断章 第3話 ティナ編入編・ティナと伝説の刀匠
蘇芳翁と思しき俳優が行う演劇を見に来ていたカイトとティナ―とカイトの使い魔の月花―だが、目的である蘇芳翁は彼の弟から聞いたとおりに、お茶目な性格のようだ。演劇が終わりしばらくすると、劇が行われた劇場のメインホール前のエリアに彼がやって来て、人だかりが出来上がった。カイト達は蘇芳翁とコンタクトを取る前に、人だかりをどうにかしないと行けない状態だった。
「これは・・・」
「どうするかのう・・・いっそ蹴散らすか?」
「やめろよ。勝てないことは無いだろうが、最悪お前の転入なしな。」
「むぅ・・・」
まさに黒山の人だかり、といった具合に辟易したティナが若干本気だったので、カイトが肩を落として告げる。それを受けてティナは少し残念そうだったが、なんとか踏みとどまった。が、まあカイトにもその気持はよく理解できた。そうして、二人の辟易を他所に、月花は一人蘇芳翁の見極めを行う。
「多分、その人で合っています。遥か昔にかのご兄弟に謁見した折り、確かにあの魔力を感じました。」
「まあ、確かにあの魔力はどこか爺に似た質があるが・・・此方は見知ってもらえているのか?」
一同は若干漏れでている魔力を感じ取り、件の蘇芳翁は一角の人物である事は見抜く。が、それだけだ。彼が異族である事までは見切れないし、探している蘇芳翁であるのかは更に謎である。
「いえ・・・あの当時は私は月天でも有りませんでした。私も燈火も単なる側付きの童女でしたので・・・ダメ元でやってみる価値はある、ぐらいにお考え下さい。」
「なら、やめておくか。月花、例の物は?」
「此方に。」
月花はカイトの問い掛けを受けて、ずっと背負っていた野球のバッドを入れるスポーツ用品をカイトに手渡す。動きやすく丈の短いミニスカ風にアレンジされた和服の銀髪美女に似合わない道具だ。しかし、中身は件の蘇芳翁が彼の想像通りの人物ならば、反応せねばならない物だ。まあ、更に切り札をカイトも幾つか持ってきているが、それは彼の確証を得られた時に切る切り札としておきたかった。
「良し。まあ、さすがにあの爺の兄貴なら、これがわからないはずは無いだろ。」
「曲がりなりにも村正流月下美刃。わからぬ筈が有りません。」
「そもそもであれは些か並みの者でもわかるのが、若干痛いのう。」
「ふふふ、有難う御座います。」
ティナの賛辞を受け、月花が嬉しそうに微笑む。自らの愛刀を褒められて嬉しくない剣士は少ないだろう。それに、彼女の愛刀はそれを持つ事自体が誇りであった。
村正流月下美刃はある種、中津国の全ての剣士の憧れに近い。それを得られているということは、それ即ち彼女が中津国の誇りを佩びる事を許された剣士であるのだ。そして、それを許された役職を『月天』と呼び、それは即ち中津国の武に於いて最強の証であった。
ちなみに、中津国では武官に於ける頂点を『月天』と呼ぶのに対し、文官の頂点を『日輪』と呼んでいる。尚、これは実力に対して与えられる呼び名で、対外的な地位としては関係が無いのだが、実際にはこの名を持つ者が頂点を務める場合が多い為、この名で呼ばれる事の方が多かった。
「あの、蘇芳さん、そろそろ・・・」
「なに、別にもう少し良いじゃろう。ほれ、この場の皆とももう少し握手でもしておきたいしのう。なぁ?」
「そうですね。」
そうして暫く状況を見守っていたカイト達だが、出来上がる黒山の人だかりは減るどころか増す一方だ。悪いことに蘇芳に触発された若手俳優達がファンサービスに外に出てきてしまい、更に増えたのである。
あまりに見かねたスタッフが、この場を取り仕切る蘇芳にかなり焦った様子で告げるぐらいに騒然となっていた。が、蘇芳はそれを聞き入れず、隣に居た若手俳優達にも問い掛けてもう少しファンサービスを行うつもりのようだ。その姿勢に、ファン達が更に黄色い歓声を上げる。
「さて・・・そろそろ行くか。」
「この場でか?」
カイトの言葉に、ティナがかなり呆れを含んだ声で尋ねる。まあ、カイトもそう思うが、自分たちにはとある力があるのだ。別に人混みがあろうとなかろうと関係が無い。なので、カイトはこの場で異質な力を放出する。それは、誰にも分からない筈の力だ。だが、その瞬間。わかる者にはわかる、明らかな変化が訪れた。カイトの出した魔力に応じる様に、別種の魔力が威圧感として放出されたのである。
「ビンゴ。」
