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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第7章 氷のクリスマス・イブ編

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断章 戦の後編 第20話 天使達の思惑

 カイトが空也の相談を受けていた頃から時は少しだけ巻き戻り、カイト達が道士達の手勢を壊滅させた少し後。その報告は当たり前だが、西の天使達にも届いていた。


『そうか・・・奴はそこまで肥大化しているか・・・』

『予想外、ですね・・・』


 ミカエルの言葉に、流石に予想外の事にガブリエルも同意する。流石にこの一件は緊急で熾天使達や七大天使、メタトロン等の高位の天使達が集まり、会談を開くことになったのだ。このセリフは、そこで受けた報告での発言だった。


『・・・討伐隊を組むか?』

『いえ、それはダメでしょう。遥か極東の島国に天使達を派遣すれば、流石にゼウスやオーディンらも黙ってはいない。それでは大同盟を組ませる良い理由になってしまうではないですか? 死したリーダーほど、体の良い御旗は無いでしょう?』


 ウリエルの言葉に、ガブリエルが即座に否定を入れる。とは言え、彼女の言う事ももっともだ。これがまだ、彼女らの領地であれば、何ら問題も無い。だが場所は彼女らの領地から最も離れた極東の島国だ。支配下に無いのに、そんな大それた事は出来なかった。


『とは言え・・・このまま手をこまねいていても大同盟になる可能性は高い。現にインドラが既に動いて、ゼウスやオーディンに協働を依頼しているとも聞く。先手を打たねばならないのではないか?』

『ですが、もう現状彼の力は表にも影響を与えてしまっている。これでは手の出しようがないでしょう?』


 再度のウリエルの言葉に、ガブリエルが首を振る。そこが、ウリエルだけで無く、他の天使達にしても悩ましい所だった。

 何も彼らとて、異族だからと無作為に敵対行動を取るわけでは無いのだ。きちんと総合的に判断している。もしここで無為無策にカイトを廃すればどうなるのか、というのもきちんと理解出来ていたのである。それ故に、今度はラファエルが頭を振った。


『頭が痛い問題ですね』

『やはり、日本に留まる内は見逃す、というのが最善か? 天使長、貴殿はどう思われる?』

『ふむ・・・確かに、討伐隊を組みたいのは同意するが・・・色々と考えなければならないのもまた、事実だ。奴が何者で、通常は何処に居るのかさえも、我々にも不明だ』


 ウリエルの問い掛けを受けて、ミカエルがため息混じりに告げる。ウリエルは基本的に、彼女と同じくタカ派だ。それ故に、対策も似ていたのである。ちなみに、それに対してガブリエルがハト派で、ラファエルが中立だ。


『それに、討伐隊にしても、並の天使達では送った所で追い返されるのが道理だ。忌々しい事だが、何処かで生き残っていたらしい魔女まで奴の側に居る。それも侮れん。私が出れればそれで良いのだろうが・・・そうもならん。だからそこまで警戒はするな。私とて、私の影響力は把握している』


 一瞬漂った警戒にも似た雰囲気に、ミカエルが苦笑して片手でそれを制する。彼女は、カイトとティナというぶっ飛んだ二人を除けば、この時代の地球ナンバー2の戦闘力の持ち主だ。そんな戦力がもし支配の及ばない極東に行けば、確実に最終戦争だ。これには流石にハト派の天使達だけでなく、ウリエル達タカ派の天使達まで制止しようとしたのである。

 そして彼女とて、これぐらいは理解していた。現状、ただでさえ表が揉めているのに、ここでそんな事をしてしまえば、もはや全世界の裏も表も巻き込んだ敵味方入り乱れての大戦争だ。やれるはずが無かった。と、そこに新しい報告を持って、天使が一人やってきた。


