断章 円卓の騎士編 第24話 魔王と魔術師見習い
カイト達が談笑を行った翌日。ティナは改めて、マーリン率いる技術部の研究室に通されていた。
「あー・・・頭が・・・」
「見た目相応に弱っちいのう・・・」
頭を抱えて二日酔いに絶えるマーリンに対して、ティナが呆れた様に告げる。基本、彼女の周囲には酒豪しかいない。なので飲めない男は基本的に居ないのであった。
そして更に基本的な事だが、戦いが終わった後の狂乱的な祝勝会の後の宴会もセットのラウンズ達は大半が酒豪か、そこまで行かなくても飲める存在が大半だ。
だが、それに対してマーリンは所謂、下戸、だったのである。しかもそこに悪いのが、見た目相応にノリに乗ると飲め飲めと勧めてくるケイと、俺の酒が飲めんのか、と言わんばかりの圧力で酒を注ぐパロミデスだ。結果、元々強くないのに飲まされて酔いつぶれて翌日は二日酔い、が何時ものパターンだった。
ちなみに、流石に先の二人も自分が原因だ、と酔いが覚めると把握するので、この翌日だけは仕事に手を抜く事を許していたりする。なら飲ませるな、とは言わぬが花だ。
「す、すいま・・・あいたたた・・・」
「はぁ・・・薬くれてやるから、しばし休んでおれ。余はその間、お主の設計した魔銃を見せてもらう事にするよしよう」
「お、お願いします・・・あいたたた・・・」
頭を押さえながら、マーリンがティナから薬を貰ってそれを飲むと、そのまま休憩用に用意されているソファに横になる。これは何時もの事だし、巻き込まれるマーリンのことは部下の誰もが憐れみを持って見ている。というわけで、部下の誰からも文句は出ない様だ。ただただ、憐れみの視線を送られるだけ、だった。
「さて・・・設計図はこれ、じゃな?」
「はい、そうなります」
ティナの問いかけを受けて、マーリンの部下の一人が頷いた。設計図は全てマーリンが独自に開発した専門のソフトを使って作られていた。魔力を使う関係上パソコン上でのシミュレートは出来ないのだが、設計程度ならば、問題は無い。現にティナも似たような発想の物を作っている。
「ふむ・・・」
アルト達から貸してもらったウェアラブルデバイスを扱いながら、ティナが設計図を観察していく。
「問題点は、いくつかあるのう・・・ふむ・・・ここらは簡略化した方が良さそうじゃな・・・それに、ここは要らん記述じゃな・・・」
マーリンの技量は彼も把握している通り、言う程優れているわけではない。いや、一応は一流の魔術師で、<<騎士王の城>>で技術部を率いるだけの技量は持ち合わせているのだが、ティナから見れば、まだまだ見習い、という領域を出ていなかった。
「ふーむ。ガトリングとバズーカじゃと? 面白い事を考えるのう・・・これは後にカイトにでも使わせる事にするか・・・が、これを考えたのは馬鹿じゃな・・・誰じゃ?・・・ああ、あの筋肉ダルマか」
ティナは設計図や各ラウンズ達から寄せられた要望書を確認しながら、改善点をリストアップしていく。
「ふむ・・・む。面白い事を考えおるな。銃では無く、弓か・・・ほう・・・ほう・・・これは一度おうてみる必要があるのう・・・む、ケイの物は短剣と双銃か。これは簡単じゃな。あのバカ皇子の物を転用するとするかのう」
ところどころ気になったアイデアは自らも取り入れる事にしつつ、ティナは設計図の大幅な変更を行っていく。まあ、昨日見た時からわかりきった話ではあったが、今のままでは、到底実用に耐える物では無かったのだ。と、そんなこんなで3時間ほどすると、マーリンがようやく二日酔いから復活する。
「おお、ようやっと起きおったな。とりあえず、改善点は纏めておいた」
「あ、有難う御座いました。こっちもようやく頭がはっきりと目覚めました・・・えっと、これですね・・・」
ティナから手渡された改善点を見て、マーリンが段々と表情を変えていく。それは彼から見れば到底実現不可能な内容に思えたのだ。
「これ・・・本当ですか?」
「当たり前じゃろう。そもそも、お主の術式には無駄がありすぎる。というより、組み込みの面でも無駄が多い。お主がやっておるのはいわばグレネードやボルトアクション式と言う感じじゃ。一発一発に時間が掛かるのは当然と言えよう」
顔に疑問符を満載したマーリンに対して、ティナが呆れながら告げる。ティナの物が引きっぱなしで撃てるいわばオートマチックの自動小銃とするのなら、マーリンが作ったのはボルトアクション式の旧式のライフル銃、というべき物だった。
確かに構造は簡単だし量産性に素材もそこまで選り好みする必要は無く、そう言う意味では優れていることは優れている。とは言え、ティナとマーリンでは第一次世界大戦と現代科学ぐらい技術力に差があるのだから、これぐらいの差が出るのは致し方がない事、だろう。