そのもう一方の魔力の放出源は、明らかに足を止めた蘇芳翁であった。彼はかなり警戒しながら、表向きはスタッフの提言に従ったフリで引っ込もうとする。が、その最中で聞こえた男の声に、此方を振り向く。そうして、明らかに目があった。
「蘇芳さん、握手をお願いしていいですか?」
「ほう?こんな老人で良いのか?何ならお主に似合う女優でも呼んでやるが?」
「ええ、貴方でお願いします。」
「隣のお嬢さん方もかね?」
「む?まあ、余もお願いしようかのう。」
「ええと、私も。」
カイトの右手を差し出した願い出に、蘇芳翁も右手を差し出しながら答える。そうして、月花の手を握った時、蘇芳翁が顔を顰めた。後に聞けば、どこかで触れたことのある魔力だった、との事であった。
「・・・む?」
「・・・貴方はやはり件の蘇芳翁でしたか。」
「何?」
カイトの言葉に、いよいよ警戒感MAXで蘇芳翁が顔をしかめる。それに周囲が先ほどまでと異なる意味合いで騒然となるが、そのどこか敢えて険悪になる様に仕向けている様な楽しげなカイトに、ティナが呆れて止めに入った。そして、それと同時に月花が蘇芳に謝罪する。
「カイトよ、いい加減にせい。別に喧嘩を売りに来たわけでもない。いい加減に本題に入れ。」
「失礼しました。貴方に気を向けていただくため、仕方なくの無礼。我が主の無礼、平にご容赦を。」
「ったく・・・失礼しました、蘇芳翁。」
「ふむ?」
気付けば敢えて気づかせておいて、更に握手をしても何も仕掛けてこないあたり、自分の敵の可能性は低いと考えたのだろう。急に丁寧な応対を始めたカイトに、少しだけ蘇芳翁が警戒を解く。それを見て、カイトが背負ったバット入れを差し出した。
先ほどのティナの言から、蘇芳翁はこれこそが本題と気付き、かなり警戒しながらではあるが、それを受け取る。そうして、手に持った感覚から自身に馴染む重さであったので、直ぐに中身に気付いて興味を覚えた。
「1つ、お尋ねしたい。これに見覚えは?」
「ふむ・・・中は・・・ほう、刀か・・・っ!?何故じゃ!何故これがここにある!あり得ん!」
一同が見守る中、中を検めた蘇芳翁の顔に満面の驚愕が浮かぶ。その手はわなわなと振るえ、そうしてその意味を悟った彼は大慌てでカイトに問い掛けた。周囲はあまりの慌てように静まり返るが、蘇芳翁はそれらを一切無視する。周囲に気を配れない程に、彼にはこれは有り得ない事だったのである。
カイトはこの反応を以って、彼こそが村正流初代の片割れ、蘇芳 村正である事を確信する。そうでなければここまでの慌てようは有り得ないのであった。
「お主、どこでこれを!いや、これはどこで誰が、何時打たれた物じゃ!」
「誰、とは聞く必要の無い事かと。それは貴方が最もご存知の筈。何時、についてはおよそ100年・・・いえ、正確には400年程前です。」
「・・・お主、何者じゃ?」
「ここでは憚られます故、どこか別の日時にお会い致したいのですが・・・」
ここに来て、蘇芳翁は二つの事を悟る。1つは、カイトが自分の故郷の事を知っている、ということ。もう一つは、自身のアポイントを取ろうにも取れなかった、ということだ。だから、ここまであからさまに目立ち、噂にされるリスクを犯してでも警戒される方法を取らざるを得なかったのだと気付いた。そうして、カイトの申し出に彼は即断し、更に騒動を聞きつけたマネージャーへと問い掛ける。
「良かろう。ふむ・・・御影、次の空き時間は何時じゃったか?」
「はい?お会いになられるのですか?」
「そうせざるを得ん。」
怪しい連中だ、と思っていたマネージャーの男は翻意を迫ろうと思っていたのだが、蘇芳の剣幕に気付いて取りやめる。それほどまでに彼の顔には真剣な表情が浮かんでいたのである。その顔を見たマネージャーは、代わりとして自身も同席する事を提案し、面会が可能な日程を絞り込み始める。
「・・・わかりました。ただし、私も一緒にですからね・・・ありました。三日後、午後18時以降ならば空きがあります。」
「ふむ・・・三日後か。同席は構わんか?」
「申し訳ないですが、そちらに判断して頂きたい・・・残念ながら、私共はあまり事情を把握していませんので・・・」
「ふむ、良いじゃろう。では、この喫茶店にこの時間で会おう。」
