断章 年越し編 第5話 年越しの神々達
世界中で年が明けて、元旦。結局宴会場で横になったインドラと彩斗を除いて全員揃って仮眠室――と言う名の高天原――で眠った天音家と三貴子姉弟であったが、起きたら当然、この一言だった。
「あけましておめでとうございます」
「はい、あけましておめでとうございます」
「ヒメちゃん、おはよー。そして、あけましておめでとうございます」
「綾音ちゃんも、あけましておめでとうございます」
あけましておめでとうございます。これは当然、元旦の挨拶だ。神様だろうと人間だろうと魔女だろうと、一緒だ。というわけで、何か可怪しい事は無かった。
ちなみに、現在時刻は午前6時だ。当然夜が明けている為、ヒメは子供状態に戻っている。そのため、綾音達が眠っている内に認識を弄くって、昨夜から一緒だった、という事にしておいた。
そうして、一同は朝食を食べようと考えて、取り敢えず宴会場へと足を運ぶ事にした。が、そこではインドラと彩斗を含めて、全員が完全に酔っ払って熟睡状態だった。
「起こす・・・と、全員起きそうですね。放置で行きましょう」
「まあ、インドラのおっさんもここの奴らも神様だし・・・ほっときゃいいか。他のも地元の名士達だしな。朝食は神社が振る舞ってくれるから、カイトの親父さんにも一緒に振る舞ってもらっておくか」
酒が入って熟睡状態の一同を見て、スサノオとヨミが頷き合う。いびきが聞こえていたので起こさないようにそっと覗いただけなので、見たのはこの二人だけだった。
そうして、それを綾音に伝えて、苦笑ながらに移動を提案した。朝食はうかの経営する料亭にしよう、と言う提案だったのだが、これに、綾音は少しだけ、頭を悩ませる。
「うーん・・・」
「おかーさん。お腹すいたー」
「私もー」
彩斗を置いて行って良いものか、と悩んでいた綾音であったが、息子と娘の言葉に仕方が無いか、と判断する。幸いにして財布は綾音が持っているのだ。
「わかった。じゃあ、行っこっか」
「うん!」
綾音の言葉に、海瑠が笑顔で頷く。そうして、一同はうかの持つ料亭へと移動する事にするのだった。
「・・・なあ、そういやさ・・・」
「なんですか、カイト」
うかに案内されて料亭の個室で朝飯を食べていたカイトであったが、ふと、一つ気付いたことがあって小声で問いかける。
「これ・・・もう初詣必要なくね?」
「? 折角来てくださってるんですから、初詣はしてくれた方が嬉しいですよ?」
カイトの言葉に、私服のうかが首を傾げる。が、これは決定的な事を見逃していた。それは初詣とは神社に詣でる事であるが、それは誰に挨拶に行くのか、という事だった。
「ご神体どころか本体が目の前にいるのに? と言うか、オレついでに伊勢神宮やら八坂さんやら同時に初詣行ってる様な・・・」
「あ、あら?」
カイトの言葉に、うかがぽかん、と口を開けて苦笑する。神社とは一般人から見れば神様にお目通り願う為の場所だ。そのために、参拝に行くのだ。
だが、その神様は目の前で呑気に寒いからと二杯目のうどんをすすっていたり、カイトに並んでほっこりと姉弟揃って甘酒を飲んでいたり、だ。
おまけに単なる神様ではなく、この日本で最大の知名度を誇り、更には最も偉大な神様達だ。その4つが神社から神様が自分たちと一緒に朝食を食べに来ているのである。この上何処に参拝に、となるのも不思議では無かった。
「なんなら・・・お、あげが3枚・・・年始から幸運じゃな・・・あんなくそ寒い所では無く・・・ずるずる・・・ここで拝んでおけばよかろう・・・なんと言おうとも小奴らは・・・あつっ・・・神様じゃ。参拝というのが・・・んぐ。小奴らにお目通りして願掛けをする物であれば、小奴らの前でやっとけばよかろう」
「確かにな。あと、お前ガチでいい年なんだから、食いながらしゃべんのやめろ。ティア泣くぞ」
ずるずるずる、とうどんを啜りながら、ティナが小声で告げる。それに、カイトが苦笑する。まあ、そう言ってもカイトも同意した様に、彼らを拝んでおけば問題は無いだろう。
寒い中初詣に行っている人には悪いが、カイト達の目の前には本物の神様が居るのだ。別にこんなお食事処の中でも参拝としては問題は無い。と言うか、神様に直々にお目通りしているのだ。こっちの方が上とも言える。そんな二人に、スサノオがうどんを啜りながらため息を吐いた。
「心篭ってねえなぁ・・・」
