断章 極東海戦編 第9話 消された戦い ――開戦――
地球の歴史から消された戦いは多いが、それが一度に万単位の犠牲を出しながら、歴史から消された戦いはおそらく、21世紀に起きたこの極東同時海戦だけだろう、とその戦いから100年以上後世の歴史家達は口を揃える。
とは言え、それも仕方なくはあった。これは表向き自衛隊と中国軍の戦いでありながら、その実は、『陰陽師・日本異族連合1千』対『道士達率いる占術師達1万』の戦いだったからだ。こんな戦いが公表されるはずが無かった。当時していれば、確実に世界に大変革をもたらすからだ。
戦いから100年以上経過して魔術という存在が再び公にされて、こういった情報が公開されたからこそ、知られた事だったのである。当然だが、この当時にそんな戦いは記録されても、公表されるはずが無かった。
「昨日の敵は今日の友~♪」
海上自衛隊が大急ぎで用意した巨大な艦艇の上で、カイトがそう唄う。とは言え、それも無理は無い。今の彼の横に居るのは、やはり少しの緊張を見せる皇志だ。つい二ヶ月程前の敵の総大将だった。
つい数ヶ月前には生命を狙われたというのに、今は彼の前でお互いにお互いを守る為に戦おうとしているのだった。そんな皇志は、横で鼻歌交じりのカイトに問い掛けた。
「余裕だな」
「何分、慣れてるんでな」
皇志の問い掛けに対して、カイトはなんら憚る事無く、平然と答えた。とは言え、この効果は絶大だった。
当たり前だが、異族達の中にもこれが初陣となる者は多い。となれば、誰もが緊張を隠せない。そんな時に総大将まで緊張していれば、誰もが不安になる。それを知るからこそ、カイトは皇志にそれを指摘する。
「緊張してんのは良いが、あんまそれを見せてやるなよ。兵が不安になる」
「・・・すまない。かつての敵にそう指摘してもらえるとは・・・」
人間と人間の戦いを経験していないのは、皇志も一緒だ。いや、それはこの場の人間種全員が一緒だ。それ故に、皇志とて緊張を隠せていない。
だからこそ、カイトはそう言う意味での先達として、皇志に緊張を見せるな、とアドバイスを送る。
それを受けて皇志はかなり驚いた様子を見せたが、それを有り難くもらう事にして、心構えとして、なんとか普段通りを心がける事にした。
「にしても・・・本当に昨日の敵は今日の友、か」
「思い出して逆襲、なぞやめてくれよ」
二人の目の前に居るのは、当然だが怪我の治療もそれなりに終わり実戦復帰が可能となった武将の子孫達――と言っても流石に今回は親世代だけ――だ。少し前にひっきりなしに挨拶に来て、今は各々の武器の調整に余年が無かった。
そんな様子を見て苦笑したカイトに対して、皇志が苦笑気味に懇願する。ここでカイトに暴れられては、元も子もない。
まあ、カイトもそんな事は一切考えていないが。と、そんな二人の所に、仁科が数人の軍服姿の男達を連れて、挨拶に来た。
「ああ、甲板に居たのか。こちらは米国の横須賀駐屯部隊のウィルソン中佐だ。横須賀基地からの指示で、こちらに来たそうだ」
『ウィルソンだ、ブルー殿』
仁科の言葉を通訳した男の言葉を受けて、ウィルソンと言われた30代中頃の男がカイトに右手を差し出す。それにカイトも右手を差し出して、握手する。
流石にこんな場だ。何か採血が目的なぞと勘ぐるはずも無い。まあ、それをやっても無駄なのは、彼らも知っているのだが。
『ああ・・・あんたが、この間事務次官殿が言っていた戦いを観戦させたい奴らか』
「英語も喋れるのか・・・」
平然と英語で挨拶を交わしたカイトを見て、実は日本語しか離せない皇志が別の意味で目を見開いて驚きを露わにする。そんな皇志の驚愕を他所に、ウィルソンとカイトは会話を続ける。
『一昨日も連絡したと思うが、既に我が第7艦隊も行動を開始している・・・が、本当に増援は必要が無いのか?』
