯貴族なので王宮とその後宮を知っている。それ故の物だったのだが、二人は儚い顔で遠い目をするだけだ。
「・・・ははっ」
「まあ、お互いに女性同士が揉めなくてよかったな・・・サンドバッグになってる人形は怖いがな」
「そうだよなぁ・・・ん? 何それ?」
「知らない方が良い事もある」
悲しげな顔で、カイトとアルトが語り合う。アルトの所もアルトの復権と王国再建以降は、女性の方が権力が強かったのであった。
「・・・まあ、あんたらの所が特異だ、ってのはわかった。すまん。あんたらに賛同を求めたのが悪かった」
「ハーレムだからと言って、主導権争いが生まれると思うなよ。女三人寄れば姦しい。時には徒党を組んで、男の立場が弱まるだけの事もある」
フェイの言葉に、アルトが苦笑混じりに告げる。これは言うまでもなくギネヴィアを筆頭にした人形フルボッコの事だ。ちなみに、創設者は現ユーウェインの母親、つまりは先代ユーウェインの妻だった。聞けば先代のユーウェインがまた何かやらかした時に、人形をサンドバックにする事を考えついたらしい。
まあ、そんな愚痴混じりの会話はどうでも良いだろう。とりあえず会話を切り上げて、作戦の話に戻る事にする。
「さて・・・で、話戻そうか。まあ、そういうわけだから、妖精族のオベロン王は私の高祖父に当たる、というわけ。助力は求められるだろうね・・・が、はぁ・・・」
「まあ、ティタに話をしに行かないと、という事は確定だろうねー」
ため息を吐いたフェイに対して、モルガンが少しだけ楽しそうに告げる。まあ、揉めるのが目に見えているので、楽しげなのである。
「と言うか、モルガン殿こそ揉めるでしょうに・・・」
「いーのよ。全部の原因はオベロンがクズだから、で片付くし、とりあえずあれしばき回せば片付くから」
「姉上もオベロンが父親でな。ひどく嫌っている・・・まあ、ここらは俺の父ウーサーも言えた義理では無いがな。こういうのも何だが、母上は非常に美しい方だったから、な」
「うわぁ・・・」
ひそひそと小声でアルトから出された情報に、カイトが頬を引き攣らせる。そのオベロンは本当に色々とやりたい放題やっていた様子だ。まあ、その結果は娘に蛇蝎の如く嫌われているのだから、しょうがないだろう。
「あはは・・・まあ、そういう訳なら、私が間を取り持ってあげる。それでどう?」
「お願いします」
ヴィヴィアンの申し出に、フェイが頭を下げる。モルガンが間に入っても揉めるだけなのだから、ヴィヴィアンが間に入るのが妥当だろう。
「では、ヴィヴィと姉上は一度『妖精の泉』に戻る、という事で良いのか?」
「うん。その間の準備はお願いして良い?」
「わかった。オベロン王との交渉は頼む」
「うん。じゃあ、カイト。早速用意しよ」
「へ?」
ぽん、というコミカルな音と主に巨大化したモルガンとヴィヴィアンは、両脇からカイトをひっつかんで引っ張っていく。
「え? なんでオレまで?」
「え? だって相棒でしょ?」
「オレ関係なくね? と言うか勝手に相棒そのままにしないで」
「一蓮托生、だよ。それにフェイに護衛は必要でしょ?」
モルガンの茶化す様な言葉に首を傾げたカイトに、ヴィヴィアンが少し楽しそうに告げる。そうして、カイトは強制的に『妖精の泉』とやらに連行されていくのだった。
「あんたらも来な。既に仕事は始まってるだろ?」
「ああ・・・ジャック。武器は持っているな?」
「ああ」
そんなカイトを見送ったフェイに声を掛けられて、ジョンとジャックが立ち上がる。彼らの仕事はフェイの警護だ。既に仕事は始まっていた。
「じゃあ、アーサー王。私らも行ってくる」
「ああ。こちらはその間に出来る限りの用意を整えておこう」
「感謝する」
そうして三人はそのまま、先に中庭を後にしたカイト達に続いて、旅支度を移動を開始するのだった。
翌日。カイト達は一路『妖精の泉』への往路にあった。と言っても対して特別な旅になるわけではなく、車で飛ばして数時間、という道のりなのだが。
カイト達だけならば車無しでも軽く走って数時間でたどり着ける距離なのだが、フェイ達三人がそうもいかない。少々時間が必要となるが、車を使う必要があった。
「はぁ・・・妖精の里とかむっちゃやだ・・・」
「安心しなよ。人気者になれるよ?」
