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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第7章 氷のクリスマス・イブ編

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断章 天使達編 第26話 少女の真実

 結論からいうと、流石にカイトでも<<零時空間(コキュートス)>>からの脱出は簡単ではなかった。大精霊達が言うように、この空間はあまりに完璧に近い術式で構成されており、脱出するには強引な手段では出来そうになかったのだ。それ故に、今日もまた、カイトはブリザードの中を歩き続けていた。

 歩いたのは、数時間や数日、数週間、数ヶ月という単位の時間では無い。もっと長い時間、年単位の時間を、カイトは地道に歩き続けていた。そんな彼に対して、ルイスが何度目かの言葉を掛ける。


「いい加減に、諦めたらどうだ? 貴様の力量ならば、あそこで過ごせるだろう。奇妙な奴らも居る。気が狂う事も無い」

「・・・ここも、か・・・そう言うなって。諦めたら、何も変わらねえよ」


 もう何度目かになるルイスからの諦めの提言に、カイトが地面から顔を上げて苦笑する。彼はブリザードを魔術で遮断して、氷の地面の中にあった何かを確認していた。ここ当分はずっと、これを行っていた。


「ふん・・・」

「さて・・・調査を続けるかね」


 何処か不満気なフェルに対して、カイトは苦笑して再びロングコートのフードをかぶり直す。

 そうしてそれを見て、何時だったか二人は忘れたほどの過去にカイトから貰ったロングコートのフードをかぶり直したルイスがその後ろを歩き始める。

 不満気だろうと、どれだけ呆れようと、ルイスは決して、カイトの側を離れたことは無い。彼が二人が出会った『冥界華(めいかいが)』の花園に戻る時は一緒に戻り、調査に出る時は文句を言いながらも、絶対にその後についてくる。

 そうして更に、幾星霜の月日が流れる。おそらく、地球基準でもエネフィア基準でも年単位の月日は過ぎ去った頃だ。カイトが作り上げていた地図を見ながら、一つの答えを見つけ出した。


「・・・なるほど。この空間は球体なのか」

「今更気付いたのか?」


 カイトの言葉に、ルイスが少し呆れた様に告げる。自身の魔力で創り出した無数の旗を目印にしながら地図を作り上げていたカイトだが、そうして幾星霜も歩き続ければ、何時かは完全な地図が出来上がる。それが完成したのが、この時だった。


「そりゃ、お前が作った空間だから、わかってるんだろ? オレにゃわからねえよ」

「・・・待て。貴様、何時気付いた?」

「あ・・・」


 驚き、目を見開いたルイスの言葉を受けて、カイトが自らの失言に気付いた。カイトはこれについて一度も口にした事がなかったのだ。

 いや、それを伝えるつもりがなかった、というのが真実か。というわけで、カイトはあくまで推論の結果だ、という事にするために、嘯く事にした。


「そりゃ、こんな空間で未だに無事なんだ。作った奴ぐらいじゃないと、無理だろう、と思ってな」

「・・・ちっ。貴様と一緒に居すぎたか。貴様が何故ここまで耐え切れるのか、というのが不思議で見極めてやろうと一緒にいたが・・・失敗したな」

「しゃべる相手が居てくれて、オレは助かるけどな」

「ふん・・・」


 カイトの言葉に、ルイスが不満気に口をとがらせる。こういう子供っぽい所がある事は、かなり昔から気づいていた。いや、まあ、実はカイトは彼女に会った時からこれに気付いていた。

