断章 第6話 魅衣・由利編 光の中の影
光が差し込む所には、必ず闇が生まれる。そして差し込む光が濃ければ濃いほどに、闇も濃くなる。それは天神市という2020年代終盤の日本最大の光の近くであっても・・・いや、異族という光の下では暮らせない者達を多数抱える天道のお膝元であるからこそ、その法則からは逃れられなかった。
カイトとソラが戦った大乱闘から数日。天神市周辺の郊外部でも大騒動が起きていた。今まで周辺の不良達を人望と才覚、そして何よりも圧倒的な武力によって取り仕切っていた御子柴達率いる100人もの不良グループがたった二人、それも年下の中学生によって壊滅させられたことで、今の今まで抑えつけられていた不良達が一気に活性化、群雄割拠の時代へと突入したのである。
とは言え、それが関係の無い所もあった。ここは、その一つだった。
「らぁ!」
「いいぞ、新入りー!」
「ひゅー!かっこいー!」
「勝者、ライズアップ・ナッカーノ!新入りの勝利!オッズ3.5倍の大荒れだー!」
「ふんっ!」
ドゴン、という鈍い音が鳴り響き、二人の男の片方が地面に倒れ伏した。それに合わせて、種々様々な男達の野太い声援と、ガラの悪い少女や女性達の歓声が響き渡った。それに、最後まで立っていられた男が格好良くポージングを行う。
そこでは第二の平成の大合併とも言われた日本全土の再開発事業により生まれた、天神市とその大開発に伴って出来た廃ビルに扮した入り口から入れる秘密の地下街を利用した闇の闘技大会が数日に一度行われていた。数日に一度、なのは残りの日数の半分は密かに異族達のために使われ、半分は大会で破壊された会場の修繕に当てられるからだ。
大会のルールは簡単で、武器の使用は無し。ただし年齢毎―当然だが、年齢関係無しの大会もある―に大会は分かれるが、その代わりに対戦相手が男女でも関係がない。
そんなある種、最も少女達には似つかわしくない場所で、魅衣は当時の友人たちと連れ立って一緒に観戦していた。
「さあ、張った張った!オッズはレッド・アースが2.5倍!真田が1.6倍!」
「レッドに5000!」
「真田で1万!」
当然の様に遣り取りされる掛け金が乱れ飛び、勝敗の予想表とこれから先の試合表の紙が配布される。ちなみに、当たり前だがこんな所で本名を使う馬鹿は滅多におらず、参加者全員は偽名が殆どだ。
一見すると普通の苗字に見える『真田』も、本名では無いだろう。なにせ、舞台効果を狙ったであろう彼の赤い鉢巻には六文銭が不格好に貼り付けられていたのだ。明らかに戦国武将の『真田家』をモチーフにしていた。
この場では、男も女も無い。強い者こそが、この場のルールを決める。力を持つ者こそが、この場の絶対正義。たとえ戦いの果てに相手から恥辱を受けようとも、それは弱い者が悪いだけだ。それこそが、ここのルールだった。
運営は観客の篤志と、大会の後に潜む世界中で有数の好事家達によって運営されている。好事家達の地位がよほど高いのか、それとも海外にも影響力があるが故か、かなり歴史があるらしいが一度も警察からガサ入れが為された、とは聞いたことが無い、ある意味、闇の聖域だった。
「お、魅衣じゃん。一発やらねー?」
「はっ、あんたが私に勝てる男ならね。」
と、この場で観覧席とも言えるエリアに座る事を許された者の一人が、魅衣に下品な口ぶりで問い掛ける。が、魅衣は当然のようにすげなく切り捨てた。元々この場の誰にも―それ以前に今まで一度も―体を許したことはない。
魅衣は自分が並外れた美少女であることは十分承知していたし、こんな所に屯する下品な男どもに自分を安売りするつもりは無かった。
「ちっ、いっつもそれじゃねーか。いいじゃん、一発ぐらい。当たらなけりゃどうということはない、って偉い人も言ってるしさー。」
「触らないで。今度触ったら腕、折るから。」
「っ・・・てめぇ。」
「じゃあ、アタシとやんなーい?クスリあるからー、無しでいいよ。」
「お、いいねー。じゃ、向こう行こうぜ。」
魅衣にベタベタと触る男だったが、魅衣が腕を掴んで引き剥がし、睨みつけると直ぐに手を引っ込めた。それに一瞬顔を歪めた男だったが、魅衣の友人の一人が誘惑すると、すぐさま上機嫌になった。
そうして、男と魅衣の友人の一人は、この一帯の中でも最も下品なエリアへと足を運ぶと、直ぐに嬌声が二つ増えた。
「ったく・・・ここの男どもは・・・」
