断章 第4話 ティナ編入編・ティナ居候する
「・・・そうか。海棠もりん坊も息災変わりなしか・・・いや、それどころかあの小さかったりん坊の奴は子供が生まれておったか・・・沙羅は相変わらずのようじゃのう・・・あれが尻にしかれておるんじゃろうな・・・」
カイトから受け取った手紙を開封して中身を検めていた蘇芳翁だが、全てを読み終えると、小さく嗚咽を漏らして呟いた。そうして、その様子を見た御影は、今回の来訪の意図を悟り、わざとらしくはあったが、耳に付けたヘッドセットのスイッチを入れるフリをして、更にスマホを取り出して立ち上がった。
蘇芳翁の側で演技を見てきた彼にとって、彼の嗚咽が演技では無い事が明らかだったのである。
「あー、先生。社長からメールあって、一度帰ります。なんか今度の公演の書類に不備があったらしいんで、終わったら電話して下さい。お迎えに上がります。」
「・・・おお、そうか。スマンな。」
御影が気を使ったのを悟ると、蘇芳翁は少しだけ照れて苦笑し、彼を送り出した。そうして、彼が立ち去ったのを確認すると、彼は深々と頭を下げた。
「感謝する、我が甥子の友よ。」
「いえ、私も帰るなら探せ、と無理難題を押し付けられただけですから。魔術も使えないお陰で、探し出すのに一ヶ月近くも掛かってしまいました。」
「ははは、愚弟が世話を掛けたのう。」
カイトはもう一人の村正翁こと海棠翁の性格が変わってない事を暗に告げると、蘇芳翁はそれを聞いて懐かしげに笑う。そうして、二人は一頻り笑い合うと、蘇芳翁が声を上げた。
「菫、おるな。」
「はい、蘇芳さん。」
蘇芳翁の声に応じたのは、カイトの背中合わせの席に座ったスーツ姿の女性だ。スタイルがよく、ぴっちりとしたビジネススーツが非常に良く似合う女性だった。顔立ちもきりっとしていて悪くなく、出来る女のイメージ像にピッタリだった。彼女は立ち上がると、御影が座っていた蘇芳翁の横の席に腰掛けた。
「菫じゃ。儂の補佐を務めてくれておる。」
「初めまして。日本3派閥の1つを取り纏める蘇芳さんの補佐を務めております菫、ともうします。この度はかような対応をした事を、どうかお許し下さい。」
蘇芳翁の紹介に合わせて、菫が頭を下げる。彼女が言う対応とは、この喫茶店に居る全ての者達の事だ。この喫茶店に居るのは全員―裏に引っ込んでいる店員を含めて―、全て異族達だったのだ。
それも、単なる異族達ではない。状況さえ許せば小規模の軍勢を相手にしても、余裕で勝ちを得られる様な者達ばかりであった。
「・・・私としては、驚きしかありません。まさか、ここまで日本に異族が沢山居たとは・・・」
「ふむ・・・その口ぶりからすれば、お主らは全員エネフィアから来たのか?いや、それ以前に、かの統一魔帝殿は封ぜられたのでは無かったか?」
「彼女の封印は大戦・・・連盟大戦の折りに私が解きました。その後、大戦終結に伴い、私の補佐を務めています。」
どうやら、遠く離れた中津国であってもティナの封印の報は届いていたらしい。彼はティナならば、異世界への転移術を使えても不思議ではない、と考えたらしい。
そうして、彼が訝しむような顔をしたので、カイトが説明する。ちなみに、カイトが『連盟大戦』と正式名称で言ったのは、彼はその大戦の名前が付けられた時には既にエネフィアに居なかったからだ。皇国出身者が大戦と言えば、彼の場合はもう一つの大戦と勘違いしてしまう可能性があったので、それに気付いて言い直したのである。
「ふむ・・・疑問なのじゃが・・・何故仁龍殿付き武官である『月天』がここに?」
「あ、いえ。申し訳ありません。正確には、元『月天』の月花です。」
「彼女はとある縁で私の使い魔となっているのです。それ故、私から離れる事が出来ず、私の帰還に合わせて日本へと。」
「待て・・・帰還?お主はエネフィアの生まれでは無いのか?」
「はい。私は日本で生まれ、日本で育ちました。さて・・・情報を擦り合わせておきますか。そうしないと、話が進みませんしね。」
カイトの言葉に違和感を感じた蘇芳翁が、カイトに尋ねる。そうして、それを受けてカイトが持ってきていた幾つかの手製の資料を蘇芳翁に渡す。そして、お互いに情報の摺り合わせが行われるのであった。