「そもそも、お主らは少々考え違いをしておる」
「はぁ・・・」
「確かに、これなら全ての術式を前線の兵隊達が精査して、改良も修繕も容易く行えるじゃろう。じゃが、ここまで簡易にした所為で使い勝手が悪化しては元も子もないじゃろうに」
「ですが、あまりに性能を重視すると、今度は前線での使用中に整備性が悪化して、武器の消耗率が悪化する、という事にもなります。更には、量産性も悪化する」
「そりゃ、わかっておる」
マーリンの指摘を、ティナも認める。当たり前だが、前線でここに居る技術屋の面々が逐一壊れた武器の整備を行えるわけが無い。彼らの大半は戦闘要員では無い。それ故、彼ら以外の前線の整備兵や戦闘員達が各自で整備をしてもらわねばならないのだ。
となると、専門的な知識が必要だったり、専門の道具が必要な調整は前線では不可能、なのだ。それに、マーリンの指摘通り、量産性も悪化する。それは最終的には一般兵用の量産品として考えられている以上、見過ごせない要因だった。
「要は、そこのバランスが見極められておらん。これは確かに前線の兵でも修復やそれどころか破損した武器同士を使ってヴァリエーションモデルを作る事も出来よう。が、それで元々の性能が悪くては意味が無い。そもそも性能を落としすぎじゃな。少々簡素にし過ぎな部分は多いし、逆に無駄に複雑な部分も多い。総合的に、見直しが必要じゃろう」
設計図を見直しながら、ティナが告げる。基本的に、発想としては悪くは無いのだ。ただ単に、マーリンの力量の方が、ついていけていない。
まあ、この魔銃開発というのは、本来はまだまだの技術分野だ。そもそも二つの世界から知識を引き出したティナだから簡単に出来たのであって、マーリン達が苦慮するのも致し方がなし、とは言える。そうして、一通りの改善点を問い掛けた所で、ティナが更に問い掛けた。
「冶金についてはどうなっておる?」
「あ、それはドワーフ達に依頼しています。ここから北に行った所に山脈地帯が存在していて、そちらに彼らが暮らす里があるので・・・」
「どこの世界でもドワーフ達は火山の中が好きじゃのう・・・まあ、あれらに任せられるのなら、そこについては気にする必要は無いのう」
「サンプルは地下の倉庫に備蓄がありますから、後ほど案内します」
「うむ、頼んだ」
ティナは地球でも相も変わらずなドワーフ達が居るのならそれで良いか、とすると、メインの素材については考えない事にする。
『常春の楽園』の外でも使う事を考えれば、あからさまに普通の金属では無い魔法銀等は使わない方が良いだろう、という判断だった。彼らの合金であれば、ぱっと見では分からない。偽装効果としては悪く無いし、量産性にも長けている素材が多く、肉厚で悪くはない。総合的な判断としてそこの部分は、良し、だろう。
「ふむ・・・では気にすべきは、やはり魔石に刻む術式の方じゃな」
「これ、ですね」
マーリンが自らが製作した魔石の一つを、机に置く。大きさとしては、そこまで大きくはない。大体直径5センチほどだ。これが、魔弾を生み出すコアとなるのである。
まあ、大きくすればより高威力かつ高精度の物が出来るのだが、手持式の武器に取り付けるのだから、そこまで大きくすることは出来ないだろう。出力も大きさに見合った程度になるが、そこはサイズの限界を考えれば、致し方がなし、だ。
「まあ、お主流に言えば、レスポンスが悪い、のう」
「ええ・・・」
ティナの指摘を、マーリンももっともだ、と頷く。そこがこの研究における最大の課題で、最大の難所でもあった。そこの所が上手く行かず、にっちもさっちもいかない状態に陥っていたのが、今のマーリン達<<常春の楽園>>の技術部、というところだった。
とは言え、これは致し方がなくはある。そもそもレスポンスを高めるには、術式の効率化が必要だ。その効率化を最も得意とするのは、エルザの恩人であるリアレ達地球ではほぼ完全に滅びたとされる魔女達だ。滅びてしまっては、どうしようもない。まさに、技術が失われてしまっていたのである。
「まあ、流石に秘伝中の秘を披露するわけにはいかんが・・・まあ、お主の開発した術式を簡略化し、効率化するぐらいは、してやろう。その程度は本来魔女達が居れば、如何とでもなるからのう」
「お願いします」
ティナの言葉に、マーリンが頭を下げる。失われた技術だ、といってもそれは地球に限った話だ。異世界エネフィアには普通に魔女達が暮らしているし、ティナも当人は知らないがハーフとは言え、魔女は魔女だ。その効率化は行える。
というわけで、あくまで地球上で生き残った魔女の技術協力として、出来て可怪しくはない部分について、簡素化を行ってやる、という事だった。