「えー、いいじゃん。魅衣もやろーよ。きっと魅衣もきもちいいよー?」
「一緒にしないで。別に私は自分を安売りするつもりは無いから。」
魅衣は忌々しげに吐き捨てる。魅衣はこの友人を友人とも思っていないし、自分より少し年上のこの少女もそうだろう。ただ単に気が合えばつるむし、気が合わなければつるまない。それがある種の暗黙の了解だった。だからこそ、魅衣は彼女たちとつるむ時もあれば、今回の様に断る事も少なくない。
とは言え、つるむのはこの闘技場が休みの時が多く、逆に少ないのは少女たちが流れる血に興奮して、淫靡な行為にふける時ぐらいだ。
「ちぇー、気持ちいいのに。」
「・・・はぁ。」
少女の心の底から残念そうな口ぶりに、魅衣が溜め息を吐く。そうして、この少女も消え、魅衣は一人になる。
自分の身体を見ず知らずの男に許すということを何故望んでやるのか、魅衣には全く理解できなかった。しかもここは殆ど治外法権と呼んでも良い様な悪の溜まり場だ。当然のように得体のしれない薬物は蔓延しているし、ガラの悪い少女との一夜の遊び狙いのガラの悪い男や明らかにその筋の者も少なくない。
後々どうなるのかを思えば、魅衣には何故この場で―魅衣の場合はこの場で無くても許さないが―身体を許すのかが全く理解出来なかった。
「今日はいまいち面白い奴は居ないわねー・・・」
魅衣は一人、呟いた。自分は危ない場所が好き、というより、流れる血と危険な男が好きらしい。それに気付いたのは去年の暮れの事だ。
それ以降、この場に入り浸る様になり、先ほどの様に自身の身体を狙う男どもを潰して回り、気付けば元々の才能から幼い女帝と化していた。
まあ、これは自身の身体を狙う男共が全くと言っていいほど強くなかった事にも起因する。逆に魅衣程の美少女が圧倒的な強さで男どもを圧倒していく様が受け、その試合は一部の好事家から非常に受けが良かった。
おそらく、そういった好事家達が敢えて勝てるレベルの強さの男どもを回しているのだろう。少しは見世物としての見せ場を用意しないと、新たな客が入らないことが理解出来ているような好事家が後ろに居る様だった。
「さぁ、今日はビッグゲストを迎えてるぞ!かの『アウターズ』の切り込み隊長!チームで最も狂気に塗れた男『狂犬』三島だ!」
「おぉー!」
幾度かの試合が終わり、リングに剃り込みを入れた男、三島が入場する。三島は大歓声を前にしても何らパフォーマンスを取ること無く、ただ仏頂面で敵を睨みつけるだけだ。
ちなみに、『アウターズ』とは御子柴が率いていた不良グループの事だ。『人間ではない者達』ということである。
「さぁ、ゴング開始だー!」
そうして、相手選手の紹介もそこそこにゴングが鳴り響く。が、勝負は一瞬で終わった。三島が開始即行の一撃で仕留めたのである。彼が負けた事があるのは御子柴とカイトだけだ。それ以外の面子には悪くても引き分け程度だし、それ以外の面々には負けるどころか苦戦さえありはしない。
そうして、彼は倒れこんだ相手選手のマウントを取り、上から乱打する。相手選手はまともに防御することもままならず、ただただ三島の暴力になすすべもなく蹂躙されていく。そのまさに狂犬、と言った様に観客たちが大喜びで大歓声を上げた。
「こんなもんかよ!オラオラオラオラ!」
「さすが狂犬!地に倒れ伏した相手にも容赦無い!・・・おーっとぉ!そろそろ止めさせねえとマズイな!おい、スタッフ!」
勝負が終わって尚、狂気の笑みを浮かべて相手選手をボコボコに殴りまくる三島に、さすがに司会の男が止めに入るように命じ、直ぐにガタイの良い男達が止めに入る。
だが、三島はそれを振り払い、尚も殴りまくる。当たり前だが、魔力によるブーストの無い男達では、力ではとてもではないが勝ち目は無い。とは言え、幾らアンダーグラウンドの試合だからといえど、死人が出るのは許容出来ない。人が死ねば後処理は面倒なのだ。今度は更に厳つい男達が三島を威圧するが、彼はそれでも止められない。
「ちょ、おい!そろそろ止めさせろ!死んじまう!」
「うぉー!」
「きゃー!」
スタッフ達は慌てるが、観客達は大歓声だ。普通には見ることが叶わぬ暴力を見る事を望んでいる彼らにとって、相手選手がどうなろうと知ったことではない。
それどころか、噂に違わぬ狂犬っぷりが受け、止めに入ろうとするスタッフ達を止める様な動きさえある。だが、さすがにそれも直ぐに終わる。相手選手がさすがに半死半生だと見て取ると、急激に熱が冷めた三島が手を止めたのである。
