断章 天使達編 第22話 イヴの来訪者達
それぞれの日々を過ごしていたカイトとティナであったのだが、12月の中である一日は、流石に修行も研究も全て切り上げて一緒に過ごす事にしていた。というのも、12月の24日がカイトの誕生日だったからだ。
「なるほど。お主が秋の24日を誕生日に定めるわけじゃ。こちらの12月24日は寒い上に、雪も舞うとはのう」
「オレの誕生日は寒い、ってのがオレの考えだからな。つーわけで、冬の12月24日を誕生日としたんじゃなくて、秋の12月24日にしたわけだ」
ティナの言葉に、カイトが笑いながら告げる。カイトはエネフィアに骨を埋める覚悟を決めていたわけなので、当然だが、誕生日も向こうで定めている。カイトの誕生日は地球では12月24日なので普通に考えればそれに準じて冬の12月24日にすれば良いのだが、実はカイトはそれを秋の12月24日に決めていた。
冬の12月24日には一つだけ、地球とは違う部分があったのだ。それは簡単に言って、エネフィアの冬の12月24日は既に春先で、暖かいのである。一年が48ヶ月である関係で、冬の12月ともなると地球で言う所の2月の終わりに近く、暖かいのは当然だった。
「さて・・・まあ、ウチの誕生会は25なわけで、エリザ達が祝ってくれる、つーから行くか」
「嬉しそうじゃな」
何処か嬉しそうなカイトの背中に、ティナが少しだけ楽しそうに告げる。カイトとしても誕生日を祝ってくれる、というのは嬉しくはあったが、同時に恥ずかしくもあった。彼女に背中を向けているのは、それ故だ。
「うるせ」
「良いじゃろ良いじゃろ。別に子供の様にはしゃいでも。余から見れば、お主はまだまだガキンチョ。ショタの領域じゃ。どうじゃ? いっそ今日ぐらいは余に甘えてみるか?」
恥ずかしげなカイトを見て、ティナが茶化すように告げる。実はカイトは誕生日がクリスマスイヴということで、地球ではきちんと祝ってもらった事がなかったりする。それ故に少し嬉しそうだったのだ。
当たり前だが、こういう行事事の前後に誕生日が設定されると、誕生日会も誕生日プレゼントもクリスマスに一緒くたにされてしまうのである。実は少しだけ悲しかったカイトなのであった。
「まあ、鏡夜も来る、つってたし、久しぶりに顔でも見せるかな」
「ほれほれ。大きなおっぱいじゃぞ」
「ちょ、こんな天下の往来でやめろよ」
本来の姿に戻って茶化すティナに対して、カイトはかなり恥ずかしげに止めに入る。ちなみに、今のカイトもまた、本来の姿だ。それ故周囲からは美男美女カップルがクリスマスイヴにいちゃついている様にしか見られておらず、突き刺さる視線が痛かった。
とは言え、それは当人達にはどうでもよい事だ。昔から浴びなれた視線だ。それ故に、二人は気にする事なく、雑踏に消えて、そして転移術で『最後の楽園』へと、消え去ったのだった。
それから少しだけ、時を遡る。日本の大阪にある国際空港に、二人の人物が降り立っていた。片方は、金髪と漆黒のスーツを着用した、サリエル。もう片方は、明るい金髪に明るい表情、そして抜群のスタイルを持つ、ハイティーン程度の女性。こちらはサンダルフォンだ。そうして、降り立ったと同時に、サリエルが周囲を興味深そうに観察する。
『日本は初めてですねぇ・・・いやはや、この年になってまさか新しい経験をするとは・・・』
『仕事とかで来てないの?』
『それがねぇ・・・無いんですよ』
サンダルフォンの言葉に、サリエルが相変わらず興味深そうに周囲を見回しながら答える。
『出来ればお寿司でも食べたい所なんですが・・・時間が無いんですよねぇ・・・』
『大変ねー。天界最大の多忙って』
サリエルの言葉に、サンダルフォンが苦笑しながら告げる。と、そんなサンダルフォンに対して、サリエルが首を傾げた。彼女の言い方だと、来ていそうな感があったのだ。
『サンダルフォン殿は来た事があったのですか?』
『ああ、うん。仕事で何度かね。表向きは歌手兼作詞家だもん。おしょーばいまではミカエルもインドラも何も言わないのよ』
サリエルの言葉に、サンダルフォンがあっけらかんと認める。彼女の場合は表向きの仕事柄、日本にも何度か来ていたのだ。実は中立なのはそこら辺も影響していたりする。
ちなみに、そういうわけなので、身バレすると厄介だ、ということで今はバレない程度に服装等で偽装を施していたりする。