『ああ。流石に純粋な科学兵器だけの部隊を持って来られても、この戦いには邪魔になるだけだ。戦いに参加して第三次世界大戦、と言うのも困るだろう・・・それに、米国の誇る第7艦隊は30メートル級の津波が来ても叩き割れるのかな?』
『無茶を言わないでくれ』
カイトの茶化すような問い掛けに対して、ウィルソンが苦笑して頭を振る。当たり前だが、そんな事は科学兵器ではまず、不可能だ。
いや、後先考えなければ可能かもしれないが、そんな事をした時点で、その場の艦隊も吹き飛んでいるだろう。
『まあ、わかっていると思うが、今回の戦いは大規模な戦いだ。あまり出歩かれて死なれても寝覚めが悪い。滅多な事はしないでくれ。それと、戦場に来た以上は、死んでも文句は言わないでくれよ』
『ははは! 言うね・・・そうか、見た目が若いだけかもしれないのか。いや、すまない。何分我々は君たちの様な存在には馴染みがない。まあ、私とて10代にイランで実戦は経験済みだし、ついこの間も軍務で中東へ出掛けていた。戦場が肌に合う。彼らにしても中東の激戦区で200時間以上飛行実績がある。邪魔はしない』
カイトの物言いに一度笑ったウィルソンだったが、この直前に受けたブリーフィングで見た目と年齢が一致していない可能性がある、と言われていた事を思い出して訂正する。
そうして、彼は自分達が実戦を経験済みである事を明言して、カイトの言葉を受け入れる。
そもそも彼らも伊達や酔狂でこちらに来た訳では無い。それが明日の彼らの国の為になると知っているからこそ、何も出来ない事を覚悟の上で観戦に来たのだ。まあ、そう言っても万が一に備えて密かに潜水艦は潜んでいるのだが。
『それなら結構・・・ああ、一応潜水艦はもう少し離しておけ。海を凍らせるつもりだ。彼らも海中で鉄の棺桶の中で凍えたくは無いだろう?』
『作戦を聞いた時から思っていたのだが・・・海を凍らせる? 正気か?』
『足場を作るのは、基本中の基本だろう? それが、こちらの方策だ。まあ、それなりに距離を詰めてから、だがな』
ウィルソンやその横の面々が顔に困惑を浮かべたのを見て、カイトが苦笑混じりに告げる。確かに、白兵戦を行うのなら、足場は基本だろう。
それはウィルソン達とて理解出来た。だが規模がぶっ飛んでいた。信じられないのも、無理は無かった。
『それに、海を凍らせれば魚雷は使えん。潜水艦に近付かれる心配も無い』
『こちらも動けないのでは無いか? ミサイルから狙い撃ちされるのでは無いのか?』
『だから、守るんだろう? 全てから、な。それに、船にはCIWS――艦船を守る近接防御火器システムの事――も搭載している。併用すれば、数倍程度は別に難しい話では無いさ』
ウィルソンの疑問に対して、カイトは平然と可能だ、と告げる。そして、現にそれぐらいは今の異族や陰陽師の連合軍では余裕で可能だった。
そんな一同の所に、黒い影が舞い降りた。それは悪魔羽を持つ男性、夜魔家現当主蘭人だった。彼はクーデターの時に負った怪我が完治した為、この戦いを復帰戦としたのである。
「閣下。偵察、終了致しました」
「おう、どだった?」
「15キロ先に、魔術で隠蔽した船団を確認。おそらく占術師達かと」
「OK・・・皇殿。そろそろ戦闘の用意を進めてくれ。一応は国と国の礼儀として、戦闘の意思は問い掛けなければならないだろう。そんなのを聞いてくれるとも思えんがな」
「わかった。では、こちらは準備に移る」
カイトの求めに応じて、皇志が少し急ぎ気味に一同に通達を送る。当たり前だが、魔術的に隠蔽した兵団を科学的に補足する事は難しい。科学技術がどうやってこちらを察知しているのか、と把握出来ていれば、簡単に対処出来てしまうからだ。それ故、今でも魔術師達の戦いでは斥候は重要だった。
「蘭人。お前も出るのか?」
