断章 蠢く世界編 第34話 星条旗を担う者達
ジャックがヴァージニア州への渡航を決めて、数日後。ジャックはとある民家を訪れていた。そうして出迎えてくれたのは、目的の人物では無く、目的の人物の妻だった。
『キャサリン。ジョンは元気かな?』
『・・・あれからずっと、あの調子よ』
ジャックの問い掛けを受けて、キャサリンが同じく沈んだ顔で首を振る。それはジョーが除隊するきっかけとなった事故以来ずっと同じだった。
『そうか・・・彼の所へ行って、大丈夫かな?』
『・・・ええ・・・サムの部屋に居るわ』
悲しげに告げるキャサリンに対して、ジャックも同じく少し沈んだ顔で礼を言う。これは演技でも何でも無く、正真正銘心からの悼みを受けているが故の態度だった。
『ありがとう。じゃあ、失礼するよ・・・ああ、君たちはここで待っていてくれ。私が話をしてくる』
『いえ、大統領。そういうわけには・・・』
『・・・わかった。部屋の前で待機していてくれ。扉も開けておく』
SP達の言葉にジャックは少し顔を顰めたが、自分の身の重要性を考えて、渋々それを受け入れる事にする。当たり前だが友人の家で今回の来訪は秘密裏とはいえ、大統領として来ているのだ。彼の身の安全を守る義務が彼らにはあった。
そうして、ジャックがキャサリンから告げられた部屋へと、足を運ぶ。そこは、子供部屋だった。だがその部屋には子供はおらず、50代にも見える男が子供用のベッドに腰掛けているだけだった。
『・・・ジョン。すまない。少し話があるんだ』
『・・・ジャック・・・大統領?』
『ああ、いや、昔みたいにジャックで良いよ。彼らは連れて来ているだけだからね』
沈んだ様子の男に対して、ジャックが少し申し訳無さそうに告げる。その男は無精髭が伸び、髪にしても無造作に伸びきっている。ここ当分録に食事を食べてもいないのか、頬はこけていた。
唯一体つきは軍人として鍛えていた跡が見えていたぐらいで、それ以外の覇気などはとても軍人とは思えないほどだ。おそらく、何の情報も無しに彼を見れば、浮浪者と間違えても仕方がない状態だった。
『少しだけ、話を聞いて欲しい』
『今は、何も・・・』
聞きたくない。言外にジョンがそう言う。だが、仕方がない。彼がここまで落ち込むのも、理由があった。一つの事故が、ここまで有能と言われた男を変えたのである。そんな彼にジャックは友人として非常に申し訳ない思いをしながらも、大統領として、職務を遂行する事にする。
『・・・それでも、聞いてくれ。今、ある部隊の創設に、私は関わっている。まともじゃない部隊で、決して、表には出せない部隊だ・・・その部隊の指揮官に、君を任命したい』
ジャックの言葉に、ジョンは何も言う事無く、ただただ聞いているだけだ。それは言外の拒絶だった。だがそれでも、ジャックは語る事をやめない。
止めたいのは、ジャックも一緒だ。こんなことを彼に言うのは人として道に外れているというのは、誰もが理解している。そして友人である以上、ジョンの悲しみは痛い程に理解している。
だが、ジャックはアメリカの国を背負っている。そして個人の感情を優先するわけには行かない状況である以上、大統領としての職務を優先するしかなかった。
『・・・何があったんだ?』
『数ヶ月前、銃の暴発事故で息子さんを亡くされたそうだ・・・軍の伝手を使ってパーツを吟味して幾つも改良を加えて子供が持っても安全にして、その上で触らない様に隠していたらしいんだが、運悪く落としたらしくてな・・・暴発した銃弾は心臓を貫通。即死だったそうだ・・・』
『それは・・・』
ジャックの護衛を務めるSPの一人が、ジャックから聞かされた事情を同僚に話す。それを聞いて、なんともやるせない顔で、同僚達が顔を顰めた。告げなければならないジャックにしても、聞いているジョンにしても、他人である彼らにさえ、その心中は察するにあまりあったのだ。
やはりどれだけ隠しても、子供とは何処からとも無く見つけて来るのだ。それでも大丈夫な様に、と安全策を施していても、やはり完璧では無い。絶対に安全だ、という事は物理的に無理なのだ。