『天使長!』

『なんだ?・・・わかった。はぁ・・・』


 報告を聞いて、ミカエルがため息を吐いた。この期に及んで、有り難くない報告だったらしい。そんな苦々しい顔のミカエルに対して、ガブリエルが訝しんで問い掛けた。


『どうしたんですか?』

『極東のあれらと戦った道士達が、次の動きとして、聖杯を探す事にしたらしい。いや、正確には聖杯を含めた名のある英雄達の武具や神々の秘宝や遺物を、という所だ』


 ミカエルの言葉を聞いて、全員が驚きとざわめきを生む。当たり前だが、彼女ら天使達にとって、聖杯とは宗教上最大にして最重要の聖遺物だ。それを探すことにした、という意味はあまりに大きかった。


『どうするつもりだ? 聖杯の居場所は我々にも分からないのだぞ?』

『奴らが見付けてくれるのなら、それでも良いがな。流石に道士どもにまで、遠慮をする必要も無い。奪還も容易だ』


 メタトロンの問い掛けを受けて、ミカエルが頭を振るう。彼の言う通り、実は聖杯の居場所は彼女ら天使達にもわかっていない。元々は彼女らの所持物だったのだが、彼女らの力が一時期的に低下していた時期に失われてしまったのだ。

 それ以降、数多の権力者達が聖杯を追い求め、そしてその中のアーサー王達数少ない権力者が発見するに至ったが、その権力者達の失墜に伴い、天使達の尽力虚しく失われていたのである。そして今もまた、歴史の中に埋もれている時代だった。そうして、更にミカエルが続ける。


『とは言え・・・奴らに聖杯が奪われるのは我々としては有り難くない。道士達と敵対している奴らに話を通せるかやってみてくれ。協力は得られる可能性は高い。なんとか上手く交渉を出来れば、渡してくれる可能性はある。我々以外に使い方を知っている者も、使い道が分かる者も居ない・・・我々とて、追いつめられても使うつもりは無いがな』


 ミカエルの言葉には、誰も反論しなかった。というのも、道士達はそれを使う目的で追い求めているのに対して、カイト達はその性能等を話せばこちらに引き渡してくれる可能性はあったのだ。

 聖杯という物は、人に伝えられている内容に反して、それだけ危険だったのである。実は彼女らが手に入れようとしている理由は、封印も出来ない聖杯を使われないようにする為、だった。

 となると、カイト達にしても事情を知れば、恩を売れて安全も確保出来るから、と返却してくれる可能性は十二分に存在していたのであった。


『ふむ・・・一時この対処に入る事にしましょう。流石に道士達に聖杯を奪われては、一大事だ。奴らは自分の趣味から手に入れたかっただけのあの髭男とは違い、確実に使う事だけしか考えていないでしょう。世界征服の為に使われれば一大事だ』

『確かに』


 ラファエルの提言を受けて、ミカエルも同意を示す。流石に極東の新しい英雄と、彼らにとって最も重要で、同時に地球上で最も危険な聖遺物だ。考えるまでもなく、後者の方が重要度は高い。ミカエルにしても議題をこちらに変えるのは道理だった。


『100年ぶりに聖杯争奪戦が始まる、ですか・・・本当に、彼は運を持っていますねー』


 そうして始まった新しい議題の議論の中で、ガブリエルが密かに苦笑して呟いた。それは彼女の本心からの言葉だ。前に起きたのは同じく、大戦期。つまりはナチスドイツの時代だ。ラファエルの言ったヒゲ男とは、アドルフ・ヒトラーだった。それから実に100年ぶりの、争奪戦の再開だった。

 今回、奇しくも敵の行動によって、カイトは救われたのに等しい。それはまるで彼を運命が救おうとしたかの様なタイミングの良さだ。こうして、こちらでも戦いは起こる事が無く、更に時は流れ行くのだった。




 何時までも戦いの流れが起きないわけではない。ガブリエル達が会議を終えて、約一週間後。11月も折り返し12月も近くなり、肌寒い日々が続くある日。日本から遠く離れたミカエルの執務室に一人の男性が訪れていた。


