断章 新たな相棒編 第25話 客将活動
時は少しだけ、前後する。アルト達英国騎士王の面々がカイトを呼び出していた頃の話だ。アルトが治める英国から繋がる異空間のはずれの村の近くに、一人の騎士がやって来ていた。
『はっ!』
ざん、という音と共に、騎士の放った斬撃が巨大な魔物を切り裂く。その斬撃は魔物をばっさりと両断して、血が吹き出した。
だが、まだ魔物は倒せていなかった。どうやら歴戦の戦士らしい騎士はそれを直感で把握すると、即座に手に持っていた剣から片手を離して、腰に佩びた何らかの名剣らしいもう一振りの剣に手を掛けた。
『<<XXXXXX>>』
騎士は更に続けて、もう一振りの剣を抜き放ち、漆黒の斬撃を放つ。十字に切り裂かれた魔物は、流石にそれで完全に消滅する。騎士は何らかの名前――おそらく、宝剣の名だろう――を呼んだらしいが、如何な呪法か誰にもそれは意味のある単語として、認識出来なかった。
だが、まだ、騎士は油断はしない。ここで終われば問題は無いが、消えてもその後にまるでイタチの最後っ屁の様に何らかの攻撃をしてくる魔物は居ないでは無いのだ。とは言え、その心配は無かったようだ。何事も無く、騎士はふた振りの剣を鞘に納める。
『・・・大丈夫、か。もう、大丈夫だ』
「ああ、ありがとうございます、騎士様・・・」
騎士の言葉を受けて、少し離れた所で縮こまっていた数人の男女が身体を起こす。騎士がこの近くを偶然通りかかった時、彼らが魔物に襲われているのを目撃したのだ。
「貴方が居てくれなければ、我々は・・・」
『いや、構わない・・・村まで送っていこう。近くか?』
「はい」
騎士の申し出を受けて、どうやら近くの村の村人らしい数人が頷く。聞けばどうにも彼らは近くの村から散策に出ていたらしいのだが、偶然群れから逸れた魔物に出会ってしまったらしい。
一応魔物避けの結界は展開していたのだが、不運にも効かなかったらしい。極稀にだが、こういうことは起こり得る。そこは、割り切るしかない。それから、一同は騎士の護衛の下に歩き始め、少しすると、彼らが暮らす村まで、辿り着いた。
「ありがとうございます、騎士王の偉大なる騎士様」
『・・・いや、構わない。騎士は民の為に働くのが、本懐だ。無事で良かった』
村まで送り届けた所で、何事か、と出てきた村長に礼を言われて、騎士が首を振る。それを、村長以下村人達は騎士の謙遜と受け取り、更に騎士への畏敬の念を強める。
ちなみに、村と言ってもかつての様に木で出来た藁葺き屋根の建物が、という事は無く、普通に現代風の建物が立ち並んでいる。ただ単に村ほどの規模だ、というだけだ。
「騎士様。できれば、おもてなしをさせていただきたいのですが・・・」
『いや、それには及ばない。私には、やるべきことがある』
騎士は村長の申し出に、即座に首を振る。まあ、そもそも何らかの用事で<<騎士王の城>>の外に出ていただろう、という事は村長達にも想像に難くない。そうでなければ、わざわざこんな辺境の村の外にまで来ている用事が理解出来ない。
と、いうわけで、村長達は残念そうにしながらも、それを致し方がなし、と頷く事にした。そもそも任務があるというのに、引き止めるのは騎士に対して申し訳が立たない。
「・・・左様ですか・・・分かりました。騎士様の御用とありますれば、それは騎士王様の御用に他なりますまい。敢えて、無理に引き留めさせては頂きません。ですが、もし御用が終わり、<<騎士王の城>>へ戻られる折りには、ぜひとも、お立ち寄りください」
『急ぎなので立ち寄れるかは分からぬが・・・もし可能なら、承ろう』
騎士は少し考えたようだが、これ以上の謙遜は逆に村長達への無礼か、と考えた様だ。来れるかどうかは分からないが、としたうえで、受ける事にした。そうして、僅かばかりのやり取りの後、騎士はそそくさとその場を後にする。
「素晴らしい騎士、でしたね」
「ああ・・・流石、<<騎士王の城>>の騎士というだけはある・・・アーサー王陛下がご復活為されて、新たにラウンズを再生されて以降、騎士達の士気は高まり、団結力は増すばかり・・・良いことしかないな」
騎士に助けられた村人の言葉に、村長が頷く。彼らの聞く伝承や伝説では仲違いし、分裂し殺しあった者達と言うが、王が直々に騎士達に頭を下げ、そして王その人が新たな道を見極めて以降、かつてよりも遥かに団結した騎士団が出来上がっていた。それは果ては彼らにとって、喜ばしい事でしかなかった。
「とは言え・・・」
そうして、先ほどの騎士を称賛していた村長だが、その後ろ姿が見えなくなって、首を傾げる。
「奇妙な姿の騎士様だったな」
村長は少し苦笑気味に、去って行った騎士についてを語る。村人達を救ってくれた騎士は激闘の果てに刻まれた傷さえも騎士の装いと言えるほどの見事な鎧に身を包んでいて、さぞ名のある騎士なのだろう、と村人達にもひと目で理解出来た。
