断章 年越し編 第2話 お正月の神々
ルイスの復活劇から、数日後。カイトは通常、年末年始は大阪の実家で過ごす事になっていた。これは例年の事なので、表向きティナが居候してきただけで何かが変わったわけでもない今年もまた、その予定だった。
というわけで、カイトはミカエルとルイスの会話を終えた二度寝の後、起きて大急ぎで用意をしているふりをして、車に乗って大阪の実家に帰って来て数日が経過していた。
「さーくん、もう行くよー?」
「あ、おう、ちょい待ってや! すぐに用意終わるわ!」
彩斗の実家にて、彩斗と綾音の声が響く。彼らが何処に出かけようとしているのか、というと、簡単だ。今日が大晦日である事を考えれば、簡単に理解出来た。ティナが居る事だし、と天音家揃って――祖父母は残る、とのこと――大晦日に年越し参拝にでも行くか、と少し遠出することにしていたのである。
カイト達は本来は20歳をとうの昔に過ぎた良い大人だが、地球では表向きまだ中学生の子供だ。流石に子供達だけではそんな夜中に行かせるわけにもいかないし、遠くの神社に行く、と聞いた海瑠が自分も行きたい、と言い出した事もあり、家族で行く事にしたのである。
ちなみに、行く神社は伏見稲荷大社だ。除夜の鐘は近くのお寺から聞こえるのでは、という考えだった。そしてどうせ行くなら大きな神社にしたのである。人が多いのは覚悟の上、という事だ。
ということで、辿り着いた伏見稲荷大社は、案の定、すごい人混みだった。それ故、辿り着いた彩斗の顔には、苦笑が浮かんでいた。
「・・・あ、あははは・・・これはすごいのう・・・」
「初めて来た様な口ぶりじゃのう・・・」
「い、いっやー・・・実はここ十数年年越し参拝なんぞしとらんかったからなー・・・それも、行ってもデートメインやったからな・・・おまけに伏見稲荷には来とらんしな」
ティナの問いかけに、彩斗が少し照れた様に頭を掻く。とどのつまり、綾音とのデートで来た、という事なのだろう。意外な新事実にカイト達子供としてはびっくりだが、流石に何か言う事はない。ということで、取り敢えず適当にぶらついて、除夜の鐘まで待つ事にした。
「ひっく・・・おーう」
「ああ、来ましたね」
「おっそいわねー。もうちょっと早めに来とけば、楽に歩けたのに・・・」
適当にぶらついていた天音家であったが、社務所に近い所でヒメ達三貴子の面々に遭遇する。当然だが時期も時期なので、彼女らは着物だった。ちなみに、スサノオは酒をもうすでに飲んでいた。
が、そうして片手を上げたヒメに彩音が首を傾げた。当たり前だが、今は夜で、そして夜であれば、ヒメは大人化しているのである。そんな裏事情を綾音は知らない。
「・・・どなた?」
「え・・・? あ、ああ。ヒメの従姉妹よ、従姉妹。名前は・・・伊勢よ。ヒメはまあ、うん。歳も歳だから・・・ね。しょうがないのよ。で、私もこっちに戻ってきたことだし、で一緒に来たわけ」
「ああ、そうなんですかー」
ヒメのとっさの言い訳に、彩音が少し笑いながら頷く。仕方がなくはあるが、そんな嘘を吐かなければならない事に、ヒメが少し悲しげだった。ちなみに、彼女の偽名の由来は彼女が祀られている伊勢神宮だ。
そうしてしばらくぼんやりと社務所近くでぼんやりと年越しを待っていたのだが、そこに彩斗がふと、目を見開いた。それは何処かで見た事のある男と眼があったから、だ。
「ん?」
「おろ? あぁ! この間の天音さん! いや、久しぶりですね!」
「おぉ、やっぱドラインさんか! いっやー! どないされたんですか!?」
「いや! 仕事がちょっと立て込んでましてね! 先方と少し話し合いが長引いて、今年は日本で年越し、となってしまいましてね! 折角なんで有名な神社でも行ってみるか、と偶然来た所でして!」
二人は和気あいあいと会話を始める。ちなみに、当たり前だがドラインことインドラは伊達や酔狂で日本に来ているわけではない。名目はカイト達との打ち合わせだった。ということで、実は補佐の為にカルナも日本に来ていたりする。アルジュナは普通に残って神々の側の仕事だ。
