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何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第7章 氷のクリスマス・イブ編

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断章 極東海戦編 第11話 消された戦い ――陽動作戦――

 ジャックやフェイ達の元に送られていたウィルソンからの映像が途切れた原因を探るのなら、少しだけ、時を戻さなければならない。その原因は、映像が途切れる数分前の事だ。それは、中国側の軍艦の艦橋での事だった。


『準備は?』

『全て、予定通りです。後方第2部隊が現在1000人規模の術式を準備中。流石にあれは誰も出られないでしょう』

『当たり前だ。先に<<深蒼の覇王(しんそうのはおう)>>に結界を展開した際に、奴には<<対神結界(たいじんけっかい)>>も<<対妖結界(たいようけっかい)>>も効かない事は調査済み。それ故に封じるのではなく、閉じ込める事に特化させた術式だ。神でも脱出不可能な用にな。ふんっ・・・貴様らの動きなぞ、こちらには手に取るようにわかっていたのだよ』


 道士達に靡いた軍人の一人が、獰猛な笑みを浮かべる。彼はこの船の艦長だった。カイト達が戦いながら距離を詰めるのも、茨木童子達本来は加わる事の無い面子が敵に加わっているのも、海面が凍り白兵戦に持ち込まれるのも、彼らの中では既知の事だった。

 当たり前だが、アメリカがそうである様に、中国側も日本政府内部にスパイも居るし、ハッキング等での情報収集もまめに行っている。そこからの情報だった。そうして、獰猛な笑みを浮かべた艦長は、笑みを浮かべながら問い掛ける。


『第2部隊の到着まで、どれぐらいの時間が必要だ?』

『およそ10分で、結界が敵陣全てを覆い尽くす距離に近づきます』

『そろそろ速度を落とさせろ。ケツに突っ込まれては面倒だし、氷の上に乗り上げても面倒だ』

『既に速度を落としています。後5分で氷海に接岸する見込み』


 通信士の言葉を聞いて、艦長の男がほっと一息ついた。こちらは身動きが取れないのだ。そこに味方が衝突して轟沈、なぞ馬鹿げていた。


『艦長! 緊急で入電です!』

『どうした!』


 それから5分の間、艦長は氷上で繰り広げられる戦いの監督をしつつこちらの一手を待っていた所に、通信士が声を荒げる。それにすわ一大事か、と慌てる艦長だが、告げられた答えはそこまで焦る内容では無かった。


『第2艦隊が接岸したのですが、氷海が船を取り囲む様に侵食を始めた、との事! これでは結界展開後に脱出出来ません! 艦主砲での破砕を要請されています!』

『後に回せ! 要らぬ事をして気付かれるぐらいなら、奴らにも戦いに参加させろ!』

『ですがこれでは、結界を破壊される可能性が! 更には結界そのものの修正も必要となり、展開にもう暫く時間が必要です!』

『ちぃ! 予想外の事態か!・・・潜水艦隊に通達! あまり近づくな! 魚雷もやめておけ! 気付かれては拙い! 前線部隊に命令して、第2部隊の援護も行わせろ! こちらは時間稼ぎだけで良いのだ! そうすれば、奴らは気づくことも出来ぬ間に戦いが終わる!』


 やはり、戦いだ。それ故に当然だが、どちらにとっても想定外の事が起こりうる。それは全てを把握していると思っていた彼らにも一緒だ。

 流石に術式はカイト側が用意した物であった為、海を凍らせる、という所しか察せられていなかったのである。まさか近づくと取り込まれるとは思ってもみなかったのだ。そうして、指示を飛ばし終えてから、艦長が悪態をつく。


『ちぃ・・・さすがは魔女、と言うところか・・・技術力だけでなら、世界中の何処よりも数世代先を行く・・・』


 規模や出力で言うのなら、彼らも海を凍らせる程度のことは簡単に出来る。が、それを接岸と同時に取り込む様にされているとなると、かなり高度な術式であることは簡単に理解出来た。

