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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第8章 騎士王の帰還編

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断章 英国の騎士王編 第19話 騎士と人と

 今から遥か遠く過去。それはまだ8世紀頃の事、だ。一つの大きな戦いが、それこそ国がほとんど滅亡するほどの大きな戦いが、あった。だが、それは過去形だ。既につい先程戦いは終わり、今はその最後の生き残りの二人が、木陰で休んでいた。


「ベディヴェール・・・少し、眠いな・・・」

「は・・・もう、戦いは終わりました。私がここをお守り致します故、陛下はしばし、お眠りください」

「ええ。そうさせてもらいます・・・そうだ。ベディヴェール卿・・・これを、湖の乙女・・・その長姉たるヴィヴィアン殿に、返してください・・・」


 休んでいたのは、カムランの丘を終えたアルトと、カムランの丘の戦いの最後の生き残りである、先代のベディヴェール卿だった。

 そうして、差し出された一振りの宝剣を見て、ベディヴェールが目を見開いたが、主命とあって、頷いて、受け取った。


「・・・かしこまりました」


 その場から、ベディヴェール卿が立ち去る。ヴィヴィアンの所に、宝剣<<湖の聖剣(エクスカリバー)>>を返しに行ったのだ。


「奴の事だ。返さず、持って帰って来るだろうな・・・」


 アルトは力なく、苦笑する。もう、誰も居ない。それ故に、彼の笑みは、王としてでは無く、古くの友人としての物、だった。


「いつっ・・・額が割れているな・・・目が霞む・・・身体が怪我の治癒を優先しようとしているのか・・・」


 額から流れる血が目に入り込み、アルトが顔をしかめる。普通の人間ならば、額を叩き割られればそれで即死だ。

 だが、アルトは普通の人間では無い。当代最高と歌われる魔術師マーリンの手により、人為的に龍の因子を胎児の段階で覚醒させられた人造の祖先帰りとでも言うべき存在、だった。

 それも、そのマーリンの腕前はかなりの物で、彼はまさに、龍族と等しい身体を持ち合わせていた。それ故、額を割られた程度では、死にはしない。喩え心臓を貫かれても、死ぬ事は無いだろう。

 とは言え、死なないだけで、普通に大怪我ではある。それ故、身体が治療を優先する為、強引に意識を停止させようとしていたのであった。そうして、自らの身体の調子を精査していると、ベディヴェール卿が帰還する。


「・・・返してきましたか?」

「・・・はい」

「・・・もう一度、向かいなさい」

「っ!・・・分かりました」


 彼が見越した通り、そして、物語に伝えられている通り、ベディヴェール卿は、聖剣を返還しなかった。なのでアルトは再度、自らに付き従う騎士に、返却を命ずる。だが、次の一度もやはり、返却せずに、帰還する。


「ベディヴェール卿・・・これは、主命です。<<湖の聖剣(エクスカリバー)>>を返却してきてください」

「・・・陛下・・・それでよろしいのでしょうか・・・」


 伝えられている事と、真実は違う。これもまた、その一つだ。既に殆ど目の見えない状態に陥っていたアルトに対して、ベディヴェール卿が問いかける。


「・・・え?」

「これは、陛下が持つべき物・・・これが失われれば陛下が失われてしまうのではないでしょうか・・・? 私は、それが不安なのです・・・」

「大丈夫です・・・私は、少し眠るだけ・・・その間、良からぬ者に奪われぬよう、ヴィヴィアン殿に預けるだけ、です・・・安心しなさい」

「・・・はっ」


 アルトは最後の力を振り絞り、微笑みと共に、ベディヴェール卿に最後の命を送る。それは、嘘だ。それは二人共理解していた。だが、それでも、そんな優しい嘘を、先代のベディヴェール卿は受け入れる。そうして、三度、彼が戻ってきた。


「陛下・・・手が現れ、<<湖の聖剣(エクスカリバー)>>を掴み、湖の中へと・・・」

「そう・・・ですか・・・よく、命を果たしました・・・ベディヴェール卿・・・では、後事を頼み・・・ます・・・」

「は・・・い・・・」


 涙を流しながら、先代のベディヴェール卿が頭を垂れる。この後、アルトはヴィヴィアンやモルガン達に運ばれて、未来の彼が居城とする『常春の楽園(アヴァロン)』へと、運ばれていく事になる。だが、そこで治療に専念する間、一つの問題が、彼に起こった。


