断章 戦の後編 第16話 秘密の子供達
取り敢えず第3次世界大戦が回避された数日後。ジャックは待ちに待った報告を受け取ることになった。
『大統領。例のあれが早速届きました』
『本当かね? どういう手段でかな?』
『さて・・・気付けば、屋上に小型のコンテナが届いていました』
『ああ、先程の騒動はそれかね』
笑いながらジャックが警備を担当する担当官の一人の報告を聞く。待ちに待った報告とは、このコンテナが届いた、という知らせだった。
『中身は?』
『厳重に梱包されていました・・・例のあれと見て、間違いないかと。現在英国の調査官の協力を得て100個全てを確認中です』
『そうか。仕事が早くて助かるね』
『彼専用のホットラインを開設したのは正解でした。あんな物がもし船便で届けば、どうやって輸送しようか、と我々も困りましたからね』
ジャックと警備を担当官が笑いながら、同盟者から届けられた対価についてを笑う。届いたのは言うまでも無く、カイトから米軍を動かしてくれたことに対する対価だ。つまりは水晶型の魔道具が届けられたのである。
『それで、マット。お試しで貰った物についてはどうなっている?』
『マッドドッ・・・いえ、E.E社に送りました』
『言い繕っても多分聞かれてるよ』
副大統領のうっかりでの失言を聞いて、ジャックが苦笑しながら指摘する。E.E社とは、米国で、いや、世界で最も巨大な航空宇宙産業分野における企業のことだ。このホワイトハウスに盗聴器を仕掛けていそうな会社の一つで、ついこの間ジャックが話を通す、と言った企業の一つだった。
ちなみに、『E.E社』の正式名称は『Extra.Experience社』と言う。彼らは同時に軍事産業を率いる戦争屋の裏の顔があった為、その蔑称が『Mad-Dog』というわけだった。
『まあ、彼らも気にしないだろうね。なにせ戦争屋なのは事実だからね。それこそ傭兵部隊にわざわざ<<Golden Dogs>>なんて付けるぐらいだ。気にしちゃ居ないよ』
『あの会社はダブル・ミーニングが好きですからね』
二人は同時に苦笑を浮かべる。これは知る人ぞ知る、というよりも、ほとんど誰もが知っている公然の秘密、という類の物だったからだ。
Goldenとは言うまでも無く、黄金を指す。だが同時に、財産ということも意味する。つまりは戦場でも高貴な『黄金の犬』というネーミングの裏に、金で働く『金の犬』という揶揄が入っていたのである。それを自ら言うぐらいなのだから、他人から指摘されて気にする様な奴らでは無いはずだろう。
ちなみに、実は社名の方にもダブル・ミーニングが仕掛けられており、表向きは『極上の経験を』と言う意味だが、裏向きは『余分な体験』、すなわち戦争も担う、という意味が仕掛けられていたりする。社名からしてこれだ。ダブル・ミーニングが大好きな会社だったのである。
『ついこの間の提案について、彼らはどう取っているのだろうね』
『さあ・・・聞けばかなり若い社員達を集めている、と聞きますが・・・』
『幾らそちらのほうが適正があるから、と言っても少年兵はやめて欲しいね。バレると人権団体が面倒だ』
アメリカでもあまり公にはされていないが、子供が働く――と言っても研究という意味でだが――会社は珍しいことでは無かった。特に個人の技能に頼る最先端分野においてはその向きが大きく、E.E社もまた、その一つだった。
『今度の会合はあそこからの招きだったね』
『ええ。ブルーからの申し出に最も関係があるのが、あそこですからね。表向きはパーティということにしています』
『コウジ・テンドウの帰国と、重力場技術の開発許可、か・・・受け入れると思うかね?』
『どうでしょうね・・・既にコウジ・テンドウが必要な段階はほとんど終わっているとは思いますが・・・流石に重力場技術は大きい。放出しないのでは無いですか?』
『逆だと、私は思うけどね・・・さて、じゃあ、今日も仕事をするとしよう。議会交渉は終わったから、と言っても部隊の編成や予算なんかの処理は必要だからね』
『はい、大統領』
適当な雑談を終えて、ジャック達は仕事に取り掛かる。幾らトップダウンで同盟の設立を決めたからと言っても、事務書類が無いわけでは無い。
それどころかほとんど前準備も無しの決定だったことから、各部署が大慌てしているぐらいだ。そうして、その日から数日の間、ジャックは書類仕事に忙殺されることになるのだった。
