断章 提携編 第6話 もう一人の覇王
新たな年が明けて、しばらく。カイトは予てからの打ち合わせに従い、関西にあるとある大企業の本社へと足を運んでいた。それも何時ものラフな格好では無く、おそらく人生初となるビジネススーツ姿で、だ。
ちなみに、急な呼び出しだったので流石にオーダーメイドを用意するなぞ不可能で、近所の量販店にて上のロングコートとセットで10万程度の物を買った。当然だが、選んだのはティナとルイスの二人組である。
「お、お仕着せにしか見えね・・・」
当たり前だが、カイトはスーツなぞ着たことは無い。おまけにちんぷんかんぷんだった為、ティナとルイスによって着せ替え人形状態だった為、尚更、着せられている印象が強かった。
更に彼の場合、基本は純白の革のロングコートに黒のインナーというビジネスマンとは真逆の衣装だ。というわけで、彼からすれば違和感ありありだった。
「あー・・・まあ、悪いな、わざわざお前まで」
「いや、自由時間をくれて助かった。おかげで私もたまさか紫苑と会う事が出来た」
頭を掻きながら告げられた言葉に、刀花が苦笑気味に答える。関西、という事で刀花に自由時間を与えて、紫苑と会う時間を作ってやったのだ。
一応、刀花の転向の理由は実家の関係で、で実家は相変わらず京都にある事になっている。ならば、普通に実家から呼び出されたので、で問題なく言い訳が通用するのであった。まあ、実際に実家から呼び出しがあったのは、事実なのだが。
「さって・・・ここが、神宮寺財閥総本家、というわけか・・・でかいな、こっちも」
「張り合ったわけでは無いのだろうがな」
カイトの言葉に、刀花が苦笑する。天道財閥の総本山である本社ビルも100階建てという超高層ビルであったのだが、こちらもそれに負けず劣らずの塔の様な大きさの超高層ビルだった。まあ、こんな馬鹿な所で張り合うのは無駄だろうから、やはり何らかの理由があるのだろう。
「で、アポイントメントは取れているのか?」
「一応は、な。私が受け付けに行って、面会予定を伝えれば、通してもらえる様になっている、という事だった」
カイトの言葉に、刀花が予め皇家から貰った手紙をカイトに見せる。これを受け取るために、刀花は皇家の総本家まで出向いていたのであった。
「じゃあ、まあ、頼む。オレは後ろで待機してらぁな」
「乗り気でなさそうだな」
「お説教を受けるのが好きな奴がいるなら、聞いてみたいね」
刀花の言葉に、カイトが肩を竦める。当たり前だが、今回の来訪の理由は何ら隠す事無く、カイトが怒られる為、だ。乗り気でお説教を受けに行く奴が居た方が可怪しい。
「はい、アルター社のカシム様ですね。伺っております。お取り次ぎさせて頂きますので、少々お待ち下さい」
受け付けに刀花が行って事情を説明すると、受け付けがコンソールで名前を確認して、柔和な笑みで、案内を行う。
アルター社のカシムとは、言うまでもなくカイトの偽名だ。幾つかある内の一つだが、その中でも今回神宮寺財閥を訪れるのに相応しい役職の物を持ってきたのであった。
「ありがとうございます」
「サンキュ」
カイトは受け付けの女性に気軽に手を振って、その場を後にする。そうして、待つこと数分。カイト達の下に、秘書を名乗る若い男性がやってきた。
「楽園の当主殿、ですね?」
「ああ・・・まあ、変な格好なのは、許してくれ。何分スーツなんぞ無縁なんでな」
「いえ、お似合いですよ」
握手と共にカイトから投げかけられた言葉に、秘書の男が苦笑気味に頭を振るう。まあ、カイトは元が良いのだ。悪いはずはない。ただ単に着せられている、というイメージが強いだけだ。
「では、ご案内致します」
「ああ、頼んだ」
秘書の男に従って、カイトはエレベーターに乗り込んで、上層階にあるという神宮寺財閥の当主執務室へと移動する事にする。そうして辿り着いたのは、レッドカーペットが敷かれた階層だった。
が、いきなり当主の下に案内される、という事は無いだろう。というわけで、カイトと刀花は執務室の近くにある待合室にも似た部屋で待たされる事になる。
