断章 指導者編 第12話 未来への布石 ――もう一人のジャック――
少々考えて、話し言葉が一つの言語だけの場合は、「」を使う事にしました。表記が揺れて紛らわしいですが、舞台が海外が増えるだろう、と考えた故ですのでご了承ください。
大統領選出会議の開始から、数週間後。流石に大統領候補の選出はアメリカにとって最重要の議題の為、この間だけは、かなり頻繁に会合が開かれる事になっていた。
そんな中でジャックは幾人かの次の大統領候補者を見付けるも、それと並列して、もう一人のジャックのプロファイルを密かに行わせていた。
「・・・なるほど。幼少期にシュルズベリィ教授と出会っていたのか・・・」
ジャックは必要不可欠な最後のピースを手に入れて、ようやく大凡のプロファイルを終える。アーカムの、特にその中でもラバン・シュルズベリィ教授に関する情報は残念ながら、アメリカ政府では入手しにくかった。これは物別れに終わり袂を分かった事と件の教授の性質上、仕方が無い事だった。
だが、そこはやはり、世界最強と言われるアメリカ政府だ。少々時間は必要であったが、なんとか、詳しい情報の取得に成功したのであった。
「何かあったね・・・あの教授が動いたというのなら、それだけの何か、が」
そこから、だった。もう一人のジャックが動き始めていたのは。ラバン・シュルズベリィ教授との出会いの後、彼は精力的に活動を始める。
始め彼は厳しい子役としての稽古やオーディションを通過して、順風満帆に続けていく。だが、その後。米軍の軍学校に入学できる年齢になるとすぐに、今までの栄光に一切の未練も無く、軍大学に主席で入学する。ここが、ジャックが抱いた最大の違和感だった。
普通、忙しい俳優業の傍ら、何処かの大学に主席で入学なぞ出来るはずがない。しかも入学先はアメリカでも有数の難関校だ。有名俳優というネームバリューは通用しない。おまけに、その後は主席で卒業、だ。
となると、かなり昔から死に物狂いで試験の勉強をしていたはずなのだ。話題作りなどであるはずがない。主席で入学するとなると、これを目的としていないと、可怪しいのだ。
「・・・君は狙うかね。この椅子を」
ジャックは自分よりも二回り近くも年下のジャックを睨みつける。それは闘士としての笑みだ。彼もまた、元は軍人だ。それ故に、こういう血の気の多さは持ち合わせていた。
「・・・連れて来てくれたまえ。彼とは会う必要がある」
「よろしいのですか?」
ジャックの言葉に、事務官の一人が目を見開く。これは暗に彼を候補者の一人として認めた、という事だ。それもまだ軍属で、35歳に僅かに届かない――アメリカ大統領の被選挙権は35歳から――彼を、だ。
「ああ。連れて来てくれ。何を考えているのか。それを知る必要がある」
「かしこまりました」
大統領・ジャックの有能さは、全員が知っている。その彼が、必要、と断じたのだ。ならばそこには何らかの考えがあり、彼が見抜いた何かが、あるのだ。ならば、彼らはそれに従うだけだ。
そうして、大急ぎでアーリントンに連絡を入れて、次の作戦へ向けての作戦を練っているというもう一人のジャックを、呼び出す事にするのだった。
それから、数日後。マーリンがカイトの正体を突き止めていた頃だ。ホワイトハウスに、一人の軍服の男が呼び出されていた。件の『もう一人のジャック』だった。
「で? 大統領が俺になんの用事だ?」
「さて・・・それは私達には」
もう一人のジャックの言葉に、ここまで連れて来た男が首を振る。何も言うな、が大統領からの命令だった。そうしてそれを教えられていた為、もう一人のジャックも肩を竦めて呆れるだけで、ホワイトハウスの地下駐車場に降り立った。
「で? ここからどう行けば良いんだ?」
「あのエレベーターにお乗りください。それで、後はしばらく歩けば、係りの者が出迎えてくれるはずです」
残念ながら、もう一人のジャックはホワイトハウスに来た事は無かった。それ故に道を尋ねたわけなのだが、どうやら自分でいけ、という事らしい。それに彼は肩を竦めて、ため息混じりに歩き始めて、エレベータに乗り込んだ。
「仕事も立て込んでいるってのに・・・一体大統領が何の用事だ・・・?」
エレベータに揺られながら、もう一人のジャックは胡乱げにつぶやく。この独り言は漏らさず聞かれているのだろうが、彼には興味は無かった。
愚痴混じりだったもう一人のジャックであったが、そうして到着した階層で、彼は思わず目を見開いて、即座にエレベータのスイッチのある方の壁際に身を寄せる。
「ちっ! 一体何のつもりだ!」