『ミカエル天使長。お呼びでしょうか?』


 ミカエルの執務室なのだから、当然に場所は天界と呼ばれる異世界だ。それ故に当たり前だが、訪問者の背中にも純白の翼があった。

 とは言え、着ている服装は漆黒のスーツで、まさに天使の執務室と言うべき空間には場違いな事この上無い。まあ、そう言っても顔立ちは端正で金色の髪にしても切り揃えられており、清潔さがあった。そういう部分を差し引けば、まあ、天界にいても奇妙な天使、程度で済まされる程度だろう。

 ちなみに、何も彼とて意味もなくスーツを着ているわけでは無い。仕事に関係があるからこそ、スーツを着ているのだ。そうして、ミカエルが顔を上げた。


『ああ、サリエル。帰って来て居たのか。伝言を受け取ってくれたのか?』

『ええ。すいませんねぇ、ここ当分天界にも戻ってこれなくて・・・』

『今日は休暇か?』

『いえ、仕事の資料でこちらに置いて行った物が必要になりましてねぇ・・・一時的に帰宅した所ですよ。ですので、時間としては10分ほどしか余裕がありません』


 ミカエルの言葉に、サリエルと呼ばれた男性が苦笑した様な笑い声を上げる。実はミカエルとは約1ヶ月と少しぶりの再開だった。それもこれも、彼の仕事が天使の中で最も忙しいからだ。


『裁判官の仕事は忙しそうだな。疲れは大丈夫か?』

『いえ・・・これが、<<審判者(サリエル)>>としてのあの御方から授けられた神聖な役目です。忙しい事に嘆きこそありますが、それでも、無垢なる者達のため。疲れた、なぞということはあり得ません』


 天使長として身体を気遣ったミカエルに対して、サリエルが首を振る。彼は表向きは裁判官で、日夜罪を犯した人の裁きに忙しいのである。まあ、それと同時にもう一つの仕事もある。それが、彼が滅多に帰ってこれない理由でもあった。


『ああ、そうだ。天使長、報告が遅れましたが・・・中東の件について、処分を終えました。あれは更生不可でしたので、何時も通りに、処罰をしておきました。他にもおっしゃっていたこちらの堕天使の処罰も一緒に。どうやらつるんでいた様子です。彼らが、手引をしたのでしょう』

『ああ、すまない・・・あー・・・すまん。堕天使共はともかく、中東は何だった?』

『中東の異端者です。すいません、かなり古い案件でしたねぇ・・・表の仕事が忙しく、今まで報告が遅れましたねぇ』


 ミカエルの言葉に、サリエルが苦笑して詳細を告げる。彼のもう一つの仕事とは、裏切り者や異端者の処罰だった。こちらは主に彼の力が最も強まる夜中に行われるため、帰る暇が無いのだ。

 彼はとどのつまり、昼は人をの悪事を見抜く裁判官、夜は異族や異端者を処罰する狩人なのであった。漆黒のスーツなのは闇夜に紛れるためと、裁判官としての職務上の物だった。


『いや、仕方がない。人が増えれば、その分どうしても我らだけでは見切れぬ悪が生まれる。その分、審判者である貴様が忙しいのも、仕方がない事だ。一応、我らは神に創られた身故に人以上に丈夫だが、それでも結局は生き物としての身体だ。壊さない様にしてくれ。貴様には替えがいない』

『ええ、取り敢えず、年末に入れば楽にはなると思いますので、その時には、ゆっくりとさせて頂きます』


 日本の八百万の神々が宴会前の9月頃が一番忙しいのに対して、彼らにとって一番忙しいのは、年末にあるクリスマスの周辺だった。

 一応正確な所としてはここが彼らの最重要人物たるイエス・キリストの誕生日では無いのだが、他ならぬ人の子達がそれを神聖な日としているのだ。その日に向けて一番忙しくなるのは、必然だった。そうして、そんなサリエルに対して、ミカエルが少し申し訳無さそうに告げる。


『その前に、少し仕事を頼みたい』

『裏の仕事ですか・・・かしこまりました』


 ミカエルの真剣な言葉での問い掛けに、サリエルが頷く。これが、彼の仕事だ。ただでさえ忙しいこの時期に、などという表情は一切見せないし、そもそもそんな事を思ってもいない。


