断章 円卓の再生編 第33話 彼らが望んだ王
話は少しだけ、時を遡る。カイトが最初の試練を超えていた頃、アルト達もまた、最初の試練に差し掛かっていた。
「はぁ・・・マーリンらしい厄介さだな」
現れた自らの映し身に、アルトが苦笑する。しかもそれは、自らの一番騎士王であった時代の姿、だ。
「大方、俺達がここに来る事を見越した上、か。奴らしい」
もし自らの過去と向き合えなければ、それで終わり。そんな事は一瞬で見抜けた。そういうのが、老マーリンの悪辣さであり、面倒見の良さでもあった。自らの見たくない所を見せて、過ちを正させる。それが出来るからこそ、彼は信用に足る人物だった。
「貴公の道は、王道ではありません。それは魔道であり、民を破滅へと導きかねない」
「そうだな。かつての俺ならば、そう言っただろう」
映し身のアルトが、<<湖の聖剣>>を振るう。そこには迷いは一切存在しておらず、機械の如くに正確だった。
「綺麗な太刀筋だ・・・が、面白みもなんともない。単なる正確なだけの太刀筋。一本の線をなぞっているだけ・・・はぁ・・・」
自らの事であり、そして受け入れられているが故に、アルトは呆れるしかない。昔の自らならば、今の自分を堕ちた姿だ、と罵る事だろう。だが、今の彼からすれば。
「なんともまあ、堕ちたものだ。情熱に溢れ、理想を目指してひた走っていた頃の俺の方が遥かに、良かったんだろうな」
常に、最適解。そんな自らの武芸に、アルトは同じ武芸だというのに、呆れ返る。武芸は結局は道具だ。それ故、使い手次第で、鈍らにも名刀にも生まれ変わる。彼はそれを、ここで改めて、思い知る。
「<<湖の聖剣>>が泣いているな・・・王たる機械である俺に振るわれて、な」
「貴方は自らの私利私欲により、采配を振るっている。それでは、いずれは国が滅びるでしょう」
「そうかもしれんな。ならば、逆に問おう。貴様は、どんな国を目指していたんだ?」
喝破した過去の自らを肯定したうえで、アルトが笑いながら問いかける。それに、影が剣を止めて、答えた。
「戦乱の無い国を。民が安心して暮らせる国を」
「そうだ。それは変わっていない。だが、問おう。戦乱を収めて、どうする? どこを目指す?」
「それは・・・」
アルトの問いかけに、影が口ごもる。当たり前だ。過去の彼に、その答えは無い。なにせかつての己は戦乱を収めるだけの王と言う名の機械だ。単なる治安維持装置と言っても良い。
戦乱を収めるのは平和をもたらす為の手段であって、目的では無いのだ。それを忘れていた。彼は単に争いを収める事しか、考えていなかった。
「忘れていた。だろう?」
「・・・ええ」
「もう、忘れないさ。俺は、アルトリウス・ペンドラゴン。ブリテンを率いる男だ。その行く末は、俺が決める。俺に従えない民は去るのも良い。俺は俺に従ってくれる仲間の為、俺の国を作る」
過去の自分に、アルトが断言する。かつては、そうでは無かった。民の為の国ではあったが、同時に、単なる平和なだけの国を作ろうとしていた。色付けなぞ不要。それどころか、邪道と思っていた。だが、それではいけないのだ、と気付かされた。
「貴方の・・・国?」
「そうだ。俺の国だ。他の誰でもない。俺の、な」
「それは如何に?」
「そうだな。とりあえず、平和な国を作ろう。誰もが笑って暮らせる様な、な。ガウェが突っ走り、ランスが苦笑しつつもそれを諌め、俺がそんな二人を笑う。そんな国でも良い。モルとギネヴィアが俺と共に親子として笑い合う国も良いな。ひょろいセカンドやちびのブルーノを茶化しながら、皆でケイが作った茶菓子をお茶うけに紅茶でも飲むのも悪くはない。それ以外のことは、その後にでも考えるさ」
過去の自分の問いかけに、アルトが笑いながら答える。やることは変わらない。ただ単に統治者が機械から人に変わっただけだ。だが、それこそが、何よりも重要だった。そうして、更に彼が笑みを深める。