 これを一人でやっている――日本側には人数的な余裕が無いことは事実で、彼らもそれを把握済み――となると、敵ながらあっぱれ、と称賛するしか無かったのである。


『後どれ位で調整が終わる!』

『作戦修正完了! 後3分で終わらせる、との事です!』

『1分の遅れか・・・上出来だ!』


 大規模な魔術の修正が必要、と言いつつもたった1分で終わらせる事を提示してきた同僚達に、艦長がおもわず称賛を送る。確かに、これは称賛されて然るべき腕前だった。大規模な術式ほど、修正は困難だからだ。

 とは言え、現状が芳しくないのは、事実だ。現状、分単位どころか秒単位で味方は減らされているのだ。それも怪我での戦線離脱では無く、異族達という圧倒的な戦力により、肉塊と化しての戦線離脱だ。復帰の見込みが無い。それでもまだ、なんとか耐える事に特化させた部隊と、耐える事に特化した戦術だからこそ、瓦解しないで済んでいた。そうしてそれから、2分後。通信士が再び声を上げる。


『結界の展開まで、カウントダウン開始! カウント、30!』

『良し! 前線各員に通達! 後衛もそれに伴い一斉射撃の用意を!』

『了解!・・・5、4、3、2、1・・・今!』


 通信士のカウントダウンと同時に、戦場全体が完全に魔術的な結界で覆い尽くされる。それはソナー等の音波・電磁波や衛星通信等の科学技術、念話等の魔術的な通信技術による通信も、転移術による脱出も完全に遮断する結界だった。

 あまりに強固過ぎて彼らも外との連絡が出来なくなるというデメリットがあるが、その分、強固だ。これに捕らえられれば、彼が断言した様に、神様でさえ脱出出来ない。

 だが、別に構わない。彼らは、本隊では無いのだ。そして目的地も、沖縄なぞでは無かった。彼らの目的は元から、ここにカイト率いる連合軍を誘い出す事だ。つまり、彼らは陽動部隊だった。そしてその結界の展開を見て、艦長が声を張り上げて号令を下した。


『良し! これで陽動作戦は完遂した! 甲板の各員は一斉に攻撃を仕掛けろ! 遠距離に射掛けて近付かせるな! 数は減ったとは言え、こちらはまだ倍以上! 魔術と魔術なら、戦いは数だ、という事を教えてやれ!』

『了解!』


 艦長は獰猛な笑みを更に深める。もうこれで、戦いは決した。陽動に乗ってしまった時点で、彼らの負けだ。

 そして確かに、これで決着だった。後はこちらに敵の本隊を引きつけている間に本隊が本来の目的地である九州や中国地方等の西日本を攻め落とし、軍部が政治家達を脅して正式に宣戦布告をして、密かに先行した自分達が内応してチェックメイト、だった。

 もう既に半分が落とされているのに、アメリカだろうとどこだろうと増援は送れない。増援を送る前に、国が落ちれば、増援なぞ送り用が無い。

 非難は受けるだろうが、そんな物を気にする彼らでは無い。太平洋さえ手に入れてしまえば、自由な海を手に入れる。アメリカとて、喉元にナイフを突き付けられては、強硬策は取りにくい。彼らの勝ちだった。そう、普通ならば。そこで入った前線からの報告は、思わず彼らの耳を疑う物だった。


『前線部隊より入電! 一斉射の後に大鬼の姿が確認出来ず!』

『馬鹿な! 探せ! あれだけの巨体だ! 見逃すはずが無い! 主砲の攻撃で出来た穴に逃れていないか確認させろ!』


 そんなはずはありえない。他の鬼達は普通に一斉射撃を受けても戦っているし、最も荒くれ者で、一族を守るトップである茨木童子が逃げるはずも無い。それ故に確認を急がせる。が、帰って来た答えはやはり同じ答えに加えて、もはや頭を殴られた様な衝撃を与える物だった。


『入電! 大鬼も狐耳の女の姿も確認出来ず!』

『ちっ、狐はどちらだ!』

『両方です! どちらも確認出来ず! 横に居た少女も確認出来ず! 一斉に消失しています!』

『なっ・・・今すぐ第2部隊に連絡を送り、結界を一時的に解除させろ! このままではこちらが閉じ込められているだけだ!』


 もはや焦りがにじみ始めた艦橋に、艦長の絶句が木霊する。居たはずの敵が居ない。これではまるで、こちらが嵌められた様な状況だった。そして、それは正解だった。このままでは結界がこちらに不利に働きかねない、と艦長が至急連絡を入れさせる。