「これ以上休んでいると、母にはっ倒されるので・・・それに、先の宴会の席で良い薬湯を用意して頂けました。既に、問題無く。一族郎党、中軍として閣下の指示に従う所存です」
「そうか。なら、もう一度偵察を頼む。出来れば、見つかる様に、な」
「釣り、ですね。かしこまりました。では、餌を垂らして参ります」
カイトの言葉を受けて、蘭人が再び飛び上がる。そうして忙しなく動き始めた一同を見て、カイトがウィルソン達に問い掛ける。
『さて、お客人。どうやら戦いが近い様だ。観戦にパラソルとビーチチェアはご利用かな? ホットドッグとドリンクは?』
『ははは、貰えるのなら、貰おうか』
『では、どうぞ』
『いや、冗談だったのだが・・・』
『オレも冗談だ。まあ、本当に食べたいのなら、構わんがな』
カイトが出した人数分のパラソルとビーチチェア、おまけに南国チックなドリンクとホットドッグを見て、ウィルソンがおもわず苦笑する。
そしてカイトはそれを受けて笑い、それらを消失させて、仁科に頼んでウィルソン達を比較的安全な場所へと移動させる事にした。
ちなみに、どうやら実戦経験が豊富、と言うのは伊達では無いらしく、ウィルソンはちゃっかりホットドッグとドリンクだけはくすねていった。
なお、部下は流石にそこまでの豪胆さは無いらしく、ウィルソンに勧められても遠慮していた。
「豪胆な男だ。こんな時にも食欲は衰えんか・・・いいね、オレ好みだ」
カイトは野戦育ちだ。それ故にこういった所で平然と豪胆さを見せる相手は好みだった。そんなカイトの所に更に数人の指示を求める兵士達が訪れた所で、仁科がウィルソン達の案内を終えて戻ってきた。
「覇王殿。ウィルソン中佐達は艦橋に避難させた。あそこが最も安全だろう」
「ああ。それが一番だろう。向こうの目的は次の戦いでの魔術を使った戦いの観戦だ。向こうには魔術を使った兵士との戦いの経験どころか、それを使う兵団の戦いをまともに記録した物も無い。是が非でも欲しいだろうからな」
「良いのか? 魔術の隠蔽は戦術の基本だろう?」
「ウチは1000年以上も面々と受け継いできた。これだけは世界各地を見渡しても、最古の歴史を誇ると断言出来る。島国故に、内輪もめ以外にはほとんど国が焼かれていないからな。おまけに、他国からも積極的に異族達を受け入れてきた。ウチの魔術は1000年以上の歴史と異族達という存在があればこそ、完成する術式だ。見よう見真似でやった所で、ウチの馬鹿という名の天才でもないと再現は出来ん。どちらにせよ100年・・・いや、200年以上の優位性は変わらんよ」
仁科の危惧を、カイトは無理だ、と理論的に説明する。日本は地球上で最古の国の一つだ。そして、異族達を最も受け入れている。それ故にどう足掻いても、これから魔術を学ぼうという国では真似が出来ない領域に達しているのだ。
いや、それでも足りないだろう。真似が出来るとすれば、同じくアメリカの同盟国であり、次の戦いでも同じ陣営に着く事が確定しているイギリスのアーサー王達位だろう。
そうでなければ、カイトとて事務次官からの申し出を受けるつもりは無かった。戦術的に問題が無く、今後の連携の為に有意義だからこそ、受け入れたのである。そんな二人の所に、蘭人が再び飛来する。
「閣下。敵がこちらに気付いた様子です。距離、10キロ。速度を上げていますので、そろそろ隠蔽の術式を砕ける筈です」
双眼鏡やソナー、軍事衛星等からの情報を頼りに出来るかな、と確認をしてみたカイトだが、無理だったので普通に諦めて、自らの目を強化して確認する。すると、言葉通りに幾つかの軍艦の姿が確認出来た。そうしてそれを受けて、カイトが蘭人に指示を送る。
「流石に双眼鏡では不可能か・・・見えた、これだな。ティナに作戦の決行を通達。向こうに捕らえられてからが、本番だ」
「かしこまりました」