そして道中で僅かに見て取れた騎士の応対にしても丁寧だったし、立ち振舞も<<騎士王の城>>の騎士、それもラウンズの一人だ、と言われても納得するほど完璧な物だった。
だが、顔は兜で覆われていて全く見えなかったし、声にしても何らかの魔術なのか、男の物とも女の物ともはっきりとわからなかった。奇妙といえば、確かに奇妙な騎士だった。
「ええ・・・どなたか聞けば良かったですね」
「ああ・・・っと、そうだ。市役所に行き、<<騎士王の城>>にお礼の電報を飛ばせ。そして、ぜひとも彼をもてなしたい、と申し出よう。そうすれば、アーサー王も騎士様がこちらに来られる事に何もおっしゃらないだろう」
「あ、はい。わかりました」
村長の言葉を受けて、助けてもらった村人達が頷く。助けてもらった以上、それは騎士の手柄だ。ならば、王はそれを把握して、騎士を褒章する義務がある。そしてそれを王に伝える義務が、民にはある。
そこから一応騎士をもてなしたい、とアルトに申し出て、許可を貰っておこう、と思ったのであった。そうして、ここから数日後。アルトの下に、この奇妙な騎士の話が、持ち上がるのだった。
「・・・パーセ。グリンの奴はそんな所に行っていたか?」
「いえ・・・ここ当分は妻の城に居た、と言っています。もし彼が本当の事を言っていれば、ですが」
アルトからの問いかけを受けた騎士パーシヴァルが、首を傾げる。アルトの治める領地の各地を旅して村人を救う騎士、となると、思い当たるのは彼らにはパーシヴァルの息子にして、白鳥の騎士と名高い騎士ローエングリンぐらい、だった。
とは言え、今の会話が確かならば、そのローエングリンは今、彼の妻の所に滞在していて、そこには居ないはず、という。なので、アルトは更に続けて、マーリンに問い掛けた。
「現在遠征中のラウンズは?」
「そうですね・・・えっと・・・」
アルトの問いかけを受けて、マーリンがウェアラブルデバイスのキーボードを叩く。この21世紀も20年以上経過したこのご時世だ。いくら古代から有名な<<円卓の騎士>>と言っても、その居場所等はパソコンで管理していた。
「現在、先のローエングリン卿や引き続き竜の捜索を行っているガウェイン卿を始め、ラウンズからは5人が遠征に出ています。他は2名が英国真王との会合ですね。報告が寄せられた村の近辺に行っている、という情報はありません」
「そうか・・・」
マーリンからの報告を受けて、アルトが更に首を傾げる。村人達が言う程の実力を持つ騎士となると彼が知らないはずが無いのだが、だというのに、誰も該当者が居ない、という。
「・・・ふーむ・・・誰か調査員を送るべき、か?」
「僕はそう、進言します。信賞必罰は」
「王の基本、か・・・わかった。誰か行ってくれる者はいるか?」
マーリンの言葉を引き継いだアルトが、それは確かに、と頷いて志願者を募る。何の目的があって隠しているのかはわからないが、それでも勲があったのだ。報告がアルトまで上がっている以上、どんな理由があってもそれは褒章されねばならないし、王は褒章しなければならない。
そこで騎士が辞退するのは勝手だが、そこは怠ってはならないこと、とアルトは老マーリンから、マーリンはそれを知る父達から、聞いていたのだった。そうして、一人の男が、手を挙げた。
「オレが行こう。暇だからな」
手を挙げたのは、カイトだ。既に用事は終わっているのだが、流石にまだ日本に帰るわけにはいかない。なにせティナの母親が死去した事にしているのだ。そそくさと帰っては色々と問題だろう。
というわけで、暇つぶしも兼ねてアルトに力を貸していた、というか適当にラウンズの仕事を貰って手伝っていた、というわけであった。
ちなみに、大抵の場合はアルトの鍛錬に付き合って二人で周囲に破壊を撒き散らす、という誰にとっても有り難くない事しかしていない。
「そうか。悪いが頼む。後から補佐にガウェを送る」
「あいよ」
アルトの言葉に、カイトが片手を挙げて応ずる。単なる調査だ。後で騎士については大半を知っている者を送れば、何の問題も無いだろう、と判断する。
「さて・・・では、次に移ろう。マーリン」
「はい・・・えっと、では、開発状況の報告です」
アルトの指示を受けて、マーリンがウェアラブルデバイスを操作しながら立ち上がる。
「えーっと・・・とりあえず、陛下。まず、<<王たる証の剣>>の修復について、目処が立ちました」
「何?」
マーリンからの報告に、アルトが目を見開く。今の今まで修復の目処さえ立たなかった剣に、いきなり修復の目処が立った、というのだ。驚くのも無理は無かった。