「そもそも貴様ら拝んだ所でオレにご利益あると思わねーよ」
「授けられませんしね」
カイトの言葉に、ヒメがコロコロと笑う。当たり前だが、神族というのは神族という人の一種族であって、運命に影響出来る様な存在では無いのだ。
いや、そもそも運命なぞ誰にも操れない。幸運が訪れますように、なぞ神様を相手に祈った所で幸運になるはずがない。未来とは誰にも見通せない物だ。それ故、幸運を訪れようとさせる事は出来ないのである。とは言え、祈る事に何の意味も無い、というわけではない。
「いわしの頭も信心から。全ては、その人の気の持ちよう。どれだけ幸せに見える境遇にあろうとも、当人が幸せで無ければ、幸せでは無いんです。そして幸せになりたい、と思わないと幸せになることはありません。不幸だ、と思う人が不幸せである様に、どんな状況でも幸せだ、と思う人は、幸せなんです。神様はそれにちょっと、手助けをしているだけです」
「ヒメちゃん、達観してるねー」
どうやら途中から説法臭くなっていた所為で漏れ聞こえていたらしいヒメの言葉に、軽いお雑炊を食べていた綾音が苦笑する。
まあ、彼女はヒメがよもや天照大御神であるなぞ思ってもいない。それ故、その言葉も単なる言葉としか思っていなかった。
「まあ・・・天照大御神様から年始のお言葉を頂いた事ですが・・・ここの甘酒美味しいな」
「酒粕から作っているんです。しかも、この料亭は自分で田んぼを持っていますので、酒と酒粕は自家製ですよ」
「この酒臭さ・・・オレ好みだ」
うかの解説を受けて、カイトがにっこりと笑顔を浮かべる。当たり前だが、宇迦之御魂神は農耕の神様だ。その農耕の神様が自家製というお米から作られている酒麹とそれから作られる甘酒はかなり美味だった。少なくとも伏見稲荷大社で振る舞われていた甘酒よりも美味しかった。
実はカイトは朝食を食べて、このお店自慢という甘酒を振る舞われていた。どうやら隠しメニュー的存在らしく、総支配人であるうかが一緒でも無ければ振る舞われない、との事だった。
「はぁ・・・カイトー。お正月だからあまり厳しく言わないけど、あんまり飲み過ぎちゃだめだよ? これ結構お酒臭いから、酔っ払うかもしれないもの」
「はいはい」
甘酒を振る舞われていたのは、実は綾音も一緒だった。まあ、流石に小学生の浬と海瑠は少し酒臭いということで却下されていたが、中学生のカイトは許可されていたのだ。
とは言え、まあ、一応は綾音は保護者で、そしてカイトとティナは表向き中学生だ。なので、指導が入った、というわけであった。
そんな兄に羨ましそうなのは、今年で小学校を卒業する浬だ。彼女は今年中学生だから、とねだったわけなのだが、まだ入っていない、ということで却下されたのだ。それ故、幸せそうに甘酒を飲むカイトを羨んでいたのである。
「いいなー」
「浬ちゃんには、夏に冷やし甘酒を振る舞ってあげますよ」
「ホントっ! やった!」
「あ、じゃあ、浬ちゃんと海瑠くんには、このお店のお汁粉を振る舞ってあげたらどうです?」
「あ、そうですね。じゃあ、言って来ますね」
「わっ! やった!」
ヨミの提案を受けて、うかが立ち上がって注文を伝えに行く。そしてそれを受けて、浬と海瑠が手を叩いていた。それを横目に、カイトがため息を吐いた。平和そのものの日常に、安寧を得ていたのである。
「はぁ・・・今年は平和な一年だと良いなぁ・・・」
「無理だろうなぁ・・・」
カイトの言葉に、うどんを食べ終えて暖かい甘酒を飲んでいたスサノオがのんびりと否定する。が、これはカイトも思っていた事だった。
「だろうなぁ・・・」
「あ、あはは・・・」
もはや達観の領域に達していたカイトの様子に、ヒメが頬を引き攣らせる。半年ぐらいは何かが起こるとは思っていない一同だが、それ以降どうなるのかは、至極真っ当な意見として、誰もが不明だった。そんなカイトに対して、ティナが小声で告げる。
「カイト。あまり滅多な事を言わぬ方が良いぞ。お主そう言うて去年は本当にその日の内に魔物の軍勢と大乱闘をやっておったではないか」
「それを覚えているから、言ってんだよ・・・ほんっとに、一年ぐらい血生臭いお話はご遠慮願えませんかねぇ・・・」
「今年も無理じゃし、来年も無理。再来年も10年後も20年後も無理じゃろうな。諦めよ」
やる気なさそうなカイトに対して、ティナが適当に切って捨てる。どう足掻いた所で、カイトが戦いから逃げられる事は無いのだ。そして、逃げる事が無い事をティナも知っている。だから、この会話に意味は無い。単なる無駄話だ。