そうして、数日後。ジャックは予てからの予定通り、E.E社の社長邸宅を訪れていた。表向きは、彼らの行うパーティに招待されたから、だ。だが、このパーティ自体が、彼ととある子供達との会談を隠す為のカモフラージュだった。
幾ら何でも、企業を率いている大人達を注目しても、まだ在学中の子供達まで注目する奴らは滅多に居ない。そして大統領が子供と少し雑談をしても可怪しい話でも無い。先を生きた者として、色々な経験談を教えたのだ、と言っても不思議は無いからだ。
『やあ、ダニー。久しぶりだね』
『ええ、ジャックさん。お久しぶりです。この間はパイを有難う御座いました』
『いやいや、良いんだよ』
企業の社長達が社長邸宅内で会談を行っていた頃。ジャックは庭の方で子供達と談笑をしていた。今挨拶を交わしたのは、E.E社の社長の次男坊だ。正確な名前はダニエルだ。それ故、略称がダニーなのである。
それ以外にもこの場に居るのは全員、アメリカの裏の裏まで知り尽くした大企業の第二子や第三子達だ。既に企業に入った者達や跡取りが確定していたりする面々は、邸宅内で表向きのカモフラージュを行っていた。
まあ、そう言っても何らかのミスが無い様に、実は密かに小型のヘッドセットを全員身につけて指示を送れる者達とは連絡を取り合っているのだが。
『みんなも来てくれて嬉しいよ。大統領なんて仕事をしていると、何分子供達と会える機会が少なくてね』
『いえ、大統領。これが、私達の役目ですから』
『あはは。相変わらずクリスは真面目だね。じゃあ、時間も無いしお嬢様のご不満を買う前に、話し合いを始めようか』
『別にそういう訳じゃ・・・』
ジャックの茶化す様な言葉を受けて、クリスと呼ばれた女の子が少し顔を赤らめつつも、少し慌て気味に告げる。それに、一同が笑いながら、各家が決定した決定を話し合うことになるのだった。
今回の話し合いの議題だが、これは当然、ジャックが持ち込んだ煌士帰国に関する案件だった。彼は重力場技術に関する様々な技術特許と技術そのものを持っている。これを幾ら母国とは言え日本に帰国させる、ということは技術そのものの流出の危険性を孕んでいたのだ。
『じゃあ、ミラー家はこれを受け入れる、ということなのかい?』
『ああ、うん。父さんはそれで行こう、って決めたってさ』
少し驚いた様子のある企業の子供の問い掛けを受けて、ダニエルが頷く。結果から言えば、ダニエルの言う通り、戦争屋で軍事産業を牽引するE.E社はこれを受け入れる、ということで決定していた。
『部隊運用の方法は僕らでは流石に理解出来ない。もし万が一勝手に動いて何処かの神様にでも手を出してしまえば、それだけでもう動けなくなる。それだけは避けたい・・・それが、父さんの言葉だよ』
『なるほど・・・ええ、母さん。ウチはそれで構わない、らしいわ。そう言われれば確かに運用のノウハウは見過ごせない要因だ、って』
ダニエルの言葉を聞いて、クリスが母親から来た返答を送る。彼女の企業もまた、軍事産業に影響力を有する企業だ。表向きはE.E社と敵対関係だが、国防に関しては流石に足の引っ張り合いなぞしない。
実は今回、大凡の予想は受け入れない、ということで予想していた。受け入れる、と予想したのはジャックぐらいだった。
だがそれが予想外に受け入れるということを受けて、質問が飛んだのだ。明らかに重要技術の流出なのに、何故それを受け入れるのか、ということだ。だが、言われてみれば彼ら子供達でも納得が出来た。そうして、ダニエルが自分で理解している形で仲間達に告げる。
『僕らは会社の集まり。これを新規事業として見れば、新しく僕らが業界参入していくことになる。しかも今まで参入の見込みさえ無かった特殊な分野だ。業界内部の情報も少ない。もし大御所達に気に入られなければ、その時点で僕らは撤退しないといけない。相手は流石に大企業の僕らでも抗えない大御所だ。でも、これは国防で、撤退はありえない。なら、そう言う意味でも渡りをつけられる彼に協力を要請するのは妥当な判断だよ・・・テッド。デトロイトの方には既に重力場に関する技術は送っていただろう?』
『ああ、来ている。今は大急ぎで戦車部門に応用をしている所だ・・・コージが居なくても、十分にやっていける。それに、ウチはテンドウとも業務提携しているからな。イザとなれば、そこから情報を回してもらうさ』
『貴方達の他にも自動車企業はあるのだけどね・・・』