「なるほどのう・・・儂が失せた後、そんな事が起こっておったとは・・・儂の逆か。まあ、儂に起こったのじゃから、否定のしようが無いのう。」
「ええ、私も転移した当初は驚きの連続でしたよ。いえ、帰ってからまさかあの大御所俳優の蘇芳殿があの爺・・・海棠殿の兄と知った事も驚きでしたがね。」
「わかるのう。」
これは二人にしか理解出来ない事だ。それ故、二人は苦笑し合い、お互いに無事であった事を笑い合う。ちなみに、彼がわかる、と言ったのはカイトが転移してから驚きの連続であった、という事と、自身が海棠翁の兄と言うことの両方に、である。
「にしても・・・日本3大派閥、ですか・・・日本ではそんな事になっていたのですね。」
「うむ。事情は先に語った通りじゃ。さて・・・で、お主がここに来たのはこれだけが理由ではあるまい?先ほどの理由であれば、別に儂を探しに来た、というのでも無いしのう。」
「ええ、さしもの私も今はまだ、エネフィアに帰る事は出来ませんからね。幾つかお願いがあって参りました。」
そうして、カイトは自身の通う中学校の編入届けと、留学生受け入れのパンフレットをカバンから取り出す。それを見た蘇芳翁は演技でもなんでもなく、素の表情でぽかん、となる。
「・・・む?」
「あはは。まあ、そうなるのはわかります。」
「まあ、端的に言うとのう。余も学校に通いたくてな。戸籍等が必要となるんじゃが、そこら辺なんとかならんか、と言いたいのじゃ。」
「ああ、なるほど。そういう事でしたか。不可能では無いですが・・・魔王殿。そのお姿では・・・」
カイトの苦笑から説明を引き継いだティナの説明に、蘇芳翁が少しだけ言い難そうにする。それにティナは姿を変えてみせる事で答えを示し、それを見て蘇芳翁が納得した。ちなみに、彼がティナに対して丁寧語なのは、エネフィア時代の彼女の業績を知っているからだ。まあ、のちには普通の口調に変わるが、今は丁寧語である。
「分かりました。それについてはお引き受け致しましょう。そういった事を行うのも、儂等の仕事。他国から逃げてきた妖族の中には戸籍を持たぬ、もしくは捨てざるを得ぬ者も少なからずいます故。それ専用の窓口も有りますので、それを使いましょう。ただ、多少時間が・・・」
「構わぬよ。そもそも通える事自体が余には僥倖よ。多少待つぐらいは別に構わん。」
「承りました。およそ一週間で手筈を整えましょう。国籍は?」
「ふむ・・・カイトよ。何か良い国はあるか?」
「さて・・・取り敢えず日本は却下だな。何か良い国はありますか?」
「ふむ・・・それならば、適当にでっち上げておきましょう。学校についても我々の知り合いが経営するそういった専門の学校に席をとっておきましょう。」
カイトの問い掛けに蘇芳翁が幾つかのプランを提案していく。そうしてそれらが決定した所で、カイトが蘇芳に尋ねた。
「有難う御座います、蘇芳殿。で、1つ問うておきたいのですが・・・」
「何じゃ?」
「もう日本にあるもう二つの組織の事です。これらのウチ、天道家等の組織は事情を含めて理解しました。ですが、もう一つは?」
「ふむ・・・これも良くわからん。儂等は基本相互不干渉じゃ。トップが艶のある美女で、名がエリザと言うぐらいよ。他の事は大してわからん。が、まあ、あちらも儂等も存在が表沙汰にならぬ限りは共同歩調も取らぬし、不干渉を貫く。」
日本に昔から居る異族で出来た派閥と、流れ者の派閥、そして、人間に混じって根を下ろした派閥。やはりそりが合わない事が多いのだろう。それ故、相互不干渉を旨としたらしい。蘇芳翁の横に腰掛けて秘書役となっていた菫が補足を入れる。
ちなみに、ティナの戸籍の捏造を実際に指揮するのは彼女であった。蘇芳翁はまとめるだけで、大して自らで動くことは少ないらしい。
「そうですか・・・まあ、そういうことでしたら、仕方が有りませんね。魔術については隠れて使えば問題無いのですね?」
「うむ。先に説明したように、お主ら程の力量であれば隠れて使えば何ら問題無い。」
最後にもう一度だけ、カイトが念の為に確認を取っておいた。魔術は自分達―特にティナ―にとって、生命線だ。それに念を入れるのは不思議ではない。