「目覚めない? 傷が癒えているのに? どういうこと?」

「そのままの意味。傷は癒えて、肉体は賦活している。でも、目を覚まそうとしない」

「そう・・・」


 眠りに就くアルトの側で、水色の髪の少女と、少しラベンダー色が掛かった銀色の髪の少女が、何処か悲しげな瞳で、話し合う。二人共人間では無いらしく、背中には半透明の羽があった。

 小柄な容姿や愛らしい容姿等から、おそらく彼女らは妖精族だろう。それから更に暫く、彼は目覚めぬまま、病院の一室で眠りに就いたまま、だった。


「・・・これで、100年目・・・一体どうして、彼は目覚めないのかしら・・・」

「・・・分からない。何が起きているのか・・・」


 当時の医学でも、いや、現代医学でも理解不能な原因不明の昏睡状態に陥っていたアルトの横で、再び少女達が語り合う。顔は前と同じく、辛さを抱えたまま、だった。


「何かしてあげられることはない?」


 銀色の髪の少女の問いかけに、水色の髪の少女が申し訳無さそうに首を振る。


「そう・・・」


 この会話が何度目になるかわからない。おそらく数千回は繰り返された会話、だった。だが、それでも、何かをしてあげたい、と銀色の少女は願っていた。そんな銀色の少女に対して、水色の少女が、この場で唯一確かな事を告げる。


「・・・でも・・・マーリンの仕掛けた術式が万全に働いている事だけは、確か」

「そう・・・」

「何か言わないの?」

「言う権利は私には無いわ」


 水色の少女の問いかけに対して、銀色の少女が悲しげに告げる。彼女らの頼みの綱は、運命に巻き込まれて今なおとある場所で閉ざされた世界に封ぜられた老魔術師、だった。彼がいつの間にやら残していた魔術が、彼に何かを行っていた。それだけが、頼みの綱だった。

 水色の少女は、契約によって、その老魔術師をその世界に閉じ込めたのだ。それは定められた事、だった。だが、それが無ければ、アルトがここで眠る事も無かった。それ故の、言葉だった。

 しかし、一方の銀色の少女もまた、アルトに対して罪を抱えていた。それは、水色の少女よりも遥かに業の深い物で、そして、アルト自身が傷を負った物、だった。そうして、そんな銀色の少女に対して、水色の少女が問いかける。


「・・・それで、あの子達は?」


 今度は銀色の少女が首を振る番、だった。それは、未だにアルトが発見できていない二人に関しての事、だ。多くの騎士達は、その人外の血の力により、なんとか命からがら、いや、肉体を失いながらも、かろうじて生きていると言える状態、だった。だが、その二人だけは、彼女らが収容するよりも前に、何処かへと消え去っていた。


「はぁ・・・あの子は、まったく・・・」

「一番、自責の念を抱えていたのが、あの子よ。何処に行ったのか、もうさっぱり。私にさえ、黙って何処かへ行っちゃったもの」


 水色の少女のため息混じりの言葉に、銀色の少女もまた、首を振る。二人が言うのは、騎士ランスロットの事だ。彼は、アーサー王との軋轢から、カムランの丘の戦いに参戦していない。

 だが参戦したどの騎士達以上に、精神の方に多大な傷を負っていた。何を考え、何処に行ったのか。それさえも、ようとして、分からなかった。


「・・・今は、マーリンの術式に頼るしかない」

「そう、ね・・・」


 二人は縋るように、祈るように、二人の側で眠るアルトを見る。しかし、それからどれだけ待っても、彼が目覚める事は、無かったのだった。




 一方、その頃。アルトは未来で彼が述べた通り、意識だけ、別世界に飛ばされていた。いや、正確に言えば世界と世界の狭間、というべき空間だろう。

 これは致し方がない事だったのだが、彼が超長時間眠り続けていたのは、精神がこの空間へとやって来ていた所為だった。少々時間の異なる空間である所為で、彼にとっては少しの間の出来事でも、長時間が経過してしまっていたのである。


『ここは・・・』

『お主の居た世界とは遠く離れた異世界、だ』


 アルトの問いかけに答えたのは、老人の声だ。それは彼が即位する前から親交があり、誰よりも信頼した老魔術師マーリン――未来のマーリンの高祖父――の物、だった。その声に、アルトはまどろみの中、問いかける。


『何故・・・ここへ俺を?』

『既に言っていた通り、あの破滅は必然だ。だが、お前は何故必然だったのかを、理解しているか?』

『必然・・・? ああ、そういえば・・・』


 そう言われたな、とアルトは心の中で思い出す。それは、彼が<<湖の聖剣(エクスカリバー)>>を執るよりも遥かに前。<<王たる証の剣(カリバーン)>>を初めて手にした時の事、だった。