そして自衛の為に即座に撃てる様に弾丸を込めておかなければならない以上、万が一は起こり得る。そしてその万が一が起きたのが、彼の身に降りかかった悲劇だった。
『大丈夫なのか? 次の部隊には子供も居るんだろう?』
『だから、だろ? 大統領だってそれを危惧したからこそ、絶対に死なせない覚悟を持つ彼に依頼しよう、と考えたんだろうさ』
同僚の一人の言葉に、事情を告げたSPが痛ましげに告げる。そして彼の考えが正解だった。子供を死なせた親だからこそ、子供を死なせようとは思わないだろう。そう、ジャックもウィルソンも思ったのである。
そんな風にSP達が語り合っている間にも話し合いは続いており、どうやら終わったらしくジャックが出て来た。その顔は申し訳無さでいっぱいで、彼もまた人間なのだ、という事が否が応でも理解させられた。
『ジョン・・・じゃあ、私はもう行くよ。後は、君に任せる。返答はまた後日聞かせてくれ。だが、覚えておいてくれ。彼らを生かせるのは、君だけなんだ。他の誰でもない。君だからこそ、私・・・いや・・・俺は君に任せたい』
最後に語ったのは彼自身の本心であるが、そうであるが故に、ジャックは自分の言葉を悪辣だ、と思う。これがまだアメリカが求めている、というのなら、大義名分に基づいた物だろう。大統領だから、と言う言い訳も出来た。
だがジャックは自分の言葉で、子供達や若者達を生かせるのが彼しかいない、と言ったのだ。子供を失った親にそう言うのは、非常に酷な一言だと思えたのだ。そうして、ジョンを置いて、ジャックは後ろを振り向いた。もうこの場に用事は無かった。
『行こう。後は、彼に任せたい』
『わかりました、大統領』
ジャックの言葉を聞いて、SP達も扉の側を離れていく。だが、その間にも一つも物音が立つ事は無く、それは全員が家を後にしても、続くのだった。
それから、数日後。ジャックの下に返事が来た。いや、正確には、返事を持って来た、という所だろう。その日、午後になって空いた時間に、ジャックの所に軍の制服を身に纏った一人の男がやってきた。
年の頃は40前後で、髪型は軍人として短めに切り揃えられており、無精髭などは一切無かった。体つきにしても少しほっそりとしているが軍人として鍛えられており、強靭な意思が見え隠れしていた。
『・・・それが、答え、という事で良いのかね?』
『はい、大統領』
ジャックの言葉に、男がしっかりとした言葉で答える。そしてそれを受けて、ジャックが立ち上がり、彼の手を取った。
『ありがとう、ジョン・・・だが、本当に良いのか?』
『・・・何時までも倒れていては、サムに怒られそうでしたから』
ジャックの心の底からの感謝に、男が少しだけ照れた様子を見せる。ジャックの所に来た男は、ジョンだった。無精髭を剃り、髪を切ってしっかりと食事を取ったことで、失われていた覇気が戻ったのだ。身体については流石に少しだけ衰えてはいるが、それでもこれからしっかりと取り戻すつもりだった。
『そうか・・・』
『ええ・・・父さんは一体何時までそんな所で倒れているんだ、僕の誇りだった父さんはもっとかっこよかった、って』
『・・・確かに、サムならそう言いそうだね』
『どんな時でも、諦めるな。私とサムの合言葉・・・危うく、忘れる所でした』
何処か吹っ切れた様子のジョンに、ジャックも同じように穏やかな表情を浮かべ、亡き遺児を思い出す。確かに、ジョンの息子はそう言いそうな程にしっかりした子供だった。彼らはそれを思い出したのである。
ジャックの来訪の後。ジョンは様々な事を思い出し、そして子供の事を考え、何が今の自分にとって為すべきことなのかを思い直したのだ。
そうして、次の戦いの為に若者が死地に向かわなければならないのに、ここで自分がじっとしているわけにはいかない、と妻と話し合い、ようやく奮起したのであった。
『それで、詳細を教えて下さい』
『気が早いね・・・だが、そのちょっと短期な所も君らしい。ああ、良いだろう。案内してやってくれ』
