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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第8章 騎士王の帰還編

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断章 提携編 第9話 聖なる杯の歴史

 結局。1月は業務提携以外には、どこの組織も動くことが無かった。というのも、魔術関連組織となると何処の組織も年末年始というのは普通の市民達が参拝――日本・神道――で忙しかったり、西洋暦とは若干違う旧正月が近く奉ずる者達の為に対外的に動きようが無かったり――中国・道士達――、聖人の出現を祝う公現祭という行事があったり――欧州・キリスト教――で、どうしても動けないのだ。

 こればかりは、人々の生活や信仰と密接に関係している魔術組織である以上、致し方がない事であった。それ故、カイト達も1月は業務提携に忙しい以外は平穏無事、という所だった。


「あー・・・マジで今年はこのまま楽に終わってくんないかな・・・」

「無理だろうな。そもそも貴様は一年と経たず一大組織のトップに就任し、他国の大勢力を破滅させ、私を復活させ、ベル達を受け入れ、ガブリエル達との間にホットラインを、だ。そんな事が出来るものなら、やってみろ」


 『最後の楽園(ラスト・ユートピア)』の執務室の椅子に腰掛けたカイトに対して、ルイスが笑いながらティナと同じことを更に詳細な事例を上げつつ告げる。

 ちなみに、今そのティナはここには居ない。インドラ達と共同で行っているサーバーの構築が大詰めを迎えており、天道財閥に向けて『キズナ』との接続申請等で忙しいからだ。若干急いだ感はあるものの、早ければ3月にも行われる事になった調印式までには仕上げたい、という思惑があった為、申請を急いだのだ。

 まあ、若干急いだ所で普通のハッカーではハッキングを仕掛けられないシステムだ。相変わらずちょっかいを仕掛けているマーリンについても魔術面では流石にティナに太刀打ち出来るはずも無く、ハッキングは無理そうだ、という事が分かった事もあり、問題無し、として申請を先にすることにしたのだ。


「お前ら一族は・・・まあ、それでもいいだろうさ・・・取り敢えず2月はどうなることやら・・・」


 叔母と姪が揃って告げた無理という宣告に、カイトが苦笑する。とは言え、今年いっぱい何も起きない、とはカイトも思っていない。そもそもそれは無理だろう、というのはカイトも理解している。


「今年は誰を仲間に引き込むつもりだ? なんなら死人でも仲間に引き入れるか?」

「もうやった」

「・・・貴様はどこまでぶっとぶつもりだ・・・」


 よくよく考えれば、カイトは死人を呼び出せるのだ。それを思い出したルイスが苦笑交じりだった。そうして、しばらくの雑談の後、一つのメモを見ながら、カイトがルイスに問いかけた。


「で、お前らが居た当時にあった聖遺物は、これで全部なのか?」

「ああ。抜けは無い。まあ、それに私が居るんだ。私の武器も失われていない」

『それは、まあ、あれらは強力ですからねー。そもそもルル様もぶっ飛んだ実力ですからねー』


 電話先のガブリエルが、ルイスの言葉に笑う。確かに彼女との電話番号の交換はホットラインだったわけだが、別に雑談等で使えないわけではない。というわけで、ついさっき電話があったのだった。

 まあ、今回は雑談名目での相談、だったが。内容はあまりに強力で行方不明になっている聖杯について、だった。流石にガブリエル達だけでは探しきれないし、かと言って彼女らでは道士達への横槍は難しい。カイト達とて使い道の無い爆弾を持っておきたくはない。協議の結果、カイト達に協力を依頼、という事になったのだ。


「でだ・・・結局聖杯って最後は何処にあったんだ?」

『それは・・・申し訳ありません。分からないんです。ナチス・ドイツの宝物庫にあった可能性が高い、という程度なんです。あまりに多くの権力者達が追い求め、その結果、もはや何時何処で失われたのか。最後は誰と誰が争ったのかさえ、不明なんです』

