断章 天使達編 第27話 最高のクリスマス・プレゼント
想いを新たに<<零時空間>>の調査に取り掛かろうとした二人だが、その前に製作者であるルイスに聞いておく必要がある事が幾つか存在していた。
「で、ここは結局はなんなんだ?」
「元は、エデン・・・そう言う空間だった。そこを改良して、時をほぼ止める事で動きを停止させ、立ち止まった所で封印される様にしたのが、この空間だ。私達は<<零時空間>>か、<<天獄>>と呼んでいる。あのリンゴは知恵の実の成れの果てだ。私が、移植した」
カイトを夫と認め、そして自分の全てを分かつと決めた事で、ルイスが隠すことなく、この空間についてを語り始める。
どうやらりんごは真実、聖書に語られる知恵の樹の実だったらしい。まあ、聖書にある通り知恵を授けてくれる、などという事はなかったが。
「大本は、アダムとエバ。その二人がここに居て、私達とともに生活していたんだが・・・まあ、そこらはどうでもよいだろう。奴らが楽園から追放された事は、知っているか?」
「ああ。今の地球じゃあ、有名な話だ」
「そうか・・・支配力の及ばない所にまで、もう神話が伝わるぐらいに影響力を高めたのか・・・いや、今はどうでもよい事だな。ここは、その成れの果てだ。『幽玄華』が咲き乱れ、リンゴや様々な果物が実る・・・良い空間だった。灰のカインが畑を耕し、金のアベルが放牧を行い、アダムとエバが笑い合う・・・今も懐かしいよ・・・私もあの岩に座りながら、よくカインやアベル達と語り合った・・・」
少し離れた所にある彼女がよく腰掛ける岩には、何か思い入れがあるのだろう。語りながら、ルイスはそれを悲しげな瞳で、じっと見つめていた。
『幽玄華』とは言うまでもないだろうが、『冥界華』の地球での言い方だ。当たり前だが、同じ華が同じ呼び名で無い事もあるだろう。
「だが、エデンは楽園なんだろう? 何故、こんな事になっているんだ?」
「・・・奴の・・・貴様が言う唯一神となった奴の依頼だ。何故、というのは私にもわからん。だが、ある時から、奴は『幽玄華』に拒絶感を示した。それで、私がここを封鎖する様に命じた。何があったのかはわからんが、それでも、奴が怯えていたんだ。私はそれを聞いて、決して、ここからこの華を出せない様にするために、この空間を創り出した。まさか、この華がそれでも生きながらえるとは思ってもみなかったが・・・な」
ルイスは苦笑しながら、自分が来るまで幾星霜と生き続けていただろう『幽玄華』の華を慈しむ。
どうやらカイト達の予想通り、ルイスも『幽玄華』の別の使い方を知らない様子だった。そうして、苦笑してから、何処か悲しそうに告げる。それは、彼女がここに入るまでの経緯だった。
「今思えば、おそらくあの時が、異変の始まりだったんだろう。あの頃から、奴はゆっくりとだが、狂い始めていた・・・それから暫くして、カインとアベルの・・・あの悲劇があった。あの時だ。私が違和感を覚えたのは。奴は決して、人の苦労を無為にする奴ではなかった・・・だがなぜか、奴はカインを無視した。何故なのか、と聞いても、奴の答えも漠然としない。とは言え、時には奴にもそういう事があるし、失敗もするだろう、と思った。なにせあいつは自他共に認める馬鹿だ。それに、カインが罪を犯した後の対応は、奴らしい温情でもあった。咎人であるはずのカインの身の安全は保証していたんだからな。甘い。本当に甘い・・・が、それが奴らしさでもあった」
微笑みながら語るルイスの言葉はおそらく、アベルを殺したカインが楽園から追放される時に神が彼に言ったとされる言葉の事と、それに纏わる刻印の事だろう。そういう彼女は、その時に気付けなかった事を悔やんでいる様子だった。そうして、過去語りは続いていく。
「・・・だが、それから少しして、ゆっくりとだが勢力が拡大するにつれて、奴はゆっくりとだが、可怪しくなっていった。そうして、ある時。奴は唐突に他の神様達の領域に攻め込む、と決めた。他の神話に攻め込む、なぞ誰もやろうとも思っていなかった。なにせそれまでは説得して、連合に加わってもらう様な感じだったからな。始めは奴の決定だから、と訝しみながらも私も他の奴らも従った。だが・・・それが、間違いだった。止めるべきだった。それが、奴の症状を悪化させていったんだ」
段々と深まる悔恨に、カイトはそっとルイスを抱き寄せる。そうして、小さな声で、ルイスは言葉を続ける。