「ちっ・・・雑魚が。」
「おい、担架持って来い!・・・こりゃひでえ・・・」
三島が忌々しげにリングを後にするのと同時に、スタッフ達が大慌てでリングに上がる。そうして、三島が成した凶行に顔を顰め、大慌てで相手選手を運び出す。
相手選手はまさにボロボロと言った様相が表現としてふさわしく、おそらく鼻の骨が折れているのだろう。顔面は血だらけで、両方の鼻の穴からは血がだらだらと流れ、額は割れて血が流れていた。鉄パイプ等で殴られなければなり得ない様な傷跡だったが、これを成したのは素手である。
そうして運ばれていく相手選手に、そして何よりも三島に万雷の喝采が贈られる。敗者にも喝采を贈るのは、この闘技場の初代チャンプが敷いたこの場のルールだった。
ステゴロのタイマンであればこそ、そこには相手と自分しか居ない。それ故お互いに身一つで死力を尽くすしか無く、いろんな事が起こりえる。スポーツでは無いが故に下品な罵声や罵倒も少なくないが、スポーツでは無いが故に初代チャンプの泥臭いルールを理解し喝采を贈る者も多い。
「ちっ・・・」
だが、そんな万雷の喝采は三島には何ら高揚をもたらさない単なる雑音に過ぎない。やはり自分に合し得る相手は御子柴と奴だけか、内心でそう思うが、今の彼にはこれ以外にやり方が無い。
「どこにいやがる・・・」
三島は忌々しげに呟いた。探している相手を考え、裏にしか居ないであろうと思い、ここら一帯で最も強者が集まるこの闘技大会に来たのだ。
だが、今日はハズレだった。いや、今日も外れだった、と言う方が正解か。そうして、彼は苛立ちの増加に比例するように、更に荒々しく試合を進めていく。
「勝者!三島!勝ち抜きバトルで遂に最終ラウンド突破!天神市最悪の狂犬の名は伊達じゃない!お客さん方も全員大満足だー!」
「ちっ・・・」
あっけない、三島の顔にはそれしか無い。少しでも自分を高めるため、仇とも言える相手を見つける為、この場に来たのになんという有り様だ。
彼には失望しかなかった。これが日本でも有数の裏闘技場の全力で、次の相手がその大会の現チャンプであるなら、それは次の相手が裏の世界で最強の戦士だということだ。それに、三島は少しの期待と、何度目かの多大な不安を抱く。
不安は奴や御子柴を見れば次の相手も敗者に他ならないかもしれない、というものだった。それが彼の苛立ちを強め、更に試合を荒々しく運ばせた。
だが、それに惹かれて観客たちは更に高揚し、前の試合を上回る万雷の喝采を送り、敗者に贈られる勝者の賛美が彼の苛立ちを更に強くする。その悪循環だ。
だが、彼はただひとつの望みを捨てられない。この先に、奴が居るかもしれない。この次のチャンプこそが、奴かも知れない。その希望を胸に、彼は今まで戦い続けた。だが、彼の期待は裏切られる。
「さぁて、ここからがお楽しみ!前の挑戦者が現れてからはや3ヶ月!遂にチャンプへの挑戦権を得た奴がいる!狂犬の名は伊達じゃない!チャレンジャー!・・・最悪の狂犬・三島!対するはー・・・現裏闘技場無差別級チャンプ!アクセル・ラムダ!」
「ぅおー!」
明らかに並の男とは違うとわかる筋骨隆々の巨漢の発する低い、野太い声が響き渡り、観客の大歓声がそれに応じるかの様に響き渡る。それは現チャンプへの賛美歌であり、挑戦者への行進曲だ。
だが、その行進曲を得た筈の挑戦者には、先を上回る失望しか無い。なにせ御子柴よりも、自分が追い求める敵よりも、遥かに弱かったからだ。だから、彼はもはや暴を振るうでも無く、ただただ無意味な力を振るう。
「なっ・・・」
彼以外には驚きはあった。それ故、大会の暗黙のルールである喝采さえ上げる事が出来ず、ただ去りゆく彼を見守るしか出来なかった。そうして、三島が立ち去る直前で、ようやく我を取り戻した観客たちは大慌てで拍手を贈る。
「へぇー・・・あんなの潰せたのがウチの学校に居るんだ。」
そんな中、数人だが、笑みを浮かべる者が居る。その中の一人は魅衣だ。彼女は三島の圧倒劇も驚いたが、それ以上に、気付いた事に笑みを浮かべる。そう、彼は彼自身が知るように、敗者だ。ならば、その勝者とは、誰か。
「たまには学校行ってみよっかなー。」
楽しげな魅衣の声が響き、魅衣は闇の中の光に溢れた闘技場を後にするのであった。
お読み頂きありがとうございました。




