断章 蠢く世界編 第32話 騎士王と魔術師と女王と
ティナがインドラに頼んだハッキングの犯人捜索だが、インドラのネットワークに引っ掛かる事は無かった。それも当然で、彼らのネットワークに無い人物だったからだ。
『うーん・・・今日は居ないのかな?』
遠く離れたイギリスのとある場所にて、一人の青年が少し残念そうにつぶやく。彼が、ティナが探していたハッキングの犯人だった。イギリスでは、インドラのネットワークから外れているのは当然だった。
『あ・・・やっぱり』
今日も今日とてハッキングしていた彼だが、ハッキングを仕掛けてすぐに接続が物理的に解除されて、見立て通りお目当ての人物が居ない事に残念そうにため息を吐いた。
『ハッキング対策はいまいちなんだけど・・・魔術師としては、僕を大幅に超えてるんだよね、この人・・・えーっと・・・今日わかったのは、ああ、昨日と同じ所まで、か。ちょっと残念だな・・・』
ここ数日、仕事をほっぽってハッキングに勤しんでいた彼は、ログとして残った極僅かな情報から、新しい情報は得られていないと理解して、残念そうにため息を吐いた。
まあ、仕事ほっぽって、と言うがこれは仕事半分、という所が大きい。彼はきちんと公的な組織に所属した、所謂ホワイトハッカーだった。では何が仕事をほっぽって、になるのかというと、アルター社に集中的に攻撃を仕掛けていたのが、仕事外なのであった。
『うーん・・・でもここらが、<<深蒼の覇王>>つながりだ、と思うんだよなぁ・・・こんな事出来るのなんて、最近だとあそこぐらいしか無いし、ここのトップってそもそもあの楽園の双姫だしなぁ・・・』
表向きに公表されているアルター社のサイトの概要を見ながら、彼がつぶやく。ティナも言及していたが、ティナや彼の様に魔術と科学技術をごちゃ混ぜにしようとしている者は数少ない。それ故、彼はアルター社こそが、数少ない<<深蒼の覇王>>の手掛かりだと思ってハッキングを仕掛けていたのである。
いや、まあ、正確にはやろうとして、目処が付けられている者が数少ないのだ。根本を為す技術が大きく異なる為、融合が難しいのである。ティナが見通した通り、彼でも出来たのはインターネット上だけで、だった。それ故、エリザとエルザに気付けていたのも、彼だけだった。
『・・・あれ? この会社・・・新しく社主の欄ができてる?・・・やっぱりここが<<深蒼の覇王>>関連の会社、というのは正解かな・・・』
幾らティナ達が虎の子にしているネットワークを遮断しても、表向きに公表しているネットワークまで遮断されるわけでは無い。というわけで表側からハッキングを仕掛けていた彼だが、そうして極一部の書類に、社主との欄があった事を見つけ出す。
『この社主の情報から、今度は探ってみるかな・・・あ、接続が再開されてる。今度は来たかな?』
『おい、セカンド。仕事はどうなっている?』
自分のお目当てのネットワークの再接続を確認して、彼が再びハッキングを試みようとした所で、部屋の扉が唐突に開いて、彼が主と仰ぐ男が入ってきた。
入ってきたのは、アルトだった。そして彼がセカンド、というからには、ハッキングを仕掛けていたのは、言うまでも無く、マーリンだった。
『うわぁ!? あ、陛下!? えっと、なんの御用でしょうか?』
『そこまで驚くな・・・仕事の状況を聞きに来たんだが・・・』
たまげて椅子から転げ落ちたマーリンを見て、アルトが苦笑する。それにマーリンは大慌てで今までやろうとしていたハッキングの接続を解除して、少し焦りながら、アルトに事の推移を報告した。
『あ、はい! えっと・・・なんとか彼が経営してるらしい会社は見付けました・・・と言っても、推測通り、という所なんですけど・・・』
『では、やはりアルター社が奴の子飼いの会社、という予想が当たりか?』
『あ、はい。多分、ですけど・・・インドのインドラ神が経営している軍事企業との遣り取りを探ると、やっぱりあそこにたどり着きまして・・・でも、あそこ最近新規でネットワークを構築しているらしくて、重要な情報は殆ど隠されているんです。で、今、それにハッキングを仕掛けていた所です』
まさかその仕事半分というか、その仕事を片手間にその防御システムをなんとか破る事に熱中していた、なぞ言えないマーリンは内心で冷や汗を掻きながらアルトに報告する。とは言え、流石にそんな事を知る由もない――だけであって若干察してはいたが――アルトは、少し笑って頷いた。