『はい、大統領。大佐、こちらです』
ジャックの言葉を受けて、事務官の一人がジョンの案内を開始する。そうしてジョンが案内されたのは、一つの部屋だった。そこには幾つもの情報官が控えており、密かに情報の遣り取りを行っていた。
『大佐。ここで話し合われる事は、全てが国家機密。漏洩させれば国家反逆罪に問われます』
『既に書類にはサインしているよ。安心してくれ』
『いえ、一応規則ですので』
『固いね、どうも』
どうやら本来のジョンはフランクな男らしい。杓子定規な事務官に苦笑する。が、そんなジョンに対して事務官はニコリともせず、書類を渡して、情報を開示する。
ジョンの階級は復隊してもそのまま大佐だ。殆どの情報へのアクセス権限が与えられていた。そうして、数日に渡り、彼はみっちりと今の世界で起こっている事を学ぶ事になるのだった。
そして、時は今に戻る。ジョンが渋滞に巻き込まれる前の事だ。ジョンは車に乗り込んで、これからについての最後の見直しを行っていた。
『何度見ても、嘘じゃあないのか、と思うね』
『それは実際を見ていないから、そう言えるわけですよ、大佐』
『私なら、見てもそう思うかもな・・・まったく子供の頃の自分に見せてやりたい所だぞ』
『あはは、大佐はまだ良いじゃ無いですか。測定結果は彼らに少し劣る程度。十分に候補者足り得たんですから。私なんて才能は殆ど無し、と言われたんですからね』
ジョンの苦笑に、一緒に車に乗り込んでいたウィルソンが笑いながらジョンの言葉に少し羨ましそうに言葉を送る。如何に豪胆な彼といえども、信頼する上官には敬語も使う。まあ、その豪胆さもこのジョン譲りなのだが。
『・・・にしても、混んでいるな』
『・・・の、様子ですね』
周囲を見渡したジョンにつづいて周囲を見回したウィルソンが同意する。ここらで、渋滞に捕まったのである。と、そうして周囲を見回した二人だが、そこで運転手が二人に声を掛けた。
『渋滞が2キロ程続いています。大統領にはお知らせ致しました』
『そうか・・・なら、ここで降ろしてくれ。歩いて記念塔を突っ切った方が早いし、博物館は暖房も効いてる。行くぞ、ウィルソン』
『はぁ・・・はい、大佐』
往年の覇気を取り戻したジョンを喜べば良いのかどうか判断しかねたウィルソンだが、取り敢えずは上官命令だ。彼もジョンに続いて車を下りて、12月も終わりの寒空の下、即席のランニングを行う事にするのだった。
それから、十数分後。ウィルソンとジョンはホワイトハウスに辿り着いていた。
『ウィルソン。少し身体が鈍っているな?』
『ははは・・・大佐の様に復帰の為に何時も以上に鍛えているわけでは無いですからね。これでも、銃を撃つには支障がない体型は維持していますよ』
ジョンが少し早足だった為少しだけ汗ばんだウィルソンを見て、ジョンが苦笑する。彼はこの1ヶ月の大半を訓練に費やした為、身体については下手をすれば20代の最盛期の状況を取り戻しているとさえ言えたのである。そうして、出迎えてくれた事務官に連れられて、ジャックが居るという秘密の部屋に二人は案内される。
『さて・・・サム。じゃあ、行ってくる』
ジョンがジャックが居るという部屋の前で、最後に息子に対して次の為に動き出す事を誓い、ドアノブを回す。そこに居たのは、彼が教えられていた通り、何人もの子供達だった。そうして、彼が入ってきたのを見て、ジャックが笑いながら彼を紹介した。
『やあ、ジョン。来てくれて嬉しいよ。ウィルソン君、案内、助かった』
『いえ、大統領。ご命令とあらば、すぐに飛んでまいります』
『はっ、大統領閣下!』
『彼が、ジョン。今度の教導隊<<シューティングスター>>の指揮官に着任してもらう人物だよ。今日は顔見せに来てもらった』
『ジョナサン・ハモンド大佐だ。君たちを死なせるつもりはないので、覚えておいてくれ』
各家を代表する子供達に対して、ジョンが笑いながら――と言っても彼は笑顔を作れていたか自信が無かったが――挨拶する。