「ええ・・・と言うか、ティナさんの伝手というかカイトさんの伝手で、日本に居る妖刀鍛冶に渡りをつける事が出来ました。彼なら、修復が出来る、と」
「そうか・・・あのご老体か」
何処か感慨深そうに、アルトがつぶやく。言うまでもなく、日本で有数の刀鍛冶と名高い村正流のことは、遠く英国のアルトの所にまで届いていた。今までは伝手が無く無理だろう、と思っていたのだが、確かにカイト達ならば、簡単に渡りをつける事が出来るだろう。
「頼めるか?」
「<<王たる証の剣>>の修復だぞ? あの爺。出来るか聞いたら大興奮ですぐに許可取れ、つってやがった。そもそも出来るか聞いただけだ、ってのに・・・」
「是非に頼む」
呆れ返るカイトの言葉に苦笑しつつも、アルトは頭を下げて、<<王たる証の剣>>の修復を願い出る。あそこまでの宝具になると、修復は容易ではないのだ。出来るなら、ぜひとも頼みたい所だった。
「さて・・・では、続けてくれ」
「はい・・・と言うか、ここからはティナさんに変わって良いですか? もう僕は完全に補佐に回ってたので・・・」
「ああ、頼む」
「うむ」
アルトの指示を受けて、白衣に魔王のドレス姿のティナが頷いて立ち上がる。そうして、マーリンの伝手で手に入れたウェアラブルデバイスを操作し始めた。
「まず、ケイ。お主の双銃が完成した。まあ、これはカイトの物を流用しただけじゃ。後で調子は確認せよ」
「・・・え? マジ?」
言われた言葉に、ケイが頬を引き攣らせる。前の試射ではまだまだ完成には程遠い、と思っていたのだが、次の報告では完成した、だ。まあ、少し前のカイトの連射を見ているので、出来ているかも、とは思っていたらしいが、まさか本当に出来たとは思わなかったようだ。
「うむ。実用に耐え得る物じゃ。元々向こうの世界でも似た物を開発したことがあるからのう。とは言え、お主用のワンオフじゃし、そもそも要望書に無い物も少々搭載しておる。ここからは、お主に合わせた調整を行う。手を貸せ」
「おっしゃ。じゃあ、これから詰める・・・アルト、良いか?」
「ああ、そうしてくれ」
楽しげなケイの申し出に、アルトが許可を下ろす。ここまで早いとはアルトも思っていなかったが、出来たのなら、そちらが優先だ。なにせ武器があってはじめて、戦士は戦えるのだ。武器を最優先にするのはひいては、彼らの守る民の為、でもあった。それに、ティナが頷いて、更に続ける。
「うむ・・・で、よ。他の物については、完成次第各員に連絡を回すとして・・・ガトリングとバズーカ搭載しろ、なぞと言った筋肉ダルマ。正気か? 脳みそまで筋肉入っとらんじゃろうな?」
「ぐふっ」
「ぶっ・・・」
「ぷくくく・・・」
ティナから名指しで槍玉に挙げられた騎士パロミデスは頬杖をついていたのだがいきなりの苦言に、どごん、と頭が机にずり落ちる。ちなみに、あまりに的確な指摘だったらしく、ケイやベディ以下ラウンズの数人から笑いがこぼれていた。
「あいたたた・・・おう、なんか問題か?」
「お主の魔力量を測らせろ・・・ほれ」
「あ? なんだこりゃ?」
ティナから投げ渡された指輪を見て、パロミデスが首を傾げる。
「魔力をどれだけ持っておるか、というのを測定する物じゃ。足りん場合は、笑いもんじゃ」
「これが・・・? 出来んのか? ぶっ壊れてもしらねえぜ?」
「そんなちゃっちい作りにしとらんわ」
「ほう・・・言うじゃねえか」
ティナの物言いは気に入ったらしい。パロミデスが笑みを浮かべて、指輪を嵌めると、気合を入れて魔力を漲らせる。
「ふんっ」
「ほう・・・言うだけはあるようじゃな。これぐらいあれば、十分じゃろう」
「あ・・・? え、これだけか?」
あっけない終了に、パロミデスが思わず唖然となる。個人情報だからかいくらかは明言しなかったが、どうやらティナには満足の出来る量ではあったらしい。
そうして、ティナは測定された数値を見て、設計図に更に幾つかの仕様を書き込んでいく。そんなティナに、パロミデスが問い掛けた。
「で、出来んのか?」
「そもそも余はあの戦いでバズーカもグレネードもガトリングも使っとるわ。少々手間は掛かるが、出来んわけはない。まあ、任せておけ」
「おう・・・お前より優秀じゃねえか」
「も、申し訳ありません・・・」
ティナの言葉に、パロミデスが笑みを浮かべてマーリンを茶化す。それに、マーリンは申し訳無さそうにするしかない。まあ、パロミデスは本気で言っているわけでは無いので、マーリンも少し落ち込む程度だった。そこらは付き合いが長いから、ということだろう。
そうして、この日からティナが報告会に参加する事になり、カイトは<<円卓の騎士>>の客将として、遠征に出発することになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