そうして、カイトは蘇芳翁からメモを受け取り、その日はそのまま帰宅することになる。そうして、3人は再び人気のないエリアへと移動すると、元の姿に戻る。そしてカイトは即座にスマホを取り出してメールを打ち、そのままティナと月花を送っていく、と両親に伝える。
「さて・・・なんとかなったか。」
「蘇芳様が息災で、私としても良かったです。ええ、非常に良かったです。」
「遠目に見た時はあの爺さまの兄とは思えぬ気さくさじゃったな。」
「いや、それは全く。」
ティナの言葉に、カイトが笑みをこぼす。自分たちの知る村正翁の兄というのだから、どれだけ偏屈なのか、と思ったのだ。だが、ファン達に応対するその姿と、カイトに対する応対には少しの茶目っ気があった。それに、兄弟の差を感じたのである。
「にしても・・・これであの爺に朗報が告げられるな。」
「なんじゃ?それは。」
どこか安心した様なカイトが取り出した白い紙の封筒に、ティナが首を傾げる。15センチ四方の大きさで、少しだけ厚みがあった。厚さは丁度5センチ程で、小さな物が入っているのか、少しだけ重量感があった。
「ん?ああ、単なるお届け物だ。さて、今日は帰るぞ。」
ティナの問い掛けをカイトは笑って詳細は語らず、一同は連れ立って帰宅するのであった。
三日後。カイトが学校から帰って直ぐにカイト達は再び連れ立って指定された場所へと訪れた。が、まだどうやら蘇芳翁は来ていなかったようで、暫くの待ち時間が出来る。そうして、その待ち時間を利用してぼんやりとしていたカイト―ティナと月花は興味深げに室内を観察中―だが、そこでそれに気付く。そうして、カイトの問い掛けに、同じくそれに気付いた二人が答えた。
「どう見る?」
「単なる警戒じゃろう。」
「そうですね。敵意に対して殺気が少ないですね。ええ、少なすぎます。」
「いや、スマンな。この場の事を教えたら、付いて来おったのよ。」
「当たり前です。先生の身に何かあれば、日本芸能界の多大なる損失です。」
と、そんな3人が少しだけ警戒したのを見計らったかの様に、蘇芳翁がマネージャーと言う御影を従えてやって来た。カイト達の言葉の正確な意味を把握した蘇芳翁に対して、どうやら御影は蘇芳の正体を知らない様だ。自分の事だと勘違いしていた。
「いえ、蘇芳さんは芸能界きっての大御所。その対応は間違った物ではありませんよ。私が貴方でも、そうさせて頂きます。」
「先生もそう言ってご理解いただければ良いのですけどね・・・」
が、知らぬなら、知らぬままにさせておいたほうが良いとカイト達は判断する。なので、カイトは勘違いをあえて増長させておく事にした。彼の言い分からすると、かなり強引にこの場に付いて来たのだろう。
「別に良い、と言ったのじゃがな・・・まあ、まずは、呼び立ててすまんな。自己紹介の必要は無いと思うが、儂は蘇芳 政宗。少し語っ苦しい名だとは思うが、俳優の傍ら刀匠もやっておるのでな。」
「私は蘇芳さんのマネージャーで御影 俊平です。」
蘇芳はどうやらカイトがこの3人のリーダー格だと判断して、カイトの対面に座る。そうして、着席すると、形式的ではあるが自己紹介を行う。
「私は天音 カイト。先日のご無礼、ここに重ねてお詫び申し上げます。」
「良い。なかなかに見事な演技であったぞ。」
「ふむ。次は余じゃな。余はユスティーナ・ミストルティンじゃ。お主にはこう言うた方が良いやもしれんな。魔王ユスティーナと。」
「私は『月天』の月花。お久しぶりです、蘇芳様。」
そうして、カイトの詫びを受け入れた蘇芳翁だが、続く二人の自己紹介に目を見開く。そうして、何か言いたげな蘇芳翁を遮り、カイトがまずは渡さなければならない預かり物を渡すことにした。
「さて、色々とお話とご相談があるのですが・・・取り敢えず、此方を。」
「・・・これは?封筒の様にも見えるが?」
カイトが差し出した白い封筒を受け取った蘇芳翁は、封筒に書かれた文字を見て、思わず疑いが先に出た。表紙に書かれた文字で弟の物であることは把握していたのだが、それを信じられなかったのだ。
「貴方の弟君からの手紙ですよ。」
「アヤツは・・・息災か?」
「ご自分で、ご確認を。」
返って来たカイトの言葉に蘇芳翁は、逸る気持ちを堪えながらカイトから受け取った白い手紙の封を開ける。そうして、出てきたのは少し分厚い紙の束と、1つの映像保管用の魔道具だ。さすがに魔道具はここでは使えないので、彼はわなわなと震える手で手紙を読み始めるのであった。
お読み頂きありがとうございました。




