断章 プロローグ 第1話 全ての始まり
学園で起きていた騒動が沈静化して、しばらく。ふと全員が疑問に思った事がある。それはエネフィアにも存在していたが、地球にも存在している物の事だ。
「そう言えば・・・戸籍謄本とかどうしていたんですか?」
学園で書類仕事をしている傍ら、ふと気になったらしい桜がカイトへと問いかける。丁度学園生達の為の戸籍を入手する手続きを行っていたのだが、そこで気になったのだ。
戸籍が無ければ、基本的に法治国家では大抵の公的証明書は得られない。ティナがアメリカ国籍のアメリカ人だ、と聞いていた桜にとって、非常に疑問な事だった。
「うん?」
「いえ・・・今私達は戸籍を作っているんですが・・・これは温情で得た物、ですよね?」
「ああ。俺達はこの世界の存在じゃあないからな。公爵家・・・マクダウェル公爵家を通して、皇城に掛け合ってオレ達を皇国国民として擬似的に取り扱う様にしてもらっている」
カイトも同じく500人分の書類を精査しながら、桜の問いかけに答える。流石に500人分の戸籍を作るのだ。それどころか、そもそもの彼らの身分を証明する証明書は一切存在していない。
書くべき書類は数多く、教師達を総動員しても一日二日の作業では無かった。そもそも本人の署名が必要な書類も無数にある。なので暇そうにしていた彼らも駆り出された、というわけである。
今の時期になったのは、必然だ。皇城側で処理するのが忙しかったり、今回の一件まで学園の存在を公表すべきか否かで揉めており、戸籍関連についても宙ぶらりんになってしまっていたのである。で、改めて公表が可決されたことで、仮的にでも戸籍をきちんと与えよう、となったらしい。
「法治国家でまず第一にやるべきは、国民をきちんと管理すること。国籍と戸籍の管理だな。旅をする冒険者でさえ、国籍と戸籍はある・・・ああ、異世界からの旅人であるオレ達には、無いけどな。どうせならオレ専用で日本国籍でも作っときゃよかったか。今度があれば、作る様に指示しておこうかね」
カイトが笑う。いや、間違いの無い様に言えばカイト達も日本に戸籍があるが、それがどうしたのだ、という話だ。なにせ日本とエネフィアには国交というものが無い。それどころか地球側には異世界の存在を知っているのがどれだけいるのか、というレベルだろう。
「あはは・・・いえ、そういうことではなく・・・」
桜も笑ってから、思い直して首を振る。言いたいことはそうではない。勿論、別にある。
「ティナちゃんの戸籍はどうしていたんですか?」
「余か? 余はアメリカの国籍をきちんと持っとるぞ。日本で祝言上げるつもりじゃったしのう」
「だとは思うんですが・・・」
これは近年始まった事であるのだが、天桜学園に入学する時には入学願書と共に戸籍を証明する書類を提出するように明言されている。カイトも提出したし、ティナも提出したはずだろう。
多くの生徒は親がそれらの手続きをした筈なので知らない事もあるだろうが、桜は実家は天桜学園の母体である天道財閥だ。それを知っていた為、ここで疑問に思ったのだ。
「どうやって、国籍を入手したんですか?」
「偽装したに決まっておる」
桜の問いかけに対して、さも平然とティナが明言する。まあ、無いものは無い。そもそも異世界の生まれのティナが地球で国籍や戸籍を持つ事が出来るのか、というと非常に疑問だ。偽装するのは至極当たり前の話だった。
「そんな簡単に出来る事なんですか?」
「ん? んー・・・意外と知られていないだけで、異族達ってのは結構多いらしいし、頻繁に往来して戸籍や国籍を偽ってるんだと。で、日本は特に多くてな。入り込む方な。出て行く方じゃなく」
「その中に、余の書類を紛れ込ませたわけじゃな。幸い欧米各国から日本に入り込む異族達は多くてのう。月に一度は十人分ぐらい書類を偽装したりするらしいんじゃ。各国政府も知っとるらしいんじゃが、異族の存在を把握している関係や各国も対処にしかねる関係で放置しとるよ。下手に触って神様怒らせても問題じゃしのう。触らぬ神に祟り無し。触らねば問題もない」
「神様に頼んだんですか?」