「あ、そだ。そういえばお酒貰ったんですけど、どうです? 地元の方に聞いたら、向こうの社務所の奥で飲み会やってるんで、どうです、って誘われてるんですよ。どうにも参加者が少ない、と嘆いていた様子なので、ちょいと行ってみようかな、と」
「あー、でもウチガキどももおるんで・・・」
インドラの誘いだが、少し申し訳無さそうに彩斗が断る。当たり前だが今日は家族で来ていたのだ。流石に家族をほっぽり出して、というのは出来なかったらしい。が、これには別から救いの手が差し伸べられた。
「あー、それなら気にしなくて良いぜ、おっちゃん。俺ここで働いてるから、社務所の方で預かっとくわ。年籠りする人用に仮眠室とかあるから・・・おーい! うかー! 伏見の爺さんに仮眠室で海瑠達預かるつっておいてー!」
「あ、はーい! 伏見さーん! おとう・・・尊兄さんが仮眠室貸してくれ、だそうです!」
程よく酔っている事でスサノオは勝手に決めると、そそくさと全部の手筈を勝手に整える。ココらへんは、神様としての強引さだろう。
ちなみに、社務所奥でやっている宴会とは地元の神様達や極一部の異族の有力者達を集めた宴会だったりする為、何も問題は無かった。流石に神社の神主だろうと誰だろうと、自分達が奉る神様達が神社で宴会をやっても何か文句を言えるはずが無かったのである。
「あー・・・兄ちゃん、ほんまええんか?」
「おう。カイトとか海瑠と遊びたいしな。仮眠室もあるから、眠くなったらそっちで寝かしとくぜ。なんならそのまま年越しと元旦の挨拶お稲荷さんにしてくりゃ良い。ああいや、そっちの方が良いな。俺達神社の関係者も嬉しいし、神様も喜ぶだろうさ」
彩斗が遠慮した様子に、ほろ酔い具合のスサノオが酒瓶片手に社務所を指差す。彼もここの社務所奥で行われているという宴会に参加していたのだが、カイト達が来る、ということで出て来ていたのだ。
ちなみに、そんな彼だが今は海瑠とゲームして遊んでいた。どうやら基本的にスサノオは面倒見が良いらしく、海瑠が懐いてくれた事もあって弟感覚だったのである。
「んー・・・」
「いいよ。行ってきても。最悪海瑠とかは私が見とくよ」
確かに元旦の初詣も心惹かれた事もあり、少し悩み始めた彩斗であったが、やはり家族が居る。というわけで、悩んでいたのであるが、ここで苦笑した綾音が了承を下す。そうしてそれを受けて、彩斗も決定した。
「ほんまか? すまんな」
「じゃあ、行きましょうか」
「そうしましょか」
インドラの誘いを受けて、二人は社務所の奥へと消えていく。まあ、実はそこは異空間なのだが、そんな事を彩斗が気付くはずもなし、だ。
しばらくすると、普通に楽しげな笑い声が二つ増えた。そしてそれを横目に、スサノオ達の勧めもあって一同は事務員用の部屋の一つ――という名目の高天原にある一室――に通された。
「ねえ・・・実はずっと思ってたんだけどさ・・・」
「んー?」
海瑠の言葉を聞いて、カイトが生返事を返す。今はティナとスサノオを交えてゲームの真っ最中だった。ちなみに、綾音はどうやら姿が変わってもヒメと仲良くなったらしく、双子の妹と偽ったヨミ、スサノオの妹と偽ったうかと一緒にテレビを見ていた。
「うかさんも尊兄ちゃんも・・・何か変?」
「・・・ふぁ?」
いきなりの問いかけに、思わずスサノオとティナの手が止まり、密かに盗み聞きしていたヒメ達三柱の神が目を見開いてこちらを振り向く。それに対して、カイトが海瑠を見つめると、それに気付いて、海瑠がしまった、という顔をした。
「海瑠」
「あ・・・ごめんなさい。眼の事言っちゃダメなんだっけ・・・」
「はい、よろしい」
カイトの注意を受けて、海瑠が少し申し訳無さそうな顔で謝罪する。まだ海瑠は小学生だ。ダメと言われても口にしてしまう事は、仕方が無いだろう。
特に彼は自分の力についてしっかりと把握していない。仕方が無い事だった。そうして、カイトはそれに一つ頷いてから、スサノオと密かに盗み聞きしているヒメとヨミに告げる。
『魔眼持ち、なんだよ、こいつ』
『ちっ・・・そういうことか』