『この剣を抜けば、国は栄華を取り戻す・・・だが、同時に、滅びも訪れる。それでも、手に取り、騎士達を指揮するか?』

『ああ。それでも、俺は・・・』


 それでも、俺は。そう言って頷いた事を、アルトは思い出した。恐れは無かった。それしか無い、と思っていたからだ。だが、今にしても、何故そうなったのかだけは、理解出来なかった。

 そうして、そんなアルトに対して、老魔術師は、かつてまだ彼が王として即位するよりも前と同じく、柔和な声で問いかける。


『・・・のう、アルト・・・お主は、そのお主が、剣を取り、そして、そうであるが故に、ケイもベディヴェールも、付き従った。忘れておらんな?』

『ああ・・・ガウェインもユーウェインも・・・ランスもモルも、全員が来た時の事を、覚えている・・・』


 悲しげな声で、アルトは老魔術師の問いかけに応ずる。だが、あの時の全ての騎士達の眩い輝きも、今となっては一時の平和となったあの輝かしい時代も、全てが、今の彼を苛む棘、だった。


『何故・・・こんな事になってしまったんだろうな・・・』

『わからんか?』

『わからないのか? 分かるわけがない! 俺は国に全てを尽くした! なのにこのざまは何だ! 最高と信じた友に、最高と頼んだ仲間に、愛した家族に裏切られた俺の一生に、どんな意味があったというのだ!』


 戦火に焼かれ、無垢な子供たちの嘆きが響く眼下の光景に、アルトが声を荒げる。彼はこの一時、ここが異世界である事を、失念していた。それに、少しだけ、老魔術師が悲しげな声をこぼした。


『そうか・・・見ておれ。これから先、一つの物語が始まる』

『・・・それが、何の意味がある?』

『お主は、過ちを正さねばならぬ。そして、再び目覚めなければならぬ。偉大なる騎士王アーサーとしてでは無く、真のブリテン王アルトリウス・ペンドラゴンとして』

『失敗したこの俺が、か?』


 自嘲気味に、アルトが問いかける。だが、この時点においてさえ、彼は気付いていない。ここに居る彼は、『アーサー王』では無いという事に、だ。そうして、止まっていた時が、動き始める。


『偉大なる騎士団の皆! 剣を取れ! 諦めるな! 私が共にいる!』


 声が響く。どうやら、ここは戦場らしい。とは言え、おかしな点があった。その声は、まだ少年の物、だった。


『ルクス! 逸るな! お前はまだ若い!』

『ですが、父さん! このままでは戦線が瓦解します! 僕が突貫を掛けて、包囲網を抜け出す必要がある!』

『ならば』

『父さんは指揮の必要がある! なら、僕が!』


 どうやら少年とこの騎士団の団長は親子らしい。息子を最も危険な死地に送れない、という親心を見せた父に対して、少年の方はそれを聞かず、一気に突貫を開始する。それに、それを見ていたアルトが、思わず、苦笑した。


『・・・若いな』

『若い頃のお主にそっくりではないか?』

『・・・否定はしないさ』


 老魔術師の楽しげな茶化した言葉に、アルトが少しの照れを見せる。確かに、似ていた。大昔、まだ彼が騎士団を率い始めた頃は、確かに彼もこのように自分がきっかけとなり、困難な戦いから逃れようと苦慮した物だった。

 まあ、彼の場合もっと悪いのは、彼自身が騎士団の団長だった、という所だろう。老魔術師や彼の義兄達の心労は、それは筆舌に尽くし難い物だった。それはさておき。戦いはこの少年の圧倒的な活躍により、その場を脱する事に成功していた。


『少しだけ、時を進めよう』

『そんな事が出来るのか?』

『ふぉふぉ・・・儂を誰だと思っておる』


 イタズラっぽい声が、アルトの脳裏に響く。どうやら、出来るらしい。老魔術師の言葉では、ここは本来は来れない場所、らしい。精神だけになったアルトとこの老魔術師だけだからこそ、なんとかねじり込む事が出来た空間、とのことだった。


『・・・まあ、これは未来の映像じゃ。本来は誰も見れぬ物。その一部を、儂が切り取ったのよ』

『・・・貴様が何が出来たとしても、俺は驚かない事にしている。そもそもその姿さえも偽りだろうに』

『つまらんのう・・・』


 アルトの返しに、老魔術師が拗ねる。どうやら彼はイタズラっぽい性格らしい。とは言え、時を進めない事には、話は進まない。そうして、物語は少しだけ、時が進むのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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