「その人気者の意味はいたずらされる、という意味で、だろ」
ケタケタと笑いながら、モルガンがカイトの言葉を認める。カイトはこの面子の中で誰よりも、妖精達の事を熟知している。それしか考えられなかった。
「あはは・・・あ、そのまま真っすぐで良いよ」
「ああ・・・おい、大佐。そんな警戒しなくても大丈夫だぞ。ここらで出る魔物はゴブリンがメインだ。そんな警戒すると不審がられる。拳銃でも仕留められる敵だ」
「・・・ああ」
まあ、運転中のジャックに小声で告げられて、助手席のジョンが少し緊張していた事に気付いて、拳銃から手を離す。従軍経験豊富な彼にしてもこんな場所は初めての経験だ。少々警戒をし過ぎていたのである。
そうして、暫く移動していると、10体ほどのゴブリンの集団に遭遇する。別に気にする必要がある敵でもないが、矢で射掛けられれば車体に傷がつく。当たりどころが悪ければガソリンに引火してどかん、だ。
カイト以下フェイまではそれでも大丈夫だが、そうなると流石にジャックもジョンも無事では済まない。というわけで、かねてよりの打ち合わせ通り、ジャックがカイトに告げる。
「・・・ちっ。出やがったな。ブルー」
「ほいさ。ミスター、上開けてくれ」
「ああ」
カイトの求めに応じて、ジョンが車のサンルーフを開ける。そうしてカイトはモルガン、ヴィヴィアンと共に開かれたサンルーフから車の上に登ると、敵影をしっかりと把握する。
「速度は落とさなくていいぞ! そのまま突っ切れ!」
「ああ!」
カイトの言葉に、ジャックが一気にスロットルを押し込む。そんな荒々しい応対にカイトは口角を歪め、刀を構えた。
「さて・・・じゃあ、終わらせるか。<<一房・連>>」
カイトは一息で居合い斬りを連発させて、ゴブリンを全て切って捨てる。ゴブリン程度なら一息で十分だった。そうして、斬り捨てたカイトに代わって、モルガンが顎に手を当てて告げる。
「またつまらぬものを斬ってしまった・・・」
「いや、それオレの台詞じゃね? しかもお前なにもやってねーよな」
「一度言ってみたかったのよねー」
「あはは」
ふざけ合うカイトとモルガンにヴィヴィアンが楽しそうに笑う。この程度は彼らにとって造作も無い事だった。だが、そう言ってもいられないのが、中の面々だ。
「コンマの刹那、かい・・・こりゃ、間近で初めて見たが・・・すさまじいね」
まだ比較的見れていたフェイは、目を丸くして驚く程度、だ。が、それに対してこれを初めて見せられたジョンは唖然となるほか無かった。
「・・・」
「おい・・・おい、クソ親父。呆けんな。あれが、この世界の裏側だ。あの程度なら、アメリカでもあの人なら、やってのけてる。その程度で驚くな」
「あ、ああ・・・」
ジャックからの言葉に、ジョンがようやく気を取り戻す。ジョンも然りだが、独学のジャックから魔力についてを少し教わって、彼ら『スター・ウルブズ』も魔力での身体補強は簡単になら出来る様になっている。
だがそうしてスタート地点に立って、はじめて彼我の差を理解出来るのだ。それ故、ようやく自らが敵として認識している存在のぶっ飛び具合が分かったのであった。
「ほう・・・ジャックはアーカム出身か。なるほど。確かにそれなら魔力を使えてもわかるな」
「ああ。俺はアーカムのメインストリートの端っこの生まれ、だ」
「ああ、それで、ジャックからタバコの臭いが微塵もしないわけね」
「どんな嗅覚してるんだよ・・・」
モルガンの言葉に、ジャックが呆れ返る。そう言うということは即ち、ジョンからはタバコの臭いがしている、という事なのだ。そして事実、ジョンは復帰前までは愛煙家だった。
だった、なので今は喫煙していない。ジャックから異族達に関わるなら禁煙しろ、と忠告されて、禁煙したのである。
「タバコの臭いはキツイよ? 一年ぐらい残っちゃうもん」
「・・・すまないな、お嬢ちゃん」
ヴィヴィアンからも指摘されて、ジョンが少しだけ申し訳無さそうに謝罪する。タバコが妖精やエルフ達空気汚染に敏感な種族には厳禁だ、というのは既に講習を受けて把握していた。そしてモルガンもヴィヴィアンも真実は千を超える年齢だが見た目が見た目なので、心からの謝罪だった。
「ううん。気にしなくていいよ。カイトがなんとかしてくれるから」