『はぁ・・・まあ、私も中東にはよく出掛けますから、そういう物なんでしょうねぇ』
『サリエルの場合、よく文句言われてるじゃん。表の仕事で出掛けて、そこで裏の仕事もしてるんだから』
『そうしないと、入れませんからねぇ・・・と言うか、苦い顔をされるだけですよ』
何処かうんざりした様子で、サリエルがサンダルフォンの言葉を認める。言うまでもない事だが、サリエルは大天使の一人。当たり前だが、役職と含めてインドラや他の神様達からは最大の警戒が為されている。
それでも苦い顔だけで何も言われないのは、それが彼の領分の仕事だからだ。インドラ達だってお門違いの事にまでは手を出さず、それ故に彼がやっても文句は言われない。とは言え、それを考えると、今回は頭が痛かった。
『八百万の神々の介入前に終わらせないと拙いですよねぇ・・・』
『今回は、あんたの領分超えちゃってるもんねぇ』
二人はため息混じりに、ミカエルの密命にため息を吐いた。当たり前だがインドラ達から文句が来ないだけで、アマテラス達からの文句はあり得るし、最悪で無くとも時間がかかれば、介入は確実だ。
『まあ、何時までもこんな所で二人で駄弁っていても仕方がないですねぇ・・・では、作戦の最後の確認を行いますかねぇ・・・』
『そうよねー・・・と言っても、作戦と呼べる物も何も無いけどね』
外交的な苦情――と事後承諾させられるガブリエルの激怒――を対処するのはミカエルだろうが、現地で直接的な怒りを買うのは、他ならぬ二人だ。それを考えれば、流石にサリエルも頭が痛かった。
二人しか来れなかったのも、それ故だ。もし八百万の神々とまで戦闘になった場合、カイトを封じて確実に脱出出来る組み合わせは、この二人、つまりはかつて彼らに反逆した前天使長・ルシフェルを封殺した組み合わせしかなかったのだ。他の者は居た所で、無駄にしかなり得なかったのである。
『では、貴方が暴れて私が敵を見極めて、それで対象を倒すか、<<零時空間>>へ落とす。その後、所定の手段で脱出して、日本を脱出。これで良いですか?』
『はいはーい』
『作戦時間は日本で2時間。余裕を入れて3時間です。それ以上になると、私の明日の仕事に影響します』
『相変わらず、真面目よねー。私明日明後日お休み入れたのよ』
これから激闘になりそうな予感なので休暇にする事にしたサンダルフォンに対して、明日も仕事だ、と言い放ったサリエル。この生真面目というか糞真面目な性格が、なおのこと彼を天界に帰る暇を与えていないのだった。
まあ、この生真面目さ故にミカエルから最も信頼されている一人でもあるのだが。そうして自身の生真面目さに呆れ返ったサンダルフォンに対して、サリエルがため息混じりに告げる。
『わかっては居るんですけどねぇ・・・何分、これが性分ですので』
『だから、狂った堕天使の一人、だなんて悪評立つのよ。サリエルは生真面目過ぎるの。だから陰口叩かれるんでしょ?』
『随分、我々も人間臭くなりましたねぇ』
サンダルフォンの苦言に対して、サリエルが何処か感慨深げに答える。サリエルは月を象徴として魔眼を持ち合わせ、そして役割は同族を狩る事と、死を司る象徴だ。これで他の天使達から畏怖されないはずがなかった。
『最後に天使が生まれたのだって、もうずっと昔・・・って、そんな事はどうでも良いの。あんたは少しは評判を気にしなさい』
『まあ、エノク・・・と言うかメタトロンと同時期に天使になった貴方には分からないかも知れませんがねぇ・・・そんな今も私にとっては何処か感慨深いんですよねぇ』
『はいはい・・・』
同僚としてアドバイスをくれたサンダルフォンに対して、サリエルは馬の耳に念仏、という様な感じだった。そんな彼に、サンダルフォンはため息混じりに肩を竦める。もう何度か繰り返した事だったが、それでも治らない所を見ると、確かに性分だったのだろう。
実はサリエルが言った様に、サンダルフォンは数年後にフェルが語る分類では望んで天使になった者であるのに対して、サリエルは神が生み出した天使の中でも最古参だ。
それ故、二人共天界の事をかなり古くから知っており、天使達が何処か人間じみた今の現状が感慨深い物だったのである。