だが、意味が無い会話だからこそ、平和で良い、と感じられるのだ。この二人が意味のある会話をしていれば、それは平時では無い。この二人が趣味や無駄話をしている、ということは直近で戦いが無い、という事だったのだ。
そうして、そんな無駄話を神様達と一緒にしていると、浬達もお汁粉を飲み終えて、社務所に戻るか、という事になって、戻ることにする。
「・・・あら、カイト。来てたの?」
「ん? ああ、弥生さん。あけましておめでとうございます」
「はい、あけましておめでとうございます」
そうして伏見稲荷大社に戻った一同であったのだが、偶然人混みの中に弥生を発見し、挨拶する。彼女の実家はこの近くだ。初詣の参拝に来ていても可怪しくはなかったし、事実、彼女の家族も来ていたらしい。
「あら、カイト。あけおめことよろ」
「ほいよ、あけおめことよろ」
「あ、カイトさん。あけましておめでとうございます」
「おう、あけましておめでとうございます」
「かんなちゃーん!」
「あ、綾音ちゃん! ヒメちゃんまで!」
かなりの参拝客が見え始めていた頃なのだが、偶然に天音家と神楽坂家は遭遇することが出来たらしい。ということで、全員一緒に参拝を行う事にする。
ちなみに、神無の夫は地元関連のあいさつ回りがある、との事だった。なので一緒では無かった為、両家共に父親は抜きだった。
「にしても・・・まあ、皐月と睦月は置いておいても・・・弥生さん。ほんとに似合ってるよ」
「あら、ありがとう」
カイトからの褒め言葉を受けて、弥生が嬉しそうに感謝を告げる。神楽坂家は古くから存在して、神社等とも付き合いがある呉服屋だ。当然に近いが、初詣は全員着物姿だった。
となると、基の良い上に着物を着慣れている弥生だ。非常に良い和服美人だった。カイトの褒め言葉は至極普通の事だった。そうして、しばらく二人は雑談を行う事にする。
「そういえば、弥生さん。高校ってどうすんの? そろそろじゃなかったっけ?」
「そうなのよね・・・もう2週間先よ。推薦も貰えたし、今日はこうやってお参りも来たもの。来て速攻で北野天満宮にも行ったわ」
参拝道を歩きながらカイトの問いかけを受けて、弥生が鞄に付けていたお守りを見せる。カイトよりも1つ年上の弥生は、今年が入学試験だ。天桜学園の推薦入試は例年1月の中旬の日曜日に行われるので、最後の願掛け、という所だったのだろう。
ちなみに、北野天満宮とは京都にある菅原道真を祀った神社の事だ。当然だが、受験生達が訪れる場所だった。
「道真公、ねぇ・・・」
「定番、でしょ?」
「まあな。オレも来年は行かないとな」
そもそも菅原道真と知り合いのカイトではあるし、お祈りに効果が無い事を把握している為精神面でも意味が無い事を知るカイトであるが、一応来年受験で今年は受験生だ。こう言っとかないとまずいだろう。と、そんな会話をしていたからか、ふと、社務所の前でうかが立ち止まる。
「あ、じゃあ、ちょっとまっていてください」
「?」
参拝客を掻き分けてそそくさと社務所奥に消えていったうかであるが、そうしてすぐに戻ってきた。その手には、一つのお守りがあった。
「この神社にもちょっと変わったお守りがあるんですよ。はい、どうぞ」
「え、あ・・・ありがとうございます。あ、可愛い」
うかから手渡されたのは、可愛い子狐の装飾が施された学業成就のお守りだった。それを見て、弥生が顔を綻ばせる。最近売り出したらしいお守りだった。
「良いんですか?」
「ええ。神社にはお金、きちんと置いてきましたから。折角来てくださったんですから、プレゼント、です」
少しの遠慮が見えた弥生に対して、うかが笑いながら頷く。実は彼女にとって、弥生はカイトよりもっと前から知る女の子だ。カイトの縁でこうやって話せる様になった事もあって、手助けしてあげたくなったらしい。
ちなみに。そんな神様としてきちんとした仕事ぶりをしているうかを見せつつスサノオがヨミとヒメに茶化されていた事は、横に置いておく。
「良し。じゃあ、お参りして、帰ってお雑煮でも食べるか」
そんな一同にカイトは頷いて、再び歩き始める。そうして、そんな神様達のご利益があったのか、何事も無く、起きたらしい彩斗とインドラと合流して、参拝を終える事が出来るのだった。
お読み頂きありがとうございました。




