断章 英国騒乱編 第3話 逃避行
アレクセイが彼の戦いを開始した頃。フェイもまた、自分の戦いを開始していた。
「ちっ・・・やっぱり気付くか。しかもやりにくいったりゃありゃしない」
後ろから響いてきたサイレンの音に、フェイが顔を顰める。現在は顔はフルフェイスヘルメットで隠してライダースジャケットを着込んでいるのだが、それでも、魔力の性質から見極める事が可能だ。
そうしてフィルマから出てきた事を察知して、イギリス政府側が何も知らない警察を動員したのである。フェイ達に質の利があるのなら、彼らには数の利があるのであった。
「とは言え・・・やっぱ警戒はされてるね」
バイクで走るフェイが本物なのか。それがわからず、全力では追撃出来ない。なにせ、もしこれが偽物なら、大失態だからだ。確実にその隙に逃げられる。
普通ならばこういった場合に調査するのがフェイ達なのだが、今回はそのフェイ達が敵だ。調査は完璧では無く、どうしても、まだ残っているのでは、という可能性を排除出来ない。フィルマ邸を手薄には出来なかったのである。
「さて・・・この先の結界を通過出来るかどうかが、問題だね」
今回はこちらに一切何も悟られないままの行動だ。それ故、ロンドンの街に仕掛けてある大規模な結界が使われているかどうかは、不明だ。
この結界は、街の出入りを制限するための物で、ロンドンの区画整備に合わせて、密かに用意した物だ。それ故、かなりの強度を誇り、フェイでは破る事は出来なかった。
一応、結界の展開にはフェイ達の力が無ければ、展開出来ない事になっている。過度に権力を保有し過ぎないために、表と裏で切り札を分散させている結果だ。
だが、これは内紛だ。そのコントロール権限を奪っている可能性はなくはない。そうして、その数瞬後。フェイは結界を通過することに成功する。どうやら、コントロールを奪える所までは至っていなかったらしい。
「良し・・・さて・・・ここからが、本番だ」
結界を抜けて、フェイが気合を入れなおす。今までは街中故に、敵も無茶出来なかった。幾ら魔術で隠蔽を施そうとも、敵の腕前ではそこまで万能では無いのだ。銃弾一発でももし何処かの建物に命中すれば、民草には簡単に異変として勘付かれかねない。
「さて・・・来たね」
パラパラパラというヘリコプターの駆動音が、フェイの耳に聞こ始める。街の中を後にしたことで、これからは普通に攻撃が可能となったのだ。
とは言え、こちらも魔術で隠蔽したおかげで、速度は無制限に上げられる。目指す先はストーン・ヘンジ。最新式に改良されているバイクなら、そう遠くは無かった。そして、すぐに軽機関銃の音が響く。
「ちっ・・・」
別にフェイを生かして捕らえろ、という命令は出ていないのだろう。戦闘ヘリからは容赦なく銃撃が加えられる。とは言え、それに反撃出来るかとなると、そうではない。
「厄介な・・・ヘリを落とすと、何処に落ちるかわかったもんじゃない」
フェイは痛む腕を堪えながら、バイクを蛇行させて銃撃を回避する。流石に大げさには出来ないのでヘリは一機だけだしミサイルやロケット砲は外れた場合のリスクが大きすぎて使ってこないが、ガトリングと搭乗員による銃撃は厄介だ。速度は一気に低下する。
そうして速度が低下した次の瞬間、一気に敵の追手が迫ってきた。それは黒塗りの軍用ジープだ。明らかに民需品では無いそれは、特注品に違いない強度と速度、だった。それで、フェイは敵の正体を看破する。
「ちっ・・・お次はMI5か!」
上のヘリはイギリス軍特殊部隊のSAS。後ろの追手達はかの有名な諜報機関であるMI6の一つであるMI5。しかも何処から持ってきたのか、これら全てに隠蔽のための魔術まで搭載していた。
まさに表の切り札を遠慮無く、切ってきていた様子だった。そして、ジープは速度が低下したこちらに肉薄すると、上が開いて数人の男達が顔を覗かせる。
「はぁ!? 追尾式の<<火球>>!? <<風連刃>>!」
自らを狙って自動で動く火の玉を放った黒いスーツの男達に、フェイが顔を顰める。<<火球>>といえば下級の魔術として最も有名な物の一つだ。その追尾式となっても、大抵の魔術師であれば、普通に出来る程度、だ。そこまでの練度は必要がない。
とは言え、カイトやティナが聞けば大笑いするだろうが、それでも地球では一般兵が使うにはそれなりの練度が必要な物、だった。それをこれだけ用意してくるとなると、どうやら今回の一件はフェイ達の知らない所でかなり昔から準備されていたらしい。
「ちっ! 上からは銃弾の雨! 後ろからは火の玉の雨! いやになるね!」
後ろからの攻撃に幾つもの風の刃で対処しながら、フェイは悪態をつく。後ろからの攻撃には魔刃で対処しなければならないし、上からの攻撃にはバイクを回避させなければならない。