「はぁ・・・なんとも血生臭い聖遺物だことで」


 聖杯、という聖なる道具のはずなのに、嫌になる程の血が流れているな、とカイトとルイスは二人して苦笑する。それに、ガブリエルも苦笑するしかなかった。


『あはは・・・そうなんですよねー。まあ、そもそも聖人の血を受け入れた、ですからねー。呪われたりしてないと良いんですけどねー』

「一体何なんだ? 私が居た時代には、聖杯なぞ存在していなかったぞ」


 聖杯とは言うまでも無く、ローマ帝国時代の遺物だ。ローマ帝国時代にはすでに離反していたルイスはその存在を知る由もない。が、これにはガブリエルが少し申し訳無さそうに、首を振った。


『まあ、とんでもなく危険な物・・・というのでは無いです。少なくとも、武器では無いです・・・が、詳しくは・・・』

「わかった。じゃあ、形を教えてくれ」


 語れない。それは仕方が無いだろう。そしてカイト達も使うつもりが無いので、興味は無い。最悪はティナとルイスで同じ物を作るだけだ。

 とは言え、何もわからない、では探しようが無い。というわけで、ガブリエルが大凡の外形を語ろうとして、申し訳無さそうに首を振った。


『それが・・・実はもう形も分からないんです』

「・・・は?」

『聖杯はその名の通り、杯です。ですが、一番初めの聖杯は、語られる程、豪奢な物ではありませんでした』


 語れる所は語らないと、相手の納得を得られない。なので、ガブリエルは語れる所だけ、語る事にする。


『・・・そもそも、聖杯とは私達も生み出そうとして、生み出せた物ではありません。偶然の産物・・・それ故、聖杯とは当初、これ、でした』


 ことん、という音と共に、ガブリエルは何の変哲もない木で出来た杯を画面の前に置く。それは何処にでもある、それこそ子供でもナイフさえ使えれば作れる雑な器だ。取っ手も何も無く、100円均一でも買えそうなぐらいだった。


『・・・当たり前ですが、キリスト、と言っても当時はしがない男に過ぎません。銀を使うだけの金銭も、ガラスの様な高価な物を使うだけの権力も持ち合わせていません。私達もそこまでの力を持ち合わせていないのだから、当然、ではあるのですけどねー』


 笑いながら、ガブリエルは木の杯をコロコロと弄ぶ。これは単なる模造品でさえ無いのだ。問題は無い。ちなみに、後に聞いたらガブリエルが大昔に暇潰しにナイフ片手に作った、との事だった。そうして、ガブリエルがため息を吐いた。


『まあ、そこまでは、良かったんですけどねー・・・はぁ・・・そう、ここはまだ、良かったんですよねー・・・偶然に手に入った強力な魔道具に、私達も大喜び、でしたからねー・・・まあ、その後はあまりに危険過ぎる事がわかって逆に絶望、なんですけど・・・まあ、それはおいておいて・・・その後。いろいろあって聖杯が崇拝され始めた頃・・・大体西暦300年頃、ですかねー・・・その頃になって、流石にこんなボロが聖杯ではダメだろう、と誰かが言い出しましてねー・・・で、私達のあずかり知らない所で銀で塗装したり宝石で装飾したり、逆にこのデザインは気に入らない、とか言い出す者まで居た始末・・・』


 ガブリエルが本当に嘆かわしい、と言わんばかりの様子で首を振る。そうして、彼女は次に銀色に光り輝き、碧色の宝石で飾られた杯を画面の前に置いた。


『これが、私達が次に見た聖杯、ですよー・・・』

「おいおい・・・」

『ですよねー』


 カイトとルイスの引きつった顔に、ガブリエルも同じく頬を引き攣らせる。もはや原型が無かった。それは銀色の取っ手があったり様々な装飾でゴテゴテとしており、もはや先ほどの木でできた杯とは全く異なった様相だった。

