断章 年越し編 第4話 英国の大晦日
ジャックが捜査官達からチャイニーズ・マフィアという敵の下部組織の壊滅を聞いていた頃。遠くイギリスでも当然だが、大晦日だった。とは言え、こちらはカイトの様にのんびりとした休日に近かった。
『あー・・・なんとか、大晦日には纏まったね。表の奴らもなんとか、同盟締結に首を縦に振ったよ』
『お疲れ様です、フェイ』
疲れた様子で椅子に腰掛けて、ぽきぽき、と首を鳴らすフェイに向けて、フローラがその労をねぎらう。基本的に、政治的な事の大半はフェイの領分だ。それ故、こういった交渉は全て、フェイが行っていたのだ。
『取り敢えず、一度全員集合して、密書の交換だね』
『どこで集まる予定ですか?』
『取り敢えず、アメリカ、だろうね。時期はまあ・・・多分3月か4月だろう。今すぐ集まって、じゃあ急過ぎるし、ジャック達は次の大統領の選定がある。そこに話教えておいてやらないといけないだろうし、日本は国会が大荒れ真っ最中だ。私達だってこれから事務方が交渉を開始、だ。どこも身動きが取れないだろうからね』
フローラの問いかけに、フェイが今のところ出ている大凡の予定を告げる。決定は11月の上旬だったが、必要な根回し無しだったのだ。必要だったので決定を発表してから根回し、という普通とは逆の事になった為、どの国もまだまだ準備が整っていなかったのである。
ちなみに、ジャックの後任――ジャックは来年で2期目の3年目――の大統領を決める大統領選はまだ2年先で立候補も無いが、とある理由から、すでに現段階で選定、と言うことであった。
『次の大統領・・・誰になるでしょうか・・・』
『さあねえ・・・其処ばかりは、読めないね。利益中心に見えて、国の為に動いているのが、あの国の企業連合だ。まあ、アーカムが動いた、という噂も聞くけどね』
『彼らが?』
『100年ぶりに、会議に復帰するかも、って噂が流れているよ』
フローラの問いかけに、フェイがアメリカに入っている調査員が聞いた噂を告げる。アーカム、とはアメリカが唯一持つ魔術師達の土地だった。
当たり前だが、アメリカにも魔術を使う犯罪者や怪異等は出現する。となると、そういった機関の一つも存在していないと可怪しいのだ。それが住まうのが、アーカム、という土地だったのである。
だが、実はこれには一つの問題があった。アメリカが魔術においては最下位だ、というように、実はアーカムはアメリカ政府とは袂を分かっていたのだ。
『あそこは、日夜クトゥルフとの戦いに大忙しだ。人同士の戦いは馬鹿らしい、というのがモットーだからね・・・そもそも、日本の異族達がそのままにされたのも、あそこが・・・いや、特にラバン・シュリュズベリィ教授とアーミティッジ家が日本にあったGHQを支援したから、だ。彼らは外なる神との戦いに必要だから、絶対に力を弱めるな、ってね。まあ、そのせいで、会議で物別れしたんだけどねぇ・・・』
アーカムがアメリカ政府と袂を分かった理由を、フェイが思い出す。理由は彼女が言うとおり、第二次世界大戦後の日本の処遇について、だった。
日本という絶大な魔術的戦力を減らそうとした国の上層部――つまりは当時の仲間達――に対して、それを必要とする彼らが猛反発したのだ。彼らの思惑としては頃合いを見て関係を改善し、共同して強大な敵と戦いたい、という所だったのである。それを減らす、というのだから、猛反発するのは当然だった。
そうして趨勢として覆すのが無理となると、駐留軍、つまりは日本の実情を把握している当時のGHQを抱き込んで、強引に命令を無視させて減らさせない事にしたのである。
これでは当時の上層部と大紛糾になり、物別れに終わるのは当然だった。上層部は減らすと言っているのに、彼らが強引に減らさせないのだ。こういった利益の折衝を調整する為に、会議があるのだ。合意無視も甚だしく、これでは会議の意味が無かった。
が、このおかげで、今のアメリカが勝利を得る為の手札を得られたのだ。目の前の恨みや利益に囚われなかったから彼らのおかげ、とジャック達でさえ認めている。
となると、ジャック達が頭を下げる可能性は無くはなかった。なにせ彼らの独断での決定こそが、今の国を救ったのだ。仲間に対して間違いを認める事になんら躊躇いは無かった。