 ルイスの反応はこれが真実だ、と思ってくれた様に見えたが、実は違う。カイトの嘘にしっかりと気づいている。彼女もうそぶいただけだ。

 それに、カイトが隠れて苦笑する。お互いに気付いているぞ、とお互いに気付いていても、隠しあっている。それが、楽しかったのだ。


「はぁ・・・奇妙な奴だ。何時まで、こんな茶番を続けるつもりだ?」

「んー・・・お前が望む限り? それか、本当の気持ちを語ってくれるまで?」

「やれやれ・・・」


 まるで自分を昔から知っているかのようなカイトの言葉に、ルイスが肩を竦める。彼女は、こちらは完全に騙されていた。

 ルイスとカイトが出会ったのはこれが初めてだが、実は、カイトはルイスの本当の名前から、彼女の吐いている最大の嘘も、全てを出会う前から知っていた。

 だがそれを隠す理由も、何故こんな事をしているのかも、全てをカイトは今はまだ伏せている。こちらは匂わせてもいない。

 理由は簡単だ。まだ、彼女自身から告げられていないから、だ。どうせなら、素直な言葉を聞いてみたかったのである。


「まあ、製作者として、言っておいてやる。それに囚われた私が言うのも何だが、この空間は完璧だ。私が作ったのだからな」

「それは認める。もう少し簡単に作っておいてくれ。そうすりゃ、楽に出られたのにな」


 ルイスの言葉を、カイトが認める。少なくとも、正規の方法ではここから出れる可能性はなさそうだった。入り口はあっても、出口は無かった。

 正規の方法だと、天才たるティナでも難しいかもしれない。大精霊達が称賛するのも当然なぐらいの完璧さを、この空間は有していた。とても人工物とは思えないレベルだったのだ。

 そしてそれはカイトの一つの推測を正しい物だ、と示していた。それは天使達はここに番人の様な存在を配置していない、ということだ。

 ここに放り込まれれば、どれだけ頑張っても数分の間に<<零時空間(コキュートス)>>の絶対零度の中に囚われて、更に数分後には氷漬けにされるのが関の山だ。

 カイトやルイスという超級の実力者だからこそ、こんな何日も生存可能なのであって、それ以外には耐え切れる物ではなかった。おそらくこの二人以外だと、ティナが唯一、だろう。ミカエルとて無理だ。


「ふん・・・今度作る時には、考えておいてやろう」

「頼むぜ、ホント」


 ルイスの言葉に、カイトが苦笑する。そうして、カイトは再び、歩き始める。調査はまだまだ、終わりそうにないのだ。

 そしてルイスはカイトが歩き続けるかぎり、彼女も横に居るつもりだった。そしてまた、幾許かの月日が流れる。


「・・・ん。やはり、人とは温かいな・・・」


 その日の目覚めは、ルイスの方が早かった。まあ、朝も昼も夜も無い空間だ。何時起きても良いし、何時寝ても良い。起きる時間にしても遅いというわけも無く、早いというわけも無い。そうして、ルイスが見るのは、自分の下で眠るカイトだ。

 簡単に言えば、カイトがルイスを口説き落とした、という事だった。何があったのかは多くは語らないが、幾星霜も一緒に居たのだ。普通といえば、普通だった。


「・・・お前は、やはり居てくれているのだな。愛しているぞ、カイト」


 居てくれている。ルイスがそう告げる。つまりは、カイトが既に出れる事は、彼女は把握済みだった。

 そのうえで、自分の為に何かをやっている、と気付いているが故の言葉だった。が、この後ろ部分は少し迂闊な発言だった。


「そりゃ、ありがたいね。オレも愛している、ルイス」

「なっ・・・」


 まさか目覚めているとも思わず呟いた愛の告白に反応され、ルイスが地球時間で10年近くの月日の中で見たこともないぐらいに耳まで真っ赤に染める。

 そうして、カイトに抱きしめられたまま、ジタバタと暴れ始める。さすがの彼女でも率直な愛の告白を聞かれていれば、恥ずかしくもなるだろう。


「たまにゃ、寝てるふりするのも、悪くないもんだ。珍しい物を聞けた」

「貴様! 起きていたのか!」

「ふふん。妖精のいたずらにお仕置きしようと思った事が一度ならず結構あってな。寝たふりは結構、得意なんだよ」


 耳まで真っ赤に染めた上、文句を言い放つルイスに対して、カイトが何処か自慢気に楽しそうに告げる。そんなカイトに対して、ルイスは相変わらずジタバタと暴れながら、更に文句を言う。