夏の時点で可怪しい事には気付いていたスサノオだが、カイトの言葉に思わず舌打ちする。魔眼、とは言うまでも無く、サリエルが持っているあの魔眼だ。まあ、種類は一緒では無いが。そうして、更にスサノオが続けた。
『種類は?』
『余は、わからんのう。カイトは理解した様子じゃがな』
『・・・すまん。これはマジでお前達にも秘密にしておきたかった。ということで、聞かないでくれ。海瑠の魔眼は・・・多分、無茶苦茶やばい。どっかでバレるとマジでやばい。オレが全力で介入しないとまずいレベルに発展しかねん』
カイトはため息混じりに、一同に告げる。その声には非常に苦々しい物が混じっており、それが嘘では無いだろう事が全員にも理解出来た。
『封印なんかは?』
『難しい類だ。先天性・・・多分、最高クラスの魔眼だ』
カイトの言葉に、一同に苦い表情が共有される。魔眼は、先天性と後天性に分ける事が出来る。先天性は海瑠やサリエルの様に生まれ持って持った物の事だ。
それに対して、後天性は訓練の結果等で、得られる物だ。主に先天性ほど、それもサリエルの様に作られた物で無く、自然発生した魔眼ほど、強力な魔眼となる。
どうして発露するかは、不明だ。サリエルの様に意図的に組み込まれているならまだしも、そうでないのなら、何故魔眼持ちが生まれるのか、というのは分からない。
だが、取り敢えず、同じ先天性でもサリエルと海瑠であれば、海瑠の方が強力な魔眼持ち、なのだった。それもカイトの言葉に拠れば、どうやら海瑠はその中でも最高クラスの魔眼らしい。
『危険度はおそらく最高のクラスS・・・一度だけ、発露しかけた事があるが・・・少なくとも、あれをもし・・・』
カイトはそこで少しだけ、言い淀む。言って良いのかどうか悩んだのだ。だが、彼らを信用出来る、として、口にする事にした。
『あれをもし悪用すれば・・・核兵器を超える兵器になるだろう。少なくとも、簡単に大都市ぐらいなら滅ぼせる』
『つっ・・・』
カイトの言葉に、一同は海瑠の魔眼について大凡の当たりを付ける。それだけの力を持つ魔眼だ。彼らの知識の中にさえ、極僅かな限られた物しか存在していなかったのだ。
カイトが言わないのも当たり前だった。もしこんなものがまかり間違って何かの弾みに道士達の知る所になれば、確実に海瑠は狙われる。
本気でやろうとすれば、日本ぐらいは簡単に滅ぼせるのだ。彼ら三貴子でさえ、誰にも言わない事をこの場で即座に決めたぐらいだった。
『誰かに知られない様に、今は一応抑える訓練だけはさせている。オレでもそれが限度だ。詳細さえ教えていない。小学生の子供が抱え込むには大きすぎる』
『誰かに封印措置を頼む・・・いえ、貴方達で無理な時点で、無理ですね・・・』
カイトの言葉に、ヨミがどうしようか考えて、それも無理、と判断する。おそらく出来る者は誰も居ないだろう。本人がなんとか抑える様になるしかなかった。
『オレに引き寄せられたのか、それともオレが引き寄せられたのか・・・それはわからんが、少なくとも、オレは海瑠の兄で良かった、と思う。満足に扱えるようになるまで、近くに居てやれる・・・』
カイトは心の底からの安堵を滲ませて、一同に告げる。おそらく10年以上は必要だろうが、カイトもティナも10年以上は日本に居るつもりなのだ。その間で、問題が無いぐらいには持っていく事は簡単だ。それが誰にとっても救いだった。
『オレが海瑠の兄だったことは、おそらく運命だろう・・・異世界に渡り、帰って来たのも運命かもしれない・・・この力が無ければ、こいつを導いてやる事も、守ってやる事も出来なかった』
絶大な力を持つ者から守るには、同じく絶大な力が必要だ。普通は、それは誰にも出来ない。国さえも相手取って戦えるだけの力を持ち合わせることなぞ、地球では誰も不可能なのだ。
だが、カイトはそれが可能となる異世界に渡り、そうしてそれが可能になるだけの力を持って、帰って来た。これは確実に偶然だろう。だが、ことここに至って全てを俯瞰して見てみれば、まるでこれが運命かの様な運のよさだったのだ。まるで、世界が抑止力を欲しているかの如く、だったのである。