テッドという青年の言葉に、別の少女がため息混じりに告げる。これらは、親達の言葉では無い。彼らが判断した言葉だ。だが、親達は何も言わない。これが正解だからだ。それだけの教育を施されている。
何も彼らが全て親達の代理人というわけではなく、彼らもまた、自分で大局的な見地からの意見を述べられるだけの力量を持ち合わせていたのである。とは言え、それが全てでも無いのが事実なので、ダニエルが父親からの連絡を告げる。
『それで、だ。これは父さんからの提案だよ。今現在、ウチの傭兵部隊とは別の所に、ある部隊を創設しようと言うのが、E.E社としての考えだよ。それに、米国政府、クリスの所とテッドの所なんかの軍事系の企業に協力して欲しい』
『米国政府・・・かね? 現在は表での同盟を隠れ蓑にして、そこにノウハウを伝授させるつもりなのだが・・・』
『ええ、別です。そのための教導隊を作る必要があるだろう、というのが父さんの考えです。どちらにせよ連合軍の設立も数年先でしょう? 僕は5~6年と見ています』
『あはは・・・相変わらず君は賢いね。否定しないよ。傭兵部隊を隠れ蓑に、それを君たちがやろう、というわけか』
『ええ・・・と言っても、実戦は考えていません。実験部隊程度です。経験者が一人も居ないのに、経験者を失うのは痛すぎますからね』
ジャックの言葉をダニエルが認める。当たり前だが、実験部隊は危険性も高いし、まさにゼロからの出発だ。困難さは後発の比ではない。
そして、これは表に出せない事だ。それを考えれば、表向きは傭兵部隊として、裏向きは後のアメリカ軍実験部隊として実戦経験を積んでもらうのは、決して悪い話では無かった。後はノウハウが培われた所で、所属を本来のアメリカ軍に戻せば良いし、万が一の場合にはアメリカが介入する理由にもなる。
一方、ダニエル達にしても、新たな武器を使った商品の開発に役立つ。しかもアメリカ政府からのバックアップもあるのだ。どちらにとっても、悪い話では無かった。
『だが、人選と会社はどうするね? 流石に今までのP.M.Cは使えまい?』
『それですが・・・ああ、頼むよ』
ダニエルが通信機に何らかの連絡を入れると、その求めに応じて、一人の少女がここにやって来た。それはダニエルの妹で、年の頃としては中学生か高校生という所だろう。少女と大人の女が絶妙なバランスで檻混じった年頃の金糸の様な長い髪を持つ美少女だった。その少女を見て、ジャックが首を傾げた。
『エレン嬢じゃないかね? 久し振りだね』
『お久しぶりです、大統領』
『ネル。この場の事は教えたね? 取り敢えず、成り行きを聞いていてくれ』
『はい、お兄様』
ダニエルはまず横に彼女を座らせると、それと同時に口を開いた。
『傭兵部隊は彼女の指揮下にするつもりです・・・と言っても、お飾りですけどね』
『何・・・?』
不満気なネルの表情とダニエルの言葉の意図を図りかねて、全員が首を傾げる。とは言え、説明もなし、というのではこの会合の意味が無い。こういう情報の遣り取りをする為に、この場があるのだ。そうして、ダニエルは手元のデバイスを操作して、用意しておいた一つの書類を全員に提示した
『これはジャックさんから持ち込まれた例のあれを使って、密かにウチの従業員やコージに検査をした結果です』
『やはり、コージ・テンドウが最優秀か・・・』
当たり前だが、煌士は名家天道家の生まれで、祖先帰りである覇王の息子だ。その魔力保有量は伊達では無く、E.E社が緊急の健康診断と偽って行った試験では圧倒的な最高値を叩き出していた。
それを見て、誰かが感心した様に頷く。こればかりは、数千年もの間今までずっと統制し続けてきたが故の結果だ。素直に感心出来た。とは言え、これを言いたいが為だけにダニエルも資料を提示したのではない。
『次にこれがコージを除いたトップ10です』
『ほう・・・この値の正確性はどうかね?』
『この一件を匂わせて来てもらったアーカムの面子が大喜びして、駐留している英国の調査官が嘆いていた、と言えば、お分かりになられますか?』
『素晴らしい』
ダニエルの言外の意図を読んで、ジャックが感心した様に頷く。彼は暗に正確だ、という事を告げたのである。
『見てお分かりかと思いますが、値は年齢に応じて変わるわけでは無い様子です。誤差という所でしょう・・・が、これに更にネルのデータを追加します』
説明を終えたダニエルは更に別の情報を追加した資料を提示する。そしてそれを見て、思わず全員が目を見開いた。