「おい、離せ!」

「やーだね」


 ジタバタと暴れるルイスに対して、カイトはそれを離すつもりは無い様だ。如何に強大な力を持つルイスといえど、格上かつこの状況では逃げられない。それに、カイトもイタズラっぽい笑みのまま、彼女を抱きしめて離すつもりは無い。

 まあ、ここ当分は寒空の下で本当に人肌に餓えていたのだ。もう暫く楽しんでも文句は言われないだろう。いや、まあ、文句は既に飛びまくっているが。


「・・・はぁ。それで? 貴様は何時まで出入り口の調査しているフリを続けているつもりだ? 一体何を企んでいる?」


 一頻り暴れた後、更にカイトに様々な方法で宥められて、おまけに自分も諦めがついたらしいフェルがカイトに問い掛ける。気付いているぞ、というセリフは聞かれていたっぽいのだ。恥ずかしさもあって、問いかける事にしたのである。

 そうして見抜かれていた嘘に、カイトが苦笑する。気付かれていないとは露とも思っていなかった。それぐらいに、彼女は聡い少女なのだ。


「ん・・・もうちょっと。もうちょっとで、全部把握出来る」

「貴様は・・・バカだ」


 カイトの告げた言葉で、ルイスはカイトが何をしようとしているのかを、全て把握する。

 カイトはとんでもなく長い時間を掛けて、ある地図を作り上げていたのだ。カイトが作り上げていたのは、単なるこの<<零時空間(コキュートス)>>の地図ではなかったのだ。それは誰のための物か、というのは、即座に理解出来た。


「馬鹿が・・・貴様に関係のある事では無いだろう」

「・・・やっぱり、か。お前、嘘だろ? ここから出られないって」


 全てを理解して、罵りながら自らの胸にしがみついて涙を流すルイスに対して、カイトが問い掛ける。それは絶対の自信を持った言葉だった。

 だが、そう言われたルイスの方は目を見開いて驚きを露わにする。そうしてあげようとした顔を、カイトが強引に自らの胸に抱きとめて、そのままにさせる。


「何故・・・知っている?」

「お前の兄を、知っている。いや、又聞きだがな・・・これ、見たことあるだろ?」


 カイトは今までずっと隠してきた、ずっと自分が片時も離した事の無い指輪をルイスに見せる。それは普段は首からネックレスとしてぶら下げている物で、ルイスと出会った時に、自分が彼の関係者――正確には子孫の方――と悟られないように、隠した物だった。


「それは・・・っ!? 何故貴様が持っている!?」


 ネックレスに取り付けられた指輪を見て今度は別種の驚きを得て、ルイスがカイトの拘束を振りほどいて顔を上げる。それは長き時を経ても尚、忘れなかったが故の驚きだ。それは、彼女の兄が持っていた物の片割れだった。


「お前の兄貴のその子供の、そのまた子供の遥か遠くが、持ってた。そいつが、こっそりと投げ渡したんだよ。戦争が終わったら、返しに来い、ってな。で、戦争が終わって、結局そのままだったんだが・・・地球に帰りしなに返そうとしたら、突っ返された。帰って来ても、お前を証明する物が必要だろう、ってな」


 カイトは笑いながら、自らに一族の最も大切な宝を預けたままにした親友の心意気を語る。

 だがそれが、彼女にとって自らの兄を知っている証拠には、なり得なかった。なので、カイトは指輪の内側を見せる。そこには、動かぬ証拠が、刻まれていた。


「・・・ほら、名前、見てみろよ」

「・・・あのバカが・・・これは一族伝来の宝だ、と何度言えば・・・傷を付けるな。しかも自分の名前だと・・・バカもいい加減にしろ・・・」


 こつん、とカイトの胸に額を付けて、ルイスは止めどもなく愚痴を言い続ける。それは一国を作り上げた男の一族に伝わる物で、そしてまた、その男が作り上げた一族が伝えてきた伝来の宝だ。地球でもエネフィアでも産出しない、正真正銘未知の金属で出来た指輪だった。