「さて・・・では、効率化を行うとするかのう」
ティナはサンプルとして提出された魔石に刻まれた術式を、持ち込んだ専門の魔道具――これは地球上には存在しないティナの私物――を使って検査しはじめる。
「・・・ふむ、なるほどのう。一旦この回路に魔力を蓄積しておるわけか・・・確かに、これであれば使用者の魔力が少なくなっても多少は使えるが・・・ここの蓄積は無駄じゃな。下手に魔力を蓄積しているせいで、ロスが生じておるか・・・」
ティナはマーリンの術式の解析を進めながら、新たに効率化した魔術を別の魔石に刻んでいく。今後の量産ではティナは関わらないので、変化点が分かるように、大本の物は残しておくつもりだったのである。
「ここは・・・うぅむ・・・煩雑じゃな。まずは解体して・・・」
ティナはマーリン達が数年掛かりで無理だった事をいくら前に幾つもの魔銃を開発しているとはいえ、たかだか一時間足らずでやってしまう。
これが、魔女だ。まさに魔に長けた女。ティナはその種族としての差を、一同の前に披露していく。彼女ら魔女達は一族として魔術知識を蓄えていると同時に、直感として、その魔術をどう読み解けば良いか、というのが理解しやすい精神構造を持っているのであった。
彼女らの存在はそのまま、魔術文明の興亡をも左右する存在だったのである。それこそ、どれだけ有能な魔女を抱える事が出来るか、で戦争を左右しかねない。そしてそうだからこそ、魔術を忌むべき物として忌避する地球の教会の騎士達が魔女を危惧するのは当然だった。
「良し。これで良かろう。とりあえず、平均的な魔銃用の簡素化は終わった」
「はい。じゃあ、これを今すぐ調査させてもらいます」
「うむ・・・む?」
マーリンの申し出に頷いて一息ついたティナだが、そうして椅子に深く腰掛けた所で、ふと、ある物が目に付いた。
「どうしました?」
「なんじゃ、あれは?」
「あれ・・・? ああ、あれ、ですか」
ティナが示したのは、幾つもの金属片、だった。しかもよほど重要なのか、鍵付きのガラスケースに入れられて、幾つもの保護の魔術が掛けられていた。それに、マーリンが少しだけ、悲しげな顔をする。
「あれは・・・ひいお爺ちゃんが作った<<王たる証の剣>>です」
「ほう・・・あれがかの有名な英国の選定の剣か。拝見しても良いか?」
「あ、はい。どうぞ」
マーリンの許可を得て、ティナがガラスケースに近づいていく。椅子からでは見えなかったが、どうやら近くに柄の部分も存在していた。
「ふむ・・・さぞ麗美な宝剣、じゃったのじゃろうな・・・修復はせんのか?」
「それが・・・どうにもひいお爺ちゃん、先代のマーリンはとんでもなく難しい術式を使ってたらしくて・・・ドワーフ達やエルフ達に頼んでもみたんですが・・・難しいらしいです。それで、今は一応、僕なりのアレンジをしたのを陛下に今使っていただいているんですが・・・」
「ああ、あれか・・・確かに、あれは良い拵えじゃったな。まあ、悪くはないじゃろう」
「ありがとうございます」
ティナの評価に、マーリンが少しだけ照れて頬を赤らめる。確かにティナ達から見ればさほど高度な術式を使っているとは思わない一品だったが、どれだけ高度な術式を使ったからと言っても、最高の一品が出来るわけではない。時には極めた下位の術式の方が、圧倒的に良い結果をもたらす事もあった。
あれはまさに、その一つ、だった。あれを何時作ったかは定かではないが、少なくともあれほどの逸品を創り出せるのなら、マーリンは将来有望、と言えただろう。
「ふむ・・・爺さまに言ってみるのはどうじゃ?」
「爺さま?」
「うむ。日本におる村正の事じゃ」
「ああ、あの最高の鍛冶師と名高い彼、ですか? 渡りを付けられるんですか?」
「と言うより、余の戸籍を用意したのが、アヤツじゃからのう・・・可能じゃ」
マーリンが目を見開く。今まで伝手が無かっただけで、試してみる価値はあった。彼はエネフィアで数百年、地球では室町時代から更に数百年に渡り刀鍛冶一筋、だったのだ。その練度は地球でも有名で、地球上最高の鍛冶師と名高い。彼に頼めれば、とは思うが、英国からでは遠すぎたのである。
「まあ、カイトに申し出てみよ。ともすれば、飛んできかねんぞ」
「本当ですか? では少しお願いしてきます。こちらも実は急務でして・・・」
「そうすれば良い」
少し申し訳無さそうにしたマーリンに対して、ティナが薄っすらと苦笑いを浮かべながら許可を下ろす。そうして、マーリンがその場を去って、ティナは再び、砕けた名剣の観察に戻る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