「はぁ・・・無茶苦茶憂鬱だな」
「そもそも覇王殿は日本のトップでも無いのに、勝手に幾つもの軍事的な取り決めを勝手に決めてしまう。怒られるのは当然だろう」
「たるい遣り取りなんぞ待ってられんよ」
刀花の言葉に、カイトが苦笑を浮かべる。ちなみに言うが、もうここまで来たのでスーツは脱いで何時もの服装に戻した。別にここまで来るのに偽装でスーツ姿が必要だっただけだ。必要も無いのにスーツを着用するつもりは無い。そんな会話を5分程繰り広げていると、再び部屋に秘書の男が入ってきた。
「社長がお会いになられます」
「はいよ」
「私も行った方が良いのか?」
「必要無いだろ。適当に待機してるか、ダチとでも連絡を取り合っておけ」
立ち上がったカイトに対して、刀花も立ち上がろうとした様子だが、その前にカイトが制止する。別に遣り取りはカイトだけで行えば良いのだ。その必要は無かった。というわけで、上げかけていた腰を下ろして、刀花はそこで待つ事にする。
そうして、そんな刀花を置いて、カイトは秘書の男に案内されて執務室へと、移動する事にする。そうして辿り着いたのは、レッドカーペットが敷かれた高級そうな調度品が並ぶ品の良い執務室だった。華美にはならないが、それでも見る者が見れば、その品の良さが分かる、という感じだった。
「・・・貴様が、<<深蒼の覇王>>で良いのか?」
「ああ、その通りだ。名乗れないことを、改めて言う必要は?」
「必要はない。私が、神宮寺財閥総帥・神宮寺 神影だ」
執務室に居たのは、当代の神宮寺家の当主。即ち、エリナの母リサの兄であり、瑞樹の父・神影その人だった。年の頃はおおよそ40前後。彼女らの係累なのだから、髪や眉の色は金色だ。それを、オールバックにしていた。顔立ちは、当然だが良い。
とは言え、それは天道財閥総帥である覇王とは違い、何処か鋭さと威圧感のにじみ出た男だった。眼差しは強く、意思の強さがにじみ出ていた。まさに、天道財閥と双璧となす神宮寺財閥の総帥足りうるだけの覇気を持つ男、だった。
「世界を引っ掻き回すとは・・・一体、どういうつもりだ?」
「それは失礼した、神宮寺総帥。だが、状況がそう動かざるを得ない様な物でね。それに、おかげで大戦は回避されたし、幾つかの利益も得た。悪い取引きでは、無かったはずだ」
「そういう事を言っているのではない」
カイトの言葉に対して、神影が頭を振るう。確かに、言いたい事はそんな事では無いだろう。が、カイトとて怒られた所で謝罪するつもりは無い。
必要だからやった上に、謂わばこれらは彼らの尻拭いをしたに等しいのだ。怒られる謂れは無いし、謝罪する必要も無かった。今まで先延ばしにされていた事にケリを付けただけだ。
「随分と、好き勝手に動いたようだな」
「まあ、とりあえず日英同盟の再締結と日米同盟の深化、という所は、やらせてもらったな。他にも幾つか情報網は構築させて貰ったし、インドラ殿等インドの神々とのホットラインは手に入れさせてもらった。他にも新規のOSの開発計画も立ち上げさせてもらっている」
「はぁ・・・」
カイトがあっけらかんと暴露した事に、神影は何も言えなくなる。ここらで言い訳の一つでもしてくれれば叱責のしようもあるが、あっけらかんと認められては叱責のしようもない。
なにせ彼は全て、必要の上で、と明言したのだ。そしてこれはそれを彼も認められる以上、否定は出来ない。感情的に罵る事は出来るが、それをするのは建設的では無かった。
「まったく・・・貴様のおかげで我が社は中国からは完全撤退を始めねばならん」
「それはそれは。まあ、不利益は理解しているから、愚痴ぐらいなら、聞いてやろう。が、日本国があってこその、神宮寺財閥だろう?」
「それは認めよう。日本企業という名があればこそ、神宮寺財閥は世界で信頼を受ける。亡国となった国民がどんな扱いを受けるのか、というのは考えるだけでも恐ろしい」
カイトの言葉を、神影が認める。だからこそ、彼も中国からの完全撤退を緩やかに開始しているのだ。これは覇王率いる天道財閥も一緒だった。