『それで、対象は?』

『ああ。<<深蒼の覇王(ディープ・ブルー)>>だ。奴を年末までに片付けてくれ』

『ほう・・・?』


 告げられた名前に、サリエルが驚きを露わにする。とは言え、これは道理だ。今の彼の影響力を鑑みれば、この反応は当然と言えた。


『あれを片付けて、どうするおつもりですか?』

『我々が後釜に入る。西側と東側で両側から抑えるとすれば、日本国やアメリカ、英国としても悪くは無いはずだ』


 これは前の会合の時に決まった事だ。道士達に聖遺物を取られる事は避けたい。だが、彼らが表立って動く事は出来ない。それ故に、手を結ぶ事にしたのだ。


『が、流石に魔女までは討伐するな。奴がぎりぎりのラインだ。それ以上は、流石に大戦の引金になる』

『わかりました・・・にしても、よくガブリエル様が許しましたねぇ』


 何処か感心した様に、サリエルが告げる。当たり前だが、これはかなりの強攻策だ。とは言えこれにミカエルが苦笑して、頭を振った。


『いや、奴には何も言っていない。これは私の独断だ』

『ほう?』

『全ては、事後承諾させる』


 サリエルの顔に浮かんだ驚きに、ミカエルが告げる。決まったのは道士達の対処に関する事で、これは全て彼女の独断だった。とは言え、彼女は天使長。その独断が許される立場だ。それ故の判断だった。

 カイトをこれ以上、そのままにしておけない。確実に彼女ら以外の神々が力を取り戻し、二極化が生まれる、と判断したが故の独断だ。知られればガブリエルが強固に反対する可能性が高いのだ。それを知ればこその、会議にかけないでの独断だった。


『最悪は、<<零時空間(コキュートス)>>へ堕とす事も許可する。かなり渋ってはいたが、なんとかサンダルフォンにも協力を取り付けた。二人で取り掛かってくれ。日程にしてはそちらに合わせる、との事だ』

『そんな事がよく出来ましたねぇ・・・』

『お前が帰ってこなかった1ヶ月の間で、準備を整えさせた』


 サリエルの言葉にミカエルが一冊の書類の束を机の棚から取り出して、サリエルに投げ渡す。それを読んで、サリエルが取り敢えずの作戦プランを見て、苦笑を浮かべた。作戦は作戦と呼べるほどの物では無かったのだ。


『これは・・・バレませんか?』

『覚悟の上だ。そのために、サンダルフォンを貴様の護衛につける。最悪は日本を相手に大立ち回りになる。だがそれでも、サンダルフォンと貴様の組み合わせであれば、任務を遂行出来ると判断した』

『強襲作戦ですか・・・ルシフェル前天使長並の警戒・・・様々な所からの文句は覚悟、という事ですね』

『・・・あの方よりは、マシだろうがな』


 ルシフェルという名前を聞いたミカエルが、少しだけ不機嫌に告げる。どうやら彼女は前任者のルシフェルとはあまり仲が良くないらしい。


『何処にいて、どんな奴かもわからんのなら、おびき出すしか無い。となれば、強襲で呼び出すしかない・・・少々癪ではあるが、女王の娘達にはあまり怪我をさせるな』

『かしこまりました・・・っと、時間ですね。では、失礼します』

『ああ、頼んだ。予定についてはまた連絡してくれ・・・身体には気をつけろよ』


 スーツのポケットに入れたスマホから鳴り響いたアラームを受けて、サリエルが一礼してその場を後にする。ミカエルはその背中に最後の言葉を掛けて、再び仕事に戻る。が、そうして数歩歩いた所で、サリエルが振り返った。


『っと、ああそうだ。サンダルフォンには、12月の後半になる、とお伝え下さい。では、失礼しました』

『ああ』


 資料に目を通しながら、ミカエルはサリエルの言葉に了承を示す。そうしてサリエルはそれを受けてそのまま歩いて行き、執務室を後にして、本来の仕事に戻るのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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