『いえ、意外と思うんですがねぇ・・・こうやって同族達や人間達を裁いていたりすると、不思議と神も絶対では無い、と直感で分かるんですよねぇ・・・なにせ神でさえ、完璧な天使というのは創り出せませんでしたからねぇ・・・』
『はぁ・・・それ、ミカエルに聞かれない様にしなさいよ。絶対あの天使長様は怒るから』
『わかってますよ』
自身の言葉に呆れたサンダルフォンの言葉に、サリエルが苦笑する。実はこれ故にサリエルが堕天使だ、などという悪評が更に加速する事になるのだが、これはサリエルの素直な感想なのだから、仕方がないだろう。
『ホントに? それ、ミカエルが一番気にしてる所なんだから、絶対に言わない様にしなさい? 特にルシ姉が堕天してからは、もうコンプレックスマシマシよ?』
『昔は、それが誇りだったから良かったんですけどねぇ・・・何故、天使長殿は我々に弓引いたのでしょうねぇ・・・』
何処か遠くを見つめる様に、サリエルがサンダルフォンに問い掛ける。ここでの天使長殿、というのは言うまでも無く、ミカエルの前任者であるルシフェルだ。これが、誰にも理解出来なかったのである。
『さあ? あの傲慢なルシ姉の事だから、本気で神に成り代わろうと思っていても不思議じゃないんじゃない? 神使の癖に神様を顎で使う様な人なんだから』
『神にしても、それをニコニコ笑いながら聞いてましたものねぇ・・・思ってみると、それも有り得そうだから、怖いんですよねぇ・・・』
何処か物悲しげなサンダルフォンの言葉に、サリエルがため息混じりに苦笑して同意する。誰にも何を考えているのか分からない。それが、誰からも彼らの天使長であったルシフェルの反逆した理由を悟らせない理由だった。
もしかしたら人々が伝えている様に人間に嫉妬して、というのもあり得るし、二人が苦笑した様に神に成り代わろうとした、という可能性も捨てきれない。だが異族に情が移って、という可能性も捨てきれない。それこそ果ては邪推して痴話喧嘩の果て、なんて可能性もバカバカしくても、あり得てさえいた。考え始めれば、ありとあらゆる可能性が存在してしまったのである。
『あの頃も今の私だったら、楽しかったんでしょうけどねぇ・・・あの頃は神もよく笑って下さった。今でこそ、その笑顔が私にも向けられていたのだと思うと、それに何も返せなかった私の不出来さに嘆くばかりです・・・ガブリエル殿は誰にも何もおっしゃいませんが、天使長殿の謀反の理由には大方の予想がついたらしいですねぇ・・・』
『あ、やっぱりサリエルもそう思う?』
『それ以外に考えられないでしょう。天使長殿の様に目立った動きはしませんが、天使長殿が反逆の少し前から取るようになった動きにそっくりですからねぇ』
『本人は隠れてやっているつもりなんでしょうけどねー・・・ミカエル含めてみんな知ってるのよね』
実はここの所は一度も語った事がなかった――と言うか二人になる事が久しくなかった――二人は、偶然行き着いた会話の流れでガブリエルに対しての論評を行う。
実はガブリエルが異族達に対して情けを掛けているのを、二人だけでなく多くの天使達が知っていた。そして賛同する者達が一定数存在していることも、だ。
とは言え、それだけでサリエルが彼女らに堕天使の烙印を押すには足りないし、ガブリエルほどの実力者を排除する理由にもならない。それに現状ではそんな事も出来ない。それ故に、黙認されているのであった。
『そこの所、ミカエルも実はちょっと気にしてたりするもんねー・・・まあ、彼女とガブリエルが同期で親友だった、っていうのも在るんでしょうけどね』
『四大天使の中核たる<<偉大なる者>>と<<慈愛の天使>>ですからねぇ・・・おっと、アラームが鳴りましたね。では、作戦開始です』
少し前のミカエルとの会話の時と同じく、スーツの中に仕舞ったスマホのアラームがなったのを見て、二人は行動に移ることにする。
二人は何も意味もなくしゃべっていたわけではない。当たり前だが意味があっての事だ。サリエルの能力が最も発揮出来る月が出るのを待っていたのである。流石に敵が油断できない相手だ、と思ってこちらが最善の状況で挑む事にしたのだ。
『さて・・・では、お仕事を始めましょう』
『はいはーい』
サリエルの号令を受けて、サンダルフォンが同意して、背中に翼を顕現させる。そうして、二人の天使が、大阪の夜空に飛び立ったのであった。
お読み頂きありがとうございました。