幾ら何でも敵となるのがわかっているのに、そのまま人員や機材を残しておくわけには行かない。大戦が始まるまでには完璧に撤退させなければ、人質になるだけだ。
そして、カイト達がその救出に尽力してくれるかどうかは、誰にも不明だ。政治的、軍事的に必要とあらば見捨てられる可能性さえ睨まなければならない。ならば、撤退は必須だった。
「理解しているのなら、結構だ。なら、叱責は無し、という事で良いか?」
「出来るはずもない」
カイトの言葉に、神影は首をふる。受けた不利益を考えれば叱責をしたい所だが、彼のおかげで、利益がゼロにならなくて済むのだ。100が90になった事で叱責をするよりも、0にならなかった事を喜ぶべきだ、という事は神影も理解出来ていたのである。
「そうか。なら、一つ情報を提供しよう。トリプルリング構想、という物を聞いた事あるか?」
「・・・いや」
カイトの言葉の裏を探りつつ、神影が首を振る。減った利益ならば、与えるだけ。カイトはそれを考えていて、これをくれてやるつもりだったのである。
「アメリカを中心とした、太平洋と大西洋を結ぶ一種のブロック経済圏だ・・・これを、今、アメリカが進めている。アメリカは中間貿易地として、再びサラダボウルになるつもりだ。海のシルクロード、というところか。その中心地に、彼らはなるつもりだ」
「中国と同じことをやろう、というのか・・・両端は日本と英国か」
「然り、だ」
カイトからもたらされた情報に、神影が唸る。2020年代中頃も、アメリカが相変わらず世界一の経済大国だ。それは変わっていない。そして中国が二番目で日本が三番目なのも、だ。
「なるほど・・・土台は出来ている。それを大急ぎで発足させる、という事か。大荒れになるだろうな」
「彼ら・・・いや、企業連合は若干の不利益を受け入れてでも、次の世紀での盟主を選んだ、ということだ。既存の物よりも遥かにアメリカが譲歩する経済圏になる。アメリカの一人勝ちでは無く、今度の戦いで付いて来る者達には、利益を供与するつもりだ、という旗印だ。アメリカ単独でも勝てるだろうが・・・莫大な損害を受ける事は確実。だからこそ、損害を分け合う代わりに、利益も分け合おう、という事だ。イギリスはそれらを天秤にかけて、こちらの船に乗っただけだ」
「今後10年の不利益を受け入れてでも、次の100年の利益を得る、か・・・」
カイトから話される裏情報を、神影は忘れない様にしっかりと記憶する。この情報は大きい。もし彼の言う経済圏が発足するというのなら、その中に入る地域は今後一気に発展していくのだ。となると、次に何処に投資すべきか、という指針に繋がる。
「後はロシアがどう出るか、という所だろう。彼らの対中での動きによっては、ブロック経済圏に引き入れるだろうな」
「・・・上手い奴だ」
カイトの言葉に、神影が口角を上げる。叱責したい気持ちは完全に吹き飛んだ。彼は自分達の失った利益を相殺出来る可能性のある情報を、彼らにくれたのだ。これは、カイトがアメリカとつるむが故に得られた独自情報だ。彼らでは、まだしばらく情報を得られるまでには時間が掛かっただろう。その時間、という利益は馬鹿に出来ない。
これでは叱責出来るはずがない。失った利益等を勘案して叱責するつもりだったのに、それを正論で躱された挙句、利益の供与だ。それ故、カイトの事を上手いやつだ、と賞賛したのである。
「さて・・・その上で、もうひとつ、お教えしよう」
「む?」
これだけでも莫大な利益の種になるのに、ここに来ての更なる情報だ。それに神影が思わず首を傾げた。
「西の天使達とのホットラインを、オレは手に入れた。そこから、彼らは中国と共闘する可能性がゼロだ、という情報も、だ」
「なっ・・・」
聞いた情報に、神影が絶句する。とは言え、これは言質を取ったわけではない。だが、確たる理由があった。ミカエル達にとっても、今のカイトは滅んでもらっては困る存在になったのだ。ならば、その不利益となる相手に手を貸す事は出来ない。