「あいつは、何をしている?」

「・・・すまん。それはオレにも分からない。言っただろ? 又聞きだ、って。そいつと数ヶ月以上だべてった奴が居るんだ。そいつから、聞いた。お前の事もな・・・だから、陛下の事は何もわからない。生きているのか、死んでいるのか、も」

「・・・始めから、私を口説き落とすつもりだったのか」

「いや? ひと目見た時に、口説き落とそう、と思っただけだ。喜べよ、オレがこう思うのって、滅多に無いぞ? ティナでさえ、口説き落としてないんだから・・・いや、あいつの場合無茶苦茶強引に押しかけ女房やられたんだがな」


 ルイスの少し不満気で、嬉しそうな言葉に、カイトはいたずらっぽく笑いながら否定する。

 ルイスのことは始めから、知っていた。ルイスの兄から聞かされた彼の最初の友人から、カイトはルイスの性格はほぼ全てを聞いていた。

 それ故にルイスの事は前々から把握していたのだ。まあ、カイトはそれがまさか地球に居る、とは思っていなかったが。

 それに、元から知っていたというだけで、好感度が高かった、というだけにすぎない。恋に落ちるほどではなかった。そうしてカイトに告げられた傲慢な一言に、フェルも傲慢さを滲ませて返す。


「ふん。当たり前だ。私を誰だと思っている? 私は天使ち・・・ん」

「んぅ・・・別にオレにとってお前はルイスで良い。今更本当の名前なんてどうでも良いだろ? オレも知ってるんだから」


 自らの本当の名前を告げようとしたルイスの言葉を強引に口で塞いで、カイトはそのまま告げる必要が無い、と告げる。別に名前なぞどうでも良い事だった。

 なにせカイトは知っているし、ルイスもそれを知っている。それにこの幾星霜の長い間、二人はルイスで通してきた。今更と言えば、今更だった。

 そうしてくちづけが終わり、カイトの告白を聞いて、ルイスはカイトの胸にしがみついて、おそらく彼女の生涯で初めて、素直に自らの思いの丈を告白する。

 それは誰にも見せたことのない、素直な想いだった。それは、彼の兄の見立ての通り、彼女が優しい人物だ、という表れだった。


「私は・・・また、あいつらの声が聞きたい。私の所為なんだ・・・本当は私一人で良いはずだった・・・なのに、ベルも、みんなも一緒について来てくれた・・・頼む・・・あいつらに、また会わせてくれ・・・」

「ああ、任せておけ」


 少女の本当の想いをようやく聞いて、カイトは絶対の自信と共に、任せておけ、と明言する。出来ないとは思っていない。今の彼には、ほぼ全ての手札が揃っている。そして必要な最後の手札が、今作り上げている地図だ。それさえ完成すれば、彼女の願いが叶えられる。

 彼女はカイトの言う通り、出れなかったのでは無い。仲間を置いては、出られなかったのだ。

 カイトの後ろをついて来ていたのも、それ故だった。仲間を救うための情報を得ようとしていたのである。もう一人では心細くて、だが、諦めきれなかったのだ。そうして、涙を流し終えた時には、再びルイスがいつも通りに傲慢に告げる。


「・・・良いだろう。口説き落とされてやる。今から、私は貴様の妻・ルイスだ。ただし、そうだと言うのだから、絶対に、救ってみせろ。私の夫に、出来ないは許さん」

「おう」


 勇者として、夫として、カイトはルイスの嘆願を聞き入れる。それは傲慢で、優しい少女の願いだ。聞かないはずがなかった。

 そうして二人は、脱出ではなく、ルイスの仲間を救い出すため、起き上がるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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