『りょうか・・・いえ、向こうから入電! 結界の解除出来ず! 現在結界は我が方のコントロール下に無し! 繰り返します! 結界は現在我が方のコントロール下に無し!』

『なっ・・・』


 今度こそ、艦長は血の気が引く音を聞いた。展開して、たった数分。それで敵に大規模かつ複雑な術式を完全に乗っ取られたのだ。想定外どころか、普通に考えて、ありえない事態だった。

 予想する事さえ、不可能。こんな芸当が出来る存在が日本に、いや、地球に居る事自体が、ありえない事態だった。だが、彼らの中には、それを成せるだろう存在がただ一人だけ、思い当たった。それは言うまでも無く、一人の魔女だ。


『まさか・・・これは全て、あの魔女がやったのか・・・?』


 拡大された映像に常に映る、何故かぼやける金色の美女を見て、一同の顔が青ざめる。勝てる相手では無い、と思ったからこそ、策を弄して戦わない事を選択したのだ。敢えて情報も流して、ここに攻め込む、という情報を流出もさせた。ここに敵の本隊を引き付ける為に、だ。それに釣られたはずなのだ。そうしてそれをあざ笑うかの様に、魔女が、ティナが告げる。


『降伏せよ。既にお主らは我らの策に落ちておる。これ以降の戦いは無用。いたずらに生命を散らすでは無い』


 何を言っているのか、彼らには始め理解出来なかった。こちらが有利。まだ心の何処かでそれを信じたい気持ちが優っていたのだ。確かに茨木童子達の手によって減らされては居るが、数は未だ倍。結界に捕らわれているのは、向こうも同じ。

 まだ、有利なはずだった。だが、心の何処かに湧いた疑念と不安が、彼をティナの言葉に答えさせた。


『ふんっ、策に嵌められているのは、どちらだ? この結界を奪取出来た所で、解除は出来まい。この結界の起点は我らが持っている。それを破壊しなければ、貴様らはここから出られん』

『ふむ。別にそんな物が無くても解除出来るが・・・破壊して欲しいか?』

『出来るのなら、やってみろ。どちらにせよ、もう間に合わんがな』

『ほう・・・』


 完全に優位に立っている、と思わせる笑顔を浮かべるティナを見て、艦長の男は嘲笑を滲ませながら、敵の戦意を挫く為、そして自らを鼓舞する為に、告げた。


『我らは陽動。既に貴様らが去った後に、日本に向けて本隊が既に向かっている。既に戦闘も始まっている事だろう』


 もう既に船が出発した所で、間に合わない。それは純然たる事実だった。ここは東シナ海。それも沖縄よりも遥かに東側だ。今からでは、どれだけ頑張っても間に合わない。ここに来た時点で負けなのだ。彼らの本隊は大きく迂回して韓国の領海を通過して、そのまま直接九州と本州を狙う航路を取っていたのである。

 ジャックが内心で怒りを抱いていたのは、ここだった。カイトからの連絡の後大急ぎで現地調査員にかなり荒っぽい手段を交えて調査させると、韓国政府の高官の一人がかなり大規模な艦隊がこの航路を通過する事を認めたのだ。よりにもよって、それを同盟国に隠していたのである。

 自白剤を使われて更に暴力的な手段で心を折られて、無害通航権を主張されて断れなかった、黙っていろと金を握らされた、と吐いたので何をするつもりかは本当に知らされていない様子だったが、ルートと規模を考えれば、同じくアメリカの同盟国の日本には無害とは考えられない。彼が詳細を知らされていようが無かろうが、激怒するのは当然だった。ほとんど裏切り行為に等しい行動だった。

 普通に考えれば、どれだけ足掻いても間に合わない。そして如何に魔女とて、たった一人である以上、一人で本土を守る事は不可能だ。それ故に、勝ちは揺るがないはずだった。だが、それをティナも一部認める。