「仁科殿。隠蔽を砕き次第、向こうに通達を」
「わかった。生き残れよ」
「そちらもな」
蘭人が出たのに続いて仁科に指示を送り、カイトが腰だめに刀を構える。流石に展開されている術式が大規模な物なので、他の者の力を浪費させない為にカイトが砕く事になっていたのだ。
「後数日遅かったら、あの武器も持って来れた、ってのに・・・まあ、良いか。行こうぜ、<<霞>>。お前の妹が生まれる前に、お姉さんも凄いんだ、って所を見せてやろうぜ」
カイトは自らの相棒に対してそう告げると、ちんっ、という音と共に、鯉口を切り、目の前数キロにまで接近した占術師達の艦隊を覆う隠蔽の術式を、完全に破砕する。そしてそれと同時に、仁科が通信機を起動して、相手に連絡を送り始める。
『こちら海上自衛隊・・・』
「さて・・・戦いが始まるな」
当たり前だが、仁科の問答は無視される。戦いにわざわざ『やあやあ我こそは~』なぞの名乗り合いをやる訳が無い。そもそもこれは宣戦布告さえ無い奇襲戦だ。
いや、更に正確に言えば、これは大戦を引き起こす為の表向きは偶発的な戦いだ。問答を聞く筈が無かった。
そうして飛来する無数の魔術やミサイルを前に、カイト達も示し合わせたかの様に、応戦を始めるのだった。
少しだけ、時は遡る。戦いが始まる前の事だ。言うまでもない事だが、自衛隊の内部にはスパイが居る。それはカイト達の居る兵団でも一緒だ。そしてそれは当然だが、中国軍のスパイもその中に含まれている。
その目的は敵情の偵察と破壊工作にあるが、今回は流石に相手が相手なので、彼らの任務は敵情の偵察に留められていた。
まあ、ここで破壊工作に及ばない理由はそれだけではない。もう一つの目的は、彼らに『自衛隊に捕縛された民間人』を装ってもらう事だ。
そのために、破壊工作をしてもらっては困るのだ。何もしていない、という事実が重要だった。
『・・・<<深蒼の覇王>>の姿を確認した。状況から、奴本人と推測出来る。が、流石にぼやけていて詳細は確認出来ん』
『了解した。別の報告で魔女の存在も確認している。横には護衛の三童子の二人。御子神秋夜は確認出来ず。そちらはどうだ?』
指示を受けたスパイは、バレない様に周囲を少しだけ見回して、幼い子供の姿が無い事を確認する。
『いや、無い。やはり奴は10歳と少し。スパイからの情報通り、低年齢過ぎて流石に出さなかったのだろう』
『ふん。愚かな・・・では、こちらは作戦通りに全ての艦艇を範囲内に入れ次第、戦場全域を逃げれない様にする。巻き込まれる前に、脱出しろ。後は第3艦隊の潜水艦が収容する。お前達には、自衛隊に囚われた、と言う事を証言してもらわないといけない』
『了解』
流石に何時までも通信を続けていては、敵に気付かれる。なので全ての通信を終えると、何も無かったかの様に、彼も準備に戻る事にする。そうして暫くして、彼らの目論見通り、戦闘が開始される。
『良し・・・今の内に脱出だ』
「ふむ。どうやら読み通りに動いてくれたようじゃな」
『なっ・・・』
声に気付いて、彼が後ろを振り向くと同時に、彼の意識はそこで、永遠の闇に沈んでいく。そんな彼が最後に見たのは、悪辣な笑みを浮かべる、一人の魔女の姿だった。だが、意識は闇に沈んでも、身体は闇に沈んでいない。
『これより、脱出する。<<深蒼の覇王>>も魔女も想定通りに戦闘を開始。こちらに気付いた様子は無い』
『了解だ。急いで脱出しろ。もう時間は無い。他の奴らはもう脱出している』
『了解』
まさか彼らとて、声に違和感も無く顔も見えないのに、相手の目に光が宿っていない事を気づく事は出来ない。
そうして、返答と同時に、魔女、つまりはティナに操られた密偵達は全員、海に沈み、そのまま、彼らを収容した潜水艦と共に、永遠に浮上する事は無かったのだった。
お読み頂きありがとうございました。