そしてアーカム側としても、国が間違いを認めて、彼らの望んでいた日本との共同をしてくれる、というのだ。おまけに日本側も乗り気だ。再度協力してくれる可能性は無くはなかったのである。
『サンディエゴの<<シューティングスター>>に、アーカムのミスカトニック、日本の陰陽師、それにウチ・・・第二次世界大戦の時にアーカムの奴らが望んだ結果に近づいているね。いや、それ以上の結果だ。教授が笑ってるが見えるよ。もし同盟が締結出来れば、広大な太平洋と大西洋。地球の大半の海を防衛出来る様になるんだからね。彼らの提唱したイギリス、アメリカ、日本を主体としたダブルリング構想。それが100年経た今、ようやく日の目を見るわけだ』
フェイは笑いながら見えてきた図について言及する。これが望みだったのが、アーカムの者達だ。そして当時は時勢が許さなかった事でもある。
海という広大な土地を守りぬくには、どうしてもアメリカだけでは手が足りない。おまけに彼らは人間が主体なので、力も足りない。
なのに、相手は神と言われる程に強大なのだ。あの暗黒の時代を逃げ延びた異族達の住まう日本と英国は太平洋を『敵』の手から海を守りぬく為に必須だったのである。そうして、現状に言及してから、フェイがフローラに告げた。
『と、言うわけで、だ・・・実は教授が年明けの早い段階で面会を求めてきている。私達とアルトリウス王に対して、だ。どうやら彼らも本気で動くと見て良いだろうね』
『なるほど。わかりました。では、アルトリウス王に対しては、私が話を通しておきましょう』
『そうしてくれ』
こうして逐一説明をされれば、フローラとて何が目的か理解出来た。フェイは予め噂、と言いつつもかなり真実味のある話の様子だったのだ。彼らの100年がかりでの目的を達成する為、彼らも独自に動いていたのである。
ラバン・シュリュズベリイ教授とは、アーカムでも大御所かつ最重要人物の一人だった。何処の組織でも一緒だが、上層部の人間が直々に動く、ということは即ち、それだけ本気だ、という事なのである。
『まあ、これで取り敢えずはウチも年を越せるね・・・今後十年が、肝だ』
『ですね・・・』
二人は紅茶飲みながら、のんびりと話し合う。フェイの会議はすでに終了で、それが二人にとって今年最後の公務だったのだ。後はのんびりと年越しを迎えるだけだったのである。こうして、こちらでもゆったりと、夜が更けていくのだった。
英国で年越しなのは、なにもあの二人だけでは無い。西暦を採用して年末年始を採用していた為、それはアーサー王達も一緒だった。が、こちらは年末年始でも、相変わらず忙しそうだった。まあ、大掃除をしているだけなのだが。
『んー・・・あ、CPUのファンにちょっと埃が溜まってるな・・・エアダスターどこあったっけ・・・』
カチャカチャとパソコンの蓋を開けて中身をいじりながら、マーリンがつぶやく。流石に年末年始はアルター社も全面的にお休みだった為、彼のお目当ての秘匿システムも物理的に接続されておらず、これは今日一日無いだろう、と判断して出来ることをすることにしたのである。そこに、ちょうど暇になった事と用事があった事で顔を出していたアルトが問いかける。
『楽しいのか?』
『ええ・・・プラモみたいで・・・』
『でかいプラモだな』
マーリンの言葉に、アルトが苦笑する。まあ、そう言いたくなるのも無理は無い。マーリン、という名前を聞けば誰もが魔術師を思い浮かべるだろうし、彼も魔術師というに相応しい腕前を持ち合わせているわけだが、その部屋は、魔術師らしからぬ様相だった。何処かの研究室と言われた方がまだ納得のできる具合だ。
『ああ、スペックアップの申請書だが、通しておいたぞ。必要な部品はリストアップしておけ』
『あ、ありがとうございます』
カイト捜索という案件に取り掛かっていたマーリンであったのだが、やはりひとつ問題があった。それは人員が彼一人だ、という関係上、どうしても手が足りなかったのだ。
当たり前だが、一つ一つの中学校にハッキングを掛けて、情報を入手。そして、そこから顔写真を入手して、一つ一つアルトの持ってきた絵との照合を行わなければならないのだ。カイトの名前が偽名である可能性があった以上、全て総当りにならざるを得なかったのである。