『そうか。すまないな、そっちも任せて・・・とは言え、これをあまり大々的にも出来ん。すまんが、これからもよろしく頼む』
『いえ、これが僕の仕事ですからね』
『ああ・・・それで、もう一つの方の進捗を聞きたい』
『あ、銃剣型の開発プランですか?』
『ああ。その進捗を聞いておきたい』
マーリンの問い掛けを、アルトが認める。当たり前だが、マーリンもハッキング以外も仕事を抱えている。その一つが、この銃剣型の武器を開発する事だった。現代戦に剣だけ、というのは幾ら彼らでも嬲り殺しになりかねない。遠距離の兵装を整えるのは急務、だったのである。
何故魔銃では無く銃剣型なのか、というと、これはアルトからの要望だった。彼が『騎士なのだから当然、銃では無く剣が主武器だろう』と言うこだわりを告げたのである。
まあ、これはガウェインやパーシヴァルら最古参の騎士達からもかなりの数の要望があったので、技術部としては困難ではあったが、聞くしかなかったのだった。彼らのそういう要望に答える為の技術部なのに、それを却下しては無意味な存在だろう。
『あちらはかなり停滞状況です。連射力を考えなければ使い物になるので、大砲型の大剣はなんとか、実用化の目処が立ったんですが・・・軽機関銃型については、まだ目処さえ見えていない状況です』
『そうか・・・やはり、東の魔女は恐ろしい腕前だな』
『ええ・・・』
二人は口を揃えて、ティナの技量に畏怖を言及する。と、その話で思い出したらしい。マーリンが一つの資料をアルトに見せた。
『あ・・・そうだ。陛下。こちらを』
『なんだ?』
『これ、例のアルター社の研究職一覧なんですけど・・・ここ、新設の部署ができているんです。これが、件のネットワーク構築チームだと思うんですが・・・この主任。多分、その東の魔女だと思います』
『ほう・・・』
マーリンの言葉に、アルトが興味深げに片眉を上げる。それを受けて、マーリンが更に続けた。
『それで、調査をしている内にわかったことなんですが・・・どうにも魔術を使ったネットワークを構築して、それに魔術でハッキングを仕掛けると、どうにも相手の事が少し見える可能性がある様子です・・・それで、ですね・・・』
マーリンはその後をかなり言い難そうにしていると、アルトの方が先を読んで、苦笑する。彼が言いたかったのは、もっと大胆な方法を使っても良いか、という事だった。流石にこれは身バレの危険性が考えられた為、独断では無理だったのだ。
『・・・ああ、わかった。許可を下そう』
『本当ですか!』
『ああ。必要なら、やると良い。そのために、お前を起用しているんだ』
『ありがとうございます!』
アルトの言葉に、マーリンが大きく頭を下げる。今まで彼が大胆な手法を取らなかったのは、こちらの正体をなるべく掴まれない様に安全策を取っていたからだ。少しばかりリスクを覚悟するのなら、もっと違った方法もあったのである。
『そういえば、さっき相手が少し見える、と言っていたな? 何かわかったか?』
『ああいえ・・・流石に魔術師としては、あちらの方が上らしくて・・・こんなことが初めてだ、という事と、こちらの攻撃にも遊ぶような様子で応じてくれている、という程度です』
『そうか・・・っと、そういえば、こちらからも一つあった事を忘れていた・・・これだ』
『これは?』
アルトが取り出したのは、一枚の似顔絵だ。似顔絵といっても警察のモンタージュ写真の様に特徴を捉える事を主にした物では無く、はっきりと個人が分かる様にされた物だった。おそらく誰かの記憶を元に、魔術で描き起こした物だろう。
『俺が捜索してくれ、と頼んだカイト・アマネの13歳頃の写真だ。偶然、見ることが出来たんでな』
『・・・は?』
『こんな物があるのなら先に言ってくれ、とは言ってくれるなよ?』
マーリンの顔に浮かんだ困惑の表情に、アルトが笑いながら告げる。それは彼もそう思っているが故の言葉だった。
『これを頼りに、探してくれ。が、まあ、これは出すなよ? 俺も好意で見せてもらっただけだ。流石に、な』
『は、はぁ・・・今の姿が分かるのなら、それはありがたいですが・・・』
『では、頼んだ』