「オレ任せね・・・はぁ・・・えっと、ミスター。周囲に対流を生んで少し臭いを遮断するが、構わないか? ミスターも妖精達から無駄に警戒されたくないだろ?」
「悪いな、頼む」
苦笑気味に申し出たカイトに対して、ジョンが少し申し訳無さそうに感謝を示す。内心はここでこんな魔術でも見られれば、という魂胆だった。
「あ、うん。臭いしなくなったよ」
「ミスターも今後も裏に関わるつもりなら、こういう魔術は一つぐらい覚えておくべきだな」
「伝手があればな」
カイトの言葉に、苦笑気味にジョンが笑う。まあ、それ以前に力量が足りていないのだが、そこはそれ、だろう。
「意外といろんな所に潜んでるぞ、伝手は。アーカムにゃ魔術を幾つも記録した魔道書なんて物もあるんだろ?」
「てめぇはどんだけ把握してるんだ・・・」
「こっちにレイバン・シュルズベリィという人物からアポイントがあってね。まあ、会談は調印式の先だが・・・その後に、一度面会をしたい、ということで前もって少しの情報は送ってくれていた」
「あの人か・・・国家機密だってのに・・・まあ、あの人教授の命令だろうし、なら仕方がないか。で、魔道書ならある。が、俺はミスカトニック大学じゃないし、アーミティッジ家でもない。詳しくは知らん」
運転を再開したジャックが、改めてカイトの言葉を認める。
「じゃあ、それどうにか手に入れりゃ、なんとかなるだろ。裏方仕事だ。そのどうにか、は自分で考えろ」
「はいはい・・・」
厄介な事を言ってくれる、と思いながらも、ジャックはギア・チェンジを行う。そうして更に車を走らせること、約2時間。一つの塔が見えてきた。
「・・・なんだ、ありゃ?」
『僕の家だよ。アーサー王物語に語られる賢者マーリンが閉じ込められた場所、だね。あ、自分で賢者とか言うの少し恥ずかしいな』
「ごふっ!」
いきなり響いてきた声にヴィヴィアンを除いた全員が咳き込む。同時に、ジャックが大慌てでブレーキを踏んだ。と、そんな一同を他所に、車の中心に据え付けられてあるドリンクを置く為の場所に、小さな人の映像が現れた。それは先代マーリンの若い頃の立体映像だった。
彼の髪色は茶色に近いマーリンとは違い白に近い金色で、表情にマーリンの様な真面目さは無く、何処かいたずらっぽい柔和な笑みが浮かんでいた。
顔立ちには少し似通った毛色はあるものの、やはり高祖父とひ孫の差なのか、似ている印象は薄い。まあ、それでも比べるのなら、先代マーリンの方が器量としては良いだろう。
『やあ、皆。久しぶりだね。元気だったかい?』
「マーリンこそ元気?」
『シュア。ここは世界の狭間。時の流れは意味がないからね。元気だよ。それに、数年以内に陛下の無茶振りが始まりそうだからね。最近は若い姿に慣れようと頑張ってる所だよ。あ、それと友達が来てくれるから、さほど寂しくもないね』
「あんた、封印されてんのに元気だなー・・・」
ケタケタと笑う先代マーリンに対して、カイトは呆れ返る。彼はこれでも出られない様に封印されているのだ。しかも今の言葉が確かならば、普通は生きていられない様な場所に、だ。ティナ然りルイス然り、<<ミストルティン>>の名は伊達ではないのだろう。
というわけで、色々な所に顔出しをしたり若返る訓練をしていたり、と先代は元気そのものだった。心配しているマーリンは泣いて良いかもしれない。
「で、なんの用事?」
『ああ、うん。ただそれを言いに来ただけだよ』
「・・・あ、そう」
柔和な笑みのまま先代が言い切った言葉に、モルガンでさえ唖然となる。自由奔放を絵に描いたような人物だった。が、まあ、これが目的というのは、どうやら嘘らしい。更にマーリンが続ける。
『シュア。あ、そうだ・・・前は忘れてたんだけど、僕が自由に出れる、ということは今のマーリンには内緒にしておいてね。彼が僕に頼ろうとしかねないからね。彼の才能は認められる物だからね。こんな所で潰してしまうのは勿体無い』
「それが目的か」
『さて、どうだろうね』
カイトの問いかけをはぐらかす様にクスクスと笑いながら、先代が消える。いたずら好きで自由奔放かつ、食わせ者。そんな先代マーリンの歓迎を受けて、一同は『妖精の里』に続く森の中に入っていくのだった。
お読み頂きありがとうございました。