身を寄せると同時に響いてきた銃声に、彼は思わず大声で問いかける。エレベータの停止と同時に見た物は、ホワイトハウスの警備を行っているらしい無人機だった。しかもそれがこちらに銃口を向けていたのである。そうして、困惑するジャックに対して、備え付けのスピーカーから声が響いてきた。
『ジャック。ここまで辿り着いてみろ。たまにはこういう訓練も悪く無いだろう? そこはホワイトハウスの警備員達が訓練を行う為の通路だ。何、大統領からの許可は貰ってある。その無人機を壊しても文句は言われん・・・が、先は長い。弾は無駄にするなよ』
「その声は・・・ジョン大佐か! 何のつもりだ! 引退したあんたがホワイトハウスで何をやっている!」
『私の居る所にまで来れば、教えてやる。ここまでこれれば、だがな。ああ、一応教えておいてやる。その銃弾はショック弾だ。当たれば一撃で気を失うぞ』
「ちぃ!」
ジョンの言葉――元上官――に、もう一人のジャックが舌打ちをする。理不尽な命令ではあったが、スイッチは反応してくれず、扉が閉まる気配も無い。進むしか無いのだ。そうして、しばらくの間、もう一人のジャックは機を伺う事にして、自らの装備を確認する。
「手持ち武器はHK45Cカスタムのみ・・・弾はこいつとマガジンが1。しかも今装填している弾は対人仕様の非殺傷弾か・・・ちっ。やってられん」
懐から特殊部隊仕様を更にカスタマイズした拳銃――ちなみに彼の私物――を取り出してセーフティを解除すると同時に改めて口に出してみれば、使える弾は20発も無かった。それ故、彼は舌打ちする。
「無人機の装填弾数は片側最大6000発・・・ガトリングは毎分120発での発射が可能・・・片側ずつで撃っているな・・・約100分耐えれば、ゆうゆうと進めるだろうが・・・そう甘くはないな」
何時も持っていたライター――喫煙者では無い為、単なる趣味――の側面を利用して、もう一人のジャックは無人機の様子を確認する。
そこに映っていたのは、機体の両側にガトリング砲が取り付けられたキャタピラ走行のずんぐりむっくりとした形の機体だ。まだ実戦配備はされていない物だったのだが、いろいろな試験も兼ねて、ここで使われているのだろう。
「・・・来るか」
当たり前だが、こちらは袋の鼠状態だ。そして敵はいつまでも外から撃つ必要は無い。と言うか、弾が切れれば敵は何も出来なくなる。出て来ないとなると、自分が動いて追い詰めるしか無い。
なので、動き始めた無人機を見て、ジャックは呼吸を整えて、意識を集中する。一瞬でもタイミングがずれれば、彼の負けだ。なので全神経を、無人機の音に集中させる。
「ここだ!」
無人機が自分を認識して射程に捉える一瞬の隙を突いて、もう一人のジャックは無人機の上を飛び越えて、後ろ側に回りこむ。そして彼は駆動する関係上どうしても出来る装甲の隙間に、拳銃を強引にねじ込む。弾は電流を流し込むショック弾だ。
そして、一度だけ銃声が響いて、薬莢が落ちた。一連の動きは流れる様で、まるで映画のワンシーンでも見ているかの様だった。
「・・・良し」
内部に直接電流を流し込まれて動きを止めた無人機を見て、もう一人のジャックは拳銃を抜き取る。破壊してもよい、という事だったので、遠慮無く破壊させてもらったのだ。これで、第一関門は突破だった。そんな様子を、監視カメラを通して、ホワイトハウスのある部屋でジャックとジョンが見ていた。
「・・・拳銃一発で無人機を破壊するかね、彼は」
「こんなことが出来るのは、奴だけですよ、大統領」
ジャックの呆れた様な言葉に、ジョンが笑う。何処が弱点でどう対処すべきか、というのを知った上で、更には類まれなる身体能力を使いこなさなければ出来ない行動だった。
「次の訓練システムを起動します」
「ああ・・・次はレーザーか。まあ、当然だろうが・・・切断、なんてならないだろうな?」
「当たり前です」
ジョンの言葉を受けて、訓練システムを操っていた職員が苦笑しながら頷いた。侵入者対策ならそれも可能なレーザーがあるが、流石に訓練でそんな物を使うわけにはいかないだろう。
まあ、それでも最高難易度の訓練でもう一人のジャックの動きを止める事になっていたが。だが、そうして見た光景に、ジャックもジョンも呆れ返るしか無かった。複雑怪奇な軌道で迫り来るレーザーをなんと、もう一人のジャックは全て避けきったのだ。
「あの複雑怪奇なレーザーを全て避けきるかね・・・彼は本当に人間かね?」
「我々がアイツの事をムービースターと持て囃す理由がご理解いただけましたか?」
「確かに、これは映画だね」
時に空中で身を捩り、時にまるで猫の様に時に地面にへばりつき、時に壁を蹴って回避していくもう一人のジャックに、二人だけでなく職員達も唖然となる。