『これは・・・とんでもないな。コージに匹敵とまでは行かないが、従業員達が比較対象になっていない。桁違いだ・・・ああ、父さん。一人だけ桁が違うよ』
『・・・ええ。才能を重視した、確実に情報を入手する事に特化した部隊を作るつもりなのか、って母さんあが聞いてるわ』
『その通りだよ、クリス。君の値も物凄い結果が出ている・・・これがこの間測った君のデータだよ。是非、参加して欲しいというのが、父さんからの依頼だ』
『これも桁が違う・・・』
全員――裏の親達まで――が、少年少女に参加させるという事の意味を悟りながら、その意図を両天秤にかけて、判断をしかねる。
時間が無いのも事実。才能を重視して、確実に情報を得たいのが、彼らの思惑だ。そうなって来ると、桁違いの才能を示されては、遊ばせておく道理が無い。だが、ここで幾つもの軋轢が存在してしまう。
それはまず道義的な問題が大きいし、次に自分達の虎の子を使って良いものか、というある種親としての観念だった。それ故、この会合では珍しく、かなり長い間の議論が起こる事になる。そんな状況に、一人の少女が一石を投じる。
『私は、お飾りをやるつもりは無いわ。やるなら、とことんやる。それが、ミラー家の家訓よ?』
『だけどね、エレン。君はまだ若い。もし万が一死んだら、それはアメリカとして、大きな損失だ。技術を得てもらうのは重要だけど、死んでもらっては困るんだよ』
『私は死なないです、ジャクソン大統領』
不満気なネルの言葉に、ジャックは困った様な顔になる。魔力以外の分野にも才能に溢れている上に若いが故に、まだ彼女には様々な経験と知識が足りていない。仕方なくはあるが、これでは困るのだ。そうして、それを理解しているダニエルが、苦笑した様にクリスに告げた。
『まあ、そういうわけなんだよ。それで、君の補佐が是非に欲しくてね。技術とノウハウを彼から学んでくれるだけで良いんだ。でもこの調子だと本当に戦いに参加してしまいそうでね』
『なるほどね。まあ、わからなくもないわ。私も同じぐらいの年頃がそうだったもの』
若いが故に、猪突猛進的なのは仕方がない。なにせ血気盛んな年頃だ。それを否定するわけにはいかない。だが、そんな少女でも使わなければならないのもまた、ダニエルやクリスからすれば事実なのだ。
とは言え、ならば教えてもらう相手を変更するか、となるが、向こうは世界一で、本来は得られない伝手なのだ。それを変える理由は無い。では逆に問題を起こさない様にこちらが質を落とすとなると、それも拙い。そもそも実力主義の向こう側が下手に懇切丁寧に教えてくれるはずもない。こちらから送るのは一流でなければならないのだ。
『まあそれに、日本の陰陽師達は生まれた時から修行を始め、あのシュウヤ・ミコガミなんて10歳と少しだ、というのに戦場に出ていると聞いています。更に伝え聞く所によると、若い方がイメージが柔軟で、魔術の修行を始めるなら、若い頃のほうが良い、との事です。なので、ウチとしては彼女とクリスに部隊を任せたい、というわけなんです』
『なるほど・・・そういえば、そこがあったか・・・』
ダニエルからの指摘を受けて、ジャックが忘れていた事を思い出した。取っ掛かりのない状態からの修行ならば、若い頃のほうが魔術の適正は高いのだ。
ダニエル達が動いている時にかなり若い職員に目をつけている、と聞いた時には顔を顰めたが、それが必要だからこそ、彼らもやっていたのだ。そうしてそれに思い至り、ジャックが議論の中断を提示する。
『すまない。これについては、少し我々も持ち帰って考えさせてくれ。私としても子供を戦いの危険性にある場所に送るのは心情としていただけないし、これが表沙汰になった時のデメリットも大きい。必要なのは認めるし教導隊を君たちに任せるのは良いとしても、色々と修正をしないと、アメリカとしての承認を下ろせない。今のままではあまりにデメリットが大きすぎる』
『・・・父達はそれで了承した、と言っています』
『ウチも同じね』
ダニエルとクリスが父親達の意見を聞いて、ジャックの中断の申し込みを受け入れる事にする。まあ、今回の様に重要な話し合いだと、誰も即決が出来なくて中座する事も多々にある。それにここでの話し合いは調整や根回しの一種だ。何度も協議を重ねる事が前提だ。
こうして、この日はジャックからの提案で決定は次に延期されることになり、この会談もまた、終わりを迎えるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