「分かりました。肝に銘じておきます。では、私達はこれでお暇させて頂きます。」
「うむ・・・おぉ、そうじゃ。菫。儂とお主の連絡アドレスを渡してやれ。またかような手段でアポイントを取られてもかなわんからな。」
「確かに、そうですね。少々お待ちを・・・では、此方を。アドレスを登録しておきましょう。」
立ち上がったカイト達に蘇芳翁が告げ、更に菫も頷いてスマホを取り出す。そうして、カイトとティナ、菫、蘇芳翁のアドレスを交換する。
ちなみに、何故ティナもスマホを持っているのかというと、カイトが偽名で購入したスマホを持たせているからである。これを渡された後、いきなり分解しに掛かった事を、カイトは数年後も忘れていない。
「では、これにて・・・っと、忘れる所だった。蘇芳殿、手土産です。」
そうしてカイトは去り際に、無造作にとある鉱物を机に置いた。
「これは・・・っ!」
そうして、カイトが去り際に置いた鉱物を見た瞬間。彼の顔に浮かんだ満面の笑みは、彼の弟にそっくりな物であったという。
そうして、その日の夜。カイトは両親にティナの居候を持ちかける事にした。
「あー、親父、母さん。ちょっと今良いか?」
「んー?なんやー?」
「何ー?」
夕食も食べ終わり、のんびりとゴールデンタイムのテレビ番組を見ていた二人がカイトの問い掛けに応じて顔を向ける。それに、カイトはちょっとだけ罪悪感を感じつつも、大して抵抗なく魔術を準備する。
「こないだティナ、って娘いただろ?」
「お、なんや。付きあっとるんか?」
「いや、違うって。アイツ、留学する予定だったんだが、その留学先の家が急遽都合が付かなくなったらしい。んで、知り合いでなんとかならないか、とさっきお鉢が回ってきた。」
「ん?どういうことや?」
見知らぬ少女では無いわけだし、この間あった感じでも悪い感は無かったらしく、サイトが真剣な顔で事情を聞いてきた。綾音はどうやらサイトに任せる事にしたらしく、興味深げではあったが、口を挟もうとは思わないらしい。
そうして、予想以上に食付きが良かったので、カイトは待機状態の魔術をそのままにしておいて、事情を説明していく。
「なる程な。それ、向こうの人はなんて?」
「あー、取り敢えず、一度電話で話したい、らしい。」
「ふーん・・・お前、何時の間に英語出来る様になっとったん。」
「ん、まあ、色々とゲームやってりゃ英語使うし。」
「はーん。ま、取り敢えず繋げや。」
取り敢えず親に相談する、と言うことにして一度電話を切った、とカイトが告げたので、サイトがスマホを取り出す。それにカイトはチャットモードにして、電話を繋いだ。すると、一人の金髪碧眼の美女が映る。当然だが、向こう側に居るのは大人状態のティナである。
そうして、カイトは出る幕ではないので、サイトとティナが色々と会話を行う。ちなみに、サイトは英語が喋れるので、会話は全て英語である。
『そうですか。それは大変でしたね。』
『ええ、私どもとしましても、急なご不幸では如何ともしがたく・・・それで、如何でしょうか?』
『分かりました。そういうことでしたら、お受けしましょう。娘さんはきちんと、私共の方でお預かり致します。』
『有難う御座います。』
ところどころで難色を示した部分には魔術で意識を制御させてもらったが、大して使う必要が無く打ち合わせは終了する。
「カイト、んじゃ、お前きちんと部屋の用意しとけよ。綾音、悪いけど頼むわ。」
「あいよ。」
「はーい。」
そうして打ち合わせが終了し、つつがなく受け入れが決定されたので、サイトがカイトにそう命じて、その補佐を綾音に頼む。そうして、大慌てだが、ティナの受け入れの手筈を整えるのであった。
それから一ヶ月後。晴れて天音家居候となったティナが天音家の前に大きめのスーツケースを持ってやって来ていた。中身は大慌てで買い集めた海外ものの衣服である。
「よろしくお願いします!」
「と、言うわけで、今日から一緒に暮らす事になったティナだ。」
「およそ一年程度じゃが、よろしく頼む。」
カイトの紹介に、ティナが頭を下げる。そうして、ティナの居候生活が始まるのであった。
お読み頂きありがとうございました。
 