『確かに、今はもう戦闘の真っ最中じゃろうな。日本海海上で、のう・・・それに、今から戦いを収めて、では余も間に合わん。いや、始めから手勢を伏せておいて良かったわ』

『・・・な・・・に・・・?』


 悪辣に笑いながら、ティナは彼らに告げる。それを受けて、敵の全軍が理解出来ない、と一時的に戦闘の手を止めてしまう。これで、全軍のはずなのだ。現に有名ドコロは全て、こちらに来ていた。数としても向こうは出せるだけ全てを出していた。それは確実だ。スパイもそう報告しているし、この場の魔術師が偽られていない事を確認している以上、偽り様がない。

 だが、それこそが、間違いだった。彼女らは、この地球よりも遥かに進んだ魔術文明の申し子だ。それもその文明でもなお、数百年進んだ存在だ。それを知る由のない彼らにそれを指摘するのは酷だろうが、ティナ達にとって、地球の魔術師の超一流を相手にしても、手慰み程度で偽れてしまう。そうして愕然となる彼の下へ、トドメとなる一言が告げられる。


『伝令・・・<<深蒼の覇王(しんそうのはおう)>>が、消失しました。転移の兆候、無し』

『つっ・・・あり得ん。こんなことはあり得ん! 戦闘再開! 督戦隊を出せ! 一般兵も構わん! 戦闘に参加させろ! 逃げるようならば、督戦隊に背中を撃たせろ! 奴らが本隊の情報を得ているはずがない! これは単なるブラフだ!』


 信じられないでは無く、信じたくない。この期に及んで<<深蒼の覇王(カイト)>>まで消失する、ということは彼女が全て正しく、こちらは手のひらの上で踊らされていただけになってしまう。

 それを、彼は正しいと心の何処かが理解しつつも、戦闘の続行を決める。惜敗ならば、勝敗は兵家の常、とまだ我慢も出来る。だがこのままでは、完全な惨敗なのだ。それを納得出来るだけの度量が、残念ながら、この彼には存在していなかった。

 そんな彼に対して、最後通牒をティナが送る。もし攻撃される様ならば、こちらも撃つしか無い。負けられないのは、こちらも一緒。それにこちらは死ねと言えないのだ。これからは策では無く、圧倒的な暴力で無慈悲に一瞬で終わらせるしか、なくなってしまう。


『停止せよ。いたずらに部下に生命を散らせるではない。降伏を申し込むのならば、結界を解除してやろう』

『撃て! 督戦隊は逃げる様ならば、前線の兵士を撃て!』


 どの軍隊でも、上ほど負けを認められる事は稀なのは、一緒らしい。彼の言葉を受けて、督戦隊が銃を構えて、呆けている味方に向けて銃撃を開始する。

 督戦隊とは、こういう部隊だ。逃げたり戦意を喪失したりする味方に向けて攻撃し、死ぬ気で戦わせる為の部隊だ。本来は結成もされない。あまりに非人道的だし、後々は士気が大きく減衰するからだからだ。

 だが、強大な敵を相手にするとあって、逃げない様に道士達がそんな事を考慮しない兵隊達をこちらによこしたのである。彼らは道士達が心を壊して、どんな命令でも聞く様に調整した部隊だった。確かにそれでも他の部隊への影響は大きいだろうが、この一戦で全てを決すると決めている彼らにとっては、興味のある事では無かった。

 そうして、味方から攻撃を仕掛けられては、引くことも逃げる事も出来ずただ前を向いて突撃するしか、手は無かった。それに対して、ティナは哀れみを浮かべながら、首をふる。逃げてくれるのなら、それを避ける事は出来た。だが、全て向かってくるのなら、どうしようもない。


「何時の世も、犠牲になるのは下の兵士達じゃ・・・すまんのう。余は、余を愛し、余が愛した悠久の伴侶の家族を守らねばならぬ。あ奴に家族を失う悲しみを与えるわけにはいかぬ・・・それ故、お主らに慈悲を掛けてはやれぬ」


 これから為す事を決めていたティナは、逃げる事も許されず、死ぬ、いや、自らに殺されるしか無い哀れな兵士達に、憐憫から謝罪を送る。彼らは、悪くはない。ただ単に時の巡りと上官の失策が悪かっただけだ。その犠牲者に過ぎない。だが、慈悲を掛けるわけにはいかない。