ティナの言葉に、折り返し桜が問いかける。今の言い方で、これまでのカイトとティナの発言を聞いていれば、神様とも繋がりがある様に思える。ならば、そこからなのか、と思っても不思議は無かった。
「神様・・・ヒメちゃん・・・いや、アマテラスやツクヨミは無関係だな。あそこが出てくれれば、楽だったかもしれないけどな」
「じゃあ、どうやって?」
「蘇芳の爺に頼んだ」
「蘇芳って・・・あの、蘇芳?」
カイトの発言に、今までぐったりとしていた魅衣がむくりと顔を上げる。なお、桜と楓、カイトとティナ以外の面子は全滅していた。書類仕事なぞ慣れていないし、さらに言えばしたこともないのが大半だ。勉強が出来るか否かと、書類整理が出来るか否かは別なのである。
「その、蘇芳。あの爺はなにげに戦国よりも前・・・室町の生まれで、昔は伊勢や桑名に住んでいたらしくて、徳川家が弱小の松平家だった頃からの付き合いらしい。なにげに織田信長や徳川家康とも懇意にしていた、とかいう話だ。龍だからな。なにげに信長公は気に入っていたらしい。家康公は将棋友達らしいな。意外とあの爺の交友関係は結構すごい。東京に引っ越したのは、江戸幕府が出来て徳川家康が江戸に住む様になって、爺が妖刀村正を唯一調整できる鍛冶師として家康公直々に請われて移り住んだ、って話だ」
「村正って確か徳川に仇なす刀、なんじゃねぇっけ・・・」
カイトの言葉に、ソラが疲れた様子で問いかける。割りと知られた話だが、真田幸村こと真田信繁が妖刀村正を佩刀として愛用していた、なぞと語られており、そこから徳川家康が忌避した刀、というのがよく知られた話だ。それはこの場の全員が知っているある種の常識に近かった。が、常識が間違いというのは、往々にしてあることだ。
「尾張徳川家には、家康公の形見として村正が収蔵されている。現に今でも美術館に収蔵されているぞ」
「え?」
「実際、爺は家康公とは将棋友達だったなら、妖刀村正が徳川に仇なす刀、ってのは無いだろう。あの爺は律儀な男だ。『誰か』を殺す為の刀、は打たん。打つのはなんでも切れる名刀だ。それが友人の為なら、尚更だな」
カイトが笑いながら、事の実情を語る。他にも、例えば真田幸村の名が幸村と言うのは間違いだ、と徳川光圀自身がわざわざ明言したりもしているのに、真田幸村という名が広がっていたりするのだ。
「じゃあ、幸村様の佩刀が妖刀だった、と言う話は嘘なんですか?」
「幸村様?・・・まあ、良いか・・・んー・・・嘘では無い、と言う話ではあるな。爺は弟子を数人取っていて、その一人が幸村に槍を献上しているらしい。かの有名な十文字の朱槍だな。その穂先は確かに、妖刀村正の流れを汲んでいる。刀は正宗の流れらしいな」
桜の物言いに違和感を覚えたカイトだが、それをスルーして話を行う。なお、桜はかつての地球時代での活動の結果、真田幸村については一家言あったらしい。まあ、それ故、間違った知識も多かった様子だった。
「爺の話では、夏の陣で信繁殿が使った槍が自分の穂先であれば家康殿の首も危なかっただろう、と笑っていた。夏の陣の帰りにお礼を言いに来た家康公に爺がそれを当人に話したら、確かに、と家康公も笑っていたらしいしな・・・まあ、そういった本人が万が一に備えて爺の方の村正で武装させたらしいけどな。村正に勝てるのは村正だけ。それを使ってた自分が一番よく知っていたんだろう。オレも良く分かるからな」
「あれは本当だったんですか?」
「突撃か?」
「はい。後、戦って戦死した、という話も」
「ああ、最近見付かった戦死説か・・・さて、どうだろうな。魔術使えば一騎当千が本当に出来るからな。村正を使いこなせていれば、本陣まで切り込めただろうさ・・・まあ、そこらはオレも爺も居なかったから、分からない話だ。爺なら、聞いているかもしれないけどな」
桜の再度の問いかけに、カイトが頷く。魔術無しの表層部だけを見ていたのでは、歴史とは語れない。その裏には常に異族達の姿があったからだ。それを知っていたからこそ、カイトはどこか歴史家の側面も持ち合わせていた。ここらに詳しいのは、そこらの関係だった。
「まあ、でも・・・そっちの方がロマンはある。疲れた所に首を差し出したよりも、戦って負けた方がな」
「そうですね」