 しかも、これが『次に』見た、だったのだ。その次もある、ということだ。そうして、再度ガブリエルがため息を吐いた。


『で、次がこれですよー・・・』

「・・・おい。取っ手何処行った」

「貴様ら・・・よくこれを聖杯と分かったな・・・」


 先ほどの銀色の杯から一転、金色に変わり、ごてごてしさは無くなったものの、ルビーと思われる宝石で装飾されていた。

 が、これはガブリエルに同じ物だ、と言われたからこそ理解出来たのであって、言われなければ絶対に別の物だ、と思うだろう。それ故、それを同じ聖杯だ、と判別したガブリエル達に、ルイスが思わず賞賛を送る。


『で、その次が・・・』

「まだあるのか・・・」

『これです』


 そうして再び二人の前に差し出されたのは、再び普通の木の杯だった。それに、二人は口を開けてぽかん、となる。どれだけの月日が流れたのかは知らないが、また元の聖杯に戻っていたのだ。


『これはアルトリウス王が探しだした時、ですねー。さすがに彼ももたらされた華美に飾られてゴテゴテしい聖杯に呆れ果てたらしく、豪奢で誰の目にも引き付けられるのが大切なのではなく、信仰こそが大切なのだ、と元に戻させたんですよねー。見付けた時には金色の杯に取っ手がついて、更にはマリアの像等が取り付けられた状態だった、らしいですねー』


 苦笑しながら、ガブリエルがようやく元に戻された聖杯についてを語る。が、ここで終われば、それで良かったね、だ。それで終わらないからこそ、問題なのである。


『で。次がこれ、です』

「・・・もう良いわ。取り敢えず最後の見せてくれ」

『はい。これから一千と数百年。最後に見付かったとされたのは、第二次大戦終戦間際のナチス・ドイツですねー・・・これは残念ながら、よく出来たレプリカでした。とは言え、これは本物を見て作ったのだ、と思われますねー』

「そうなのか?」

『本物のかけら・・・と言ってもその周囲にあった破片ですが・・・それを使われていたので、おそらく、ダミーとして埋め込んだんじゃないですかねー』


 カイトの問いかけを受けて、ガブリエルが疲れた様に語る。聞けばこういうような一件本物の様な偽物が大量にある為、もはや何処に本物があるのか誰にも理解出来ないらしい。一応本物は見れば分かる者には分かるらしいのだが、それを見て分かる者が少ない事が、最大の問題だった。


『その当時。私はとある方と一緒に居たんですが・・・まあ、それでナチスの倉庫に入り込んだんですがねー・・・どうにも、敗戦濃厚になって運びだされた後、だった様子ですねー。その方がアドルフ・ヒトラーから直接話を聞いて、本物は信頼する部下がUボートで運びだした、と明言されたらしいですねー・・・で、Uボートに信頼する部下となると・・・あの海軍元帥なんですが、其処からすぐにドイツ敗戦となり、流石に接触できなかったらしいですねー・・・最近聞いたら50年ぐらい昔になんとか会えた時には、そのことは連合政府にも隠し通しているので、墓まで持っていくつもりだ、と言われちゃったらしいですねー・・・』

「と、いうことはもしかして・・・最悪は・・・」

『海の底、という可能性は十二分にあり得ますねー。なにせあの当時本気で何処も彼処も見境なし、ですからねー・・・おまけに形も違う可能性は大ありですね』


 カイトの言葉を聞いて、ガブリエルが疲れた様に返す。当たり前だが、密かに財宝を運び出そうとするのなら、潜水艦、即ちドイツのUボートだろう。それを使って運びだされた可能性は無くはなかった。そうして、それを言われて、カイトが苦笑しつつ、ガブリエルに問いかけた。


「それ、もう安全じゃね? 見つかると思えねーよ」

『そう思いたいですねー・・・でも・・・ほら。こういうニュースを見ちゃうと、ねー・・・』


 カイトの問いかけを受けて、ガブリエルが苦笑しながらあるニュースをカイトに画面越しに見せる。それは、比較的最近のニュースだ。第二次大戦時代のドイツのUボートに盗掘者が入り、逮捕された、というニュースだった。