「・・・ある時。奴はある天使を生み出した。それはミカエルと呼ばれる天使だ。強大な力をもちながら、そして奴そっくりに馬鹿みたいな石頭の持ち主だ。だが、それで、私は奴が狂っている事に気付いた。いつしか奴の神としての目的が、独善的な物に変わっていたんだ・・・それから、私は奴を治す術を探しながら、原因を探る事にした。とは言え、奴が狂った事なぞ、誰かに明かせるわけでもない・・・まだ、まともな時期もあったしな・・・いや、もしかしたら、私がまだ間に合うのだ、と思いたかったのだろう・・・そうして、私は神を欺きつつ、何人かの私の行動に気付いた天使達と共に、原因を探し続けた。だが、そうして判明した原因は、私達を愕然とさせる物だった・・・」
一気に語り終えて、ルイスはカイトの胸の中で、ゆっくりと息を吐く。これから言う事が、未だに信じたくない、と言わんばかりだった。そうして少しだけ間を置いて、原因を告げる。
「神として、奴は祈りを集める。それは神族である以上、絶対だ。世界の末端として、神様として崇められれば、それはシステムとして、必然だ。祈りという無垢な力を処理するのが、神の役割だからな・・・だが、奴に集まった祈りは、奴が処理出来るレベルを超えていた・・・それが、意識障害を起こしていたんだ・・・」
「つっ!? そんな事が起こるのか!?」
告げられた結論に、カイトが絶句する。カイトでさえ、聞いたことがない事だったのだ。どれだけの祈りを集めたのかは理解出来ないが、おそらくとんでもない量の祈りを集めた事だけは確実だ。
とは言え、あり得た話ではあった。神として処理出来る祈りの量は、当たり前だが、有限だ。世界が有限である以上、それは有限であるのは絶対だ。処理出来る祈りの量が何で決まっているのかは、カイトにもルイスにも、分からない。それ故、意識障害を起こす可能性は、極僅かにだが、存在していた。
彼は、今では世界の半分の祈りを集める神だ。それも彼の場合は唯一神。全ての祈りを、自らで集め、処理するのだ。他の神様以上に、そうなり得たのだ。
そして言うまでもない事だが、彼を崇める宗教は、歴史上でも有数の力を持つ。かなり昔からそうなっていても、可怪しくはなかった。
「だが、私達がそれに気付いた時には、祈りの流入を止めることはできなくなっていた。もう既に人が勝手に信仰を広める段階に至ってしまっていたんだ・・・それでも、私達はなんとか止めようとした。だが・・・そうしている内に、ある事件が起きた。グリゴリの天使達の堕天による魔術等の情報流出と、それから繋がる大洪水・・・それで奴は配下にあった多くの民を殺した。もう、これ以上は放っておけなかった・・・」
ルイスは悲しげに、小さな声で大昔にあった事を語る。まだ間に合う。そう思っていた自分達が、多くの生命を失わせたのだ、と嘆いている様でさえあった。
「私は、奴に反旗を翻す事にした・・・もう、生命を失わせたくないし、奴の本当の夢を奴自身の手で穢させたくなかった・・・だが、勝てなかった。私の甘さ故に、な・・・殺せなかったんだ・・・不器用なガブリエルも、あたふたとよく慌てふためいたミカエルも、歌が好きだったサンダルフォンも・・・敵に回っても・・・私には殺せなかった・・・そうして、反逆した私達は、一瞬の隙を突かれて、サリエルにここに放り込まれた・・・これが・・・私がここに居る理由だ」
涙を流しながら、ルイスは前天使長としての自らの罪と言わんばかりに、カイトに全てを告白する。それはまるで、神の前に懺悔するかのように、悲しげであった。
彼女らは神に反逆した。だが、それは神を想えばこその事だった。それがなおさら、彼女に重くのしかかる。神を救おうとして、仲間を巻き込んで、それで仲間は今も、氷の下だ。辛いのは、当然だった。
ここはある意味、彼女にとって最適な幽閉場所だった。ここの完璧さは他の誰でもなく、彼女が最も把握している。なにせ作った彼女が誰も出せていないのだ。となれば、彼女もまた、出て来れない。救える可能性があるのに、首謀者である自分一人だけが、外に出る事が出来なかったのだ。誰かが考えたわけでも無いが、まさに優しい彼女だからこその、脱出不可能な牢獄だった。
「・・・そうか。わかった。流石にそっちはなんとも出来んが・・・取り敢えず、こっちを先に片付けちまおうぜ」
「・・・ああ」
暫くの沈黙の後。カイトはルイスが落ち着いたのを待ち、取り敢えずは脱出する事を告げる。兎にも角にも、脱出しない事には何も始まらないのだ。
先程は彼女が語りたいが故に語らせたわけだが、唯一神の件に取り掛かるにしても、まずは、これからだった。そうして、二人は封じられた天使達を書き記した地図の完成のため、行動に移る事にするのだった。
それから、暫く。後一歩の所にまで辿り着いていた地図は、ルイスの協力を得られた事で今まで以上に早いペースでの完成を見る事になった。