どうしてこんな物が入手出来ているのだ、という困惑を露わにするマーリンにそう告げて、アルトは不敵に笑い、外套を翻す。そうして、マーリンはそれを頼りに、捜索を開始する事にする。
『なんでこんな物を手に入れられるんだろ・・・陛下の行動を今更疑問思っても無駄かなぁ・・・まあ、取り敢えず・・・これがあれば、中学校にハッキングかけて学生名簿を画像検索すれば、早く終わるかな』
今までは姿形が一切不明だった事で困難だった捜索も、今の姿がどんな物か、と把握してしまえば、簡単になる。というわけで、似顔絵をまずはパソコンに読み込ませる事にした。
が、そこで気付いた。結局は、中学校を総当りなのだ。しかも、今も中学校に居るとは限らない。卒業生の分も確認しないといけないのだ。
『・・・でも、結局何処にいるのかわからないから、全部の中学校を総当りする事になるのか・・・ど、何処から手を付けようかな・・・と、取り敢えず首都のあるカントウ?・・・から攻める事にしよう』
結局、少し楽になったと言うか、今までのアルター社のルートから別口になっただけなので、仕事内容が増えただけの様な気がしたマーリンは、肩を落として、取り敢えず終わりが見える事になったカイト捜索から、取り掛かる事にするのだった。
その一方。同じくイギリスのとある場所で、フェイ達も会合を重ねていた。
『はぁ・・・まったく・・・あのクソジジイ共は・・・』
『また、表の王家とやりあった様ですね』
ため息混じりのフェイに対して、フローラが苦笑しながら問い掛ける。王家が二つある、という事は、裏返せば当然、色々とあった、という事だ。それ故に揉めるのは当然で、仲が良いはずが無かった。
『ウチはエリザベス一世の血統。向こうはジェームス一世の血統。揉めるのは仕方がないけどねぇ・・・ちょいと、事を急ぎ過ぎた様子かもね』
『まあ、ないがしろにされた仕返し、と取られても仕方がないですからね。今回の一件は』
フェイの言葉に、フローラも苦笑する。今回、当然だが大洋同盟の成立はフェイ達の独自の動きだ。それも外堀も殆ど埋まった状況まで持って行って、表に伝えたのだ。
これは軍事上必要なのでそうしたわけなのだが、裏返せばこれは表の王家やそれに連なる政府にとって見れば、この間アレクセイがされた事の意趣返しにも思えたのである。それ故、会議は大層紛糾したのであった。
『しゃーない事だ、つっても理解しないしねぇ・・・まったく。あんたらが中国側のスパイどもを放っておかないのなら、私だって伝えてやったさ・・・それで、アーサー王はどうだった?』
『向こうはかなり好意的に動いてくれています・・・意外な事なのですが、アルトリウス王が特に積極的に動いてくれています。調印式には自分も参加して良い、というほどです』
『えらく乗り気だね・・・』
予想外の乗り気の様子に、フェイが目を瞬かせる。アーサー王が目覚めてから、彼らはあまり表側に関わってくれる事は無かったのだ。それがここに来ての急な方針転換に思わず驚いたのである。そこに、少女の声が響いた。
『まあ、あの子は本来気まぐれだからね。何か思う所でもあったんじゃない?』
『それなら、それで良いんですけどね・・・』
『相変わらず警戒されてるなぁ、私』
『実の息子からも警戒されているんですから、仕方がないと思ってくださいよ』
少女の言葉に、フェイが呆れながら告げる。愛らしい見た目ながらに、そこまで警戒される何かが、彼女の過去にはあったのだろう。少女の方はそれを仕方が無さそうに、受け入れる事にした。
『にしても・・・また日本と同盟? 100年ぐらい昔もしていなかった? アレクも確かその縁で結婚したんじゃなかった?』
『それが、最適と思いましたので。やめてくださいよ、ぶち壊しにする、なんて』
『しない、ってば・・・オベロンからもそう言われてるしね』
『それはあんし・・・ん出来ませんね。オベロン王も厄介だ』
『あれは私と比較にならないぐらい遥かにダメ。ダーメダメ。もうダメンズの中で最高のダメンズ。顔で持ってるだけの下衆よ? そっちは警戒するのが、正解。公私共に警戒しておきなさい?』
フェイの呆れ混じりの言葉に、少女も同じく呆れ混じりに忠告を送る。オベロンとは妖精たちの王様の事だ。数多くの浮名を流し、こちらも数多くの揉め事を起こす事で有名な妖精だった。とは言え、この彼女のセリフは、フェイにもフローラにも同意されることになった。