カイトの言葉に、桜も笑顔で同意する。どちらがロマンか、と言われればやはり戦って果てた方がロマンはロマンだろう。どうやら桜もそういった事は解するらしい。
「・・・で、何の話だっけ?」
「・・・あ、戸籍の話です。そこら、どうしたのかな、と」
脱線していた事には気付いていたカイトが問いかけると、桜が思い出した様に告げる。どうやらお互いに疲れてはいたのだろう。少々脱線してしまったのは仕方がない。
「そう言えば・・・今思えば、あれが全部のきっかけ、か」
「はい?」
「ティナの戸籍を作るか、と思ったのが、全部のきっかけだ」
「そう言えば、そうじゃのう。単に余に地球での生活を経験させるか、と思うただけの話じゃったのに、あれよあれよと巻き込まれおって」
訝しむ一同に対して、カイトとティナが笑う。本当に、それだけだ。それだけなのに、結果として今では神様との友誼を結ぶほどにまでなってしまったのだ。
「何があったんだ?」
「ほら。こいつが転校してきて少しした頃に、連続殺人事件があっただろ?」
「ああ、そう言えば・・・」
カイトの言葉に、瞬と凛を除いた全員が頷く。当時相当騒がれた事件だった。一条兄妹が除かれているのは、彼らが東京の出身では無いからだ。彼らは京都出身で、当時はまだ瞬でさえ京都に在住していた。というわけで、思い出せなかった瞬が問いかける。
「なんだ? それは」
「あれ・・・ああ、そう言えば大阪帰った時はあんまり取り扱われてなかったな・・・」
東京でのニュースが関西ではあまりやっていない、という事は往々にしてあることだ。東京は確かに首都だが、東京も結局は一地方に過ぎない。東京で騒がれていたとて、大阪や福岡、北海道で騒がれるのか、というとそれは話が違うからだ。報道の度合いも全く違ったのである。
「あれは魅衣が悪い。その一言に過ぎんのう」
「うぐっ!」
ティナの端的かつ正鵠を射る一言に、当人ががくりと机に沈む。当人にとって、当時の出来事は黒歴史も真っ只中だ。当時の写真等も残っている事は残っているのだが、今回の一件を受けて処分できなくなる可能性を考えて、日本に帰還次第魔術で燃やして捨てよう、と思っているほどだった。
「あははー」
「笑ってるけどね・・・由利。あんたも大概よ。バイク乗り回してって・・・」
「何のことかなー?」
魅衣の一言に対して、由利が笑顔で問いかける。が、目が笑っていなかった。そんな二人を他所に、瞬が更に問いかける。
「で、何があったんだ?」
「魅衣がその殺人犯に遭遇してた。で、オレがぶちのめして来た、ってのが全ての事の発端だ」
「へー・・・ということは、魔術を使った殺人事件だった、というわけか・・・」
カイトからの言葉に、瞬が意外そうに目を見開く。意外と身近な所に魔術が溢れていた事にびっくりしていたのである。
「まぁな」
「そういや、あの頃は色々とあったよなー」
「「言わないで」」
ソラが感慨深げに呟いた発言に対して、にらみ合いに近い状態だった魅衣と由利が睨みつけて同時に告げる。その視線の冷たさは、アルが作る氷並に冷たかった。
「ひぇ!?」
「くくく・・・まあ、良いではないか。今あらためて総括するのも、良い機会じゃろう。お主らの一件にも絡んできておるしな。特に魅衣はあれが始まりじゃろう?」
「そうだけどさー」
否定は出来ない。魅衣の顔にはそう書かれてあった。そうして次に、ティナは由利に向き直った。
「で、由利はあのぬいぐるみはまだ持っておるしのう」
「ぬいぐるみ?」
「あ・・・う・・・」
楽しげなティナの視線と共に一同の疑問を受けた由利だが、それに彼女は真っ赤になっていた。どうやら恥ずかしい物だったようだ。
「ま、改めて総括やっときますか。丁度この間オレとソラの総括もやってたしな」
「あー・・・そういや、結局なんでああなったのか、とかわかんねーもんなー。あの当時の事って・・・」
「「あ、ちょっと!?」」
カイトの言葉に、ソラが同意する。そうして、カイトを主体として、焦る魅衣や由利を他所に、ティナの入学から繋がるひとつなぎの出来事が語られ始める事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