「良し。これで、完成だ。これで、全員見付けられたな」
「全く・・・ベルの奴はこんな遠くで凍っていたとはな」
完成した地図を眺めながら、ルイスが苦笑する。それは彼女が反逆する時にいの一番で参加した天使の名前だった。
そんな彼女だが、強大な力を持ちながらも、実は最後の最後で見つかった。というのも、彼女は如何な因果か、カイト達が拠点としている花園から遠く深い場所で眠っていたのだ。
「にしても・・・どうするつもりだ? こんな地図で」
「ああ、これは目印というか、取りこぼしが無い様にしたくてな。理解していないと、どうしようもない」
「?」
カイトの言葉は、どうやらルイスには理解出来なかった様だ。彼女は首を傾げるだけだった。カイトが必要だ、というので完成させたは良いが、これで何をするかわからなかったのだ。
とは言え、これを完成させても一つだけ、問題が残っていた。それは封印された天使の数がカイトの予想以上に多かったのだ。
「まあ・・・グリゴリの天使達も復活させる事になるが、それは仕方がないよな」
「それは私も受け入れるしかない。ここまで大量の天使達が居る。貴様にどれがグリゴリで、どれが私と共に反逆した天使なのか、というのは理解出来んだろう。私にも、末端の天使は理解が出来んからな」
当たり前ではあるが、天使達の数が多くなれば、トップであったルイスでさえも、末端の存在までは把握していない。
となれば、それがグリゴリなのか自らの配下だったのか、と分からないため、全てを開放するしかなかったのだ。
おまけに、調べてみれば彼らが妻にしたらしい人まで居る。放っておくわけにもいかないし、と一緒に蘇らせる事にしたのだ。そうして、ルイスの許可を受けて、カイトは全ての嘆きを終わらせる事にする。
「じゃあ、まあ・・・お前の出番だ」
カイトが取り出したのは、外ではついさっき貰ったばかりの、妖刀<<朧>>だ。ずっと放っておかれた<<朧>>だが、カイトのようやくの求めを受けて、今か今かと抜かれる時を待っている様だった。そうしてカイトは刀を腰だめに構えると、<<転>>を使い、世界全てを把握する。
「ここまで静かだと、逆に読みやすい・・・」
ルイスさえ息を殺した<<零時空間>>の中。カイトは世界全てを直感で把握する。そうして、世界と自ら、そして、愛刀の呼吸を全て重ねていく傍ら、自らの愛刀に告げる。
「おい、相棒・・・オレの妻に、最高のクリスマス・プレゼントをプレゼントさせてくれよ・・・<<朧>>よ。オレは、貴様の真の姿を晒す事を望む」
カイトの求めに応じて、<<朧>>の姿が一瞬朧げになり、しかし、その後すぐに実体を取り戻す。だが、その刀身が纏う風格は、決して先程と同じ刀だとは思えぬほどに、圧倒的な物に変わっていた。
「貴様の前では、全てが朧に変わる・・・征くぜ、<<朧・村正>>」
全てが整った一瞬。カイトは使える全精力を持って、刀の全ての力を解き放つ。世界さえも砕ける男の力を受けた<<朧・村正>>はしかし、砕ける事も無く、完璧にカイトの力を受け止めて、全てを自らの力に変える。
「ここだ! <<朧・村正>>よ! 全てを朧と為すその名の通り、因果さえ、時の流れさえ、切り裂いてみせろ!」
真の姿となった<<朧・村正>>の武器技とは、全てを切り裂く事だった。それも、全て、というのは時間や空間さえも、という意味だ。
これでカイトが切り裂いた物は、天使達が封じられるまでの時間だった。彼らが封じられるまでの時間を擬似的になかった事にしたのである。そうすれば、後は強引に外に出されるのだ。
そうして、カイトは全ての天使達を開放すると同時に、身の丈ほどの大太刀に変わった<<朧・村正>>を大上段に構える。
このままでは、開放された天使達は全員、再び<<<零時空間>>の封印に囚われるのが、関の山なのだ。それになかった事にしたのは擬似的に、なので、修正されて、すぐに元通り封印されてしまう。その前に、全員ででなければならないのである。とは言え、現状を全員に説明している暇は無い。全体的に散らばりすぎて、集めているだけの暇がなかったのだ。だから、強引に全員を出す事にする。
「さーて、これでこんな寒い空間とはおさらばだ! しょっぱなからこんな良いもん斬れて、お前も刀として満足だろ! 時間の次は、空間ぶった斬ろうぜ! おぉおおお!」
カイトの咆哮と共に、もう一度、刀に莫大な力が収束する。そうして、カイトがもう一度、斬撃を放つ。そうして、この場に捕らわれていた全員が、強制的に外の空間へと、脱出させられたのだった。
お読み頂きありがとうございました。