まあ、こんな荒事は女王がやる様な事では無いだろう。そうして、そんな逃避行をすること、約30分。ソールズベリーまで目前というところで、目の前の光景に、フェイが苦笑する。
「あっちゃ・・・やっちまったな・・・」
上と後ろからの攻撃に対処する事に精一杯で、フェイはしでかした失敗に思わず顔を顰める。目の前には、軍の検問が敷かれていたのだ。明らかに、待ち伏せされていた様子だった。
「狩りだったか・・・が、ここで諦める私じゃなくてね!」
軍の検問だが、それで停止する、という手は無い。というわけで、フェイは魔術の準備を整えると同時に、スロットルを捻って、一気に加速する。
「撃ち方用意!」
一気に突っ込んできたフェイに対して、軍の司令官が号令を掛ける。どうやら、もともと全部承知済みらしく、その命令に従って、全員が銃を構える。そうして、それと同時に、上からの攻撃をやめて一気に先回りしたヘリが拡声器で告げる。
『フェイリス・グロリアーナ! ここで止まれば、身の安全は保証する! 今すぐ、停止しろ!』
「ふん・・・聞くと思うかい? と言うか、そんな見え透いた嘘を言われてもねぇ・・・」
拡声器から響いてきた言葉に、フェイが苦笑しつつも、獰猛な笑みを浮かべる。どうやら敵は少しだけ、英国真王を過小評価しているらしい。ならば、教えてやる義務があった。そうして、止まらない事を見たヘリのパイロットが、号令を下した。
『構わん、撃て!』
「あの程度が私の腕だ、なんて思ってもらっちゃあ困るねぇ・・・<<ストーン・ヒル>>!」
号令と同時。しかし銃声が響く前に、フェイがニトロを添加して、同時に、右手を前に突き出す。そして、フェイの行先に、土で出来た坂が出来上がる。
「なっ!?」
まさか即席で坂を創り出すとは思っていなかった軍の兵士達が、絶句する。ここら、魔術についての知識不足が、フェイにとって功を奏した。やはりどれだけ頑張っても、彼女らの伝手も無しに魔術を完璧に教えられるはずが無い。認識不足が、負けを招いた。
そうして、大きく飛び上がったフェイは、そのままヘリと同じ高度にまで達すると、ヘリを攻撃するわけではなく、後ろに向けて、魔術を放つ。
「<<エア・ブースト>>!」
どん、という大音と共に、フェイの身体が弾かれた様に吹き飛んで、更にはヘリコプターが大きく揺れて、一時的に姿勢制御に全ての力を費やす事になる。
しかも、その大音と衝撃により、地上に居た兵士達も思わず、身を屈める事になった。ここらも、魔術に対する対策不足が影響していた。妨害と速度上昇の二重の策だった。
「良し! 真王を舐めてもらっちゃあ困るね!」
魔術で姿勢を制御しながら、フェイが地面に着地する。そしてそのまま一気に加速して、再び距離を離す。幸いにして、先ほどの牽制でヘリは墜落寸前で、兵士達は動きが鈍っている。更には後ろのジープは検問が災いして、一時的に停止する羽目になっていた。
とは言え、やはり戦闘ヘリだ。すぐに復帰すると、猛スピードでフェイを猛追し始める。しかも先ほどの一撃はかなり苛立ったらしく、住宅街も近いというのにガトリングを遠慮無く射出してきた。
「あー、ったく! 後少しだってのに、厄介な事この上ないね!」
もはや命中させる気があるのか、というほど遠慮なく放たれるガトリングを回避しながら、フェイが再び悪態を吐く。この調子だと、ストーン・ヘンジにたどり着くよりも先に、遠からず再び黒塗りのジープに追いつかれるだろう。
「ちっ・・・流石にこりゃ、万事休す、か」
敵は予想以上に大勢で、こちらはたった一人だ。まさに、多勢に無勢。フェイはそれを思い知らされていた。残念ながら、彼女は英雄ではない。ただ一人で無数の敵をなぎ倒す事は、出来なかった。
そうして、諦めかけた一瞬が、いけなかった。その瞬間、戦闘ヘリに乗り込んだ兵士の銃弾が、タイヤを貫いた。バイクは所詮魔術を知らない者達が作った物だ。それ故魔術による防御はなされていないので、簡単に貫かれたのである。
「ちっ!」
フェイの顔に、苦いものが浮かぶ。幸いにして撃ち貫かれたのはタイヤなので、ガソリンに引火して爆発、ということは無かったが、一気にハンドル操作が難しくなり、蛇行運転し始める。
「ちぃ!」
このままでは転倒して万事休す。それを悟ったフェイはバイクから一瞬で離脱して、体捌きと魔術を併用して、強引に態勢を立て直す。が、やはり強引過ぎた。盛大に転げ回る事になる。
「ぐぅ! だが、まだだ!」