そしてそうなれば、現在大急ぎでネットワーク防衛技術の向上が図られている日本相手には少々厳しい物があり、物理的にスペックアップを図ろう、ということになったのである。
確かに今までのマーリンの仕事用PCでも高性能ではあるのだが、少々足りない、と判断したのだ。それを知らされて、アルトも許可を下ろしたのだ。これは彼が秘密裏に依頼した仕事なので、簡単に許可がおりたのである。
『じゃあ・・・あ、そういえばCPUの新型出てたっけ・・・これももう2年ぐらい前のだっけ・・・コア周りはそろそろスペックアップしておかないと、仕事に差し障るか・・・となると、マザーボードも変えないと・・・うーん・・・でも画面増やしておきたいよな・・・あ、経理部の株取引用モニターの増設申請と一緒にそっちは頼んでおくか・・・』
『楽しそうで何より、だ。魔術師殿』
パソコンの中身の掃除をしながら欲しい物を見繕い始めたマーリンを見て、アルトが苦笑する。確かに彼の職務上パソコンが必要なのは認めるし、それ故、この部屋のパソコンはほぼ全てアルト達の組織が金を出している。これは仕事であり必要である以上、致し方がない。
だが、部品一つ一つを吟味しているのは、基本的に、マーリンの趣味が大きい。彼が仕事で使うパソコンは彼の自作PCだったのである。というわけで、彼の部屋には魔術師らしからぬパソコンのパーツ関連の雑誌が積まれていたりする。
そうして、そんなマーリンの部屋を、アルトは後にすることにした。基本的にマーリンは研究者タイプの人間だ。一度思考に入ると、外側からなにを言っても無駄だからだ。
『次は・・・ベディの所には行った。ガウェは第二世代と遠征中。パーセはすでに仕事は終わっている。グリンは・・・』
アルトは歩きながら、次に向かうべき場所を考え始める。こういう伝達作業ぐらいなら部下にやらせるか、相手にこさせろ、と思うが、彼はそれを自分でやる事を好んでいた。
こういうことからでも、騎士達との交流が出来るのだ。それを、彼は望んでいたのである。とは言え、どうやら今日はこれで終わりだったようだ。
『無い、か・・・ギネヴィアの所にでも顔を出すか・・・? その前に一度、あそこに顔を出しておくか』
ギネヴィアとは言うまでも無く、アルトの妻の名前だ。そこに帰ろうか、と考えたらしいアルトであったが、その前に何処かに向かう事にして、歩き始める。
辿り着いたそこにあったのは、一枚の絵画の飾られた部屋だった。そうしてそこに辿り着いて、部屋に先客が居た事に気付いた。それは、一人のドレス姿の貴婦人で、彼が先ほどギネヴィアと呼んだ女性だった。
『来ていたのか』
『ええ・・・』
二人は短く会話を交わすと、同時に絵画を仰ぎ見る。それは円卓に腰掛けた騎士達の絵だった。それは言うまでも無く、彼と<<円卓の騎士達>>達の絵だった。
『・・・ランス・・・モル・・・後は、お前たちだけだ。来年こそは、全員揃って年を越したいものだな・・・』
『ええ・・・会ってくれるかわからないけど・・・もう一度、彼に会わないと・・・』
絵の中に描かれた二人の騎士を見て、アルトが少しだけ寂しそうな顔でつぶやく。そしてそれを受けて、ギネヴィアも同じ表情で小さく同意する。
ランスとモル。その正式名称は、騎士ランスロットと、騎士モルドレッドだ。どちらも、円卓を決定的なまでに破壊した、彼から見れば裏切り者とも言える存在だった。いや、真実、裏切り者だろう。アルトの国が滅びたのは、彼らの謀反が原因だ。そればかりは歴史的な事実で、消すことが出来ない事実だった。そんな二人の様子を、一人の妖精が見ていた。
『・・・』
妖精は何かを言おうとして、だがしかし、言えずに居た。その眼は悲しそうで、嘆きを帯びていた。そこに、もう一人、妖精が飛来した。それは青い髪の妖精だった。
『行かないの?』
『・・・別に必要ないわ』
声を掛けられて振り向いた妖精の姿には、先ほどまでの嘆きは隠されていた。そうして、このまま、今年もまた、騎士と主、そして姉弟の再会は果たされる事のないまま、年の瀬は終わるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