『・・・まあ、何か有ったら俺達も手を貸してやる。俺にも懐いてくれてるしな。それぐらいはやっても神様として、怒られるこたぁ無いだろう』
『怒らないわよ、流石に。こんな魔眼持ちの少年に手助けするのが、神様の役目。どんどんやりなさい』
スサノオの言葉に、ヒメがゴーサインを下す。それに、カイトが密かに頭を下げる。
『すまん・・・恩に着る』
『貴方には世話になっていますしね』
カイトの心からの感謝の言葉に、ヨミが微笑みと共に言葉を返す。と、そんな一同はさておいて、そんな息子達の隠された真実を知らない綾音は相変わらずテレビを見ていた。
「ふーん・・・」
「どうしました?」
何処か悲しそうな目で頷いていた綾音に対して、ヨミが問いかける。やっていた番組は特別番組の間を借りて放送していたニュースだった。
「カイトー・・・お薬とかやったらダメだからねー」
「あ? あぁ、なるほどね。やらないって・・・まあ、やった所でこの身体にゃ意味ねーんだけど」
テレビで放送されていたのは、つい昨日逮捕された有名ハリウッド俳優の続報だった。それに、カイトが笑みを浮かべる。
誰の差金で、そして何を意図しているのか、なぞ理解していた。最近はずっと、この類のニュースだった。大量にアメリカの芸能界で逮捕者が出ていたのだ。カイトの予測では、この次はイギリスと日本になるだろう、と読んでいた。
と言うか、日本は既にカイトが動いていた。数ヶ月後には、大量の逮捕者と密かな死者が出る予定だ。これは当然、ジャック達との協働の結果だった。
『ジャック達はかなり本気みたいだな』
『の、様子じゃのう』
カイトとティナは、しゃべる言語を英語に変える。幸い英語の堪能な彩斗はインドラと宴会中だ。何を喋っているのかは、家族にはバレはしない。
『4月の調印式の折りには、ロスで集合予定だからな。その時に合わせて、ゴミ掃除を、とでも考えているんだろうさ』
『それにしては、大層大々的に動きまくっておる様子じゃのう』
『そりゃ、ドラマだ映画だとプロパガンダされるわけにはいかないからな』
『映画を使ってプロパガンダ、のう・・・余は考えた事もないのう。こういう情報戦は、地球に分がある様子じゃな。勉強になるのう』
少々悪辣な笑みを浮かべながら、ティナが感心したように頷く。当たり前だが、カイト達の帰還前のエネフィアにはこういう大衆を煽動出来る様なマスメディアは存在していなかった。それ故、こういう先を行く分野については、彼女も興味津々だったのである。と、そこで電話が鳴り響いた。カイトのスマホに着信が入った様子だった。
「はいよ、カイトだ」
『私だ、刀花だ・・・今構わないか?』
「ああ、なんだ?」
電話先はどうやら刀花らしい。別に今は何の問題もない。それ故に暇潰しに要件を聞く事にした。
『いや・・・実は神宮寺の当主が是非に一度会いたい、と・・・まあ、どうやら勝手に同盟を進めた事に一言あるそうだ』
「あー・・・やっぱ怒ってる?」
『非常にな』
カイトの何処か予想していたような言葉に、刀花が笑いながら告げる。カイトとて、予想していた事だ。あの当時必要だったとは言え、アメリカを除いて日本もイギリスも今回は殆ど根回しも無しにトップダウンで同盟を決定したのだ。その筋を専門にしている所から怒られるのは当然だった。
「わかった。年明けに頃合いを選んで挨拶に伺う、と言っておいてくれ」
『わかった。向こうから連絡が来れば、また連絡を送ろう・・・では、良いお年を』
「はいはい、良いお年を・・・あ、除夜の鐘」
刀花の言葉に、カイトが肩を竦めながら言葉を送れば、それと同時に除夜の鐘が聞こえてきた。どうやら、あとすこしで今年も終わりらしい。
カイトにとって一年でありながら10数年という波乱含みの一年だったが、今日だけは何ら問題なく終わってくれるらしい。そうして、このまま一同は何か特別変わった事が起きる事も無く、社務所の中で年越しを迎えるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