<<シューティングスター>>と言うのは、暗喩だった。アメリカの国旗は、星条旗。星とストライプ柄だ。もしこれを繋げて描けば、流れ星になる。部隊の名前は、これを示していたのである。つまり、密かに、この部隊はアメリカに所属している、という事を暗喩していたのだ。
『基地の総本部は、コロラドのシャイアン山にある空軍基地。そこに全ての情報は集約させる』
『シャイアン? あの地下基地ですか? 広さが足りないのでは?』
『それについては、問題無いよ。基地の拡張工事は10年以上前から実施済みだし、EMP――電磁パルス――対策も完璧。構造上スパイが最も入り込みにくい基地だ。教導隊が得た情報は、ここで本来の教導隊の為に纏められ、教導隊が訓練する事にする。まあ、それでも重力場砲や新型戦車、戦闘機などの実用試験については、ネバダのエリア51で行う事にしたい。あそこは砂漠だ。十分な広さがある。それが、今回のアメリカ政府からの提案だよ』
ジャックの言葉を聞いて、各自が取り敢えずの思慮を始める。そうして、一つの疑問が出て来た。
『<<シューティングスター>>の基地はどうするんですか? シャイアンの地下に?』
『ああ、いや、サンディエゴが今のところ第一候補で、第二候補はロスにしようと思っているよ。サンディエゴなら第三艦隊が居るし、エリア51のあるネバダも近いからね。ロスでもまあ、近くはある。教導隊が米軍として動くにも、色々と動かしやすい。新部隊による新規艦隊の調練の一環だ、とね』
『・・・カリフォルニアですか?』
ジャックの言葉を聞いて、殆どが顔をしかめ、しかめていない面々にしても内心で訝しみを覚えた。とは言え、これはジャックも想定していた事だった。
『わかっているよ。あそこにかなりの資金や薬物が流入している事ぐらいね。特にロスが酷い。これから、FBIやCIAを使って、一斉に摘発と引き締めに取り掛かる・・・まあ、もう既に取り掛かっているけどね。明日からタブロイド紙を含めて、ちょっとでは無いレベルに紙面が賑わうはずだよ。ハリウッドセレブの転落、という具合にね。それを隠れ蓑に、芋づる式に幾つかのマフィアを摘発するつもりでね』
そこで、一度ジャックは言葉を切った。ここまでは、賄賂や脱税などで国が動ける範囲だ。どうしても国である以上、動ける部分は限られる。相手が民間である以上、仕方がない事だった。というわけで、ジャックから各企業に対して、要請がなされる。
『・・・そこで、各企業にもカリフォルニアから敵とおぼしき系統の資金を駆逐して欲しい。どうしても民間だからね。あまり大々的に国が介入したくない。迂回的に金はこちらからも流すし、日本やイギリスにも支援は要請するよ』
『なるほど。確かに、映画はプロパガンダとして最適ですからね。父も協力する、と。父は映画が趣味ですからね』
『助かるね』
ダニエルの返答を聞いて、ジャックが笑う。当たり前だが、プロパガンダはどの国でもやることだ。それが戦争が近づくとなれば、なおさらだ。
立地上仕方がない――カリフォルニアにはアメリカ最大のチャイナタウンがある――事ではあるが、大量に中華系の資金が流入してしまっているのだ。彼らの最大の映画製作地であるハリウッドを押さえられているのは、色々と有り難くない。相手に有利なプロパガンダが自国で行われる可能性があるのである。
というわけで、戦争も近くなってきた事で、そろそろ遊ばせていた敵の内通者達を一斉に取り締まろう、という事だったのである。
『取り敢えずカリフォルニアの大掃除が終わったら、部隊の基地を改めて作る予定だよ。さて、他には?・・・なさそうだね。では、今日はこれで終わりで良いかな?』
『はい、大統領』
全員が一様に、ジャックの言葉を認める。それに、ジャックがほっと一息吐いた。どうやら、なんとか教導隊への指揮官着任とその他諸々の提案は認められたらしい。そうして、ジャック達もまた、実際に動き始める事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
 