この訓練は搭載されたものの、今まで誰も攻略した事が無い物だったのだ。それをゆうゆうと、そして華麗に攻略していく男の存在に、誰もが魅せられた、と言っても良かった。
ちなみに、訓練といっても怪我をしないレーザーでは無い。当たればやけどは負うぐらいには、出力が高いレーザーを使用していた。目に入れば失明は確実だろう。まあ、今のもう一人のジャック然りで訓練では特殊なサングラスをしているので失明の危険性は無いのだが。
「レ、レーザーエリア・・・無傷で突破・・・」
「次は無人機エリア、です。ど、どうしますか?」
頬を引き攣らせながら、職員達がジョンに指示を求める。訓練についてはジョンのアレンジがされていた為、彼の指示を仰いだのだ。というわけで、無人機の出迎えも彼の仕業だった。
「最高難易度で出迎えてやれ。ここらで、弾を温存しておいた成果が出る」
職員の問いかけを受けたジョンは笑いながら、自分でカスタマイズした訓練の中でも最高難易度の許可を下ろす。部隊がまだ活動出来ない為に暇潰しで作ったのだが、それ故、かなりの高難易度だった。
というわけで、流石にここらでこの訓練にジョンの手が大幅に加わっているだろう事を、もう一人のジャックも理解した。
「ちっ! この悪辣さは大佐か!」
『よく理解したな。最近は暇だったんでな。徹底的に難しい訓練プランを作っていた』
「暇!? いつの間に復活してやがったあのクソ親父・・・」
飛び交う銃弾を避ける為に常に走りながら、もう一人のジャックは舌打ちをする。当然だが二人も知り合いである以上、ジョンの息子の葬式にはもう一人のジャックも行っていた。と言うか付き合いで言えば、もう一人のジャックの方が息子とは深かった。
それ故、その落ち込みようは彼も知る所で、その復活は聞いてもいなかった。なのでいつの間にか復活していたらしい元上官に思わず顔を顰める。
「ちっ・・・残り8発に対して、敵は9体・・・1発は実弾か・・・跳弾が怖いな・・・いや、そういえば・・・」
敵の動きを観察しつつ逃げていたもう一人のジャックだが、ふと気付いた事に笑みを浮かべる。それは噂として流れていた物で、ふとしたことで聞いた無人機の弱点だった。
とは言え、それを試すにも、拳銃で仕留めるにも、今のままでは、どう足掻いても接近は不可能だ。弾幕が厚い上にシステムの構築がジョンが主体である事で、敵陣に隙が無いのだ。というわけで、彼は少しだけ、切り札を切る事にした。
「隠しておきたかったが・・・仕方が無い」
もう一人のジャックは小さくつぶやくと、姿勢を低くして、逃げ込んでいた物陰から一気に飛び出る。それはかなりのスピードで、思わず誰もが目を見開く程だった。
「やはり、な」
「そのようだね」
そんな中。大統領と元上官の二人だけは、笑みを浮かべる。それはまるでそれを予測していたかの様だったのだ。
そうして、そんな二人が笑みを浮かべあっている間にも、もう一人のジャックは見る間に無人機達を撃破していく。やり方は先ほどと同じく強引に装甲の隙間に拳銃をねじ込んで、だ。
とは言え、それが出来るのも、弾があるかぎり、だった。最後の一発を使い果たすと同時に、彼は一気に無人機に肉薄して、敵の動きを観察するカメラ部分に全力で拳銃の底を叩き付けて破壊して、そのまま後ろに回りこむ。
「おぉおおお!」
彼は敵を見失って混乱する無人機の後ろに回り込んで渾身の力でガトリング砲の片方を掴むと、全身の筋肉を使って強引にガトリング砲を引き剥がしにかかる。
彼の聞いた噂とは、無人機のガトリング砲はその構造上、外から継続的に力が掛かると装填時に弾詰りが起きる事がある、という事だったのだ。
案の定、強引に仕様外の角度にされたガトリング砲の接続部分で装填時に弾詰りが起きて使用不可能に陥った。それを今度は逆側でも同じように試して、最後の一体を完全に行動不可能に陥らせた。
そうして、もう一人のジャックは安全の確保を行うと、思わず尻もちをついて、肩で息をする。如何に彼とて無限のスタミナがあるわけではない。ここまでの激闘で流石に疲れたのだ。
「はぁ・・・はぁ・・・これで、ここは終わりだ」
『よくやった、ジャック。では、少し休んで、次の部屋だ。後2部屋で終わりだ。へばるなよ』
「ちっ・・・」
スピーカーから響いてきた声に、もう一人のジャックが舌打ちをする。まあ、ここまで困難なのは彼の所為だ。舌打ちしたくなるのも無理は無い。
こうして、彼は更にもう二部屋を通過して、なんとホワイトハウス史上初となる完全無傷での訓練エリア踏破を、成し遂げるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