『はぁ・・・それは否定出来ませんけどね・・・』
『ですね・・・』
『あれの前にエリナとかは絶対出しちゃダメよ? アレク』
『あはは・・・その前にもう頭の痛い男に引っかかっていますよ・・・』
実はずっと部屋に居たアレクセイに、少女が告げる。実はずっと彼は落ち込んでいたのであった。そうしてそういったアレクセイに対して、少女が興味を覚えたらしい。
『へぇー・・・誰? フィルマ家なんだから、どうせまた厄介な男なんでしょ? あの当時ナンパ男で有名だった貴方に似て』
『うぐっ・・・』
『あはは! エリナがどうにも<<深蒼の覇王>>にぞっこんらしくてね! ここ当分、この調子さ!』
『ぷっ・・・ああ、あれに引っかかったんだ・・・それはそれは』
フェイのあっけらかんとした暴露を聞いて、少女が思わず吹き出して笑みを浮かべる。彼らは人側の組織として唯一、カイトのプロファイルを成功させている。それ故に彼が厄介だ、という事は掴んでいたのであった。
ちなみに、アレクセイが元々は軟派な性格だったのは事実だった。元々彼はかなりの美丈夫だ。それ故、社交界では数多くの浮名を流していたのであった。まあ、それを活かして、今は外交官や調査官として活躍しているのだから、良い経験だったのだろう。
『はぁ・・・どうにもこうにもネックレスのプレゼントが彼からの物だと確信しているらしくて・・・ほとんと日がな一日あれを見つめては、うっとりとしているぐらいですよ・・・』
『そりゃ、ありがたいね! ぜひとも、フィルマのジンクスを実現させてくれ!』
『ふふふ・・・本当にね。こればかりは、私も素直にそう思います』
『陛下も猊下も・・・他人事だと思って・・・』
大笑いが止まらない、と言わんばかりのフェイと、柔和な笑みのフローラに対して、アレクセイが恨みがましい視線を送る。まあ、事実他人事なのだから、仕方がない。そんな三人に対して、少女が首を傾げた。
『ジンクス?』
『ああ・・・フィルマ家には、初恋しか実らない、っていうジンクスがあるんだよ』
『それは・・・残念ね・・・』
フェイの言葉に、少女が何処か哀れみを浮かべて告げる。だが、これは別のジンクスを言い換えた物だった。なので、フェイが改めて、本当のジンクスを伝える。
『いや、そうじゃないのさ。これは初恋が必ず実るから、初恋しか実らない、なのさ』
『ぷっ・・・それは確かに、実って欲しいわね』
フェイの言葉を聞いて、少女が笑いながらそれを認める。確かに相手は厄介だが、ここで少女の初恋が実らないで欲しい、と親の前で言えるほど少女とて悪辣では無い。まあ、その親が一番実ってほしくない、と願っていたのだが。結局は、他人事なのであった。
『はぁ・・・』
親の心子知らず、とばかりに、アレクセイがため息を吐いた。まあ、その娘の方も、カイトから貰ったネックレスを見てため息を吐いていたが。そうして、一頻り笑い終えた所で、フェイが機嫌を直して話を続ける事にした。
『あー・・・笑った・・・さっきまでのイライラが吹き飛んだ・・・あんたの所のジンクスから、本当にあれの正体が知れれば最高だね・・・』
『まあ、それは置いておいて。で、結局調印なんかはどうするの? オベロンとか出る必要ある?』
『そこの所はもう少し置いていてください・・・また大揉めしそうなんで』
少女の言葉に、フェイがすっかり素になっていた口調を元に戻す。少女も何もなんの理由も無しに来たわけでは無い。理由があって来たのだ。それが、同盟に際してのお話だった。当たり前だが、裏でも同盟を結ぼうとしているのだ。そうなれば、彼女らにも関わりが出て来てしまうからだ。
『向こうは誰が来る予定?』
『まあ、神宮寺の当主と誰かブルーが見繕った使者が来る、と言うところでしょうね。流石にブルーが来るとは思えない』
『そう。じゃあ、警戒しておく必要もなさそうね。ティタにはそう伝えておくわ』
『ええ・・・では、こちらも次の会議の為の仕事にとりかかります』
『そうしなさい』
妖精の姿に戻って消えた少女を見て、フェイ達も仕事に戻る。こうして、再び数日に渡り、会議が続く事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