「それに、何時かはマーリンも外に出さないとな。あの老いぼれのフリをしたあいつには幾つもの貸しと借りがある。返済はお互いに終わっていない・・・どうせ聞いているんだろう? なら、覚悟しておけ。俺はお前もそのまま隠居させておくつもりはないからな」
アルトの明言に、影の形が、変わる。それは老マーリンの姿、だった。それは誰もが思い描くマーリンのイメージ通りのゆったりとしたローブの様な服装に、深いシワ、長く白い髭の生えた老人だった。当然、手には杖だ。そして彼の性格を表すように、何処かイタズラっぽい笑みが浮かんでいた。
『ふぉふぉ・・・何時気付いた?』
「始めから、だ。貴様の事だ。軟禁されて出てこれなかろうが、自らの術式にそれぐらいは仕込むと思ってな。覚悟しろ。ひ孫とともに、こき使ってやる」
不敵な笑みを浮かべたアルトは、そう告げると同時に、歩き始める。そうして、すれ違う瞬間。老マーリンが少しだけ優しい笑顔を見せた。
『老体には厳しいのう・・・まあ、楽しみにしておりますぞ、陛下』
「ああ、覚悟しておけ。それと、辛いと思うのなら、本来の姿で仕事しろ・・・では、行ってくる」
『それを違和感がある、とおっしゃられたのは陛下でしょうに・・・』
「さて、そうだったかな?」
楽しげにうそぶいたアルトに柔和でイタズラっぽい笑い声を残して、老マーリンの影が消える。そうして、アルトは難なく、最初の試練を突破するのだった。
一方、ガウェインは、というと、自らの影を前に、こちらも問答を行っていた。と言うか、こちらに至っては、腰に佩びた<<湖の聖剣>>の姉妹剣である<<天鏡の聖剣>>を一度も抜く事さえ無かった。
「許せるのか? あいつを」
「しらねえよ、そんなもん」
影の問いかけに、ガウェインがため息混じりに断言する。アルトは斬りかかるな、と言っていたが、それが出来るかどうかは未だに不明だ。とは言え、仕方がなくはある。影が告げた人物は、あまりに彼の家族を奪いすぎていた。
「でも、まあ・・・あいつは十分以上に苦しんだ。それぐらいは、認めてやるつもりだ」
「それで、許せるのか? ランスロットを。自らの弟を、子を、幾人も奪ったあいつを。仲間達の絆を徹底的に破壊したあいつを」
ガウェインに対して、改めて、影が問いかける。奪われた物を考えれば、たかだか千と数百年苦しんだ程度で許せるのか、と。だが、その問いかけに対して、ガウェインは、笑って、その言葉を認めた。
「そりゃ、憎いさ。ガラハッドを奴の目の前でくびり殺したいと思った事は何度もある。ガヘリスとガレスの事を思えば、奴が完璧な騎士だ、と褒めそやす奴はぶっ飛ばしたうえで文句を言いたい・・・けどよ」
憎しみを受け止めて、そのうえで、ガウェインが、口を開く。そこは、かつての友への、憐憫が滲んでいた。
「けど、あいつの今を思えば、ちょっとは、哀れに思えちまう。奴の評価は、永遠に裏切り者で確定しちまった。それに苦しみながら、奴は何処かで生き続けている」
己が目覚める前から、いや、それどころか、アルトが目覚める前、カムランの戦いの頃から、彼はさまよい続けていたのだ、と言う。断食して死のうともした、と聞いている。おそらく自害も試みたはずだ。
だが、どうあがいても、死ねなかった。自らに流れる人間とは異なる妖精の血と加護が、魔力を糧に、彼を生かしたのだという。こうなってしまえば、もはや哀れみしかなかった。死んでアルトの側に行けるわけでもなく、生きて忠義を果たせる事もない。
なにせ、彼は公私の二重の意味で偉大なる騎士王を裏切った裏切り者だ。幾ら人々が優秀な騎士だ、と褒めそやそうとも、それだけは、純然たる事実だ。呪いに操られたモルドレッドとは違い、彼だけは、どうあがいても、永遠にその烙印からは逃げられない。
彼だけは、自分の意思でギネヴィアとの不義を行い、それを救うために、ガウェインの弟達を殺してしまっている。それがアルトの、そして<<円卓の騎士>>の破滅を決定づけてしまった以上、どんな言い逃れも出来なかった。
「永遠の責め苦。誰もが誉めそやせばこそ、奴は最後の罪を直視せざるを得ない。そりゃ、辛いな」