おまけに、元天使長であったルイスが、カイトの横に居る、と決めたのだ。幾ら叛逆したからと言っても、彼女の影響力は未だ馬鹿に出来ない。末端には無いだろうが、その教え子であったミカエル達最上層部には、莫大な影響力が未だに存在していたのだ。敵対行動が出来るわけが無かった。
「何処でそんな情報を手に入れた?」
「ちょいと、ね。少し我が里に大恩がある相手と、最近になり連絡が取れる様になってね。そしてそこから、条件付きだが、共闘する、という事も決定した。あの天使達と、だ・・・黙っていてくれよ? ジャック達どころかヴァチカンだって把握していないことなんだからな」
神影はカイトの言葉が真実かどうか判断する為、高速で思考を巡らせる。そして、これを今は前提として話を進めても良い、と判断する。それだけの情報が、彼の所にも入っていたのだ。
彼の所にも、カイトがサンダルフォンとサリエルという二人の大天使から襲撃された、という情報は入ってきていた。そしてカイトが封殺された、という――実際には違うが――誤情報も、だ。
だが、それ以降、何故か西の天使達は一切カイトに対して敵対行動を取ろうとしていない。次の襲撃の匂いさえ皆無だ。おまけに本来はあるだろうアマテラス達からの抗議も殆ど無い。
これが意味する所が何を意味するのか、と考えても理解出来なかったのだが、これを切っ掛けとしてホットラインが出来たとするのなら、筋が通ったのである。
「・・・良いだろう。信じよう」
「嬉しいね。嘘は言っていないからな」
「先進国の大半を、引き入れる事に成功した、か」
当たり前に近いが、先進国の大半は西欧諸国だ。となると、その大半はキリスト教だ。幾ら政教分離を図ろうとも、その影響力は計り知れない。少なくとも、取れて中立まで、だ。なので、カイトはそれを認めて、頷いた。
「そう思っていただいて結構だ。後は、何処がこちらに靡いたのかは、自分で見極めてくれ。こちらはブロック経済圏が出来る、という情報を与えたからな」
「良いだろう」
カイトの言葉に、神影が頷く。カイトの言葉は、神影にとって値千金の価値があった。彼は次の戦いにおいて、どちらの陣営がどのようになるのか、というおおよその青写真を見せてくれたのだ。
これが分かれば、日本がアメリカ側である以上、何処に投資すべきか、というのが簡単に理解出来る。それを、カイトは世界の何処よりも、盟主であるアメリカのジャック達よりも先に入手していたのである。
「良いだろう。ここまで利益を供与するのなら、日英同盟の締結は我々が主体となって動こう」
「なんだ、理解していたのか」
カイトからの利益の供与を受けて、神影がカイトの要件に承諾を下ろす。実は神影がカイトを呼んだのは、叱責の為では無かった。いや、一応は叱責もしておこう、と思っていたらしいのだが、本題はこちら、だった。
「こちら側は我々神宮寺財閥が主体となり、向こう側はフィルマという家が主体となっている。もうしばらく必要だが、同盟は構築させよう。調印式の折りに誰が出るのか、というのはまた連絡しろ」
「了解だ。それで頼む」
神影からの報告を受けて、カイトが頷く。天道家に対して、神宮寺家は外向きの家だった。彼らは、外交的な分野で活躍する家だった。それ故、幾つもの海外の有名な魔術の大家達と婚姻関係を結んでいた。フィルマ家との縁は、それ故だった。
ちなみに、神宮寺本家が欧州を担当しているので、今回は神宮寺家が主体となっていたのであって、他のアジアの家ならば、神宮寺家の分家が主体となって動くことになる。本家が欧州担当なのは、明治時代からの名残りだった。
「では、もう帰って良い」
「はいはい・・・では、また次の機会に」
カイトは部屋から出る寸前に、何処か慇懃無礼な態度で一礼する。こうして、結局は叱責も殆ど無いままに、カイトは神宮寺家当主との初会合を終える事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