 それに本来、彼女は戦わなくても良いのだ。そうであれば、彼らが生き残れる可能性は十二分にあった。だが、これが彼女の望みだ。だからこそ、彼女は無慈悲に、地球では開発の兆しさえ無い戦略的魔術を、単独で使用した。


「<<極寒地獄・嵐ストーム・ニブルヘイム>>」


 ティナが口決と共に、杖で地面をとん、と軽く小突く。それで、氷上に出ていた全ての味方が、護衛艦の中に収容される。

 そしてそれと同時に、全ての終わりを告げる地獄が、顕現した。それは、絶対零度の極寒地獄。凍った海面から、絶対零度の冷気が吹き荒ぶ。それは当たり前だが、逃げようがない。全周囲がいっぺんに絶対零度に覆われるのだ。一瞬で、全ての敵が凍りつく。それは軍艦だろうと魔術師だろうと、敵であるかぎり、全て一緒だ。

 だが、今ならばまだ、助かる道はあった。一瞬で細胞全てが凍り付いた為、細胞壁等は破壊されず、冷凍保存された様な状況だった。



「海の藻屑と消えよ」


 ティナが凍った海面に向けていた杖の切っ先を、勢い良く振り上げる。それに応じて、氷が砕け散り、無数の氷塊に変わり、上に向けて降る雹に変わる。それは逃げる事さえ許されない敵の身体を粉微塵に砕き、もはや復元不能なレベルにまで、破砕した。そうして足場をなくした敵の残骸は全て、水中に沈んで行く。

 だが、雹はそれでは終わらない。巻き上がった雹は本来のあるべき現象として、全ての艦艇の甲板の上に降り注ぎ、甲板の上で凍っていた魔術師達の身を砕き、単なる冷凍肉片へと変貌させた。

 <<極寒地獄・嵐ストーム・ニブルヘイム>>は、こういう魔術だった。本来は<<極寒地獄(ニブルヘイム)>>という敵を身を守る障壁ごと凍り付かせる超高度な魔術を、更にティナという天才が独自に改良した、地球では如何な神さえ不可能な領域の超広域魔術だった。

 それを、冷気が吹き荒ぶ中で、魔術師では無いが故に除外された艦長や一部の艦橋の者達は全て目の当たりにさせられる。そうして、冷気では無い寒気の中、吐き気をこらえ――実際に何人も堪らず嘔吐していたが――ながら、オペレーター達が報告する。


『・・・氷海、完全に消失・・・生存者・・・おそらく、ゼロ・・・全滅、です・・・』

『甲板・・・同じく・・・魔術師は全滅です・・・』

『第2部隊・・・報告・・・来ました・・・甲板で術式の展開にあたっていた部隊。生存者ゼロ・・・及び、結界の起点は完全に破壊されている、との事です・・・』

『なんだ・・・これは・・・これは・・・私の判断ミスで起きたのか・・・?』


 次々に寄せられる報告は全て、艦長の意識の中には届いていなかった。たった一つのミスが、目の前で戦っていた全ての味方の生命を失わせたのだ。ある種の精神的な防衛本能が働き、情報を遮断したのである。それを見て、副官の一人が、なんとか気を取り戻して号令を掛ける。


『撤退しろ! もはや戦いにはならん! 撤退だ! 使えない船は捨てていけ!』


 内心に憎悪の火を滾らせる事でなんとか復帰した彼は、大慌てで撤退の指示を下す。これ以上の消耗はどうやっても避けなければならない。

 幸いにして、敵は追撃を仕掛けてくる様子は無く、取って返す様に日本に戻っていっていたのだ。ならば、ここで引かなければならない。それが理解出来ぬはずが無かった。

 そして幸いな事に、まだ戦端を開きたくなかったアメリカ側からの攻撃も無く、更には一般兵が無事だったおかげで船の操艦にはあまり支障が無く、撤退はなんとか成功する。


『・・・この恨み・・・絶対に忘れん・・・帰り次第、すぐに次の作戦を練り直して、目にものを見せてやる・・・ここで我らを生かした事を、絶対に後悔させてやる・・・』


 目の前で無数の味方を討たれて憎悪の火を宿した彼は、撤退の最中に何度も、そうつぶやく。固く握りしめた拳からは、血が流れていた。だが、そんな彼は本国に戻り、それさえも封じられた事を、知らされるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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