憐れみを込めて、ガウェインが断言する。彼の物語は、最後は大抵、自らの不明を嘆いて王の腕の中で息絶え、そして王の枕元に立って諌めて終わる。それは忠義の士として、最良の一つ、だろう。
だが、ランスロットは。確かに彼は、輝かしい栄華を与えられている。だが最後は、仲間を連れて出奔した挙句、無二の親友であるガウェインにも致命傷を与え、王を最終的な破滅へと導く事になる。ガウェインの死の間接的な原因は、彼が負わせた怪我が原因だ。
更に王の死後、不義を交わしたはずの王妃に拒絶されて、出家して終わる。騎士としては最悪の終わり方だ。それどころか、騎士として、終われていない。
だというのに、中途が輝かしい分、人々は褒めそやして来る。当人は真実死にたいほどに恥じているのに、だ。こんな永遠の責め苦は、世界中のどこを探してもそうは無いだろうほどの、生き地獄だった。
「・・・どうせ、知ってるんだろ?」
そうしてガウェインが、影に問いかける。それは僅かな蟠りが自らにさせている一つの罪、だった。それに、影も頷く。
「ランスロットは、欧州には居ない」
「そういうこと。まあ、それだけしかわかんないんだけどな」
影の答えに、ガウェインが苦笑する。実はアルトは全く知らないが、ガウェインの所には僅かに、ランスロットの情報が流れてきていた。
と言っても影が言った様に、本当に極稀に、そうと思しき情報が流れてくる程度、だ。そこから、彼は独自に推測を行ったにすぎない。アルトに対して隠しているとも、言い難かった。
「俺はまだ、あいつを完璧に許せたわけじゃない・・・だけど、もう、逃げるのはやめだ。弟の面ぶっ叩いたら、次は奴の面をぶっ叩いて、それから、色々と考える。とりあえずぶん殴らない事には、なんにも始められねえ」
ガウェインがアルトに何も言わなかった理由は、単純に逃げていたから、だ。彼は騎士でありながら、どこまでも、人であった。それ故、許せぬ自分と、許さなければならない騎士との間で、決定を避ける為に、彼を敢えて遠ざけていたのである。
「それに、そうじゃねえと、奴は戻ってくる事さえ、出来やしねえ。そろそろ、贖罪の旅ぐらいは、終わらせてやるさ。それに、俺も今のままじゃあ、奴を許せるのかどうかさえ、わかりゃしねえ。お互いに、今のままじゃあ、手詰まりなんだよ・・・そうだな。話してて理解した。今のままじゃあ、お互いに手詰まりだ」
どうやらガウェインは影と話している内に、どうしたいかを理解したらしい。そうと決めると、立ち上がる。
「じゃあ、どけよ。とりま、中に居るだろうモルの馬鹿をぶっ叩きに行く。その後に、アルトに頭下げて、ランス探してぶん殴ってでも連れ帰って、弟達と一緒にボコる。その後はその後に考える」
「はぁ・・・」
影が、ため息を吐いた。とは言え、これは同時に己だ。なので、この結論を、受け入れる。と言うより、影は怒りにまみれた影を恥じているのが今の自分なので、それをきちんと見つめて受け入れられているか、を試していただけだ。
これはそういう試練だ。自らの恥じている所をきちんと直視出来ているか、というのを確かめる為の物だった。だからこそ、どんな形にもなる。それこそかつて善人であった者が今は悪人であれば、善人になり、悪人にそれで正しいのかを問う。逆もまた然り、だった。そうして、影が立ち上がり、両手を広げる。
「おっしゃ。一思いに全力でやってやる・・・<<天鏡の聖剣>>!」
ガウェインは腰に佩びた剣を抜き放つと、それと同時に、<<天鏡の聖剣>>に魔力を通す。そうして生まれたのは、太陽と見紛うばかりの熱線と光だ。それでガウェインは影を消し飛ばすと、先に進み始める。
「さて・・・ああ啖呵切った手前、モルが居ると良いんだけどな・・・まあ、あいつは銀髪青眼のアルトだし、とりあえず兜ぶん殴って壊しゃ分かるか」
<<天鏡の聖剣>>を納刀すると、少し物騒な言葉と共に、異父弟との再会をする為に、ガウェインもまた、次の試練へと進むのだった。
お読み頂きありがとうございました。