 とは言え、こういう報道がされるのは、誰が考えても氷山の一角だ。となると、何処で見つかっている可能性は無くはない。そして当然だが、そんな盗掘者達が魔術を知っているとも思えない。

 ならば、聖杯について単なる豪華な杯だ、と考えて、裏ルートで何処かに売りに出されていても不思議では無かった。盗掘品だ。しかも知らなければなんの由来もない豪奢なだけの盃だ。

 博物館等に収蔵されることは稀だろう。となると、単なる豪華な杯として、何処かの街の質屋で眠っている可能性さえ無くはないのだ。何処にあっても、不思議では無かったのである。

 そうして、一通りの事情を聞いて、ふと、カイトが気付いた事があった。当時ナチス・ドイツの倉庫に忍び込み、聖杯を探し求めている、という人物をカイトも一人だけ知っていたのだ。


「なあ、そういえばさる御方、って・・・金髪の男か? 結構イケメンで、今はイギリス系フランス人のアロン、っていう・・・」

『よくご存知ですねー。そうです。多分、その人だと思います。面談でも申し込まれたんですか?』

「ああ、あんたらが手引したのか・・・いや、ちょっと偶然知り合っただけでな。彼は何者なんだ?」

『彼が隠しているのなら、言わない方が良いでしょうねー。が、もし聖杯関連以外で何かがあれば、彼に協力して上げてください』


 どうやら日本での活動には彼らが手を貸していたらしい。それはカイト達でも掴めないはずだった。なにせ別ルートなのだ。しかも、今の今まで連絡も取り合えなかった相手だ。致し方がない。


『聖杯は・・・まあ、彼の望みを叶える事が可能かも知れませんが・・・それはやってはいけない事。私はそれを止める為に、一緒に居たんです』

「望み?」

『・・・これぐらいは、良いかもしれませんねー・・・彼は、広義的には過去を変えようとしているんです』

「なっ・・・」


 告げられた言葉に、カイトが絶句する。過去を変える。それは如何な魔術でも、如何な魔道具でも不可能だった事だ。それを、聖杯は成し遂げると言う。危険だ、というのも無理は無かった。


『偶然の産物。それが、聖杯です。ですが、偶然の産物であるがゆえに、そんな無茶苦茶な事が出来ちゃう、らしいんですよねー・・・私達も使おうとして収蔵しようとしているのでは無く、危険だから、収蔵しようとしているわけなんですよー・・・まあ、どういうわけなのか、それともそれを理解しているが故にか、聖杯の方が運命的に逃げちゃうんですけどねー・・・』

「分かった。最悪は破壊する」

『あはは・・・そう思いますよねー・・・でも、無理なんですよねー・・・もう聖杯という概念になっちゃってるんで・・・地球人類を絶滅させれば、破壊可能ですけどねー・・・』

「ちっ・・・」


 ガブリエルの泣きそうな顔での言葉に、カイトが舌打ちする。概念になってしまうと、もう破壊は困難だ。神様を殺せないのと一緒だ。概念を殺す事は出来ない。

 これは確かに、世界最大の勢力であり、なおかつそれを使用する事が無い彼らが持つのが最適だった。カイトも持っていたくない。ならば、彼らに返す事が最適だった。


「わかった。まあ、みつけたら、回収してそっちに渡す。これは使われるのは有り難くない」

『お願いします・・・ルル様も、お願い出来ますか?』

「なんなら、世界の狭間にでも封じ込めろ。簡単には回収出来んぞ」

『そんなの出来るのルル様だけですよー』


 ルイスの言葉に、ガブリエルが笑う。とは言え、彼女も危険だ、ということは理解したらしい。まあ、彼女は時空間系統の魔術の大家だ。誰よりも危険性を理解できていたのである。こうして、聖杯についてを学び、1月は終わりを迎えるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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