強引な着地で、痛めていた腕にまるで焼きごてでもあてられたかの様な激痛が走る。とは言え、それでも曲がりなりにもフェイは一流の戦士でもあるのだ。痛む手で強引に地面を叩いて空中に跳び上がると、羽根をはためかせて、空中で再び姿勢を立て直す。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「万事休す、だ」
空中で姿勢を立て直したフェイは、なんとかボロボロになりながらも、地面に着地する。とは言え、それが限界だった。息を荒げている所に、後ろから追っていた軍の兵士達が銃を突き付ける。まさに、彼らの言う通り、万事休す。
「ちぃ・・・! ここまで、か!」
現状に、ボロボロのフェイが顔を苦々しく顰める。誰がどう見ても、万事休す。後は銃殺されるだけ、だ。そうして、再び命令が下る前に、声が響いた。
「いや、そうでもない様子だ」
「誰だ!」
響いてきた声に、軍の兵士達が誰何する。響いてきた声は男の物だ。そうしてそちらを見れば、そこにはスーツ姿の金髪の若い男が、ふた振りのナイフを構えて立っていた。
「サー・ケイ。英国真王とブリテン王アルトリウス・ペンドラゴンの盟約に従い、介入させてもらうぜ」
「なっ!?」
立っていたのは、ケイだ。まさかこんな所で介入されるとは思っていなかった兵士達は、思わず驚愕を浮かべる。彼はクーデターの報を受けてここらを見まわりしている最中に、この一件に遭遇したのだ。となれば、後は彼の言うように、盟約によって、介入する義務が彼には生じてしまった。
これはフェイにとっては幸運で、兵士達にとっては、不運な事だろう。まあ、フェイをまだ天が見放していなかった、という所だろう。そうして、ケイが問いかける。
「どうする? やるか?」
「っ・・・」
軍の兵士達が、総じて悩みを見せる。ここらも、魔術的な知識不足が痛かった。彼らにはわからないのだ。相手はたった一人。彼らの常識に照らし合わせれば、ナイフしか持たないケイなぞ一瞬で殺せる。だが、魔術という特異な存在を知ればこそ、勝てるかどうかが、わからないのだ。
「・・・構わん! 撃て! ここはアルトリウス王との盟約から離れている! 殺して構わん!」
「そうかい。じゃあ、こっちも遠慮なしで良いな」
どうやら彼らはたった一人が相手ならば勝てる、と踏んだようだ。そんな号令に、ケイがニヒルな笑みだけを残して、消える。超高速で移動したのだ。
「なっ!? いや、撃て!」
「ご無事か? 女王陛下」
「かたじけない、ケイ卿」
次に現れたのは、フェイの横だ。そうして、ケイが双剣を構える。
「はっ! この程度、わけねえな!」
「は・・・?」
獰猛に笑みを見せて無数の銃弾を切り裂いていくケイに、軍の兵士達がおもわず唖然となる。普通ならば熊だろうが象だろうがミンチになるほどの銃弾の雨だが、どれだけ撃てども撃てども、当たらないのだ。
ケイは自らとフェイに当たる可能性のある銃弾を、一発も漏らさず切り裂いていく。軍の兵士達は、まるでアニメや漫画を見ている気分、だった。そうして、兵士達はあまりに呆然となり過ぎたのか、リロードも忘れてしまったらしい。ただただ引き金を引くだけの音が響いた。
「おいおい・・・これで終わりか?」
「っ! ミサイルを撃て! ここら一帯は既に封鎖済みだ! 被害はでん!」
『っ! りょ、了解!』
上でそんなケイ達を見ていたが故に呆然となっていたらしい戦闘ヘリのパイロットだが、指示を受けて気を取り戻して、照準をケイに合わせて、ミサイルを放つ。だが、それが功を為す事は、無かった。
「ご婦人に対してこのような物騒な物を向けるとは・・・感心しませんね」
「ほいっと。ヘリコプターのみじん切りの出来上がり、だ」
ケイとは別の声が、響いた。その声の主がミサイルを切り裂くと同時に、ケイが戦闘ヘリをみじん切りにして、パイロットと兵士達を抱えて着地する。
「ほいっと・・・なんだ、ランス。来たのか」
「ええ、付近を見まわり中に、偶然銃声を聞いた物なので」
ヘリの乗組員達を兵士達に向かって放り投げたケイが、同じくスーツ姿のランスロットに問いかける。彼も周囲を警戒中だったらしい。まあ、国内で揉めているというのに、出入り口を警戒しないわけがないだろう。近づき過ぎた、という事だった。
「さて・・・まだ、やりますか?」
「っ・・・化物どもめ・・・」
<<無謬の剣>>を突き付けられて問われた一言に、指揮官らしい男が顔を顰めて悪態をつく。こんな状況で勝て、と言われても誰でも無理と分かる。ジェームズ派としては口惜しいが、あと一歩という所で、撤退、しかなかった。
「たす・・・かったか・・・」
どうやら、緊張の糸が切れたらしい。撤退していく兵士達を見て、フェイが気を失う。そうして、なんとか、フェイは命からがら、<<円卓の騎士>>に保護されたのだった。
お読み頂きありがとうございました。




